8.おわりに

 2013年に得られた主な知見をまとめると次のようになる。

両眼立体視のしくみ
視野闘争
(1)クラウディングと視野闘争を組み合わせた実験事態でクラウディングに及ぼす視野闘争の影響がKim et al.(22)によってしらべられた。クラウディングとは、対象の同定認知が視野の周辺に並置された複数の妨害刺激によって損なわれることを指す。実験の結果、クラウディング条件と視野闘争条件とが組み合わされた事態ではクラウディング効果が増強して生起することから、両要因は相互に影響していること、またフランカーによる妨害が抑制された事態でも生起することから、クラウディング効果は不適切な特徴統合が関与することを示唆する。
(2)視野闘争は網膜像のリフレッシュによって減じられるかが、Takase et al.(45)によって視野闘争を起こす静止したターゲット刺激の周囲にダイナミック刺激(周辺刺激静止条件両眼フリッカー条件および眼球間交互フリッカー条件)を導入することで検討された。その結果、視野闘争における知覚優位持続時間は眼球間交互フリッカー条件で長く、次いで長いのは両眼フリッカー条件であった。これはターゲット刺激の周辺でのダイナミック刺激が、今視えている知覚優位を維持するように働いていることを意味する。網膜像のリフレッシュは視野闘争を抑制し、視覚世界の安定を維持するように働くと考えられる。
(3)脳梁を切断した分割脳被験者に、ひとつは顔と家の通常の視野闘争パターンおよびDiaz-Canejaパターン(2つの絵を半々づつひとつに合成したもの)を提示して視野闘争における知覚優位性がどのように出現するかがRitchie et al.(37)によってしらべられた。分割脳被験者は重度てんかん症のために脳梁切断手術を受けた59歳の女性である。その結果、脳梁を切断された分割脳被験者の場合、片眼に提示された顔あるいは家の通常の視野闘争パターンが左あるいは右の視覚領に別れて入力されるにもかかわらず、統合されて顔あるいは家の出現時間が長くなること、これは健常群と差がないがやや合成パターンの出現が分割脳被験者で長くなること、Diaz-Canejaパターン条件では健常群と分割脳被験者ともに顔と家の合成パターンの出現時間が長くなること、分割脳幹者では顔と家の合成パターン(Diaz-Canejaパターン)の出現時間が健常群より若干多くなること、などが示された。Diaz-Canejaパターンで顔と家の合成パターンの出現時間が長いという結果は、視野闘争で刺激側が優位というよりは眼球側が優位になることを意味し、また通常の刺激パターンが脳梁を切断されたために2つのパターンに分割された場合には、通常の視野闘争が若干減少することを意味した。これらのことから、視野闘争は初期視覚領で生起するのではなく、半視野間の相互作用を担う他の処理過程で生起していることが示唆される。
(4)視野闘争についてのもっとも最新のニューラルモデルは、各眼からの入力(X)を受けた局所的活動ユニット(H) は、スパイク(Y)を側抑制ユニット(γ)に出力する。側抑制ユニットからは対側の局所的活動ユニットに対して抑制をかける。また、局所的活動ユニットではゆっくりした順応(A) が生起することを仮定する。このモデルでは、はじめはどちらかの局所的活動ユニットが興奮して優位となり他を抑制するが、抑制された側の局所的活動ユニットはもう一方を対側抑制(cross inhibition)するとともに順応過程が機能して活性化する。活性化していた方の局所的活動ユニットは他方からの対側抑制を受けてしだいに衰える。こうして視野闘争の反転が起きるというわけである。そこで、Platonov & Goossens(31)は、各眼への方向が種々異なる運動刺激を提示して両眼間での対側抑制の強度を操作した。もし視野闘争が両眼間の対側抑制に規定されるのであれば、両眼間の運動方向差を減じれば各眼側の側抑制を強めるために両眼間の対側抑制は逆に促進され、したがって視野闘争事態で最初に優位に知覚された刺激の優位度とその出現持続時間を増大すると予想される(対側抑制仮説)。その結果、両眼間の運動方向角度差が減じると、視野闘争で知覚優位に出現した刺激の優位度とその出現持続時間が増大すること、これは非利眼より利眼側で大きいこと、さらにこの変化は刺激の明るさコントラストが低い場合に大きく現れることなどが示された。これは視野闘争における対側抑制仮説を支持する。
(5)Casanova,et al(3)は、ADHD障害(ADHD-CombinedADHD-Inattentive)の視野闘争の特性をしらべ、視野闘争がADHD診断に役立てられるかを検討した。視野闘争図形は、サイン波形状の輝度変化を持つグレーティング・パターンで、一方は赤縦縞、他方は緑横縞である。その結果、ADHD群は健常群に比較して視野闘争の最初の出現時間、および視野闘争の優位パターン持続時間が長いこと、しかし不注意が主症状のADHDI群は持続時間がもっとも短いことが明らかにされた。この結果から、ADHDの診断ツールに視野闘争を利用できると思われる。
(6)単眼知覚交替(monocular rivalry)とは、ひとつのパターン内に2通り透明な面が重ねられたもので、これを単眼視すると2つの面の間で知覚的な交替が生起する現象をいう。Reavis et al(35)は単眼知覚交替における注視作用の影響をパターンの残像を利用して実験的に検討した結果、注視面の知覚的優位の平均持続時間は非注視面のそれより有意に長く、単眼知覚交替でも注視作用が知覚優位に影響することを示した。

3次元形状の復元
(1)Scarfe & Hibbard(41)は、ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)から3次元形状の正確な知覚が可能かどうか、そしてどのような情報(手がかり)が3次元立体知覚を可能にするかを実験的に検討した。刺激条件は、横置きシリンダー、蓋あり傾斜シリンダー、蓋無し傾斜シリンダー、シリンダーの胴体なしで蓋だけ、の4条件で、傾斜シリンダーではパースペクティブやテクスチャ勾配の手がかりが付加されるた。実験の結果、対象に傾斜角を設定するなど自然な事態を導入すると、観察者は利用できる3次元形状手がかりをアクティブに探索して利用し、形状知覚における奥行距離バイアスを減じるように知覚することが見いだされた。
(2)視覚システムは、不完全なあるいはノイジーな奥行手がかりで構成された一部の空間の立体形状を埋めることで完全な立体形状を知覚する働きがある。両眼視差の場合には、視差は形状のエッジ領域を規定するものなので、エッジとエッジの間は視覚システムが内挿で埋める。このような立体形状展延の計算機モデルには、Low-LevelMid-level High-Levelという3つのモデルがある。Li et al.(25)は、展延による立体形状の輪郭の形状がどのようになるかをしらべることで、3通りのモデルのいずれによるのかを検討した。 前額平行なパターン 、および中心部に出現する立体に奥行傾斜をもたせたパターンを用い、立体の輪郭の奥行をしらべるためにプローブを各所に奥行位置を違えて提示し、輪郭の奥行をプローブと一致させた。その結果、前額平行あるいは奥行傾斜の両条件で立体輪郭の奥行位置はlinear extrapolationおよび linear interpolationとは一致せず、 disciform hypothesisと一致し、High-Levelモデルが立体形状の展延を説明するモデルとして妥当であることを示した。

両眼立体視の処理過程
(1)水平視差をつけたサイン波形パターンを水平方向に提示した場合と垂直方向に提示した場合とでその検出閾値をしらべると、低空間周波数条件では水平方向パターンの方が垂直方向パターンより検出しやすく、このことからステレオ空間は異方性をもつことが明らかにされている。これは、両眼立体視システムでは水平方向モジュレーションを検出する空間周波数視差チャンネルが多重であり、垂直方向のそれは単独であることによると推定された。そこで、Serrano-Pedraza et al.(42)は、この推定を視差検出近辺のクリティカルな周波数帯域ノイズ(critical band noise)によるマスキングによって視差検出を妨害する手法を用いて、視差検出の帯域幅をしらべた。得られた結果をpower-spectrum maskingモデルに当てはめ多重チャンネルモデルと単独チャンネルモデルの両方を仮定してシミュレーション計算したところ、水平方向と垂直方向の両方向で多重視差検出チャンネルを仮定した場合に視差検出閾値の実験結果がよく当てはまることが示された。
(2)両眼視差立体視処理過程では、輝度空間チャンネルから構成された第1段階の局所的な視差処理と空間チャンネルから構成された第2段階の大局的な視差処理との関係がいまだに明らかにはされていない。第1段階の検出器の情報はすべて第2段階の検出器に送られるのか、あるいは大局的な視差処理のメカニズムが局所的な視差情報をプールしておくしくみがあるのか、さらには輝度の空間周波数(liminance spatial frequency)と視差によって誘導される凹凸の空間周波数(modulator disparity frequency)との間には最適な比率があるのかといった問題がある。Witz & Hess(52)は、大局的な視差立体視過程における局所的な視差情報プーリングの特性を明らかにするために、輝度空間周波数と視差によって誘導される凹凸の空間周波数との関係を中心視刺激提示条件と周辺視刺激提示条件で実験的にしらべた。その結果、次のことがが明らかにされた。 ()局所的視差を検出した輝度空間周波数チャンネルのキャリアー(搬送波carrier)は大局的な視差を処理する過程のなかで特定のルールでプールされること、()この特定のルールは大局的な視差空間周波数が特定の決められた範囲にあるときにのみ働くこと、()視野の周辺刺激での大局的な視差処理は、比較的低い視差空間周波数でも可能で、それには偏心度によって異なる最適な輝度空間周波数が関係すること、()周辺視での大局的視差処理は中心視での視差処理とは独立であること、()中心視および周辺視の両方で多次元の大局的視差に同調するチャンネルが働いていること。
(3)各眼における輝度差は両眼立体視の処理過程に強く影響する。Reynaud et al.(33)は、フラクタル図形を刺激要素としたステレオグラムを作成し、その空間周波数成分を操作してNDフィルター装着による両眼間輝度差事態での両眼立体視力(stereo acuity)をしらべた。その結果、両眼間の輝度差が大きい場合の立体視検出閾値の低下が示され、これは輝度-依存的入力遅延とコントラスト出力増幅(contrast gain)における輝度-依存的コントラスト変化の組み合わせで生起していると考えられる。立体視検出閾値の変化はND濃度と入力遅延の2要因によってモデル化できる。
(4) 両眼視差をつけたグレーティング・パターンの場合、その知覚可能な範囲の最も高い空間周波数は4 cpdである (Tyler 1974)。これは人間の視覚システムでは低空間周波数に相当し、輪郭がボケて知覚される。しかし、通常、このようにはならず、対象の奥行出現も、その背景面との間のエッジもともに明瞭である。これが可能なとなる仮説として、手がかり結合説(cue combination、視差と輝度など複数の手がかりが相互に牽引し、手がかり間の中央値のところでエッジが知覚される)および手がかり転換説(cue switching、複数の手がかりの中でもっとも知覚しやすい手がかりが選択され、これをベースにしてエッジの位置が特定される)がある。Robinson & MacLeod(38)は、エッジの位置の特定についてこの二つの仮説のどちらが妥当かを、段差と輝度手がかりが一致条件とそれぞれが反対方向を指し示す不一致条件を設定し、知覚判断されたタスクエッジ位置の非タスクエッジ方向への逸脱程度を集計した結果、段差手がかりをタスクとした場合知覚された段差は輝度段差の方向にシフトすること、また輝度エッジをタスクとした場合にも段差エッジの方向に段差手がかりをタスクとした場合よりは大きくシフトして判断された。これは、奥行手がかりと明るさ手がかりが相互に影響していることを示し、手がかり結合説を支持する。
(5) フル解像度のステレオグラム片眼に、他眼には入力をボカしたステレオグラム提示して両眼立体視すると片眼をボケさせたものは鮮明に、しかしボケのない条件よりは鮮明さが劣って知覚される。Robinson et al.(39)は、高空間周波数成分が左右眼入力の鮮明度の異なる両眼立体視にどの程度関係しているかをしらべた。その結果、両眼立体視したときの左右眼からの入力加重はボケの大きい方に小さく、したがって鮮明度の高い方がより加重係数が高くなった。左右眼入力のボケ事態での立体視の鮮明度は高空間周波数に依存する。

両眼立体視力
(1) Giaschi et al.(13)は、弱視でステレオ視に欠陥をもつ児童(512歳齢で、屈折不同弱視が8名、斜視弱視が5名、不同像斜視が6名)のコース・ステレオプシス能力(粗いステレオ視、coarse stereopsis)をしらべた。測定の結果、弱視群は健常児群より有意にファイン・ステレオプシス能力が劣ること、とくに斜視弱視でそれが著しいこと、しかしコース・ステレオプシスでは立体視の正確度は両群間には差がないこと(不同像斜視群がもっとも劣る)が示されたことから、弱視群では、発達初期の正常な両眼入力の阻害によるファイン・ステレオプシスの欠陥をコース・テレオプシスが補完している。このことは弱視の両眼立体視能力の臨床的改善に役立てうる。

運動要因による立体視
運動からの立体の復元
(1)Froyen et al.(10)は、図になりやすさの要因と立体復元の関係を、垂直白色図形の形状を凸に視えるパターン、その形状をシンメトリーにしたパターン、その形状の曲線を平行に変化させたパターン、白図形と黒図形を相互補完的にさせたパターンで検討した。実験の結果、運動に伴う形状の立体視が強く出現するのは凸状形状の条件の場合であり、またシンメトリーの形状の太さを細くするに従い、ほぼリニア-にその形状の立体視と奥行回転出現が大きくなることが示された。このことから、運動からの形状復元では運動速度差がなくても立体視と奥行回転が生起し、これには図-地要因が強く関係している。
(2) にオプティク・フローから3次元対象を復元(structure of motion)する場合、対象の回転軸が垂直か、斜方向か、水平方向かを特定することは重要である。これは、対象面の模様の位置と速度変化が、つや消し対象では回転に伴って平行に移動するが、光沢条件で2つの模様の運動軌跡は明らかに異なるためと考えられた。Doerschner et al.(7)は、相称性をもつ3次元形状を用い、実際の回転軸と知覚した回転軸の逸脱度を、対象の面の反射特性(光沢、テクスチャ、一様、シルエット)を変えてしらべた。実験の結果、知覚した回転軸の逸脱度は光沢条件とシルエット条件がもっとも大きく、次に一様条件とテクスチャ条件となった。これは、3次元対象の形状が凸部分で形成されたために回転に伴う輪郭領域が遮られたため、また光沢条件とシルエット条件の逸脱度が同等に大きいのは光沢条件はシルエット条件に類似し輪郭領域が識別できないためであり、逆にテクスチャ条件ではこの輪郭領域を識別させる手がかりがあったためと考えられる。これらの結果から、運動からの3次元形状復元には、対象の面の反射特性が影響すること、またこの影響の程度は対象の形状によって変わること、そして視覚システムは形状、運動軌跡、面の反射特性などの手がかりを統合して3次元形状を復元しているものと考えられる。
(3) 観察者が対象に向かうように前進運動すると、2種類の運動が網膜上に流動的に生起する(対象面のテクスチャのオプティク・フローである「拡大-縮小(expansion-compression)」運動、およびより遠くの対象のテクスチャを隠蔽したり再出現させたりする「増-消失 (accretion-deletion)」)。Yoonessi & Baker(53)は、運動視差における「拡大-縮小」運動および「増-消失」運動が奥行の出現方向に与える効果をしらべた。その結果、運動視差における2つの運動要素である「拡大-縮小」運動と「増進ー消失」運動は相互に補完的に作用し、とくに「増進ー消失」運動は相対的奥行が大きい場合に作用する。しかし「増進ー消失」運動は奥行出現を促進することができるのみで、単独では奥行出現の方向を規定できない。結局、「拡大-縮小」運動は広範囲の相対的奥行に手がかりとして機能するが、「増進ー消失」運動は相対的奥行が大きい条件でのみ機能する手がかりであると考えられる。

運動視差の処理過程
(1) 運動からの立体復元は2過程から成り、第1段階はローカルな運動を150msという短時間内に検出し、これに基づいて奥行計算する過程であり、第2段階は第1段階での計算値から1s以内にグローバルな立体形状を統合する過程が続くと考えた。運動視差による奥行出現も、これと同様に、局所的な運動と運動視差の検出過程が最初にあり、これを統合してグローバルな奥行を復元する過程が続くと考えられる。そこで、Hosokawa et al.(15)は、運動視差による奥行復元過程での時間的特性を実験的にしらべた。実験の結果、ターゲット刺激に対するリファランス刺激の奥行の主観的等価値(視差量)は、すべてのパターン振幅条件で「全体運動に対する限定された運動の比率」が増大するとリニアーに上昇することが示された。このことは、運動視差刺激の知覚時間が長くなると運動視差による奥行量も増大することを示し、したがって運動視差が時間とともに蓄積され統合されることを示唆する。そこでさらに、運動視差による奥行提示の途中に運動視差を急激に変化する事態を設定し、その変化を検出するかどうか、また検出までの反応時間を測定した。その結果、運動視差変化が小さい場合の検出率は悪いこと、運動視差変化の検出率は60%以上の変化では高くなること、またその検出までの反応時間は視差変化が大きくなるにつれリニアに短くなること、最少でも1秒を要することなどが示された。このことから、運動視差は比較的長い処理時間が必要とされる低域通過フィルター(low-pass filter)の特性を持つと考えられる。
(2) 運動ツェルナー錯視(kinetic Zollner illusion)とは 多くの斜線分の前あるいは背後で円形刺激を垂直方向に動かすと、その運動方向が歪んで知覚されることをいう。Khuu(21)は、背景斜線分と運動対象の間に奥行を設定した場合にも、運動ツェルナー錯視効果が減衰するかを確かめたところ、運動対象の視かけの運動方向はもっとも近接するパターンの影響を受けて変位することが示された。理論モデルの構築に当たっては両刺激の2次元関係に留まることなく3次元関係を考慮する必要を示す。

オプティカル・モーション
(1) 輝度要因(第1順位(first-order))のみによるキネマトグラム(RDKs)を用い、放射、回転、直進並進の3種類のグローバル・パターンの運動方向の識別を、刺激要素の輝度とその背景の輝度との間のコントラスト(dot modulation depths)を変化させ、単眼視と両眼視条件でしらべたところ、両眼視条件での運動方向識別閾値はdot modulation depths(刺激要素の輝度とその背景の輝度との間のコントラスト)のコントラストが低い場合には単眼視条件より小さく、第1順位刺激条件の場合、刺激の両眼視加重が運動のグローバルな統合過程より早い段階で生起することを示唆する。そこで、Hutchinson et al.(16)は、第2順位(second-order)刺激を用いた場合にも、グローバル運動視の閾値の両眼加重があるかどうかについてしらべた。その結果、第2順位事態でのグローバルな運動方向識別は、単眼視条件に比較して両眼視条件の方が1.2倍ほど正確であり、しかもこれはグローバルな運動処理過程で起きているのではなく、modulation depthに依存して起きていることが示された。両眼視条件におけるグローバルな運動を知覚できるためのコヒーレンス閾値の改善は個々の刺激要素の運動からグローバルな運動を検出する以前の処理過程が関与することが示唆される。

絵画的要因による3次元視
絵画的要因による立体・奥行視
(1)視覚システムは、周囲からの散乱光による表面情報から凹凸に関わる3次元面を知覚することができる。Faisman & Langer(8)は、ものの面を構成する光沢、つや消し、周囲光による変化をOpenGLでシミュレートし、それらが面の凹凸知覚に与える正確度をしらべた結果、つや消し面より光沢面の凹凸知覚の正確度は劣ること、また周囲からの反射光のある面は輪郭を遮蔽していないにもかかわらず凹凸知覚の正確度は高く、しかも非等質な環境では自然環境と同じように明るい方が凹凸正確度は増すこと、さらにハイライトの付加は知覚判断の正確度を低めること、などを明らかにした。

図と地の分擬問題
テクスチャの弁別と分擬における図形要素の空間的配置要因
(1)知覚体制化の問題には、知覚的群化(perceptual grouping)とテクスチャ処理(texture processing)の2つがある。知覚的群化とは刺激要素を形状、大きさ、明るさなどで結合し、より大きなまとまりとして知覚する作用を言い、ゲシタルト原理がはたらく。テクスチャ処理とは、テクスチャの弁別と分擬の作用を言い、前者はテクスチャによる領域の識別を、後者はテクスチャによるエッジの識別をそれぞれ指す。Vancleef, et al.(49)は、規則的な刺激要素あるいはランダムな刺激要素の配列がテクスチャ弁別とテクスチャ分擬にどのように異なる効果を持つかを実験的に検討した。その結果、テクスチャによる弁別課題での弁別精度は、方向攪乱の程度が大きくなるにつれて悪くなること、しかし刺激要素のランダム配置と規則的配置条件では差が生じないことが示された。テクスチャによる分擬課題での弁別精度は、弁別課題と同様に方向攪乱の程度が大きくなると悪くなること、さらに刺激要素がランダム配置条件では規則的配置条件に較べて悪くなることが示されたことから、テクスチャ分擬課題ではテクスチャのエッジを検出することによって形状の弁別が求められるのために刺激要素の配列要因(規則的/ランダム)は分擬課題の正答率に影響をもつが、一方テクスチャの弁別課題では同一方向の領域をランダムなそれから識別するだけなので弁別課題の正答率に影響しないと結論された。これらの結果は、テクスチャの弁別と分擬の処理過程に関する2通りのモデルと関連する。その1はエッジ依存モデル(edge-based model)で、パターン内の不連続をさすエッジの検出が優先されると考える。その2は領域依存モデル(region-based model)で、テクスチャの類似性が検出され、次いで隣接する類似な刺激要素を結合するようにテクスチャの境界まで拡延すると考える。エッジ依存モデルはテクスチャの分擬課題に当てはまり、領域依存モデルはテクスチャの弁別課題に当てはまる。
(2)自然な事態では、図と地の分擬に関わる手がかりは複数あり、それらが同時に作用して図の出現を安定させている。Devinck & Spillmann(5)は、どのようなの手がかりが複数存在すると、図と地の分擬を促進するかをしらべた結果、凸要因が存在する条件でもっとも図としての知覚判断の正確度が高いこと、この要因に他の要因を組み合わせても図としての知覚判断の正確度は高まらないこと、しかし凸要因に他の2つの要因が組み合わされると知覚判断時間は速まることを示し、凸要因が図と地の分擬の主要因であり、これに他の要因が組み合わされると、分擬の促進が起きる明らかにした。

奥行手がかりの統合
(1)ある視覚手がかりが新たな手がかりとしてシーンの知覚に用いられる学習が起こることを「手がかりの新たな補充(キュー・リクルート、cue recruitment)」という。これまでの研究では、これらのキュー・リクルートにはすべて運動要因が関係しているので、運動野、とくにMT野、MST野に特異的な現象と推定された。そこで、キュー・リクルートは運動要因が関わらない場合にも生起するかについてJain & Backus(17)によってマッハの本パターンとネッカーキューブパターンで検討され、その結果、マッハの本パターン条件では学習訓練で示した奥行手がかりの知覚的偏向が生起し、このキュー・リクルート効果は翌日まで持続すること、またネッカーキューブを用いた場合では斜方向にギザギザ線分をいれ観察者の注目度を高めたパターンを用い訓練途中で片眼を非提示にする条件でのみキュー・リクルート効果が示された。これらのことから、多義的な刺激の奥行位置関係についてのキュー・リクルート効果は、刺激に運動要因が絡まなくても生起する。

視空間構造
(1) 視覚システムは対象の大きさ、明るさコントラスト、色、両眼視差など網膜上での種々な変化を調整し、対象の一般的な知覚恒常性を維持する機能がある Qian & Petrov(32)は、この一般知覚恒常性仮説の妥当性を検討するために、物理的奥行距離は変わらないが、視かけの奥行を変えることができるオプティック・フローを操作する方法で対象の大きさを変えて対象の奥行に関する恒常性が生起するかをしらべた。その結果、オプティク・フローを収縮させ観察者から遠ざかるように変化させた場合、対象の視かけの明るさコントラストと大きさが増大すること、またオプティク・フローを拡張させ近づくように変化させた場合には逆の知覚印象が生起することが示された。これに基づき、一般知覚恒常性の知覚モデル、すなわち視覚システムは両眼視差、網膜像大きさそして網膜像明るさコントラストを対象までの絶対奥行距離(d)の関数であるkを乗じてそれぞれの出力値を決めるが、もし知覚された大きさが変われば、知覚された明るさコントラストと両眼視差もk’を乗じてそれぞれの出力値を変えて、最終的な両眼視差の出力値は大きさとコントラスト要因から2乗倍の影響を受けるというモデルを提案した。
(2) 対象までの視えの絶対奥行距離は約0.7倍過小視されること、視方向にある視えの傾斜面は最大20度過大視されること、そして注視点に設定した対象と対象間の視えの相対奥行距離(exocentric distance)は観察距離が大になるにつれて過小視される。これらの実験的データをまとめる理論として、観察角度拡大理論、アフィン理論(Affine model)と固有バイアス理論(Intrinsic bias model)がある。Li & Durgin(24)は、このモデルをブラッシュアップし、近・遠両方の観察距離での広範囲の傾斜角度の知覚に当てはまる新しい観察角度拡大理論を提示し、バーチャルな視空間で種々な斜面角度における前額平行と奥行の知覚された距離の比(アスペクト比)を測定して妥当性を検討した結果、観察角度拡大新理論は上昇傾斜面、下降傾斜面、片側上昇/下降傾斜面など広範囲に妥当し、一方、奥行の過小視が生起するのは両眼視差量を誤ったことにもとづくとするアフィン理論は、観察者の近傍の空間で知覚する傾斜角が視線上にある条件では妥当することが示された。

3次元視の発生と発達
両眼立体視、眼球調節、輻輳の発達
(1)Giaschi, et al.(12)は、ファインとコースステレオ視の発達を4-5歳児(25名)、6-7歳児(25名)、8-9歳児(27名)、10-11歳児(26名)そして12-14歳児(22名)でしらべた。その結果、年少児および成人においてのファイン・ステレオ視は視差1.0 deg以下で、コース・ステレオ視は2.0以上で生起すること、コース・ステレオ視では視差が大きくなると奥行弁別の正確度はやや下がるが年齢による差は生じないこと、ファイン・ステレオ視では成人の場合すべての視差で奥行弁別の正確度は変化しないが、年少児の場合には視差が大きくなるとその正確度も高まること、そして年少児はテストした視差がもっとも小さい場合には奥行弁別が不正確で未成熟であることなどが示された。これらのことから、コース・ステレオ視は4歳齢までに成熟するが、最も視差の小さなファイン・ステレオ視では14歳齢になるまで発達し続けると考えられる。
(2))乳児の長期的な眼球調節の発達がHorwood & Riddell(14)によってしらべられ、その結果、もっとも自然に近い条件での眼球調節は67週齢で、また輻輳では89週齢で成人と同等となること、対象の連続的大きさ変化による接近条件での調節と輻輳は14週齢以下でもっとも影響を受けて反応し、それ以降では影響されないこと、1228週齢の間では対象の明瞭度、両眼視差、対象の接近の各手がかりに対する調節と輻輳反応は同等となること(成人と児童では視差にもっとも強く反応)、さらに乳児の視力の発達速度に関わらず明瞭度に対する反応は変化しないことなどが示された。乳児では調節と輻輳は特定の手がかりに依存するのではなく、調節と輻輳の適切な適用にどの手がかりでも利用していると考えられる。

運動要因による立体視の発達
(1)Norman et al.(29)は、運動からの立体形状知覚における加齢の影響をしらべたところ、個々の高齢者における運動からの立体知覚能力と速度識別能力の間には相関が見られなかったが、運動からの立体知覚能力と方向識別能力の間ではわずかに有意な相関関係(r=0.392)が示された。この結果は、運動からの立体視能力の減退は、視覚領とMT野におけるGABA神経伝達物質の低減と関係することを示唆する。

その他の奥行き知覚研究
53年間の全盲からの開眼手術例
(1)2009年、KP氏は71歳のときに53年間のほぼ全盲状態から手術で視力を取り戻したが、どの程度の視覚能力が回復しているかが顔知覚、対象知覚、視空間知覚について、Šikl et al.(43)によってしらべられた。その結果、KP氏は、眼球損傷以前の視覚経験を保持していて、単独で提示された対象物をそれが変容されていても、半分隠されていても、あるいはシルエットのみでも識別することが可能であったが、しかし性別の識別に見られたように男女の特徴についての限られた知識にとらわれてしまい全体を把握して識別できずに誤った認知をしてしまうことも生じた。また、連続するシーンの一部の特徴からは事物を識別できず、またいくつかのシーンを統合してはじめて事物の認知が可能な複雑な事態では認知の困難さを示した。KP氏は眼球損傷以前の視覚経験にはなかった事物を、たとえばデザインの新しい椅子あるいはよく知っているパイプの継ぎ手が普段置かれていない場所にある場合などでは、正しく認知することができないことも示された