視空間構造

5.1.眼球調節と両眼輻輳

眼球調節と両眼輻輳の相互作用
 眼球調節と両眼輻輳は同時に両眼の網膜イメージに鮮明な像を提供し、それが視覚中枢に伝達され一つの両眼イメージを形成する。眼球調節を作動させる刺激は不鮮明な網膜像であり、両眼輻輳のそれは両眼視差である。眼球調節と両眼輻輳の両システムは統合した鮮明なイメージを得るために相互に調整的に働く。眼球調節と両眼輻輳の相互作用についてはネガティブフィードバック・モデル(51Schor & Kotulak, 1986))が提唱されている。ここでは眼球調節と両眼輻輳のそれぞれにおける最初の急速反応のためにPHASIC構成成分、それに続く持続的な反応のためにTONIC構成成分を仮定し、さらに両システム間の相互作用であるクロスリンク(crosslink)を仮定する。すなわち、眼球調節におけるPHSIC構成成分は両眼輻輳におけるTONIC構成成分に影響(Accomodative Vergence, AC/A)、また両眼輻輳におけるPHSIC構成成分は眼球調節におけるTONIC構成成分に影響(Vergence Accommodation,CA/C)する。両システム間のクロスリンクは両システムが同時に働くためには必須のものである。両システム間のクロスリンクの程度はAC/ACA/Cの比率で示されうる。
 Sweeney, et al,(25)は、両眼視が健常な者ではAC/ACA/Cの比率がどのようになるか、その定量化を試みた。眼球調節はオートリフラクトメータで、両眼輻輳はアイトラッカーで同時に測定された。眼球調節の測定では、右眼の前方33cmにターゲット線分を提示し、1 Dから6 Dまで1 Dステップでレンズをランダムに装着した。両眼輻輳の測定では、眼球調節と同一の刺激であるがガウス関数のフィルターで処理してボケを導入したものを右眼に提示した。また輻輳角は左眼と右眼に装着したプリズムを用いて1 MAステップで6 MAまでランダムに変化させた(右眼は常に刺激ターゲットを見るように固定)。眼球調節と両眼輻輳のターゲットは円形の窓(高さ10cm、横幅15cm)を通して自由に観察できるように設定した。被験者は健常眼の大学生25名だった。
 測定の結果、(1)眼球調節刺激(1 D6 D)とその反応(D)間の関係は有意にリニア(r2=0.99)であること、(2)両眼輻輳(1 MA6 MA)とその反応(MA) 間の関係も有意にリニア(r2=0.99)であること、(3)AC/A比率とCA/C比率における刺激と反応間の関係も有意にリニア(前者はr2=0.96、後者は r2=0.40)であり、とくにAC/A比率における刺激と反応間の一致は高いこと(95%信頼区間は-0.06~0.24 MA/D)(4)CA/C比率の刺激と反応間の一致はガウス型のボケ刺激を注視したときの輻輳反応にばらつきが多いため低いこと(95%信頼区間は-0.46~0.42 D/MA)、が明らかにされている。

眼球調節−両眼輻輳間の不一致の頻度と眼精疲労
 両眼視差に基づく両眼立体視では眼球調節と両眼輻輳間の不一致が生じ、観察者この不一致を解消しようとするので、これが眼精疲労や不快度の原因となる。先に記載したように、眼球調節と両眼輻輳の連携システムは、刺激入力による最初の急速反応のためのPHASIC構成成分が眼球調節と両眼輻輳のそれぞれに作用しあうことで成立する。そこで、Kim et al.(16)は眼球調節と両眼輻輳における不一致がどの程度の比率で生起すると眼精不快を生じるかをしらべた。実験は、52に示したように、眼球調節と両眼輻輳を同時に操作するステレオスコープを考案して実施された。この装置では、観察者の眼前に設置したレンズを用いて眼球調節の焦点距離を4通りに操作することができる。また各眼にパターンを提示する左右のディスプレーのハーフミラーの角度を変えることで視差を変え、その結果として両眼輻輳を変えることができる。このようにすると、設定したレンズの焦点距離であるFocal plane(1~4)のいずれかに両眼輻輳と眼球調節は一致させることができる。実験条件として自然な観察事態(眼球調節と両眼輻輳が常に一致)およびステレオ両眼立体視事態を設定した。ステレオ両眼立体視事態では眼球調節が固定され輻輳距離が変化される。輻輳距離の変化はハーフミラーの角度を変え視差変化を導入することで、また調節距離の変化は眼前のレンズパワーを変えることでそれぞれ実施した。それらの変化速度は0.01 Hz (100ms)0.05 Hz (20 ms)0.25 Hz(4 ms)に設定した。焦点距離はレンズパワーの操作を通して0.6 Dのステップで4通りに変え、図52Focal planeの1から4に焦点が合うように設定した。両観察事態での輻輳距離と調節距離は0.1 D(10 m)0.3 D(0.77m)に設定した、提示刺激はランダムドットからなるサイン波形の水平方向縞パターンとし、これを水平に対して+10°あるいは−10°傾けて提示し、被験者にはどちらに傾いているかを報告させるとともに、質問紙法によって眼精の不快度を9段階で評定させた。
 実験の結果、(1)水平方向縞パターンの水平角度の識別については自然な観察事態と両眼立体視事態で有意な差は生じないが、眼球あるいは輻輳の変化速度が大きくなると(0.25Hz)識別精度は若干悪くなること、(2) 眼精の不快度は輻輳と調節が調和して変化する場合(自然観察事態)およびそれらが不一致で変化する場合(ステレオグラム両眼立体視事態)の両方において、刺激対象までの観察距離が遠くにありしかも眼球調節と両眼輻輳が比較的速く変化する場合に大きくなること、(3) 自然観察事態に比較しステレオ両眼立体視事態では、眼精の不快度は両眼輻輳の変化が高い場合(0.25Hz)に強くなること、がそれぞれ示された。
 これらの結果から、ステレオ両眼立体視で眼球調節と両眼輻輳の不一致に関わる眼精の不快度を小さくするためには、対象までの距離変化を遅くすることである。

5.2. 絶対奥行距離の知覚

注視行動(gaze behaivor)と絶対奥行距離の知覚
 遠方に置かれた対象の絶対奥行距離を見積もる場合、判断のフレームとなる地面を正確に知覚することが必要となるが、これは奥行手がかりにもとづいて連続的に構成する面を知覚すること(sequential surface integrating process)で可能となる(He et al.2004, Ooi & He 2007, J.Wu et al.2008, B.Wu et al.2004)。この考え方によれば、観察者の近傍の奥行手がかりが効果的であれば、奥行手がかりが乏しい遠距離までの対象のある面の知覚表象を観察者が近傍から遠方にスキャニングすることで正確に構成し知覚できることになる。もし観察者の近傍の奥行手がかりが乏しい場合には、観察者は対象の置かれた面を傾斜して知覚しその奥行距離を過小視する固有の傾向(intrinsic ground plane)をもつ。図は、観察者が地面におかれた対象を観察するとき、観察者の近傍の地面の奥行手がかりが乏しいと地面の表象構成に際して固有の傾斜(誤差)が生起し、対象までの絶対奥行距離が過小視されることを示す。
 Gajewski et al.(9)は奥行手がかりの多寡にかかわらず奥行距離の知覚表象の構成に重要な役割を果たす眼球運動をしらべた。観察者は近傍の地面の情報を遠方にある対象の距離の見積もりに拡張し、対象注視が中断されても距離知覚に影響をもたらすと考えられる。これを検証するために、観察者の対象観察時の眼球運動がモニターされた。実験は書棚以外何もない実験室内で実施され、ターゲットは2.753.504.255.00 mの床面上に置かれた。観察者にはターゲットを5秒間観察させ、その後で閉眼させ、対象までの距離を歩行あるいは口答による報告で再現あるいは答えさせた。
 その結果、観察者は対象と観察者との間の領域を注視する方略をとること、眼球運動は絶対距離の見積もりに関係しないこと、さらに観察者の近傍、とくに壁や床を不明瞭にすると奥行距離見積もりに影響することが示された。これらの結果から、観察者の近傍の床面の手がかりが絶対距離の知覚に一定に役割を果たすと考えられる。

観察者の身体方位と視環境によって変わる奥行距離知覚
 観察者の頭部そして眼球の方位が変わると、それは対象までの奥行絶対距離知覚に影響する。とくに観察者の頭部方位による対象までの奥行絶対距離の過小視は月の大きさ錯視をもたらす(Ross & Plug 2002)Harris & Mander(11)は、York大学の部屋回転実験室を利用し、部屋と観察者をともに回転させた条件で実験室の壁に投影提示した線分の視えの長さを測定し、大きさ-距離恒常性のルールを適用して絶対距離知覚が観察者の頭部方位によってどのように変化するかを算定した。実験環境は図54にイラストで示した。部屋と観察者の方位の関係は、観察者を壁際に立たせた直立条件あるいは床面に横に寝かせた条件で、部屋と観察者の関係を「直立:直立」、あるいは「90°回転:90°回転」の実験事態を設定、また観察者を椅子に落ちないように固定して部屋と観察者の関係を「直立:直立」、「90°回転:90°回転」、「直立:90°回転」、あるいは「90°回転:直立」の実験事態を設定した。被験者には337 cmあるいは114 cm先にある壁に投影した線分の長さを被験者の手元にあり眼には視えないように工夫した測定用ロッドを調整して単眼視あるいは両眼視でマッチングするように求めた。
 その結果、単眼視で観察距離が366 cmでは、観察者が床に仰向けの条件(「90°回転:90°回転」)での大きさ判断は、観察者が直立した条件(「直立:直立」)より約10%の過大視、観察距離が122cmでは観察者が仰向けの条件および部屋が90°回転条件(「直立:90°回転」、「90°回転:直立」)でのそれはおよそ11%の過大視だった。両眼視差が働く両眼視ではこのような過大視は生起しなかった。これらの結果を、図55に示した大きさ-距離関係に適用して絶対奥行距離を算定したところ、単眼視の場合、物理的奥行距離が366 cm条件の場合の知覚された奥行絶対距離値は9.8 %(36 cm)過小視、122 cm条件では10.8 %(13 cm)過小視された。この結果は、大きさとそれに連動した奥行絶対距離の知覚が観察者の頭部方位、すなわち前庭感覚が影響を与えていることを示唆する。つまり、自己の頭部方位が普段と異なっていると感じた場合、絶対奥行距離の知覚システムは、環境内の対象のの大きさを普段の大きさ知覚に対応するように再計算し知覚的エラーを修正していると考えられる。