両眼立体視

1.1.視野闘争

左右眼で異なる自然な入力像からのシーンの統合
 両眼で自然なシーンを観察するときには、左右の各眼でオクル−ジョンのために各眼にしか視えないという意味で単眼領域が生じるが、しかしそれらの単眼領域は視野闘争のような抑止は生起せずにひとつのシーンに統合されて知覚される。たとえば、図1(a)に示したように、前面にオクルーダーがある場合には、左右の網膜像には不一致の領域が生じる。同様に、前面にフェンス状のオクルーダーがある場合に左右眼の網膜像で視える背景は異なるので左右眼は交互にストリップ状の背景を視ることになり、また両眼視できるのはオクルーダーのみである(b)。しかし図(c)のように前面のフェンス状のオクルーダーを背景に近づけた場合には背景は単眼でも両眼でも視える。このように、左右眼からの入力刺激がいくぶん異なってもひとつのシーンが知覚されるのは、一種の知覚的補完が生じるからと考えられる。この知覚的補完には背景領域の奥行がどのように知覚されるかが一定の役割をはたしている(Grove et al.2006)。両眼立体視問題の一つであるダ・ヴィンチ・ステレオプシスの研究からも、左右眼で一致しない手がかりが対象間の奥行についての手がかりとなることが見いだされている(Nakayama & Shimojo 1990)
 そこで、Zeiner et al.(32)は、左右眼の入力像が不一致の場合、ひとつのシーンとして知覚されたものがどのような視覚特性をもつか、とくにオクルーダーによって片眼に部分的に隠されたものがどのように視えるのかを吟味した。実験は、図2に示されたステレオグラム(2d)で 前面にオクルーダーをもち、背景にはランダムにドットを提示し、また、次の3通りの実験条件を設定して実施された。すなわち図2(a)はオクルーダーをもたないために左右眼とも同一の刺激条件(標準条件)、図2(b)は垂直方向にオクルーダーのある刺激条件で左右眼は交互にストリップ状の背景を視ることになるので両眼視できるのはオクルーダーのみである(図1のb)、図2(c)は水平方向にオクルーダーのある刺激条件で、背景ののランダムドットは前面のオクルーダーで隠されるが各眼は同一パターンのドットを視る。被験者には、標準刺激のステレオグラムを提示し、次いで実験条件のそれを提示し、どちらの刺激がよりドット数が多いかを答えるように求めた。標準条件のドット数は80個で固定し、実験条件のそれは455364698093100120140個に変化させた。
 実験の結果、ドット数識別の主観的等価値(PSE)を3つの実験条件で比較すると、個人差は大きいものの条件間には有意差は生じなかった。これはオクルーダーによるドット数の遮蔽が左右眼で異なっても、左右眼で同一の刺激が入力された場合と同一のシーンが形成されたことを示した。しかしこの結果には個人差があり、両眼視でのシーンの統合が起きない被験者がいることを示した。
 そこで、隣接する単眼的領域と両眼的領域が知覚的に統合されるのか、あるいは視野闘争事態のためにどちらかが抑止されるのかを図1(c)の両眼視事態を設定し、次の5通りの実験条件でしらべた。標準刺激条件(単眼と両眼領域は同一のドット密度に設定、ドットの半分は両眼領域、後の半分は単眼領域)、両眼領域高密度条件1(両眼領域にドットの2/3、単眼領域に1/3を提示)、両眼領域高密度条件2(両眼領域にドットの3/4、単眼領域に1/4を提示)、単眼領域高密度条件1(両眼領域にドットの1/3、単眼領域に2/3を提示)、単眼領域高密度条件2(両眼領域にドットの1/4、単眼領域に3/4を提示)。実験では標準刺激条件と他の4条件を順次にペアにして組み合わせ、どちらがドット密度が高いかを判定させた。このような実験事態では、単眼領域が完全に無視され両眼領域からの入力情報に頼れば、ドット密度は両眼領域に視えるものに基づいて判断され、両眼領域高密度条件12では標準刺激条件に比較して16.7%と25%の過大視、単眼領域高密度条件12では16.7%と25%の過小視がそれぞれ生起すると予測される。また、単眼領域を無視し両眼領域からのみサンプリングでドット密度がシーン全体で一定であると仮定すれば、両眼領域高密度条件1と2では33.3%と50%の過大視、単眼領域高密度条件12では33.3%と50%の過小視がそれぞれ生起するはずである。
 実験の結果、ドット密度のPSEは、単眼領域を無視し両眼領域のみからの入力情報に基づいて判断されていることが示された。これは、両眼領域が利用できる場合には単眼領域からの情報は視覚システムによって効果的に無視されることを意味する。

視野闘争事態でのワーキングメモリの効果
 視野闘争における優位性は、観察者の主観的要因、たとえば過去経験、社会・文化的体験によって影響されるばかりでなく、正立した顔画像、暴力的場面などによっても影響される。さらに、視野闘争刺激観察時に刺激を提示しないブランク時間に優位画像を心にとどめるように教示すると、その画像が視野闘争で優位に知覚されることも示された(Pearson et al. 2008)
  Scocchia et al.(24)は、視野闘争観察時のワーキングメモリの影響についてしらべた。ワーキングメモリとは、ある心的な作業をするときに情報を一時的に保持するた記憶の働きをいう。ここでは、視野闘争刺激として5種類のハウス、顔、エアプレーンの系列から2組を提示(3A)した。実験では、最初にメモリー刺激を提示、次いで視野闘争刺激を提示して知覚闘争刺激の交替を逐一反応させ、最後にテスト刺激を提示して、メモリ刺激との一致/不一致を答えさせた。
 実験の結果、視野闘争ではワーキングメモリは影響しないことが示された。そこで、視野闘争刺激を提示し、15秒間の視野闘争過程でハウスあるいは顔のいずれかを意識的に維持するように教示した。次いで0.8秒後にどの刺激がイメージされるかを問うたところ、視野闘争過程で維持するように求めた画像がイメージされることが示された。この結果から、視野闘争にはあるイメージの維持という内因的要因の影響が示唆されている。

1.2 両眼視差からの3次元形状の復元

ダ・ヴィンチ・ステレオプシスのコンピュータモデル
 ダ・ヴィンチ・ステレオプシスとは、4に示すように、2つの対象の1方がオクルードされるために左右眼で対応をもたない事態での立体視出現をいう。4Aでは各眼において前面が後面をオクルードする、図4Bでは矩形面が棒状面をオクルードするために、棒状刺激は右眼にのみ投影される。これを模したステレオグラムを両眼視すると矩形面の背後に棒状刺激が定位されて視える。オクルーダーである矩形面と棒状刺激の間隔をオクルードできる範囲で大きくするとふたつの刺激間の奥行が大きくなる。図4Cでは前面が後面をオクルードする刺激配置で、これを模したステレオグラムを両眼視すると前面の幻影が出現し、両面の間隔距離を大きくとると両面間の奥行が深くなる。これをステレオグラムで示すと(5)、左右ステレオグラムで対応をもたない対象が一定の規則で奥行方向に定位されたり、あるいは幻影的な面(illusionary surface)が出現したりする。ダ・ヴィンチ・ステレオプシスの説明としてオクル−ジョンジオメトリ(occlusion geometry)が提唱され、そこでは単眼領域の奥行定位はオクルードする領域とオクルードされる領域間の限定された範囲でのみ可能とあり、したがってこの限定範囲はオクルード面と単眼領域の外側エッジの間の距離が広くなると大きくなると説明される(Gillam & Nakayama 1999, Nakayama & Shimojo 1990)
 Tsirlin et al.(28)は単眼オクル−ジョンをもつ立体視のコンピュータモデル(theory of Depth from Monocular Occlusion Geometry,DMOG)を考案、実装、そして評価実験を行った。このモデルでは、(1)オクル−ドされた単眼領域は最初に検出される、(2)単眼オクル−ジョンの幅はこの領域の奥行位置およびこれに隣接する両眼領域の奥行位置(両眼視差は不確実)を計算するために用いられる、(3)単眼オクル−ジョンと両眼視差からの奥行は同時に計算される、(4)前面が後面に完全にオーバーラップししかも片眼のみにそれが生起するカモフラージュ事態では、その単眼カモフラージュ面は単眼オクル−ジョンとして処理する、(5)両眼視差の検出器と単眼のオクルージョン検出器は相互に影響し合う、という5つの原理がおかれた。これらの原理によるモデルの処理過程は6に示されている。ここでは、まず両眼視差が検出され(Energy disparity cells)、その情報が単眼オクルージョン検出過程(Monocular occlusions detection)に送られる。この過程での左右眼の対応は、7に示すように、左眼のある点から右眼への該当箇所への対応と右眼から左眼への同様な対応をとったとき、両操作がマッチすれば左右眼は対応点をもつと判定、一方、右眼から左眼へは対応点があり、左眼から右眼では対応点が検出できなければ、すなわち両方向からの対応が一致しなければ、単眼オクル−ジョンが左眼に存在すると判定する。さらに両眼視差検出過程と単眼オクル−ジョン検出過程の情報はエッジ検出器(Edge detection)に伝達される。最終的にはこれらの情報は3次元面の復元過程に集約される。
 これらの処理過程はコード化され、システムとして実装され、評価実験にかけられた。評価実験では、両眼視差を変化させた通常のランダムドット・ステレオグラム、イルージョナリなオクルーダーが出現するダ・ヴィンチ・ステレオプシス(8)がテストステレオグラムとして使用された。その結果、ダ・ヴィンチ・ステレオプシスを人間が両眼視したときに出現する単眼オクル−ジョンをこのモデルを用いた評価実験で復元することができた。これは、コンピュータモデルで提示した神経生理的しくみによってダ・ヴィンチ・ステレオプシスが発現していることを示す。

1.3.両眼立体視の処理過程

自然なステレオイメージにおける最適な両眼視差の評価
 両眼立体視の処理モデルを考えるときもっとも困難なのは、処理の過程で些末な刺激部分が変化しても全体構造が知覚的に恒常をもつインバリアントな両眼視差値をどのように評価するかということにある。Burge & Geisler(2)は、このような両眼視差の最適な評価のための段階的処理モデルを示した(9)。自然な視差の信号の検出の段階(Natural dispairty signals)では、受容器の反応が両眼への刺激パターンから計算され(9a)。次に視差の評価のために最適な線形両眼フィルター(Optimal linear binicular filters)が光受容器反応から学習される段階(9b)。それらは垂直方向を処理する8個のフィルター(受容野)から構成されている(濃淡での表示は左右眼のフィルターの重み付けを示す)。最適な視差値の評価の段階(optimal disparity estimation)では、フィルターレスポンスから選択的で最適なインバリアントなユニットが形成され、これらのフィルターレスポンスの集合から視差に変換される(9c)。ニューラルユニットからの最適な視差の符号化と符号解読(Optimal disparity encoding and deciding with neural populations)の段階では、選択的でインバリアントなユニットの集合からの最適値が読み出される(9d)。図9dの各点は図9cに示した視差に同調したユニットの一つ一つを表し、これらは図9aの特定のイメージの対応する。図9dのピーク値はそこでのフィルターレスポンス集合の最適な評価値となる。(図中、rphoto receptorRfilterRLL:特定の視差に同期した反応の集合体、赤丸の囲みは特定のステレオイメージのパッチに対する反応を示す)
 最適な線形両眼フィルターでの処理段階では、両眼間での多義的な対応を解決する必要がある。第1視覚野でこれをどのように解決しているのかは解明されていない。これを可能にするフィルターとして、ここでは数学的に次元を下げる統計的なテクニックとして未観測要素を推論するベイズの定理を用いた「正確度最大化分析(accuracy maximaization analysisAMA)が開発された。AMAは特定の課題の正確度を最大化することができるので、自然シーンのステレオイメージでの視差の同定課題に応用された。このフィルターを掛ける前に、まずイメージパターンは輝度イメージに変換され、次いでこのイメージパッチは左眼あるいは右眼ごとに視差の受容野の方向性に基づき垂直方向に平均化された。神経生理的受容野における最大限に正確な視差値評価をカバーするために8個のフィルターが設定された。あるフィルターは非ゼロ視差に、別のものはゼロ視差にそれぞれ興奮し、他のフィルターはゼロ視差によって抑止される。これらのフィルターはlog Gaborから構成されている。これらは、あたかも初期視覚野の両眼単純細胞(binocular simple cell)と同じように働く。
 最適な視差値の評価の段階では、網膜イメージを最適な線形両眼フィルターを用いて符号化する。このために2つのフィルター間の関係をしらべることによって視差を最適に評価するデコーダーを作り出す必要がある。ここでは広範囲な視差をもつ網膜イメージに対するフィルターの反応を分析することによってデコーダーを決定する。
 ニューラルユニットからの最適な視差の符号化と符号解読では、各視差レベルで最適フィルターの反応の尤度を求めることにある。10は求められた事後確率を示す。図10(a)7600個のトレーニングのイメージパッチで得られたF1F2のフィルターの反応分布で各色は異なる視差を表す。図10(b)は視差に対する事後確率(事前確率に尤度関数の出力値を掛けたもの)で、2個のフィルターの場合(点線)と8個のフィルターの場合(実線)を示す。δは視差レベルを表す。
 114種類の視差処理モデルの相違を示す。すなわち、AMA(accuracy maximization analysis)フィルターモデル、複雑型細胞モデル、LL ニューロン(log likelihood neuron)モデルおよび視差エナジーモデル(Disparity energy model)で、それらの入力信号、処理過程、視差同期カーブ(disparity tuning curves)、および網膜イメージの視差値評価のフィルターの反応変動(図の灰色)である。AMAフィルターモデル(a)ではコントラストに関して標準化された入力信号がAMAフィルターによって線形に処理され、複雑型細胞モデル(b)ではAMAフィルターの反応が2乗され、LLニューロンモデル(c)ではすべてのフィルターの反応が任意の視差レベルで線形および2乗倍された上で加重加算される。視差エナジーモデルではそのユニットの反応は2種類の線形の左右眼フィルター(互いに直交)の反応を2乗倍後にすべて加算して得られる。視差同期カーブにおける反応変動(灰色部分)が小さいほど些末な刺激に対して反応がインバリアントである。ここではLLモデルが視差変化に対して反応がもっとも同期していることを示す。
 Burge & Geisler(2)LLニューロンモデルを考察し、(1)視差値の評価はフィルター反応を集合として符号化することで得られること、(2)非線形であるニューラル反応をどのように線形加算すれば、些末な刺激にインバリアントな視差同期曲線が得られること、(3)両眼受容野の神経電気的特性は視差値の評価で重要な機能をはたしていること、(4)ニューロンは事後確率を求めることによってインバリアントな反応値を得ていること、などを示している。

両眼視差によるボリューム(volume)知覚の出現
 葉が生い茂った一本の樹木をみると、そこには四方八方に枝が伸び、その枝には葉が群がり、3次元的な広がり(ボリューム)を形成している。このようなシーンを両眼視差で表示した場合の視差の役割についてはいまだ明らかにされていない。ここには単一の平面あるいはスムースな凹凸面の視差処理とは異なる問題がある。それは視差による2つの奥行を異にする前額に平行な面が透けて見えることにある(disparity transparency)12のステレオグラムを立体視するとボリューム知覚を生じさせるが、これはさまざまな方向をもつ短線刺激によって奥行範囲が規定されている。これを両眼立体視して出現する奥行のボリュームの程度を判断するためには、奥行を異にして出現する刺激要素がどのくらいあるかを知らねばならない。
 そこで、Harris(10)は視差をもつ刺激要素の数、グローバルな奥行配列、ローカルな視差勾配(2つ の対象のキクロピアン距離 と両眼視差量の比でこの値が 1を超 えると両眼視融合が困難 となる)を操作してボリューム知覚の出現の程度をしらべた。実験1では図12bに示したステレオペアからなるテスト刺激ともうひとつのステレオペアからなる標準刺激を用意した。テスト刺激ステレオペアでは刺激要素(250個)の各50%を前面に50%を後面が出現するように配置した。前面と後面間の視差は11.4min arcとし刺激要素は短線分としその方向はランダムに設定した。両眼視差は2.84から19.88min arcの間で6段階に変化させた。標準刺激ステレオペアではテスト刺激と同様に刺激要素の各50%を前面と後面に配置する条件の他に、各25%を前面と後面に残りの50%を前面と後面の間に不規則に配置する条件も設定した。実験2では刺激要素数を50個に設定するほかは実験1と同等に設定した。実験3では前面と後面の刺激要素間の視差勾配を低視差勾配条件と高視差勾配条件に変化させた。低視差勾配条件では刺激要素の各50%を前面と後面に配置するが、ペアとなる刺激要素の50%は前面と後面のいずれにも配置可能なように刺激要素間の視差が同一になるように設定した。高視差勾配条件では刺激要素の各50%を前面と後面に配置するが、ペアとなる刺激要素の50%は前面に残りの50%は後面に配置可能なように設定した。ここではペアを構成する刺激要素の視差の方向は各眼で反対方向となるので、各刺激要素の水平方向位置は近接し、したがって視差勾配が高くなる。実験ではテスト刺激からなるステレオペアと標準刺激からなるステレオペアを左右に並べて提示してそれぞれを両眼融合させ、被験者にはどちらの刺激のボリュームの程度が大きいか(刺激の厚みが大きいか)を答えさせた。
 その結果、刺激要素が前面と後面に配置された条件(plane)と刺激要素の半数が前面と後面の間に配置された条件(volume)を比較すると、plane条件の方がPSEplaneあるいはvolumeを見分ける境目の値で視差で表示)が高いこと、また刺激要素数が少ない条件(50個)の方がPSEが高いこと、さらに低視差勾配条件の方がPSEが高くなることがそれぞれ示された。これらの結果から、視空間の広がりやボリュームを両眼視差によって知覚する場合、複雑な3次元シーン内のすべての刺激要素の位置を両眼視差から検出し、それらを結合することによってシーンを正しく復元してグローバルな知覚を成立させるとする考え方には限界があることが示された。

ステレオスコピックなスラント面の知覚に及ぼす単眼視と両眼視によるエッジの効果
 単独で提示されたスラント面(垂直軸を中心に回転して傾く斜面)の知覚は、通常は過小視されるが、しかし13(a)のようにスラント面とそれに付加した前額平行面とがねじれの位置をとるように提示するとスラント面の知覚が向上する(Gillam et al.2007)。ここでは垂直方向に相対的視差勾配が生じる。しかし、蝶番のようにつながった前額平行面とスラント面がある場合は知覚向上は生起しない。ここでは絶対的視差勾配のみがある(図13b)。さらに、同じく2面が蝶番の配置にあるが、その間にギャップが奥行方向にある場合には相対視差が生じるために知覚の向上が起きる(図13c)。さらに、Gillam & Blackburn(1998)は、ステレオスコピックに提示したスラント面の知覚がその面の両端に単眼的エッジを挿入するとスラント面の知覚が向上することを示した。単眼的エッジは、3次元自然空間を両眼立体視した時、近対象と遠対象の間のオクルージョンによって左右どちらかの眼に生起する。もちろん、この単眼的領域には相対視差は含まれない。ここでの単眼的領域は、14の下図に示すように、スラント面の周囲に円形なサイドバンドが左側では手前に右側では背後に出現する。これは、15に示した刺激配置による。すなわち単眼的周辺バンド(monocular sidebands)は右眼にのみ提示し、右眼の周辺バンド(sidebands)は視かけのファントムオクルーダー(phantom occluder)を遮蔽するので左眼には見えない。ファントムオクルーダーの奥行位置はスラント面の中心の奥行位置から導かれる。このようにすると、スラント面の左端はスラント面の延長として、また右端のそれは奥行枠内に一致するようにスラント面の背後にそれぞれ知覚される。
 そこで、Wardle et al.(30)は、スラント面の知覚が奥行手がかり条件によってどのように変わるかをしらべた。実験1では、単一のスラント面の左右の両端の間の相対視差を変化させた場合の視えのスラントの程度を吟味した。スラント面のサイドエッジ間に生じる相対視差はサイドエッジ間の距離(スラント面の横幅)が短いと効果的となり、視えのスラントは大きくなると予想された。ランダムライン・ステレオグラム(図14)のスラント度は1方の眼に提示する刺激パターンの水平方向のテクスチャを4%もしくは8%拡大させることで操作(これは垂直軸に対して22度あるいは39度のスラントに相当)、またスラント面の横幅は3段階(2.43.85.1 deg、観察距離70cm)に変化した。被験者には別に比較刺激として提示した物理的スラント板を用意し、ハンドル操作させることで両眼立体視で提示したスラント面のスラントにマッチングするように求めた。その結果、視えのスラントは刺激面の横幅が拡大するにつれ減少し、スラントの知覚では左右のサイドエッジ間の相対視差が手がかりとなっていることが示された。
 実験2では、16に示したように、スラント刺激に単眼的サイドバンド(図16c、スラント面の両端にサイドバンドを刺激の横幅を等しくするために非拡大スラント側にのみ提示)および両眼的サイドバンド(図16d、左右眼の両方にサイドバンドを提示)が追加された。視えのスラントは、1本の平行線の垂直軸中心の傾きを左右眼の線分の長さを拡大することで変化させ、実験刺激のスラント面の傾きにマッチングするように被験者に調整させた。その結果、単眼的および両眼的サイドバンドをもつスラント面の知覚は、スラント面を持たない条件に比較して向上することが示された。
 実験3では、図16(e)の刺激パターンを用いて、スラント面の上下に矩形面を前額に平行に提示し、この上下の矩形がスラント面のスラント知覚にあたえる効果がしらべられた。上下の矩形は単眼的もしくは両眼的に提示された。その結果、この実験事態でもサイドバンドと同様なスライド面の知覚におよぼす促進効果が得られた。
 これらの結果から、スラント面の知覚においては、その面に接する両端あるいは上下のエッジが手がかりとして重要なことが明らかにされた。

両眼立体視における注視点周辺のボケ(blur)の導入効果
 自然シーンを両眼観察するときには、注視点には眼球調節作用によって鮮明な像が網膜に投影されるが、その周辺はボケる。このボケは眼精疲労を低減するのに効果がある(Hoffman et al.2008)
 Maiello  et al.(21)は、自然シーンを見ている状態と同様なボケを両眼視差に導入する新しい方法を開発した。そこでは、注視点には自然シーン観察時と同等な鮮明な像を提示するが、周辺視では観察距離に応じてボケを導入した。光屈折的ボケのコントロールはリトロカメラを使用した。リトロカメラとは、ピントが写真のどこにあっても撮影後ピントに修正を加えることができるカメラである。そのしくみは、レンズとセンサーの間に設置された約9万個の超小型レンズによって、カメラに入るあらゆる光線の方向を記録しておき、撮影後にフォーカスを修正する際には専用のソフトウェアで光線を追加することにある。17に示したように、1枚の写真を撮影すると奥行焦点の異なる12枚のイメージスタックが奥行マップとともに作られ、撮影後にこの奥行マップから奥行焦点の異なる画像を再現できる。そこで、この奥行マップを利用し網膜の視線上の焦点距離が合う領域はボケが無く、網膜の焦点距離位置から外れた周辺領域にはボケを導入した写真画像(gaze-contingent blur)が作成された。また、撮影した写真画像からのステレオグラムは、写真画像の各領域をその奥行距離(d)に比例してd/2左に、d/2右に水平方向にシフトさせて作成した。実験では4通りの視差(−5.7-2.42.45.7(deg))が設定された。実験条件として、このようにボケを導入したステレオグラムとボケを導入しないものを設定、被験者にこれらを両眼立体視させ、被験者の応答による両眼視融合までの時間、および眼球追跡装置を利用しての注視回数、注視時間、両眼輻輳の安定度を測定した。
 実験の結果、奥行に随伴させたボケをもつステレオグラム条件では、ボケを持たない条件と比較して両眼視融合を促進させるように眼球運動を修正することが示された。このことことから、両眼視差と周辺視のボケとは相互に影響しバーチャルな3次元視を増進すると考えられる。

両眼視差にもとづく奥行方向の運動(motion-in depth)における知覚的残効、とくに順応時間、両眼間の対応および時間的対応・非対応の効果

 対象を拡大あるいは縮小すると、その対象が観察者に向かったりあるいは遠ざかったりするように運動して知覚される。これはモーション−イン−デプス(motion-in-depth)と呼ばれる。モーション−イン−デプスは、対象の両眼視差を継続的に変化(Change Disparity,CD)させても、あるいは両眼を反対方向に輻輳、開散(converging or diverging)させても生じる。後者の手がかりは眼球間速度差(interocular velocity difference,IOVD)である。モーション−イン−デプスにおけるこれら2つの要因の相互作用は、各手がかりを分離して検討されてきた。たとえば、ダイナミックRDSは各眼に対応する運動刺激要素が存在しないのでIOVDを除去することができる。Julesz(1971)は、IOVDを除去した事態でもモーション−イン−デプスをCDIOVDがともに存在する条件と同様に知覚できることを示した。しかし、この2つの要因の中でCDがドミナントか否かについては確定されていない。
 そこで、Sakano & Allison(23)は、モーション−イン−デプスにおけるメインの手がかりが何かをIOVDCD条件とIOVD単独条件とで運動残効のための順応時間を変えることで検討した。IOVDCD条件では左右眼間で空間的および時間的なドット対応をもつが、IOVD条件では左右眼でドットは時間的対応をもつが空間的には非対応である。実験に使用したステレオグラムは、18に示したようにRDS上と下の帯領域が奥行方向に相互に反対向に知覚運動する。残効のための順応時間は7.5153060120240s6段階に設定した。被験者には、図18bに示すように、順応条件で観察・順応させ、その直後の運動残効テストで運動残効の持続時間をキーで反応し、また運動方向を口頭で応えさせた。
 その結果、運動残効の持続時間は順応時間に比例して長くなり、この傾向はIOVD CD条件とIOVD 条件で差が生じなかった。そこで、順応刺激を連続的に前あるいは後ろの1方向に運動させるのではなく、19のように、注視面の前あるいは後ろに反転提示した。奥行運動にはRDSを使用し、フレームごとに両眼視差を2つの値の間で変化させた。ただ、ドットの分布はフレーム毎にランダムに変えた。このような順応刺激事態では、変化する両眼視差に順応が成立するのであれば、前後に反転交替する運動に順応することになるので奥行運動残効は生起しないと予想される。実験の結果、運動残効は成立し、持続時間は数秒続いた。これはIOVDを手がかりとして生起していることを示す。
 これらの結果から、モーション−イン−デプスにおける運動残効のメインとなる手がかりはIOVD であり、CDは運動方向を決めるときに働く限定的なものと考えられる。

ゲシタルト体制力と両眼視差の検出閾値
 20Aのように、中央の垂直2線分は、それらの線分間に両眼視差が付けてあるので両眼立体視すると容易に奥行を知覚することが可能である。しかし図20Bのように、それらの垂直2線分の間に上下水平方向線分を追加しゲシタルトの閉合要因による矩形を形成すると、垂直2本線分間の視差量をA条件と同一にしてもで奥行を知覚することは困難となる(McKee, 1983; Mitchison & Westheimer,1984; Westheimer, 1979)。これは、視差検出の初期の処理過程が中期の処理過程である対象の形状の形成過程によって影響を受けていることを示唆する。対象の形状に関わるゲシタルト体制力が奥行知覚を損なうように影響することは、かつてKopfermann(1930)による巧妙な実験、すなわち矩形のひとつひとつの図形要素をプレートに描いて眼前に奥行方向に並べ、それらが個々に知覚される場合にはそれらの図形要素がバラバラに奥行方向に位置して視えたが、それらの図形要素が整然とまとまり矩形として知覚された場合には個々の図形要素の奥行は消失することを示した。
 Deas & Wilcox(4)は、2個の分離した図形要素がひとつの形状にまとまるときには、その両眼視差検出は拘束を受けて減じるのかを、図20のステレオグラムでしらべた。被験者には図1に示したステレオグラムを両眼立体視させ、2本の中央垂直線分間の奥行差をポテンショメーターであるタッチセンサーで示すように求めた。このタッチセンサーは長さが20cmの棒状のもので人差し指でスライドさせるとその距離を示した。2本線分間の奥行距離は5.51116.52227.5mm5段階に設定し、その奥行上限閾値(suprathreshold)が求められた。
 その結果、2本線分間の視えの奥行は、それが矩形の一部に組み込まれた条件(図20B)ではそれらが独立した線分である条件(図20AC)に比較して有意に減少することが示された。そこで、形状の固有結構性(connetedness)が視差の検出を減少させるのであれば、その固有結構性を低減させれば、視差検出は回復すると予想される。21では、形状の固有結構性を妨げるために、類同性、近接性、共同性のゲシタルト要因を導入したパターンを作成した。Aは単独分離条件、Bは矩形のなかに組み込まれた条件、Cは逆転した明るさをもつ水平線分をもつ矩形条件、Dは水平線分を矩形構成要素とする他に水平線分を上下に重ねて提示した条件、Eは逆転した明るさをもつ水平線分で矩形を構成する他に水平線分を上下に重ねて提示した条件、Fは水平線分で矩形を構成し上下に白と黒の水平線分を重ねて提示した条件、Gは逆転した明るさをもつ水平線分で矩形を構成する他に白と黒の水平線分を上下に重ねて提示した条件で、先の実験と同様にこれらのパターンでステレオグラムを作成して視差検出による視えの奥行量がどのように変化するかをしらべた。
 その結果、形状の固有結構性が妨げられる条件(図21CEG)では視えの奥行量は単独線分条件と同等となるが、固有結構性を妨げる程度が少ない条件(図21DF)では視えの奥行量は矩形条件のそれと同等となることが示された。
 これらの結果から、両眼視差の初期検出過程において図形の固有結構性が視差検出に抑制的な影響を与えていることが明らかにされている。

両眼視差における窓枠問題における非推移的なステレオグラム
 ステレオ視における窓枠問題(aperture problem)とは、ステレオパターンが線分やグレーティング(1次元パターン、1-D)などで描かれた場合、そこには明瞭な端点やエッジが存在しないので、両眼間の視差の方向と大きさが一義的に決まらず、その奥行出現方向が定まらないことを言う。このような1-Dパターンによるステレオ視では、刺激線分の方向による視えの奥行方向と大きさが関係し、1-D 刺激に垂直な方向にある視差が影響をもつ。1-D 刺激と2-D 刺激間のステレオ視では、水平視差によっては視えの奥行が決まられない。22(A) には、グレーティングとプレードパターンにおける3通りの視差ベクトル(矢印)が示されている。その視差方向は0°もしくは±45°である。図22(B) には、グレーティングパターンの視差軸線(点線で表示)に投影されたプレードパターンの視差(プレード視差ベクトルの出発点はグレーティングパターンの視差ベクトルからはずらして表示)が示されている。斜め実線にはグレーティングパターンの視差軸線と直角に交わって作られるプレードパターンの投影視差 (projected disparity)が示されている。3種類のプレードパターンのそれぞれが斜め下方向(プレード1)、水平方向(プレード3)そして斜め上方向(プレード2)にシフトされた場合、プレード2の投影視差をDとすると、プレード3のそれはD/√2、プレード1のそれは視差0となる。この場合、プレード1とプレード2は同一量の水平視差となるが、プレード1が手前に、プレード3が中央に プレード2がもっとも奥に位置して視える。
 Farell & Ng7)はこのような条件のステレオグラムを作成し両眼立体視における窓枠問題を検討した(23)。図の上円はグレーティングパターンによるステレオグラム、下方の左円と右円はプレードパターンによるステレオグラムで、これを両眼視すると出現する奥行が異なる。実験ではプレードパターン条件では視差を固定(1.67 arcmin)したが、グレーティングパターン条件では試行毎に変化させた。またプレードパターン条件では、左右の視差方向が操作された(+45°/-45°、−45°/45°、+45°/45°、−45°/-45°)。最初の2つの組合せは(プレードパターンが左右で直行する場合)非推移的となり、後の2つの組合せは(プレードパターンが左右で平行となる)推移的となる(24)。プレード条件の水平視差はすべて同等でプラスの視差としたので、レファレンスと設定した面(ゼロ視差)より遠くにプレードが出現する。推移的条件の場合、グレーティングパターンの視差方向と2つのプレードパターンの視差方向が平行あるいは直交をとるのに対して、非推移的条件の場合は、グレーティングパターンの視差方向と片方のプレードパターンの視差方向は片方は直交、他は平行をとる。これらの相対的な視差方向は、25のように、1つのグレーティングパターンと2つのプレードパターンの奥行出現方向を推移的あるいは非推移的に決めると考えられる。
 被験者には、三角形の頂点の位置に配置されたステレオパターンを両眼立体視して、これら3つのステレオパターンの奥行位置を報告するように求めた。この実験の目的は、グレーティングパターンの奥行出現位置がその視差を変えたときに推移的あるいは非推移的条件でどのように変わるかをみることにある。
 その結果、(1) グレーティングパターンとプレードパターンの視差方向が平行をとる推移的条件では、プレードパターンと同等の奥行位置に視えるためにはグレーティングパターンの視差をいくぶん大きくする必要があること、(2) グレーティングパターンとプレードパターンの視差方向が直交する推移的条件には、グレーティングパターンの視差が小さくてもプレードパターンと同等の奥行位置となること、(3)非推移的条件にある場合には、上記の推移的条件でみられた相違は生起せず、グレーティングパターンとプレードパターン間の奥行差は推移的条件のそれの中間程度になること、がそれぞれ明らかにされた。これらの結果は、グレーティングパターンとプレードパターンが平行あるいは直交する視差方向を取る場合には、グレーティングパターンの奥行位置はプレードパターンによって影響されることを示した。つまり、視差方向がグレーティングパターンとプレードパターン間で平行あるいは直交する推移的条件の場合にはその投影視差は大きく異なるにもかかわらず、出現する奥行は等量であり、したがって投影視差では知覚された奥行を説明できない。また、非推移的条件での2つのプレードパターンの水平視差成分は互いに等価であり、さらに推移的条件のプレードパターンのそれとも等価である。結局、水平視差成分は推移的条件と非推移的条件間の知覚された奥行を説明できないし、推移的条件内のグレーティングとプレードパターンの平行的あるいは直交的な条件における知覚された奥行差も説明できない。
 これらの結果から、知覚された奥行は個々の刺激パターンがもつ固有の視差によっては規定されず、それぞれの異なる視差成分が刺激パターンの配置された構造(推移的あるいは非推移的)に対応して働くと考えられる。

1.4.その他の研究

眼球調節−両眼輻輳間のコンフリクトが輻輳作用に与える影響
 自然空間では対象を注視すると、眼球調節と両眼輻輳は協調して作用し、単一で明瞭な知覚を生得的に保障する。しかし両眼立体視では、輻輳と調節とは齟齬をきたし眼精疲労、ボケ、頭痛、目眩を起こす。輻輳は、対象を注視あるいは対象の奥行変化に対応する最初の急速な瞬時の作用、およびこの後に続く輻輳のエラーに対応するゆっくりとした持続的なフィードバック作用から成り立つ。眼球調節−両眼輻輳間のコンフリクトは、これまでの研究によると、(1)コンフリクトは両眼融合時までの時間を増大させること、(2)調節的輻輳(accommodative vergence)と両眼視差輻輳(disparity vergence)は作用速度が異なること、(3)両眼視差輻輳は瞬間的な反応を起こさせるが調節的輻輳は瞬間的作用の終末に起きること、(4)調節と輻輳が一体となって作用するために、調節はコンフリクトとなる輻輳を抑止することが明らかにされている(Hoffman et al. 2008, Hung et al. 1983, Maxwell et al.2010, Patel et al. 1999,Semmlow & Wetzel 1979,)
 Vienne et al.(29)は、両眼立体視で眼球調節と輻輳作用をコンフリクトにした事態で輻輳がどのように変わるかをアイトラッカーで輻輳反応の速度を測定することでしらべた。実験では両眼立体視提示面に眼球調節を固定し、ビームスプリッターで同一視野に合成した注視点(両眼視差で奥行距離を変化)に輻輳させた。その結果、コンフリクト事態では輻輳反応の速度の最大およびそれまでの潜時が非コンフリクト事態と比較して有意に遅延することが示された。さらに、コンフリクト事態の持続的観察後の輻輳反応もしらべられた。  

 その結果、眼球調節と輻輳作用をコンフリクトにした事態では輻輳速度の最大値が増大すること、および輻輳反応の潜時が長くなることが観察された。これらの結果は、前者については持続観察の順応効果を、後者については輻輳反応の低下を示す。

ステレオモーション・スコトーマ
 ステレオモーションとは、26に示すように、両眼視差を連続的に変化させる(changing disparity,CD)ことによって生起する奥行運動、もしくは左右眼の刺激の運動速度を水平方向で互いに逆方向に連続的に変化させる(interocular velocity difference,IOD)ことによって生起する奥行運動をさす。静止した両眼視差による立体視は可能でもこの種のステレオモーションを知覚できない人が存在し、ステレオモーション・スコトーマと呼ばれる。
 Barendregt,et al.1)は、この種の障害が視覚処理の初期過程で生起するのか、あるいは視覚処理の後期の段階で生起するのかを実験的に検討した。刺激パターンとしてサイン波形の縦縞あるいは白黒のドットパターンを各眼の視野の中心に提示し、それを視野の中心から8方向に等間隔な放射方向に各眼で反対方向になるように等速度で運動させた。被験者には、運動する刺激パターンの奥行方向を観察し、それが8通りの放射方向のいずれになるかを指示させた。また、被験者の静止した両眼視差パターンでの両眼立体視能力、水平方向の運動刺激の検出能力、および視野闘争につながる優位眼の有無が測定された。
 その結果、健常な被験者11名中7名の者がステレオモーション・スコトーマがあることが示された。その特徴は、ステレオモーションが知覚できない視野内の奥行方位が被験者毎に異なり被験者間では共通していないこと、また被験者に固有なこのスコトーマの特徴は日にちをあけて試行しても生じるという点であった。さらに、ステレオモーション・スコトーマを示す被験者の両眼視差検出、水平方向運動検出そして視野闘争過程は正常であり、したがっての3種類の過程はこの種のスコトーマに無関係であった。
 このことから、ステレオモーション・スコトーマは奥行や運動の手がかりの初期の処理過程に問題があるのではなく、それらを統合し奥行運動を生起させる後段階の視覚処理過程に問題があって生じると考えられる。