8. 3次元視研究の動向(まとめ)

8.1. 両眼立体視研究

8.1.1 最近25年間の研究レビュー

(1)最近25年の両眼立体視研究の進展が、Blake & Wilson(3)によってレビューされ、とくに、両眼立体視(ステレオオプシス)、両眼視野闘争、両眼の明るさコントラストの加重(binocular contrast summation)の研究テーマが取り上げられた。両眼立体視のしくみの研究領域では、
視差チャンネルおよび視覚経路、位置視差と位相 (フェーズ)視差、視差の相互作用、オクルージョン、ステレオ視における面の構成、運動による奥行視(motion in depth)との関係、ステレオ視の発達と臨界期などの研究課題にまとめられて概観された。視野闘争の研究領域では、視野闘争での闘争刺激は何か、視野闘争のトリガーは何か、抑制を受けた刺激側に何が生起するのか、視野闘争とステレオ視の関係などについての研究課題が取り上げられ概観された。
(2)Wandell & Winawer(45)は、過去25年間の視覚領の視野マップの研究を、視覚野での視覚活動、視野マップの同定、視野マップの信頼性、色、運動、形状の中枢、注意、皮質下の視野マップ、種間比較、fMRIに基づいたコンピュータモデリングについてレビューした。そして視野マップの今後の課題として、視野マップと白質(white matter)、fMRIEEGを加えた視野マップの測定、量的MRIと生体内分子プロセスの可視化(molecular imaging)を挙げた。

8.1.2. 視野闘争

(1)両眼視野闘争での左右眼不一致刺激をもつステレオグラムを両眼立体視した場合の特徴検索方法がエフィシェント(efficient、検索がパラレル)かインエフィシャエント(inefficient、検索が時系列)、またポップアウトに関して刺激の非対称性があるかについてPaffen, et al.(26)によってしらべられ、その結果、両眼間で一致する刺激要素群の中から非一致の刺激要素を探索する場合の探索時間が、両眼間で非不一致の刺激要素群の中から一致する刺激要素の場合より速いことから探索における非相称性がある、また両眼視融合に関わるこの種の探索課題には被験者の両眼立体視能力が関係し、とくに両眼間での不一致刺激に対して両眼融合が可能な場合には探索がエフィシェント/インエフィシェントの決定に影響を与えることが明らかにされている。
(2)視野闘争には刺激に基づいて対象の面を全体的に統合する両眼視の過程と両眼間の抑制過程があり、それらが共に働くために闘争が生じる。局所的な両眼間の対応領域では、闘争する2つの刺激が競合し、一方が優勢となれば他方は完全に抑制され、その優勢となる刺激特性が隣接に波及し、こうしてより広い領域がある刺激特性のみで占有され、最終的には全視野が片方の刺激パターンのみの知覚が生じる。グローバルなパターン統合過程では「輪郭の縁側から内側への方略(border to interior)」が働き、漸次的にパターンの知覚的優勢が得られる。
(3)視野闘争において 恐怖顔刺激および中性顔刺激はともに家刺激より優位に知覚されるが、とくに恐怖顔刺激は中性顔刺激より優位性が強いことから、視野闘争の知覚優位性には情動要因が影響を与える。

8.1.3. 両眼視差の検出過程

(1)ダヴィンチ・ステレオプシスにおけるオクルージョン/カモフラージュ説および二重融合説ともに両眼視差をもつ遮蔽対象は不透明であることが前提となる。そこで、この遮蔽対象を透明にした場合に単眼視対象はどこに奥行定位されるかを検討したところ、単眼対象の視えの方向と奥行は、遮蔽対象の透明度に影響されないこと、また、生態光学的に有効な条件では二重融合説よりオクルージョン説が支持されたが生態光学的に無効な条件では支持されなかった。これらのことから、ダヴィンチ・ステレオプシスは二重融合によるのではなく、刺激設定から生じる知覚シーンの幾何学によるオクルージョンから説明できる。
(2)適切に設定された遮蔽物(オクルーダ)が片眼の対象を遮蔽するとき、その単眼側にのみ提示した対象(単眼視対象)はその周囲にある両眼立体視対象と共存して知覚することが可能である。このとき、両眼視空間は遮蔽物側に歪められ、その単眼視対象の視方向はへリングの法則とは異なる方向になる。これを両眼視キャプチャとよぶ。この両眼視キャプチャにおいて単眼視刺激の位置の不確定さの役割とその根底にある位置の符号化のメカニズムをしらべるために、単眼視刺激の空間周波数、輝度対比要因そして2つの単眼視刺激の分離距離の間の相互関係がしらべられた。その結果、両眼視キャプチャの決定要因は、単眼視刺激の位置の不確かさにあり、とくにその単眼視刺激が位置のコード化のメカニズムの根底にあるローカルサイン(局所表象local sig)の処理過程を呼び起こすときに、単眼視刺激の位置の不確かさの要因が重要となることが明らかにされ、したがって、単眼視刺激の位置情報が乏しい場合は、その知覚された方向はその知覚的判断の枠組みとなる周囲刺激内でどのように位置づけられるかに依存して変わる。
(3)左右眼へ左・右ステレオグラムを同時ではなく交替提示しても、ある頻度(frequency)以上にすると両眼視融合が起き立体視が成立する。左右眼に交替入力された左・右ステレオグラムが融合し、立体視が成立するまでに必要となる交替頻度(frequency)を、単純な図形から構成されたステレオグラムからRDSまで種々なステレオグラムで測定した結果、安定した3次元視成立のために必要な交替頻度はステレオグラムを構成する刺激の複雑度によって変化し、安定した3次元視出現のためのもっとも遅い交替頻度(2.5 Hz)は、2つの刺激間に奥行隔たりのみがある場合で、奥行傾斜あるいは奥行の曲面がある場合には、交替頻度は1Hz分増大した。2つの対象が奥行の隔たりをもって重なる場合には2.5 Hzの増分が、RDSでは7 Hz以上の増分が、それぞれ必要となった。さらにトレーニングによる学習効果はなく、また視差が小さいとより高い交替頻度が必要となった。これらのことから、ステレオグラムの奥行出現構成が複雑になるほどより高い交替頻度が必要となり、両眼立体視システムはその視覚メモリーとの関連で奥行構成が複雑になるほど3次元シーンを復元するのに多くの情報と時間が必要となる。

8.1.4. 両眼視差の処理過程

(1)奥行残効は観察時に眼球を動かしたり、あるいは視差を反復させたりして網膜座標に対して固定位置に順応刺激を与え続けなくても成立するし、また、順応刺激とテスト刺激とが網膜位置に関して一致しなくても生起する。これは、奥行位置はなんらかの座標軸で規定される(座標軸依存モデル)が、しかし大きな空間内にある対象の場合には、物理位置とは関係なく対象は復元される(面依存モデル)とも考えられる。奥行残効(depth aftereffect)におけると2つの仮説が検討され、両仮説とも支持されなかった。
(2)片眼に提示した誘導パターンによって刺激の視かけの位置、方向がシフトし、その結果として両眼視差が生起して両眼立体視が生じるか否かについて実験的に検討され、その結果、片眼に提示した誘導パターンによって刺激の視かけの位置、方向はシフトするが、しかしそのシフトは両眼視差を誘導させないことが示された。2次元の刺激情報と両眼視差情報は、それぞれ別の視覚径路で処理されると考えられる。
(3)単眼視オクルージョンは、ある特定の刺激布置においてイルージョナリ (illusionary) に輪郭や面を遮蔽する遮蔽物を出現させる。これは、視覚システムが遮蔽する対象と単眼視要因で提示した対象の間、あるいは遮蔽された背景とイルージョナリな遮蔽物の間の視えの奥行量を遮蔽幾何学に依拠して推論するからと考えられた。そこで、イルージョナリな遮蔽物の奥行が両眼視差によって変えられるかを実験的に検討した結果、イルージョナリな遮蔽物の奥行は2つの要因、すなわち遮蔽物に隣接する対象の両眼視差要因および単眼視オクルージョンの要因(遮蔽幾何学で規定される)の相互作用で規定されることがわかった。
(4)視覚剥奪実験で両眼視暴露経験が有利に働くが、これを説明する2つの仮説、両眼モデル説(視覚的発達過程では両眼視経験が常に有用な働きをするように設計)およびテンプレート説(視覚中枢にあらかじめ存在するテンプレートに適合する単眼あるいは両眼の経験が視覚発達の正常あるいは異常を規定)を検討した結果、ジャンピングスタンド法による空間視力は両眼視経験が長くなるにつれて向上し、それが1時間を超えるとほぼ平準化した状態に移行することが示された。この結果は両眼モデル説に合致し、片眼の視覚経験が剥奪された場合でも両眼視機能に関わる高次な神経回路が視覚回路内に埋め込まれていて、わずかな視覚経験が与えられると再活性するためと考えられる。

8.1.5. 両眼視差からの立体の復元

(1)hollow face 事態での両眼視差は視えの奥行量を規定するが、その奥行出現の方向の規定は無効なことから、hollow face 事態での両眼視差の役割は、両眼視差が担う情報のうちで奥行量の情報は利用され、一方奥行方向情報は遺棄されている。

8.2. 運動要因による3次元視

(1)運動要因による形状知覚の発達にはドットの運動速度が関与し、ドット速度が速い場合には4歳齢以前に、遅い場合には6歳以降に運動要因による形状知覚が可能となること、また、弱視者の場合ドット速度が遅い条件での運動要因による形状知覚能力は4から6歳齢の健常児と同等であることが、さらに、片眼弱視の主たる治療は、健常眼を遮蔽し、弱視眼の視力を回復させることであるが、正常視力を回復しても運動による形状知覚の障害は残存していることが明らかにされた。
(2)ステレオブラインド者は運動の奥行視によってシミュレートされたシリンダーの回転方向の知覚的判断で単眼観察より両眼観察の方が優れていることが示され、これは左右眼に提示したドットの対応、速度など左右差を検出しているのではなく、それらを単眼独自に検出し統合させて知覚判断しているためと考えられる。

8.3. 絵画的要因による3次元視

8.3.1. 絵画要因の3次元視効果

(1)視覚システムは光源に関する手がかりが存在しない場合には、点光源と散乱光源を状況によって使い分け、とくに上方からの散乱光が自然な照明事態と仮定する傾向をもつ。
(2)6月齢乳児は明るさ恒常条件より逆明るさ恒常条件の方を有意に長い時間偏好することが示され、明るさの恒常性があること、また陰影による3次元視が可能である。
(3)ピクセルを減量すると3D形状知覚はそれに比例して損なわれ、その限界値は32 pixelであること、また3D形状が輪郭をもつ熟知した対象と、形状輪郭が明瞭でなく見慣れていない対象ではピクセル減量に対する形状知覚の正確度が相違することが示され、トップダウンの手がかりが3D形状知覚に影響することを示唆する。

8.3.2. 絵画的要因と認知的要因

(1)Roelfsema & Houtkampは、刺激要素がどのように体制化されるのかについての理論である増強群化理論(Incremental Grouping TheoryIGT)を提唱した。この理論は以下の推定に基づく。「推定1:知覚体制化のための2種類の基本的過程」、「推定2:知覚体制化のための刺激要素に関わるニューロンの特定化」、「推定3:刺激要素の可能な連結の促進」、「推定4:刺激要素の結合と知覚群化」、「推定5:刺激特徴およびラベリングに対応する神経ネットワーク」、「推定6:知覚的群化の促進」、「推定7:注意の拡散」、「推定8:ゲシュタルト原理の実装」。IGT理論は、これまでに得られた神経生理学的成果と視覚心理学的成果に立脚し、知覚的体制化が生起する過程を具体的にモデル化している。

8.3.3. 絵画的空間の奥行測定

(1)絵画的空間の奥行測定のための新たな方法が提示された。それらは、exocentric pointing法、奥行順位法づけ法、および相対的大きさ法で、これら方法で測定された値から作成した奥行マップの一致度は高い。

8.4. 複数の奥行手がかりによる統合

(1)顔の正面像からその横顔を識別できるかを検討した結果、正しい横顔シルエット像が選択されたことから、顔の認知は正立に特化した3次元構造記述に基づいていると考えられる。
(2)ネッカーの立方体に両眼視的あるいは単眼視的手がかりがを与え、一方向の奥行の視えを先行経験として体験させると、それが知覚的バイアスを生じさせ、とくにこの場合、単眼視的手がかり条件での知覚的バイアス強いことが示された。

8.5. 視空間構造

(1)左右眼の眼球位置情報が視えの視方向定位におよぼす効果、および左右眼の網膜刺激情報が視えの眼球位置定位におよぼす効果をそれぞれ別々にしらべたところ、左右眼のいずれかを遮蔽することで眼球位置情報に非対称を導入すると、視えの視方向は右眼の測定では左方向に、左眼の測定では右方向に変位して定位され、輻輳角が大きいほど変位も大きくなること、また左右眼に輝度差あるいは明るさコントラスト比の差を設定した場合にも刺激が強い方への視えの眼球の位置変位が生起することなどが示された。左右眼からの眼球位置と網膜位置の情報は観察者の対象の視えの方向定位において等価に影響するのではなく、左右眼で一方が強ければ他方が弱くなるような共変化を示す。
(2)/下視野、左/右視野、中心/周辺視野のそれぞれで視野の正立刺激を相互に抗争状態にしたとき、それぞれの視野がターゲット(文字)の正立視におよぼす効果をしらべたところ、上/下視野、左/右視野、中心/周辺視野の各々で一方の背景視野の方向を固定し、他方の背景視野の方向を変化させた場合にはターゲット刺激の視えの方向は変化させた背景視野の方向へとシフトすること、またターゲットの正立知覚に強い影響を与えるのは左右視野間では等しいが、下方視野は上方視野より影響が強いこと、そして中心視野と周辺視野は相互に影響を与えていることが、明らかにされた。
(3)絶対奥行距離知覚では距離の過小視が起きるが、これは視えの俯角の拡大と視線方向にある対象面の前額に対する視え角度の拡大によって生じている。

8.6. 3次元視の発生と発達

(1)Braddick & Atkinson(4)は、過去25年間の視覚機能の発達をレビューし、次のように研究成果を概観した。 ()乳児の視覚中枢機能については、対象の方向、運動方向、両眼視差、注視時の皮質下での眼球運動のコントロール、そして視線運動性眼振を通して研究され、皮質下に対する皮質の優位性が発達に伴いしだいに増大、 ()外線条皮質では、ハイパー視力、テクスチャの分擬、グローバルな形状知覚そして運動コヒーレンス(ドットなどが同じ方向にまとまって動くように知覚)の研究を通して知覚の統合過程の発達が研究され、とくに背側と腹側の視覚径路の発達が同期していないこと、およびこれらの過程での脆弱性が先天的あるいは後天的な視覚障害の原因となる、 ()小児科領域の神経学と眼科学の研究が進展し、とくに乳児の現在顕れている視覚障害ばかりでなく将来起きるであろう視覚と認知の障害も予測できる、()初期の白内障に対する適切な治療は視覚障害を軽減するが、視覚システムには可塑性と限界もある、 ()新しいイメージング法や眼球追跡法の開発により、乳児期以降の視覚発達の研究がこれから進展すると期待される。
(2)3ヶ月齢乳児の刺激の方向識別能力をVEPを用いて測定した結果、VEPによる方向検出帯域は3ヶ月齢乳児は成人とほぼ同等である。