3. 絵画的要因による3次元視

3.1.絵画的要因による立体・奥行視
凹凸面における輝点(highlight)と面の光沢の知覚
 対象物の表面は、その物体の性質から光沢(gloss)、あるいはつや消し(matte)となる。光沢面は照射光を反射させるが、つや消し面は光を散乱させる。40によると、凹面の場合には輝点は観察者の手前(A)に、凸面の場合には面の奥(B)にそれぞれ生じる。これは凹凸面の単眼視的な手がかりとなると考えられる。  
 Kerrigan & Adams (20)
は、輝点が凹凸面の知覚に単眼的手がかりとして機能するかを実験的に検討した。輝点の位置と凹凸面知覚の正確度をしらべるため、41に示したようなステレオグラムを作成した。これらを両眼立体視すると、両眼視差をつけられた輝点が凸面の上、手前、あるいは奥に視える。図41Aでは輝点は凸面(1.6cmの高さ)の奥に正しく配置、Bでは輝点は凸面(1.6cmの高さ)上に配置、Cでは輝点は凸面(1.6cmの高さ)の手前に配置、Dでは凹面の深さが1.1cmで輝点は手前になければならないのに面のエッジ上に配置させてある。Eでは凹面(2.4cmの深さ)で輝点は手前側に配置させてあるがその奥行はわざと深すぎるように設定、Fでは凹面(2.4cmの深さ)で輝点は手前側に正しく配置させてある。被験者には液晶シャッター眼鏡でステレオグラムを提示し、ハプティック・ツールを利用して凹凸面の高さ/深さを再現させ、また面の光沢度を10段階のスケールで表現させた。

 その結果、凹面条件では輝点が正常、不正常の両事態ともに凹面の深さと光沢度の知覚にに影響しないこと、また適切な高さの凸面条件(1.6cm)では正常な位置に提示した輝点は光沢度の高い知覚を生起させるが、しかし提示した輝点は凹凸面の深さ/高さの知覚に影響を与えないことが示された。このことから、輝点は凹凸面における単眼視手がかりとして作用しないと考えられる。

陰影、輝点(highlight)、鏡面反射からの凹凸知覚
 視覚システムは、周囲からの散乱光による表面情報から凹凸に関わる3次元面を知覚することができる。Faisman & Langer(8)は、ものの面を構成する光沢、つや消し、周囲光による変化をOpenGLでシミュレートし、それらが面の凹凸知覚に与える正確度を測定した。 測定する面は、面の反射と照射光条件を変えて7通りを作成した。それらは(1)テクスチャのみ、(2)等質環境(homogeneous environment map)での周囲光からの反射のある面(42a)、(3)非等質環境(inhomogeneous environment map)での周囲光からの反射ある面(b)、(4)Phongモデルによる白色散乱光(c)、(5) Phongモデルによる灰色散乱光(d)、(6) Phongモデルによる黒色散乱光とハイライトある面(e)、(7) Phongモデルによる灰色散乱光とハイライトある面(f)、である。面の凹凸の測定は、面の各所にプローブ刺激として平たい小さな球状刺激を提示し、それが凹あるいは凸いずれの面状にあるように視えるかを被験者に求めた。
 その結果、(1)つや消し面より光沢面の凹凸知覚の正確度は劣ること、(2)周囲からの反射光のある面は輪郭を遮蔽していないにもかかわらず凹凸知覚の正確度は高く、しかも非等質な環境では自然環境と同じように明るい方が凹凸正確度は増すこと、(3)ハイライトの付加は知覚判断の正確度を低めること、などが示された。 さらに、Faisman & Langerは面が上向きあるいは下向きに奥行反転する面での同様な凹凸知覚の正確度を、水平上向(upward)条件と水平下向(downward)条件とを設定(レンダリング)してしらべた。水平上向条件では水平より30度面を上向きに傾けて提示、水平下向条件では30度下向けて提示した。その結果、水平上向条件では白色散乱光をもつ面、灰色散乱光とハイライトをもつ面、周囲光からの反射を持つ面では水平上向条件で凹凸知覚正確度が水平下向条件より高いが、水平下向条件ではいずれのレンダリング面でもその知覚正確度は低かった。これは視覚システムが照射光は上方からくることを暗黙の前提としているために、水平下向条件でもこの前提を当てはめて知覚判断していることによると考えられる。

写真のなかの対象間の相対的奥行視
 Takezawa(46)は、写真の中の対象間の相対的奥行距離を測定した。2つの同一の大きさの対象を別々の距離に固定し、それを写真撮影した。その際、近い方の対象の写真上の大きさは固定し、レンズの焦点距離に合わせて遠い方の対象とカメラ間距離を操作して撮ることによって両対象の大きさ比を変化させた。被験者には写真を観察させ、両対象の奥行距離を実際の対象を動かして再現させた。その結果、2つの対象の大きさ比が小さくなると、実際の相対距離は同一にもかかわらず、視えの相対的奥行距離は大きくなること、また視えの相対的奥行距離は、写真のなかの2つの対象の網膜像の大きさがカメラ位置からの実際の対象の網膜像の大きさ同等な条件でも、実際の相対的距離より小さく知覚されることが明らかにされている。

3.2.図と地の分擬問題
テクスチャの弁別と分擬における図形要素の空間的配置要因
 知覚体制化の問題には、知覚的群化(perceptual grouping)とテクスチャ処理(texture processing)の2つがある。知覚的群化とは刺激要素を形状、大きさ、明るさなどで結合し、より大きなまとまりとして知覚する作用を言い、ゲシタルト原理がはたらく。テクスチャ処理とは、テクスチャの弁別と分擬の作用を言い、前者はテクスチャによる領域の識別を、後者はテクスチャによるエッジの識別をそれぞれ指す。知覚の体制化においては、知覚的群化とテクスチャの処理は密接に関連している。43には、このような知覚的群化とテクスチャ処理の例が、(a)では自然シーンでの知覚的群化とテクスチャの処理が密接に関連しシーン内にある形状を明示することを、(b)では擬態パターンで知覚的群化とテクスチャの処理が困難なために中央のカエルの弁別できにくいことを、(c)では知覚的群化を表すドットによる格子パターンの出現を、(d)ではテクスチャパターンによる知覚的群化を、(e)ではドット間に形成される共線性が背景のノイズからくねくねした曲線の知覚を促進することを、(f)ではドットの方向の類同性によるテクスチャパターンの分擬を、(g)では放射状パターンのなかでの輪郭とテクスチャ面との相互作用による凹凸を持つ円形の出現を、(h)では放射パターンのなかに輪郭とテクスチャに面との相互作用による靴下形状の出現を、それぞれ示されている。とくに、Machilsen and Wagemans (2011)は、図43(g)のように、くねくねした曲線の検出、テクスチャ領域、およびこれらの2要因の相互作用をしらべ、輪郭と面の手がかりが、これらの刺激要素を組み合わせると、最適な線形をとるように統合されることを示した。また、Sassi, et al.(2010)は、図43(h)のように、日常生活で見慣れた対象は、隣接する2つのテクスチャ領域による分擬ではなく、あらゆる方向の刺激要素が前面となる形状と背景となる後面の分擬によっていること、さらに輪郭を構成する境界間の相互作用があることなどを明らかにした。これらの研究は、知覚的群化にはテクスチャ領域内の刺激の方向要因の類同性によるもの、および領域のエッジに沿っての方向要因の配列によるものの2種類があることを示した。
 Vancleef, et al.(49)は、規則的な刺激要素あるいはランダムな刺激要素の配列がテクスチャ弁別とテクスチャ分擬にどのように異なる効果を持つかを実験的に検討した。そのために、実験1はテクスチャ弁別に関するもので、一方向のみの刺激要素からなるテクスチャ領域と規則的なテクスチャ領域を提示し、その領域間の弁別がしらべられた。実験2はテクスチャの分擬に関するもので、2つの領域間を分擬するエッジの刺激要素を直線的な構成であるいは直線と曲線とが混在する構成でそれぞれ提示してしらべた。実験で使用された刺激は、44に示したように、ガボールパッチから構成された刺激パターンで、刺激要素がランダムな配置(a)条件と規則的な配置(b)条件とを設定した。さらに、弁別と分擬課題の両方で、45のように、2つの領域を分けるエッジを横方向にまっすぐに伸びるものから山型曲線を描くように7通りに変えるとともに、一つの領域の刺激要素の方向は常に一方向に設定するが、もう一つの領域は0°から80°まで10°ステップで8段階に操作した(方向攪乱条件)。実験1の弁別課題では被験者に図の(a)のパターンを2種類選択して継時的に提示し、方向が同一な刺激要素を含んでいるのはどちらのパターンかを選択させた。実験2では実験1と同様に2つの刺激パターンを継時的に提示するが、被験者には2つの方向の異なるテクスチャによる分擬のエッジが横方向に直線的かあるいは曲線的かを判断させた。
 実験の結果、テクスチャによる弁別課題での弁別精度は、方向攪乱の程度が大きくなるにつれて悪くなること、しかし刺激要素のランダム配置と規則的配置条件では差が生じないことが示された。テクスチャによる分擬課題での弁別精度は、弁別課題と同様に方向攪乱の程度が大きくなると悪くなること、さらに刺激要素がランダム配置条件では規則的配置条件に較べて悪くなることが示された。
 これらの結果から、テクスチャ分擬課題ではテクスチャのエッジを検出することによって形状の弁別が求められるので、刺激要素の配列要因(規則的/ランダム)は分擬課題の正答率に影響をもつが、一方テクスチャの弁別課題では同一方向の領域をランダムなそれから識別するだけなので弁別課題の正答率に影響しないと結論された。
 これらの結果は、テクスチャの弁別と分擬の処理過程に関する2通りのモデルと関連する。その1はエッジ依存モデル(edge-based model)で、パターン内の不連続をさすエッジの検出が優先されると考える。その2は領域依存モデル(region-based model)で、テクスチャの類似性が検出され、次いで隣接する類似な刺激要素を結合するようにテクスチャの境界まで拡延すると考える。エッジ依存モデルはテクスチャの分擬課題に当てはまり、領域依存モデルはテクスチャの弁別課題に当てはまる。また、ここでの実験結果は、テクスチャ領域内のグルーピングとテクスチャエッジに沿ってのグルーピングの問題とも関連する。前者では領域内の刺激要素の規則性/ランダム性はグルーピングに関係しないが、後者ではエッジを検出しそれらを統合して輪郭を形成することが求められるので刺激要素の規則性/ランダム性に関係をもつ。Vancleef, et al.の研究は、これらの理論的モデルの妥当性を検証するための実験パラダイムを提供している。

図の分擬における複数の手がかり効果
 自然な事態では、図と地の分擬に関わる手がかりは複数あり、それらが同時に作用して図の出現を安定させている。Devinck & Spillmann(5)は、どのようなの手がかりが複数存在すると、図と地の分擬を促進するかをしらべた。実験で取り上げられた図と地の分擬に関わる手がかりは、凸要因、シンメトリ要因、底辺が大の特性をもつ要因の3種類で、これらを単独、2つの要因を組み合わせて、そして3つの要因を組み合わせて、46に示したように、テストパターンとした。被験者には、これらの刺激パターンを提示し、左右パターンのうちどちらが前面のパターンとして出現して知覚されるかを判断させ、また判断までの反応時間も測定された。
 その結果、凸要因が存在する条件でもっとも図としての知覚判断の正確度が高いこと、この要因に他の要因を組み合わせても図としての知覚判断の正確度は高まらないこと、しかし凸要因に他の2つの要因が組み合わされると知覚判断時間は速まること、刺激提示時間を150msに限定し、眼球運動を除去しても同様な傾向は変わらないことなどが示された。これらのことから、凸要因が図と地の分擬の主要因であり、これに他の要因が組み合わされると、分擬の促進が起きると考えられる。

3.3 その他の研究
顔表情知覚の偏好
 図47を見てみよう。(a)の顔は正方向三角形が背景にあり、(b)のそれには逆方向三角形がある。これを観察すると逆方向三角形を背景に持つ顔の方が威嚇的表情をもっているように感じられる。そこでToet & Tak (47)は威嚇的表情の程度を5段階で評価させると、有意に差があることが示した。どのような背景の元に顔があるかによってその表情知覚に偏好があるのでマルチメディアのコンテントのデザインに活かされる必要がある。

注意の統制による図地反転の加齢的影響
 Meng & Tong(2004)は、ネッカーの立方体の2つの見え方のいずれか一方に注意を集中させると、その視えの持続時間が増大し他方のそれは減少することをまた視野闘争図形(顔と馬)で一方のパターンが見えないように念じた場合、その持続時間は念じた方のパターンよりも大きく減少することを示し、それらの注意あるいは心的効果は、図地反転パターンで高く、視野闘争では小さいことを見いだした。視野闘争より図地反転パターンの注視は選択的注意によって影響されるためと考えられた。
 そこで、Aydin et al.(1)は、注意作用は加齢で衰えるので、図地反転図形を注視時の随意的な選択的注意と加齢との関係をしらべた。実験では反転図形として顔と花瓶の反転が起きるルビン図形(48A)、および顔あるいは花瓶のどちらかに知覚的優先を与えるためのドットを顔領域(図B)あるいは花瓶領域(図C)に付した図形を用いた。被験者には、はじめに受身的に図Aを観察させ、優位にある方の図形を維持する(受身的観察条件)ように教示した。次いで、外因操作で優位にある図形が知覚維持できるように、図Bあるいは図Cを提示した(外因的知覚優位条件)。たとえば顔図形が優位ならば図Bを、花瓶が優位ならば図Cを提示し、継続して優位となる図形維持を求めた。さらに、強制的反転を行うために、優位にある図形とは反対の領域にドットを持つ図形にスイッチし、その図形が知覚的に優位となるように求めた(知覚的優位スイッチ条件)。被験者は青年者群(平均年齢24.4歳、18名)と熟年者群(平均年齢69.2歳、16名)だった。
 その結果、受身的観察条件では熟年者群の知覚的優位持続時間は青年者群より有意に長いこと、また外因的知覚優位条件での知覚持続時間は熟年者群では受身的観察条件と比較して差が生じないが青年者群では有意に長くなること、さらに知覚的優位スイッチ条件では、両群ともに知覚的優位持続時間は減少した。これらのことから、熟年者群は随意的に知覚的優位図形を持続できないことが示され、熟年者が視ているものを意識的に注意作用で維持する能力に衰えがあることが示唆される。