6. 3次元視の発生と発達

6.1. 両眼立体視の発達
ファインとコース・ステレオ視の発達
 両眼立体視は両眼視差から単一像を形成して立体視するファイン・ステレオ視(fine stereopsis)と単一像は形成できなく二重像視となるが対象間の奥行は知覚できるコース・ステレオ視(coarse stereopsis)とがある。Wilcox & Hess(1995,1996,1997,1998)は、ファイン・ステレオ視とコース・ステレオ視を担う脳部位が違っていることを明らかにした。ファインステレオ視能力は6歳齢から9歳齢になって成人のレベルに達する(Ciner et al., 1989; Cooper et al. 1979; Fox et al.1986; Heron et al., 1985; Leat et al., 2001; Romano et al. 1975; Simons, 1981; Tomac & Altay, 2000)。一方、コース・ステレオ視の発達は未だ明らかにされていない。視野内にある多くの対象はパヌムの融合域の範囲外にあるので、それらは二重像視となっている。これらの二重像はファイン・ステレオ視では知覚できないので、これらの奥行を知覚するのはコース・ステレオ視ということになる。Simons(1993)によれば、コース・ステレオ視は両眼からの刺激の位置を調整してファイン・ステレオ視能力の発達を促すように働くという。ファイン・ステレオ視能力が発達するまでは、したがって、コース・ステレオ視が局所的な奥行情報を検出して視覚システムに提供することになる。もしこの仮説が正しければ、ファイン・ステレオ視の発達より前にコース・ステレオ視が発達することになると考えられる。
 そこで、Giaschi, et al.(12)は、ファインとコースステレオ視の発達をしらべた。被験者は4-5歳児(25名)、6-7歳児(25名)、8-9歳児(27名)、10-11歳児(26名)そして12-14歳児(22名)の5グループに18-40歳齢の成人グループだった。ステレオグラムは56 示したもので、フレームとポケモン・フィギュアとの間に視差が設定された。テストに用いた視差は、0.080.170.330.671.02.03.0 degに設定し、これらのステレオグラムは液晶シャッター眼鏡で提示された。被験者には、各ステレオグラムに対してそれが二重像であるか(二重像視)、フレームに対してポケモンが前か後か(奥行弁別)を問うた。
 実験の結果、年少児および成人においてのファイン・ステレオ視は視差1.0 deg以下で、コース・ステレオ視は2.0以上で生起すること、コース・ステレオ視では視差が大きくなると奥行弁別の正確度はやや下がるが年齢による差は生じないこと、ファイン・ステレオ視では成人の場合すべての視差で奥行弁別の正確度は変化しないが、年少児の場合には視差が大きくなるとその正確度も高まること、年少児はテストした視差がもっとも小さい場合には奥行弁別が不正確で未成熟であることなどが示された。これらのことから、コース・ステレオ視は4歳齢までに成熟するが、最も視差の小さなファイン・ステレオ視では14歳齢になるまで発達し続けると考えられる。

両眼視差、不明瞭刺激、接近する刺激に対する眼球調節と輻輳の発達
 対象を明瞭に知覚するためには眼球調節と輻輳の精緻な発達が必要である。Horwood & Riddell(14)は、眼球調節をリモートで測定できるハプロスコープ式の測定装置を利用し、乳児の長期的な眼球調節の発達をしらべた。実験では、異なる奥行距離に提示した対象の明瞭度(ぼけ)、両眼視差、そして対象の接近(対象の大きさを連続的に変化)の各手がかりをすべて組み合わせた条件を設定して提示し、その際の眼球調節と輻輳を測定した。
 測定の結果、もっとも自然に近い条件での眼球調節は67週齢で、また輻輳では89週齢で成人と同等となることが示された。さらに、対象の連続的大きさ変化による接近条件での調節と輻輳は14週齢以下でもっとも影響を受けて反応し、それ以降では影響されないこと、1228週齢の間では対象の明瞭度、両眼視差、対象の接近の各手がかりに対する調節と輻輳反応は同等となること(成人と児童では視差にもっとも強く反応)、さらに乳児の視力の発達速度に関わらず明瞭度に対する反応は変化しないことなどが示された。乳児では調節と輻輳は特定の手がかりに依存するのではなく、調節と輻輳の適切な適用にどの手がかりでも利用していると考えられる。

6.2. 運動要因による立体視の発達
運動からの立体形状知覚における加齢の影響
 Norman et al.(29)は、運動からの立体形状知覚における加齢の影響をしらべた。運動からの立体形状はキネティック・デプス効果を利用して作成された。立体形状はランダム・ドット(800)で構成され、回転提示すると中心にサイン波形状に落ち込む目玉模様(Bullet eye)、中心から放射状にに凹凸のサイン波形状に延びるパターン(Star)、そしてサイン波形状に凹凸を繰り返す卵の詰め箱状パターン(Egg crate)とした。これらのパターンの平均空間周波数は0.3 cycle、パターン内の凹凸は1.0 cm一定とし、左右方向22度の範囲で1フレーム当たり2度の速度で回転提示された(総計で88フレーム)。またパターンを構成するひとつのドットの継続条件を5通り(2481216 views)設定した。たとえば、4viewsでは、1フレームのすべてのドットの内でおおよそ1/4が消失し、他のドットに入れ替わる。つまり、ドットの時間的対応を妨害することによって運動からの立体知覚の成立を困難にした。被験者は、若者群(平均年齢27.3歳)、中年群(平均年齢50.9歳)、老年群(平均年齢75.1歳)で、3種類のどのパターンが知覚できたかを答えるように求めた。
 その結果、若者群と中年群は4views程度あれば立体を正確に知覚できたが、老年群は9views程度が必要となることがわかった。それでは、年齢が高くなるとどうして運動からの立体知覚が衰えるのか。多くの研究は、高齢になると対象の速度差が知覚できにくくなることを明らかにしている(Bidwell et al.2006, Norman et al.2003 2010, Raghuram et al.2005, Snowden & Kavanagh 2006)。最近、Liang et al.(2010)は、運動視の年齢に伴う衰えは、視覚領V1MT野における抑制性神経伝達物質(GABA,gammma-aminobutyric acid)の劣化にあると報告した。Leventhal et al.(2003)は、サルを用いた研究でも、GAVAあるいは作用薬ムシモールを投与すると、運動視が改善されることを示した。さらに、Edden et al.(2009)は、運動対象の方向識別能力がGABAと強く関連することを明らかにした。そこでNorman et al.は引き続き、高齢者の運動速度と方向の識別能力を高齢者の被験者でしらべた。運動速度刺激は注視点の上下に別々に提示したドットから構成された細長いストリップ状刺激で左から右に3秒間移動し、右端に到達するとはじめの位置に戻り再度移動した。ひとつの刺激は一定の速度(5.48/deg)で、他方はこれよりも低い速度で移動する。被験者には上下どちらのストリップの速度が速いかを判断させた。運動方向刺激は2通りのグレーティングパターンで、これらを継時的に提示し、最初の刺激に対する後続の刺激のグレーティングの方向の差を報告させた。
 個々の高齢者における運動からの立体知覚能力に対する速度識別能力および方向識別能力の相関をとったところ、運動からの立体知覚能力と速度識別能力の間には相関が見られなかったが、運動からの立体知覚能力と方向識別能力の間ではわずかに有意な相関関係(r=0.392)が示された。この結果は、運動からの立体視能力の減退は、視覚領とMT野におけるGABA神経伝達物質の低減と関係することを示唆する。

6.3. 視空間知覚の発達
乳児の相対的奥行距離知覚における床面と天井面の効果
 Kavšek & Granrud(19)は、2つの対象が床面と天井面の間に提示された事態では、乳児は床面あるいは天井面のいずれを奥行距離情報として優位に選択するかをしらべた。実験事態は、57に示したように、パースペクティブ要因をもつ床面と天井面の間に2つの対象物(おもちゃ)が、一方は天井面に近づけて(左側)、他方は床面に近づけて(右側)配置された(ただし、観察者から見た両対象の高さの位置は等しく設定)。これをディスプレーに提示し、5月齢と7月齢乳児の手伸ばし反応がどちらに行くかが単眼視条件でしらべられた。その結果、どちらの乳児群も床面に近い方の対象に手伸ばし反応が出現した。これは、5~7月齢乳児は、すでに天井面よりは床面からの奥行情報を優位に選択することを示す。

6.4. 動物の両眼視
ラットの両眼視融合
 Wallace et al.(50)は、自由に移動するラットの両眼視融合範囲を、開発した特殊なビデオカメラをラットの頭部に装着し、左右眼の瞳孔の位置を検出することでしらべた。両眼視融合を維持するためには眼球を精緻にコントロールすることが必要となるが、人間の場合、中心視した条件での左右眼球視野の不整合は3/1から1度の範囲で、これを越すと二重視となる。ラットの場合、左右眼視野の不整合は水平方向で40度、垂直方向で60度となり、常時、両眼視融合が起きていることは不可能である。しかしラットは視野の上方の重なりを常時維持し続けることはできる。これは、ラットには中心窩がなく、視力が悪く、眼球調整能力がないことを考慮すると当然の結果である。
 これらの結果から、ラットにはステレオ視が全く存在しないとは言えない。ラットは対象を正確に知覚するために、左右眼で融合できる視野範囲を頭部を固定して見ることによって、あるいは左右視野間で対応づけをすることによってステレオ視を可能にさせると考えられる。このしくみは、非捕食性の鳥類がパノラミック視とステレオ視とを組み合わせて、捕食動物を探知するやりかたと同じである。ラットの眼球運動は左右で非対称的であり、移動中、特定の対象を連続的に注視することはできないが、そのかわり左右眼の上方の視野を融合させ、上方から来る捕食動物の探知を効果的に行うと推定される。