4.奥行手がかりの統合

4.1.獲得させた奥行手がかりの普遍化
3次元空間関係を偏向させる「位置」と「面のテクスチャ」要因の手がかり普遍化(キュー・リクルート、cue recruitment
 Backus(2011)は、ある視覚手がかりが新たな手がかりとしてシーンの知覚に用いられる学習が起こることを「手がかりの新たな補充(キュー・リクルート、cue recruitment)」と名づけた。たとえば、2通りの回転方向が知覚できる事態で、どちらか一方向の知覚のみが生起するようにトランスレーション方向、奥行位置関係、あるいは形状を操作して知覚体験させると、操作した方向への知覚バイアスが生起し、キュー・リクルートが生じるという (Haijiang et al.2006, Backus & Haijiang 2007, Harrison & Backus 2012)。これらのキュー・リクルートにはすべて運動要因が関係しているので、運動野、とくにMT野、MST野に特異的な現象と推定された。
 そこで、キュー・リクルートは運動要因が関わらない場合にも生起するかについてJain & Backus(17)によって検討された。実験1では、キュー・リクルートの学習訓練のために49ABの刺激図形に両眼視差を付け両眼立体視で提示し、刺激の奥行方向を一義的に知覚させる訓練学習を実施する。この刺激図形の2つの面に長い棒状刺激が通すことで本が観察者手前に開いている(B)か、あるいは観察者からの向こう側に開いている(A)かを操作し、その2つの面の奥行位置を一義的に設定してキュー・リクルート効果をしらべた。訓練学習後のテストでは、図49Cに示した多義的に知覚される図形を提示し単眼視観察させ、2つの面のいずれが手前に視えるかを報告させた。さらに実験2では、ネッカーキューブ・パターンを利用し、その面に付したテクスチャの手がかりを操作してキュー・リクルート効果がしらべられた図50)。学習訓練では、このネッカーキューブ・パターンに付したテクスチャ手がかりが両眼視差の示す奥行方向と一致するように操作して両眼立体視で提示した。この場合、両眼視差を学習訓練の間中提示する条件と新規な手がかり効果を増進させるため訓練途中で片眼を非提示にする条件を設定した。学習訓練用後、どの面が観察者から手前に視えるかがテストされた。
 その結果、実験1では、学習訓練で示した奥行手がかりの知覚的偏向が生起し、このキュー・リクルート効果は翌日まで持続することが示された。実験2では、テクスチャに斜方向にギザギザ線分をいれ観察者の注目度を高めたパターンを用い訓練途中で片眼を非提示にする条件でのみネッカーキューブの面の奥行出現方向に関して、キュー・リクルート効果が示された。これらのことから、多義的な刺激の奥行位置関係についてのキュー・リクルート効果は、刺激に運動要因が絡まなくても生起すると考えられる。