7. その他の3次元視研究

両眼視と単眼視条件における視覚運動パフォーマンスの比較
 Read, et al(34)は、視覚運動パフォーマンスにおいては両眼視と単眼視の観察条件によって成績が違うかをしらべた。実験に用いた課題は、Morrisby Fine Dexterity Test(格子状に埋められたペグに小さな輪と座金を通すテストで指あるいはピンセットで実施)およびBuzz Wire Test(ワイヤーに通された小さなループのある道具を手に持ちワイヤー触れないように最終点を目指すもの)の2種類とし、観察条件は両眼視、右単眼視、左単眼視とした。
 実験の結果、Morrisby Fine Dexterity Testでのパフォーマンス成績は両眼視、単眼視条件間では差が生じないが、自分の指を用いての成績はピンセットより有意に高かった。一方Buzz Wire Testでは、両眼視条件の成績(所要時間、接触回数、接触時間)は単眼視条件より格段に優れていることが示された。Buzz Wire Testの場合には、3次元方向への凹凸が多いために、両眼視による検出が必要だったためと考えられる。

都市のスクエアの縦横比の見積もり
 Nefs, et al.(28)は、都市の公園あるいはスクエアが、実際にはどのような縦横比をもつ空間として知覚されているか、その縦横の距離はどのように見積もられているか、さらにはこれらの空間の縦横比および距離知覚は観察者がそのスクエアのどこに位置するかで異なるか、などを知ることは都市のデザインを考える上で重要である。そこで、オランダの古都デルフトに実際にあるスクエア(58)についてしらべた。このスクエアの縦横比(奥行/横幅)は1.011.301.43,2.097.12と異なる。縦横比の知覚は、十文字に交わる縦と横のルーラーをもつタブレットで縦と横のルーラーを別々に動かして表現させ、縦横距離の推定は1.2mの棒状刺激を用意し、縦横距離がそれの何倍になるかを推定させた。これらの測定は、5種類のスクエアに実際に出向き、そこを観察しながら各スクエアでの測定位置を5通りに変えて実施された。 実験の結果、スクエアの知覚された縦横比は実際のそれより過小視されること、しかし縦横距離推定による縦横比は、縦横比がもっとも大きいスクエアを除き、ほぼ実際通りに推定されるこ、さらにスクエア内の測定位置が変わると知覚的縦横比も変わることが示された。これらの結果は都市公園の設計に活かされる必要があろう。

空間周波数フィルターをかけた倒立顔パターンの知覚学習の効果
 de Heering & Maurer(4)は、高空間周波数フィルター(24 cycle per image以上)あるいは低空間周波数フィルター(5 cycle per image)を通した倒立顔パターン(59の下段)による知覚学習効果をしらべた。低空間周波数フィルターを通すとボケた顔輪郭は残るが、高空間周波数フィルターをかけると目と鼻は識別できる程度に残るが顔輪郭は消える。また空間周波数フィルターを通さない全波長域の倒立顔パターンを用意した。統制条件は正立全波長域顔パターンとした。低空間周波数・高空間周波数・全波長域の3種類の倒立顔パターンと統制条件には、7通りの視点の異なる角度から撮った顔パターンをそれぞれに用意した。知覚学習は、ターゲット刺激を提示、次に正面から撮った10種類の顔パターンを提示した後でどれが一致するかを被験者に求め、正答か否かはフィードバックされた。訓練回数は全部で630回で2日間に分けて実施された。知覚学習の前後で前テストと後テストが実施された。
 実験の結果、全波長域顔パターン条件は倒立顔事態でも、他の低空間周波数・高空間周波数フィルター顔条件に比較して知覚学習の効果が大きく、これは全波長域の正立顔パターンの統制条件とほぼ同等であること、1日目と2日目の知覚学習で同一顔パターンを使用した場合のみ、低空間周波数フィルター顔条件および高空間周波数フィルター顔条件でもわずかながら知覚学習効果があらわれること、この場合に高空間周波数条件での知覚学習効果がわずかに大きいことなどが示された。これらの結果から、知覚学習効果は低・高空間周波数フィルター条件でも現れることが明らかにされている。

加齢と対象のおかれた背景文脈が調和的あるいは非調和的事態における対象認知の正確度 対象の認知には、そのものが置かれた背景文脈が影響を与える。たとえば草原にいるキリンは自然な背景文脈にあり対象と背景とが調和的(congruent)であるが、室内にいるキリンは不自然で対象と背景文脈とが不調和(incongruent)である。
  Rémy et al.(36)は対象と背景文脈が調和的あるいは非調和的事態における対象認知が加齢によって影響を受けるかを確かめた。対象には動物と家具を、それの置かれた背景には山、海、草原などの自然シーンと建造物の室内など人工物シーンを設け、これらの組み合わせで調和的事態と非調和的事態を設定した。実験はこれらのシーンを100 msで提示し、対象が動物カテゴリに属するか、家具類に属するかを答えさせ、反応速度と正確さを測った。被験者は、20-30歳、45-55歳、60-75歳、75歳以上の4グループに分けて集計した。
 その結果、非調和的事態ではすべての年齢でカテゴリ判断の反応速度と正確度で調和的事態より劣ること、また60歳以上のグループではそれ以下のグループより反応速度と正確度で劣るようになり、とくに75歳以上になると非調和的事態でのカテゴリ判断は一段と不正確となることが示された。このことから、高齢になると複雑な知覚事態で対象を正しく認知することは容易ではなくなるものと考えられる。

両眼立体視力の臨床検査で考慮すべき事項
 Westheimer(51)は、Howard-Dohlman型検査法、ステレオグラム検査法、液晶シャッター利用検査法、アナグリフ検査法などの両眼立体視力検査法を考察し、検査で考慮するべき事項を次のようにまとめている。(1)単眼視手がかりを排除し両眼立体視力のみを検査できること、(2)明るさコントラストが高く輪郭線がシャープで容易に認知できる非散在の対象であること、(3)検査時間が短く済むこと。これらの考察結果から、ポラロイドを利用した検査法が推奨できる方法で、その際の左右眼への交替提示は60Hz以上であること、さらにRDS検査法はすべての観察者が一見で3次元視できないことから問題があることを指摘した。

盲目からの53年後の視覚の回復
 2009年、KP氏は71歳のときに53年間のほぼ全盲状態から手術で視力を取り戻した。KP氏は工場労働者だったが、17歳の時に工場の爆発事故で角膜を破片で損傷した。何度か手術による回復を試みたが不成功で、残存視力は明暗の識別のみだった。手術は右眼について施行され、手術から68月後の20103月から5月にかけてどの程度の視力が回復しているかが顔知覚、対象知覚、視空間知覚について、Šikl et al.(43)によってしらべられた。まず、KP氏の矯正視力は20/60(手術8ヶ月後では20/100と低下)、コントラスト感受性は0.65 log(60代の平均は1.68 log)であった。視覚情報提示時の視覚第1野と背側視覚路の有線外視野での視覚誘発電位は盲目になる前の機能が保存されている事を示したが、健常者に比較して遅延がみられた。
 認知テストは、60に示したように、顔認知テスト(顔の有無、顔の位置、性別、同一性)、対象物認知(身近な対象物名、色名、普通の対象物名、シルエットの対象物名、一部隠れた対象物、ある対象物が空間周波数成分を維持したまま、徐々に別の対象に変容する対象物(random Image Structure Evolution,RISE))、視空間テスト(絵画的要因による遠近、大きさ恒常性、錯視)の4種類を使用した。
  その結果、(1)顔の認知では、人の顔を他の物あるいはもっと複雑なシーンから識別可能、しかし90度回転あるいは後ろ向きの顔、顔の性別や2人の顔(正面あるいは異なる向きとも)、表情の異なる2人の顔をそれぞれ識別することが困難。(2)身近な対象物、半分隠れた対象物はほとんど認知可能、しかし色が通常とは違う対象物や遠近法に背いて描画された物については認知が困難。さらに元の対象を変容させた物の認知は著しく困難。(3)絵画的奥行手がかりから奥行関係を知覚可能、2つの対象の大きさ比較でもその距離や方向を考慮することが可能、しかし2人の大きさを比較させた場合どちらが遠くにあるかを知覚することは可能だが、その一方の人の奥行距離を考慮して2人の大きさを比較判断することに限界、そして日常場面に当てはめた幾何学的錯視には感受性が低い。
 KP氏は、眼球損傷以前の視覚経験を保持していて、単独で提示された対象物をそれが変容されていても、半分隠されていても、あるいはシルエットのみでも識別することが可能であったが、しかし性別の識別に見られたように男女の特徴についての限られた知識にとらわれてしまい全体を把握して識別できずに誤った認知をしてしまうことも生じた。また、RISE実験事態のように、シーンの一部の特徴からは事物を識別できず、またいくつかのシーンを統合してはじめて事物の認知が可能な複雑な事態ではKP氏の認知は困難さを示した。KP氏は眼球損傷以前の視覚経験にはなかった事物を、たとえばデザインの新しい椅子あるいはよく知っているパイプの継ぎ手が普段置かれていない場所にある場合などでは、正しく認知することができないことも示された。
 結局、KP氏は対象物についての記憶の劣化、知覚体制化能力の限界(複雑なシーンの解析、重なった事物の認知など)、視覚情報の統合能力の限界(ささいな特徴にとらわれる、ホーリスティクな認知など)などのために認知能力が損なわれていると考えられる。
 このように、認知能力に限界があるものの、KP氏は回復した視力を楽しみ、視力のある生活に再適応しようとしているという。