6.3次元視研究の動向(2012)まとめ

 2012年に発表された3次元視研究の主だった成果を領域別にまとめると次のようである。

6.1. 両眼立体視
6.1.1.両眼視野闘争
(1)単眼視過程で利用可能な情報が、両眼視過程では利用可能だったりあるいは不可能だったりする理由をAnstis & Rogers (2)は、Triesmanがおこなった知覚的ポップアウト(pop out)を利用し、輝度、色(黄色と緑)、運動(左と右方向、上と下方向)、残像(緑とピンク)、フリッカーを検出ターゲットとして設定し、その検出閾値を両眼視と単眼視でそれぞれ測定した結果、ターゲットの検出閾値は両眼視より単眼視の方が精度が高いことから、各眼からの刺激情報は両眼視過程に伝達される間に棄てられ、各眼の刺激情報の平均値のみが保持された。この点からステレオ視を考えると、各眼からの情報はいったん抑制された上で両眼視過程で可能な限り統合され、ひとつの3次元対象として復元されると考えられる。
(2)Buckthought & Mendola(5)は、グレーティングパターンから作成されたステレオグラムを用いて両眼立体視と視野闘争の同時共存の過程を分析し、両眼立体視と視野闘争が同等に出現するように設定されたステレオグラムではそれらが同時に同等に出現すること、また一方の出現を弱め他方を強めたステレオグラムでは一方の出現が抑えられ他方が高進する逆相関の結果を得たことから、両眼立体視と視野闘争過程は知覚的に同時共存できること、さらにこれらの知覚的同時共存は、両眼立体視と視野闘争の出現がそれらを誘導するパターンの刺激強度に依存するので、それらに対する知覚的な注意過程が関係するを示した。
(3) Baker & Meese(4)は、順応実験で順応刺激の空間的周波数と共に時間的周波数も操作し、これらの順応効果の両眼間転移効果がどのように推移するかをしらべた結果、両眼間転移は空間周波数が増大するほど多くなる(8 c/degで1 Herz条件で最大の転移量42%が示された)が、空間周波数0.5c/degでは無くなること、また、空間周波数と時間周波数の比をとって両眼間転移をしらべると、「時間周波数/空間周波数」比が大きくなると両眼間転移は減少することを示した。これは単眼視と両眼視の処理過程における大細胞(Magno)と小細胞(Parvo)の働きが関係するので、異なる空間周波数刺激への順応に対する単眼視と両眼視の処理過程についてのモデルが、高空間周波数の場合(a)、低空間周波数の場合で1出力の条件(b)、低空間周波数の場合で3出力の条件(c)に分けて示され、ここでは高空間周波数条件の場合には単眼視と両眼視の両過程で順応が生起することを仮定した。このモデルによれば、順応刺激が高空間周波数刺激の場合には眼球間転移が必ず生起することを、低空間周波数の場合には順応は単眼視過程のみ、あるいは単眼視と両眼視の両過程で生起するが、眼球間転移は順応眼側の過程のみで生起することを予測し、これはBaker & Meeseの実験結果とも一致した。
(4)自然シーンではエッジの方向は規則的に配列されていて、これが形状認知の重要な手がかりとなる。この種のエッジの規則的配列には、線になるようなエッジの共有(co-linear)、円になるようなエッジの共有(co-circular)などが挙げられる。Hunt et al.(8)は、エッジが円になるように配列されたとき、特徴検出で顕著な優位性があるかどうかを、視野闘争現象を利用し、ランダム方向パターンと他の3種類を視野闘争刺激として組み合わせて提示し、その間に出現する視野闘争優位性を測定した結果、ランダム方向パターンが他の方向パターンに対して視野闘争で優位に出現することを示した。初期視覚処理過程では、エントロピー(情報量)の大きいランダム方向パターンが知覚的に注意を顕著に喚起する特性をもつ。

6.1.2.視差の検出過程
(1)Marlow(12)は、2組のターゲットの視差勾配値が1を超えた場合でも、それが面を構成する場合には融合できるかをしらべた結果、ターゲット刺激が面を構成する一部に組み込まれた場合には視差勾配が2でも両眼融合が多く生起すること、またターゲットの視方向は両眼からの刺激方向の平均をとること、さらにターゲット刺激と付加刺激との明るさコントラストが正反対の場合、あるいは付加刺激の明るさコントラストが低い場合には融合促進効果が低下することを示した。これらは、面の一部としてターゲット刺激がある場合には、それが単独に提示された場合と異なり、視差勾配の拘束条件からはずれて両眼視融合を可能にさせること、また融合は片眼抑制仮説によるのではなく融合仮説によって成立することから視差勾配による拘束と面やテクスチャなどターゲットのサポート刺激との間には両眼視融合に関して密接な関係がある。

6.1.3.両眼視差からの立体の復元
(1)Matthews et al.(13)は、hollow-face錯視とその錯視の対象となる顔頭部の背景シーンとの関係を検討し、顔頭部の視差が正常な場合には背景シーンが自然でもあるいは逆転条件でも顔頭部は凸面に知覚できること、また顔頭部の視差が逆転の場合でも、背景が自然なシーンとなる視差条件では顔頭部の視かけの凸面が、逆転視差による背景シーンや黒面シーンより強く生起することを示し、背景となる自然シーンのリアルな3次元性は顔頭部の対象にも伝搬し、その知覚的凸性を促進することを明らかにした。

6.2.運動要因による3次元視
6.2.1運動視差
(1)Aytekin & Rucci(3)は微細な頭部運動による運動視差の奥行効果を、視対象注視時の微細な頭部運動のデータから視対象の網膜上の位置の変位を推定することでしらべた結果、視対象までの観察距離が4m以内の場合観察者の頭部運動が奥行方向にわずかに動くと、網膜上では、視対象の変異は識別可能な範囲の速度差(1′/s)を越えることを明らかにし、観察者が対象を注視する際の不随意な微細頭部運動による運動視差は対象の奥行弁別のための有効な手がかりとなることを示した。
(2)Nawrot & Stroyan(14)は、運動視差のしくみにおいては観察者が直接に自己の移動速度を知覚するという仮定を排除して、運動視差は「観察者の移動速度と網膜情報の比」を手がかりとするという新たなモデルをを提示した。このモデルでは、網膜像の運動距離、眼球の回転距離、そして相対的奥行距離の各評価の過程が統合される必要があり、そのためには各過程での処理時間が必要となるので、運動視差による奥行距離の復元に要する時間をマスキング・パラダイムで測定した結果、運動視差からの復元に要する時間はおおよそ平均30msであること、前駆刺激を運動視差刺激の前に導入しても復元に要する時間30msには変化はないこと、しかしマスキング刺激を導入すると前駆刺激導入の有無にかかわらず運動視差からの復元に要する時間は長くなることなどから、視覚システムは極めて短い時間で運動視差から奥行を復元できることを明らかにし、マスキングの導入で運動視差からの復元時間が長くなるのはマスク刺激による妨害で処理途中にある眼球運動信号の内的処理が遮断されるため、また前駆刺激の導入では運動視差からの復元時間が長くならないのは次の刺激の処理を優先するため運動と奥行の処理過程が強制中断させるしくみがあるためと考察した。

6.3.絵画的要因による3次元視
(1)Khuu & Khambiye(9)は、運動の検出に及ぼす陰影による3次元形状要因の効果をしらべた結果、形状と運動とは局所的なレベルではそれぞれ別々のシステムで検出処理され、その結果が統合されて大局的運動視が成立することを示した。
(2)Silveria, et al.(17)は、自然の構造に合致する絵画とそれには合致しない非現実的(シュール)な絵画が脳内でどのように処理されるかについてfMRIを用いてしらべた結果、自然に合致した絵画を観察しているときにはシュールな絵画に比較して楔前部(precuneus)と視覚野の線条皮質と外線条皮質が顕著に活性化されたことから、視覚システムが自然に合致したイメージと自然構造と矛盾するイメージとをチェックしていること、楔前部は自己意識(self referential)に関係するので、自然構造に合致した世界であるかのチェックは自己意識に関連した処理過程とも関係することを明らかにした。
(3)遠近法による絵画と遠近法によらない絵画の絵画空間の視えの奥行の差をexocentric pointing法と相対的大きさ法という2種類の測定法によって測定できることがvan Doorn et al.(19)によって示された。
(4) Konkle  & Oliva(10)は、2つの対象の熟知的大きさが適切な条件(Congruent)と不適切な条件(Incongruent)を設定して被験者には2つのテスト対象のどちらが大きいかをなるべく速く答えるように求めた結果、適切条件に比較して不適切条件での反応時間は有意に短く、ストループ効果を示したことから、対象の大きさ認知の処理過程は概念的知識と密接に関係していて、知覚した対象の大きさとその概念的大きさが干渉しあい、しかもそれは意識過程とは別に自動的に処理されることを示した。
(5) Higashiyama & Shimono(7)はプラスティク効果(鏡に映じた絵画の視えの奥行は、それを直接に観察した時の視えの奥行より深く知覚される)を、絵画と動画で実物観察条件と鏡映像観察条件で比較した結果、73%の被験者はどの観察条件でもバーチャルな絵画・動画の方が視かけの奥行が大きいと選択、また、実物あるいは鏡映像の絵画を観察後、実物絵画でテストすると、その視えの奥行は45%で転移効果があったことから、プラスティク効果が確かに存在すること、またこのプラスティク効果はこれに関連した視覚技能の学習によることを明らかにした。

6.4.視空間構造
(1)Li & Durgin(11)は、視えの絶対的および相対的奥行距離についての内在的偏向モデルと俯角拡大モデルについての研究をレビューし、これら2つのモデルの幾何学的仮定は異なっているが、視えの相対的奥行距離についての予測は類似すると考えた。すなわち、両モデルともに視えの相対的奥行距離の過小視を地面の傾斜の過大視に帰因させ、同様に俯角拡大モデルは視えの絶対的奥行距離を視線による俯角の知覚的過大傾斜に帰因させる。したがって、俯角拡大モデルは、2つのタイプの絶対的および相対的な視えの奥行距離の過小視、すなわちリニア-な圧縮(主に視線による俯角の知覚的過大傾斜による)、およびノンリニア-な圧縮(地面の視えの過度な傾斜による)を予測する。両モデルは、等しく相対的な視えの奥行距離の圧縮程度を予測するが、俯角拡大モデルではさらに絶対的な視えの奥行距離のリニア-な圧縮、高低差のある傾斜角の過大視、絶対的な視えの奥行距離と前額に平行な面との間の異方性など視空間のバイアスに関連した経験的な事実をも説明できる。
(2)Wells-Heringの法則では、対象像の網膜位置情報と眼球位置情報は、それぞれ独立変数であることが前提とされるが、これに対して斜視者は対象像の左右眼の網膜位置が対応しないことによる二重像視を避けるために片眼情報を抑制し知覚された対象像の網膜位置情報と眼球位置情報とは独立変数ではないことを示すため、Sridhar & Bedell (18)は、Wells-Heringの法則の妥当性の検証を試みた結果、片眼への刺激入力を弱くし相対的に両眼間の視認度を変化させると、それに対応して刺激入力が弱められた側の眼球位置情報力も減じたことから、網膜情報と眼球情報は独立変数ではなく相互に影響し合っていることを見いだした。