2. 運動要因による3次元視

2.1.運動からの立体の復元
運動からの立体の復元における図-地要因ならびにドットの「出現-消失」要因
 白と黒の垂直の長方形図形が交互に並列したパターン(28A)の各領域内のドットを隣接間で逆方向に等速度で水平運動させると、白地の上に黒いシリンダーが立体的に奥行回転(図Bの左)あるいは黒地の上に白いシリンダーが立体的に奥行回転(図Bの右)するように知覚される。ドットは出現と消失(accretion/deletion)を反復するものの、各領域内のドットは等速度で運動しているので運動視差は機能していないにもかかわらず、形状は立体視される。このような3次元形状知覚が可能なのは、シリンダーの形状における「図(figure)と地(ground)」要因が関係していると考えられる。
 そこで、Froyen et al.(10)は、29に示したように、シリンダーの形状における図になりやすさを、次のように4通りに操作した。(A)垂直白色図形の形状を凸に視えるパターン、(B)その形状をシンメトリーにしたパターン、(C)その形状の曲線を平行に変化させたパターン、(D)白図形と黒図形を相互補完的にさせたパターン。さらに、シンメトリー条件では、形状の太さを変化させることで図になりやすさの条件を操作した(この場合、細い方が図になりやすい)。予想としては図になりやすい凸形状をもつパターンがもっとも立体的に知覚されると考えられた。被験者には運動するパターンを観察後に、どの垂直図形が回転して視えたかを答えさせた。
 実験の結果、形状の立体視と奥行回転が強く出現するのは、凸状形状の条件の場合であり、またシンメトリーの形状の太さを細くするに従い、ほぼリニア-にその形状の立体視と奥行回転出現が大きくなることが示された。このことから、運動からの形状復元では運動速度差がなくても立体視と奥行回転が生起し、これには図-地要因が強く関係している。

3次元対象の形状と表面反射特性が対象の回転軸に与える影響
 オプティク・フローによって連続して提示されるイメージから3次元対象の特性を視覚システムが再現するためには、変形する形状、対象の運動特性(回転、平行移動、接近)面の反射特性、そして照明特性の組み合わせを解析しなければならない。視覚システムが、どのようにしてこの問題を解決するのかはいまだ不明な部分が多い。とくにオプティク・フローから3次元対象を復元(structure of motion,SoM)する場合、対象の回転軸が垂直か、斜方向か、水平方向かを特定することは重要である。Doerschner et al.(2011)は、同一対象の面の特性を変え、それをオプティク・フローで提示した場合、観察者は回転軸をどのように特定するかをしらべた。30に示されたように、コンピュータ・グラフィクス(CG) で不規則な形状を持つ3次元対象を作成、その面の光沢度をつや消し条件(上段)と光沢条件(下段)に操作して垂直軸を中心に回転提示した。これを観察させると視かけの回転軸はつや消し対象では垂直であるが、光沢対象では斜方向(黄色で表示)となった。これは、対象面の模様、たとえば赤丸と白丸で表示した部分の回転に伴う2つ模様の位置と速度変化は、つや消し対象では回転に伴って平行に移動するが、光沢条件で2つの模様の運動軌跡は明らかに異なるためと考えられた。
 そこで今回、Doerschner et al.(7)は、31のように、対象の形状を簡素から複雑(上段から下段)へと変化、また対象面の反射特性を光沢(a)、テクスチャ(b)、一様(c)、シルエット(d)と操作して、回転軸をランダムに提示した条件で知覚される回転軸がどのように逸脱するかをしらべた。その結果、実際の回転軸に対する知覚された回転軸の逸脱度は、シルエット条件で最大となり、光沢、テクスチャ、一様条件では差が生じなかった。これは前回の実験結果と異なるので、32に示した相称性をもつ3次元対象に形状を変更し、実際の回転軸と知覚した回転軸の逸脱度をしらべた。対象の面の反射特性は光沢、テクスチャ、一様、シルエットの各条件とした。実験の結果、知覚した回転軸の逸脱度は光沢条件とシルエット条件がもっとも大きく、次に一様条件とテクスチャ条件となった。これは、3次元対象の形状が凸部分で形成されたために、回転に伴う輪郭領域が遮られたためと考えられる。光沢条件とシルエット条件の逸脱度が同等に大きいのは、光沢条件はシルエット条件に類似し、輪郭領域が識別できないためであり、逆にテクスチャ条件ではこの輪郭領域を識別させる手がかりがあったためと考えられる。これらの結果から、運動からの3次元形状復元には、対象の面の反射特性が影響すること、またこの影響の程度は対象の形状によって変わること、そして視覚システムは形状、運動軌跡、面の反射特性などの手がかりを統合して3次元形状を復元しているものと考えられる。

運動視差における「拡大-縮小」運動と「増-消失」運動の奥行効果
 観察者が対象に向かうように前進運動すると、近くにある対象はダイナミックに遠くにある対象を隠したり出現させたりする。このとき、2種類の運動が網膜上に流動的に生起する。一つは対象面のテクスチャのオプティク・フローである「拡大-縮小(expansion-compression)」運動である。これはシア・モーションとも呼ばれる。もう一つは、より遠くの対象のテクスチャを隠蔽したり再出現させたりする「増-消失 (accretion-deletion)」運動である。
 Yoonessi & Baker(53)は、運動視差における「拡大-縮小」運動および「増-消失」運動が奥行の出現方向に与える効果をしらべた。実験事態は、33に示されている。図の(a)はモニター、頭部運動検出のセンサー、磁気トラッカー、およびコンピュータから構成された装置を示す。被験者が頭部を左右に動かすと、それに連動した運動視差が生じる。図(b)はモニターに提示された刺激事態で、前面にはランダムドットから構成された3本の垂直に配した不透明な矩形、その背後にはランダムドットからなる面がある。これらの刺激面は実際には前面と後面の中央に灰色で示した位置に提示され、またその中央には円形面が提示された。図(c)被験者から観察できる刺激パターンで、中央のx印は注視点、矩形間のドットは相互に反対方向に運動して視差を生じる。被験者には、頭部を左右に運動させながら垂直矩形の左右のエッジのどちらが奥行的に前あるいは後に視えるかを判断させた。このとき、注視点は常に視えているので、垂直矩形が注視点を覆う場合には知覚コンフリクトが起きることになる。奥行出現方向の判断は、頭部運動に対しイメージ運動(運動視差)をどのくらいの幅で動かすか、その比率(Syncing gain)0.01から0.3の範囲で変えて求められた。この比率が高いほど、出現する相対的奥行は大きくなる。運動視差は、「拡大-縮小」運動のみ、「増-消失」運動のみ、両方の運動がある条件、これらの2つの手がかりが一致している条件と抗争事態(conflict)にある条件とが設定された。34(a)には、「拡大-縮小」運動と「増進ー消失」運動の両手がかりが奥行出現方向に矛盾無く頭部運動(ここでは右方向)に連動して提示される事態で、黒色矢印はテクスチャが「拡大-縮小」運動することを、白色矢印は矩形の境界の動きを、青と赤で表示した領域はテクスチャの「増進ー消失」運動を、そして赤のxは注視点をそれぞれ示す。下部の灰色円は被験者の頭部を、右横の矢印は頭部運動を表示。(b)(a)事態で得られた運動視差をビデオで記録して再現した事態、被験者の頭部は静止、(c)「拡大-縮小」運動と「増進ー消失」運動の両手がかりが奥行出現方向に関しコンフリクトして頭部運動(ここでは右方向)に連動される事態で、ここでは「拡大-縮小」運動によって手前にあることを示される対象が遠方の対象によって覆われたり、現れたりする。(d)垂直矩形の境界が固定され、その内部のテクスチャは頭部運動に連動して「増進ー消失」運動する事態、しかしこの境界(エッジ)での「増進ー消失」運動は対象の奥行出現が前か後かは指示しない。(e)テクスチャは透明な物として表示され、また頭部運動に連動した「増進ー消失」運動は存在しないが、観察者が頭部を前後に運動すると灰色表示された領域はドットが無くなるかあるいは2倍に増えるかが反復される。(f)テクスチャは静止しているが、境界(エッジ)では頭部運動に連動して「増進ー消失」運動をする事態である。
 Syncing gainの増大に伴って垂直矩形の左あるいは右エッジの奥行出現方向の正確度がどのように変化するかをしらべた結果、次のようになった。(1)「拡大-縮小」運動と「増進ー消失」運動の2つの手がかりが存在ししかも2つの手がかり間に一致性がある事態では、すべてのSyncing gainで正確度はほぼ100(事態a)。(2)この事態の再現提示ビデオを頭部静止事態で観察した場合では、Syncing gain0.03まではチャンスレベル近辺であるが、それを越え0.2以上では知覚判断はほぼ100%の正確度(事態b)。(3)2つの手がかり間がコンフリクトする事態では、Syncing gainが小さいときにはほぼ100%の知覚判断が示されたが、Syncing gain0.05では50%0.3では0%の正確度に減少(事態c)。(4) 固定された境界の内部のテクスチャが頭部運動に連動して「増進ー消失」運動する事態では、Syncing gainが小さい場合には100%、0.1以降でもチャンスレベル以上の正確度で知覚判断された(事態d)。(5)透明なテクスチャでは、すべての範囲のSyncing gainでほぼ正しい知覚判断がなされ、とくに小さい場合には100%の正確度が示された(事態e)。(6)「増進ー消失」運動のみの事態では、奥行判断はチャンスレベルだった(事態f)。
 これらの結果から、運動視差における2つの運動要素である「拡大-縮小」運動と「増進ー消失」運動は相互に補完的に作用し、とくに「増進ー消失」運動は相対的奥行が大きい場合に作用する。しかし「増進ー消失」運動は奥行出現を促進することができるのみで、単独では奥行出現の方向を規定できない。結局、「拡大-縮小」運動は広範囲の相対的奥行に手がかりとして機能するが、「増進ー消失」運動は相対的奥行が大きい条件でのみ機能する手がかりであると考えられる。

2.2.運動視差の処理過程
運動視差の時間的特性
 運動視差に基づいて対象の奥行を識別する場合、視覚システムは運動視差刺激をある時間の範囲で蓄積する必要がある。運動からの立体復元(structure from motion)の場合、立体知覚が可能になるにはドット刺激の持続時間は50100ms間必要だし(Treue et al. 1991)、さらに全体の刺激持続時間が5001000msの間で持続時間が増大すると知覚される奥行も大きくなることが示されている(Eby 1992)Caudek et al.(2002)は、運動からの立体復元は2過程から成り、第1段階はローカルな運動を150msという短時間内に検出し、これに基づいて奥行計算する過程であり、第2段階は第1段階での計算値から1s以内にグローバルな立体形状を統合する過程が続くと考えた。運動視差による奥行出現も、これと同様に、局所的な運動と運動視差の検出過程が最初にあり、これを統合してグローバルな奥行を復元する過程が続くと考えられる。  そこで、Hosokawa et al.(15)は、運動視差による奥行復元過程での時間的特性を実験的にしらべた。被験者にはランダムドットからなる2つの矩形のフィールド(35a)が提示された。2つのフィールドの片方は観察者の頭部運動に連動してドットをサイン波形状に運動(リファレンス刺激)、もう一方は「限定された時間帯(concomitant interval)」のみ頭部運動に連動してドットを運動(ターゲット刺激)させた(b)。限定された時間帯での頭部運動は、端から端までの全体頭部運動との比率(「全体運動に対する限定された運動の比率」)で1/62/63/64/65/6と変化させた。ドットは水平方向に頭部運動に随伴して垂直方向にサイン波形状に運動させ、このパターンの空間周波数を0.4 cycles/degに設定、またこのパターンの振幅のピークを頭部運動1cmあたり0.140.200.27 cm6.5 cmの頭部運動につき406080 arc min)と変化させた。被験者には、顎載台に顎を載せてレールに沿って端から端まで提示音に合わせて動かすように求め、2つのフィールドに生起する波形の奥行のどちらの方が深いかを片眼観察で知覚判断させた。上昇系列と下降系列を設定し、リファランス刺激の運動視差量(パターン振幅のピーク値)を段階的に増減してターゲット刺激との視えの奥行を比較させた。
 実験の結果、ターゲット刺激に対するリファランス刺激の奥行の主観的等価値(視差量)は、すべてのパターン振幅条件で「全体運動に対する限定された運動の比率」が増大するとリニアーに上昇することが示された。このことは、運動視差刺激の知覚時間が長くなると運動視差による奥行量も増大することを示し、したがって運動視差が時間とともに蓄積され統合されることを示唆する。
 そこでさらに、運動視差による奥行提示の途中に運動視差を急激に変化する事態を設定し、その変化を検出するかどうか、また検出までの反応時間を測定した。運動視差の変化は、最初に提示した視差量(peak amplitude60 arc min)20406080100%の増減とし、視差変化は観察者の頭部運動範囲の端あるいは中央とした(端より中央の方が頭部運動は速い)。その結果、運動視差変化が小さい場合の検出率は悪いこと、運動視差変化の検出率は60%以上の変化では高くなること、またその検出までの反応時間は視差変化が大きくなるにつれリニアに短くなること、最少でも1秒を要することなどが示された。このことから、運動視差は比較的長い処理時間が必要とされる低域通過フィルター(low-pass filter)の特性を持つと考えられる。

2.2.運動要因の奥行手がかり効果
奥行空間における形状と運動要因間の相互作用
 Khuu(2012)は、36に示したように、多くの斜線分の前あるいは背後で円形刺激を垂直方向に動かすと、その運動方向が歪んで知覚されることを示し、これを運動ツェルナー錯視(kinetic Zollner illusion)と呼んだ。この錯視は運動に選択的な検出器からの出力が背後の斜方向の刺激線分によって方向が歪められた方向検出器からの出力と結合されることによって生起すると考えた。つまり、背景刺激の斜線方向が運動対象の方向を歪め、それが運動検出器の出力と結合されて、対象の運動方向知覚の歪みが生起するというわけである。実際、運動対象の速度、運動対象と背景刺激のコントラスト、運動範囲を縮小すると、この錯視は減衰することが示された。
 そこで、Khuu(21)は、背景斜線分と運動対象の間に奥行を設定した場合にも、運動ツェルナー錯視効果が減衰するかを確かめた。図36A は、運動ツェルナー錯視実験のためのランダム・ドット・ステレオグラムを示し、Bはステレオグラムを立体視したときに出現するパターンで、B.1には斜線分の手前に運動刺激が、B.2には斜線分の背後に運動刺激が出現する場合をそれぞれ示す。斜線分と運動刺激の奥行距離は両眼視差を-36-27-18-909182736 arcminの9通りに操作し、斜線分は視野の垂直に対して15°と90°の2条件を設定、運動対象の方向は-8°、-6°、-4°、-2°、0°、2°、4°、6°、8°の9通りに、そして運動対象速度は15°/s一定とし、0.375°/frameで操作した。被験者にはこの運動刺激を200 ms提示し、その後に中央に提示した垂直線に対して運動対象が右あるいは左だったかを答えさせた。
 実験の結果、斜線分が15°条件では、斜線分の奥行が運動対象の手前あるいは背後の両条件共に46°の方向変位が観察された。また、この視えの方向変位は運動対象と斜線分の奥行がゼロ近辺(-99 arcmin)で最大となるが、この奥行が大きくなると減衰し、両眼視差が-36°あるいは36 arcminでの方向変位はゼロになった。
 そこで、奥行と方向の異なる2種類の斜線分の間に運動刺激が出現する場合(37)には、運動ツェルナー錯視の方向変位は奥行が近い斜線に影響されるのかあるいは2種類の斜線角度の双方が影響するのかが検討された。後方の斜線分の方向は15°で奥行を34.567.5910.512 arcminに変化、また前方のそれは-15°で奥行は-7.5 arcminに固定して、それぞれ提示された。被験者には、前実験と同様に、この運動刺激を200 ms提示し、その後に中央に提示した垂直線に対して運動対象が右あるいは左だったかを答えさせた。後方の斜線分の視差が7.5 arcminのとき、運動対象は前方と後方の真ん中に位置した。この場合、後方斜線分の視差が7.5 arcminより小さい場合には、後方斜線分は運動対象に近くなり、この値より大きい場合には前方斜線分より遠くなる。
 その結果、運動対象の方向変異は運動対象に近い方の斜線分の影響を直接受け、2種類の斜線分の中央に運動対象がある場合にはゼロとなった。
 これら2つの実験結果から、運動対象の視かけの運動方向はもっとも近接するパターンの影響を受けて変位することが示され、理論モデルの構築に当たっては両刺激の2次元関係に留まることなく3次元関係を考慮する必要を示す。

2.3. オプティク・フロー
ロコモーションとオプティク・フロー(headingsteering)
 Kountouriotis & Wilkie(23)は、オプティク・フローに導かれる直進方向(heading)と左/右蛇行方向(steering)のパフォーマンスの正確さをしらべた。実験は被験者をドライブシートに座らせ、スクリーンに提示した映像を観察しながらゴールとして提示した目標物に向かうように車のハンドルを回転させることを被験者に求めた。オプティク・フローは、38に示すように、ランダム・ドットによるものと自然シーンにあるテクスチャによるものを用意した。ランダム・ドットによるオプティク・フローのドット密度は0.421.253.7511.25 dot/m2の5段階、ドットの輝度も強弱の2段階、またゴールとして用意したターゲットの角度を観察者を0度として直方向パフォーマンス条件では101418度、左/右蛇行方向では141822度の3段階を、それぞれ設定した。オプティク・フローの速度は13.8m/sに固定した。
 実験の結果、オプティク・フローに導かれる直進方向(heading)と左/右蛇行方向(steering)のパフォーマンスは、オプティク・フローが輝度の強いドットの場合にはテクスチャによるフローと同等な正確さであること、しかしドットの密度が粗くまた輝度が弱い場合には直進方向のパフォーマンスは正確さを維持するが、左/右蛇行方向のパフォーマンス劣ることなどが明らかにされた。これらのことから、カーブをともなうパフォーマンスは直進方向パフォーマンスとは異なるオプティク・フローが必要となり、それはドットが明瞭で密度の高いものである。

グローバルな運動視における両眼加重効果
 運動する複数の刺激要素からそれらが全体としてどの方向にどのような軌跡で動いているかのグローバル運動視は、有線皮質(striate cortex)と外線条皮質(extriate cortex)でそれぞれ担われている。V1での運動の方向に特異的なニューロンは個々の刺激要素のローカルな運動方向を検出し、この情報は有線皮質にあるMTMST野に送られ、これらの情報が統合されてグローバルな運動視が生起する(Anderesen 1997)。また、グローバルな運動視には両眼視が重要である。たとえば、両眼視差のある条件では、パターンに対する運動方向識別能力は高まるが、逆に片眼弱視者はその識別能力が劣ることがある。さらに、Hess, et al.(2007)の研究によれば、輝度要因(第1順位(first-order))のみによるキネマトグラム(RDKs)を用い、放射、回転、直進並進の3種類のグローバル・パターンの運動方向の識別を、刺激要素の輝度とその背景の輝度との間のコントラスト(dot modulation depths)を変化させ、単眼視と両眼視条件でしらべたところ、両眼視条件での識別閾値はdot modulation depthsのコントラストが低い場合には単眼視条件より小さかった。この結果は、第1順位刺激条件の場合、刺激の両眼視加重が運動のグローバルな統合過程より早い段階で生起することを示唆している。
 そこで、Hutchinson et al.(16)は、第2順位(second-order)刺激を用いた場合にも、グローバル運動視の閾値の両眼加重があるかどうかについてしらべた。提示刺激は、ランダム・キネマトグラムとし、各刺激要素は明るさコントラストで構成した(図39)。キネマトグラムで観察できるグローバル運動視パターンは、放射、回転、並進の3種類とし、各要素の運動方向に関する一貫性(motion coherence threshold)はシグナル刺激とノイズ刺激の比を変えることで操作した。また、キネマトグラムを構成する要素(dot)の奥行の変調は「ドット内のノイズ刺激の平均コントラスト」と「背景のノイズ刺激の平均コントラスト」の比を操作することで変化させた。被験者にはランダム・キネマトグラムを単眼視あるいは両眼視のどちらかで観察させ、グローバルな運動パターンが放射条件では拡大/縮小を、回転条件では時計回り/反時計回りを、並進条件では上方向/下方向を、それぞれ答えさせた。
 実験の結果、グローバルな運動を知覚できるためのコヒーレンス閾値(motion coherence threshold)は、dot modulation depths{ (DLmean - BLmean)/(DLmean + BLmean) :Dot Luminance, Back Luminance}0.5から0.7まではリニアに減少し、それ以降は平準化すること、放射、回転、並進条件間には差がないこと、また両眼視条件の方が単眼視条件より小さいこと、さらにこの閾値の改善はdot modulation depthsに固有なものであることが示された。これらの結果から、第2順位事態でのグローバルな運動方向識別は、単眼視条件に比較して両眼視条件の方が1.2倍ほど正確であり、しかもこれはグローバルな運動処理過程で起きているのではなく、modulation depthに依存して起きていることが示された。両眼視条件におけるコヒーレンス閾値の改善は個々の刺激要素の運動からグローバルな運動を検出する以前の処理過程が関与することが示唆される。また第1順位刺激条件での両眼加重効果に比較して、第2順位のそれは弱いことも示され、これが神経生理的レベルの加重によるものなのかが検討課題である。