おわりに

 2014年に得られた3次元視研究の主要な知見をまとめると次のようになる。

1.両眼立体視研究
(1)Zeiner et al.(32)は、隣接する単眼的領域と両眼的領域が知覚的に統合されるのか、あるいは視野闘争事態のためにどちらかが抑止されるのかをしらべた。実験では、標準刺激条件(単眼と両眼領域は同一のドット密度に設定、ドットの半分は両眼領域、後の半分は単眼領域)、両眼領域高密度条件1(両眼領域にドットの2/3)、両眼領域高密度条件2(両眼領域にドットの3/4)、単眼領域高密度条件1(両眼領域にドットの1/3)、単眼領域高密度条件2(両眼領域にドットの1/4)が設定され、標準刺激条件と他の4条件を順次にペアにして組み合わせ、どちらがドット密度が高いかを判定させた。その結果、ドット密度は、単眼領域を無視し両眼領域のみからの入力情報に基づいて判断されていることが示され、両眼領域が利用できる場合には単眼領域からの情報は視覚システムによって効果的に無視されるていた。

(2)視野闘争における優位性は、観察者の主観的要因、たとえば過去経験、社会・文化的体験によって影響されるばかりでなく、正立した顔画像、暴力的場面などによっても影響される。Scocchia et al.(24)は、視野闘争観察時のワーキングメモリの影響についてしらべた。実験では、視野闘争刺激を提示し、15秒間の視野闘争過程でターゲット刺激を意識的に維持するように教示した。次いで0.8秒後にどの刺激がイメージされるかを問うたところ、視野闘争過程で維持するように求めた画像がイメージされることが示された。視野闘争にはイメージの維持という内因的要因の影響がある。

(3)Tsirlin et al.(28)は単眼オクル-ジョンをもつ立体視のコンピュータモデル(theory of Depth from Monocular Occlusion Geometry,DMOG)を考案、実装、そして評価実験を行った。このモデルでは、()オクル-ドされた単眼領域は最初に検出される、()単眼オクル-ジョンの幅はこの領域の奥行位置およびこれに隣接する両眼領域の奥行位置(両眼視差は不確実)を計算するために用いられる、(ⅲ)単眼オクル-ジョンと両眼視差からの奥行は同時に計算される、()前面が後面に完全にオーバーラップししかも片眼のみにそれが生起するカモフラージュ事態では、その単眼カモフラージュ面は単眼オクル-ジョンとして処理する、()両眼視差の検出器と単眼のオクルージョン検出器は相互に影響し合う、という5つの原理がおかれた。ここでは、まず両眼視差が検出され(Energy disparity cells)、その情報が単眼オクルージョン検出過程(Monocular occlusions detection)に送られる。この過程での左右眼の対応は、左眼のある点から右眼への該当箇所への対応と右眼から左眼への同様な対応をとったとき、両操作がマッチすれば左右眼は対応点をもつと判定、一方、右眼から左眼へは対応点があり、左眼から右眼では対応点が検出できなければ、すなわち両方向からの対応が一致しなければ、単眼オクル-ジョンが左眼に存在すると判定する。さらに両眼視差検出過程と単眼オクル-ジョン検出過程の情報はエッジ検出器(Edge detection)に伝達される。最終的にはこれらの情報は3次元面の復元過程に集約される。これらの処理過程はコード化され、システムとして実装され、評価実験にかけられた。その結果、ダ・ヴィンチ・ステレオプシスを人間が両眼視したときに出現する単眼オクル-ジョンをこのモデルを用いた評価実験で復元することができた。これは、コンピュータモデルで提示した神経生理的しくみによってダ・ヴィンチ・ステレオプシスが発現することを示す。

(4)両眼立体視の処理モデルを考えるときもっとも困難なのは、処理の過程で些末な刺激部分が変化しても全体構造が知覚的に恒常をもつインバリアントな両眼視差値をどのように評価するかということにある。両眼視差の最適な評価のための段階的処理モデルは、()自然な視差の信号の検出の段階、()視差の評価のために最適な線形両眼フィルターが光受容器反応から学習される段階。()ニューラルユニットからの最適な視差の符号化と符号解読の段階からなる。最適な視差値の評価の段階では、網膜イメージを最適な線形両眼フィルターを用いて符号化する。この視差処理モデルにはAMA(accuracy maximization analysis)フィルターモデル、複雑型細胞モデル、LL ニューロン(log likelihood neuron)モデルおよび視差エナジーモデル(Disparity energy model)が提案されている。Burge & Geisler(2)LLニューロンモデルを考察し、視差値の評価はフィルター反応を集合として符号化することで得られること、非線形であるニューラル反応をある手法で線形加算すれば些末な刺激にインバリアントな視差同期曲線が得られること、両眼受容野の神経電気的特性は視差値の評価で重要な機能をはたすこと、ニューロンは事後確率を求めることによってインバリアントな反応値を得ること、などを明らかにした。

(5) Harris(10)はステレオ視におけるボリューム知覚を成立させる要因について、視差をもつ刺激要素の数、グローバルな奥行配列、ローカルな視差勾配を操作してその出現の程度をしらべた。その結果、刺激要素が前面と後面に配置された条件(plane)と刺激要素の半数が前面と後面の間に配置された条件(volume)を比較すると、plane条件の方がPSEplaneあるいはvolumeを見分ける境目の値で視差で表示)が高いこと、また刺激要素数が少ない条件(50個)の方がPSEが高いこと、さらに低視差勾配条件の方がPSEが高くなることがそれぞれ示された。これらの結果から、視空間の広がりやボリュームを両眼視差によって知覚する場合、視覚システムは複雑な3次元シーン内のすべての刺激要素の位置を両眼視差から検出し、それらを結合することによってシーンを正しく復元してグローバルな知覚を成立させてはいないと考えられる。

(6) Wardle et al.(30)は、ステレオ視におけるスラント面の知覚が奥行手がかり条件によってどのように変わるかをしらべた。実験では奥行手がかり条件として単一のスラント面の左右の両端の間の相対視差を変化させた場合、スラント刺激に単眼的サイドバンドおよび両眼的サイドバンドを追加した場合、およびスラント面の上下に矩形面を前額に平行に提示した場合が設定された。その結果、視えのスラントは刺激面の横幅が拡大するにつれ減少しスラントの知覚では左右のサイドエッジ間の相対視差が手がかりとなること、また単眼的および両眼的サイドバンドをもつスラント面の知覚はスラント面を持たない条件に比較して向上すること、さらに上下の矩形はサイドバンドと同様にスライド面の知覚に促進的効果をもつことが示された。これらの結果から、スラント面の知覚においては、その面に接する両端あるいは上下のエッジが手がかりとして重要である。

(7) Maiello  et al.(21)は、自然シーンを見ている状態と同様なボケを両眼視差に導入する新しい方法を開発し、ステレオ視におけるボケの効果をしらべた。注視点には自然シーン観察時と同等な鮮明な像が提示されたが、周辺視では観察距離に応じてボケをリトロカメラを利用することで導入した。その結果、奥行に随伴させたボケをもつステレオグラム条件では、ボケを持たない条件と比較して両眼視融合を促進させるように眼球運動を修正することが示され、両眼視差と周辺視のボケとは相互に影響しバーチャルな3次元視を増進している。

(8) モーション-イン-デプスは、対象の両眼視差を継続的に変化(Change Disparity,CD)させても、あるいは両眼を反対方向に輻輳、開散(converging or diverging)させても生じる。後者の手がかりは眼球間速度差(interocular velocity difference,IOVD)である。Sakano & Allison(23)は、モーション-イン-デプスにおけるメインの手がかりが何かをIOVDCD条件とIOVD単独条件とで運動残効のための順応時間を変えることで検討した。その結果、運動残効の持続時間は順応時間に比例して長くなり、この傾向はIOVD CD条件とIOVD 条件で差が生じなかった。そこで、順応刺激を連続的に前あるいは後ろの1方向に運動させるのではなく、注視面の前あるいは後ろに反転提示した。このような順応刺激事態では、変化する両眼視差に順応が成立するのであれば、前後に反転交替する運動に順応することになるので奥行運動残効は生起しないと予想される。実験の結果、運動残効は成立し、持続時間は数秒続いた。これはIOVDを手がかりとして生起していることを示す。これらの結果から、モーション-イン-デプスにおける運動残効のメインとなる手がかりはIOVD であり、CDは運動方向を決めるときに働く限定的なものと考えられる。

(8) Deas & Wilcox(4)は、ステレオ視において2個の分離した図形要素がゲシタルト要因によってひとつの形状にまとまるときには、その両眼視差検出はその拘束を受けて減じるのかをしらべた。実験の結果、形状のゲシタルト性が妨げられる条件では視えの奥行量は単独線分条件と同等となるが、ゲシタルトを妨げる程度が少ない条件では視えの奥行量は形状の固有性が保たれる条件と同等となることが示された。これらの結果から、両眼視差の初期検出過程において図形のゲシタルト性が視差検出に抑制的な影響を与えている。

(9) ステレオ視における窓枠問題(aperture problem)とは、ステレオパターンが線分やグレーティング(1次元パターン、1-D)などで描かれた場合、そこには明瞭な端点やエッジが存在しないので、両眼間の視差の方向と大きさが一義的に決まらず、その奥行出現方向が定まらないことを言う。Farell & Ng7)は推移的条件と非推移的条件のステレオグラムを作成し両眼立体視における窓枠問題におけるステレオグラムの配置された構造の影響を検討した。推移的条件の場合はグレーティングパターンの視差方向と2つのプレードパターンの視差方向が平行あるいは直交をとるのに対して、非推移的条件の場合はグレーティングパターンの視差方向と片方のプレードパターンの視差方向は片方は直交、他は平行をとる。これらの相対的な視差方向は、1つのグレーティングパターンと2つのプレードパターンの奥行出現方向を推移的あるいは非推移的に決めると考えられる。そこでグレーティングパターンの奥行出現位置がその視差を変えたときに推移的あるいは非推移的条件でどのように変わるかをみたところ。窓枠問題をもつステレオ視では、知覚された奥行は個々の刺激パターンがもつ固有の視差によっては規定されず、それぞれの異なる視差成分が刺激パターンの配置された構造(推移的あるいは非推移的)に対応して働くことが示された。

(10) Vienne et al.(29)は、両眼立体視で眼球調節と輻輳作用をコンフリクトにした事態で輻輳がどのように変わるかをアイトラッカーで輻輳反応の速度を測定することでしらべた。その結果、眼球調節と輻輳作用をコンフリクトにした事態では輻輳速度の最大値が増大すること、また輻輳反応の潜時が長くなることが観察された。前者については持続観察の順応効果を、後者については輻輳反応の低下をそれぞれ示す。

(11) 静止した両眼視差による立体視は可能だが、しかしステレオモーションを知覚できない人が存在し、ステレオモーション・スコトーマと呼ばれる。Barendregt,et al.1)は、この種の障害が視覚処理の初期過程で生起するのか、あるいは視覚処理の後期の段階で生起するのかを実験的に検討した。実験の結果、健常な被験者11名中7名の者がステレオモーション・スコトーマがあることが示された。その特徴は、ステレオモーションが知覚できない視野内の奥行方位が被験者毎に異なり被験者間では共通していないこと、また被験者に固有なこのスコトーマの特徴は日にちをあけて試行しても生じるという点であった。さらに、ステレオモーション・スコトーマを示す被験者の両眼視差検出、水平方向運動検出そして視野闘争過程は正常であり、したがっての3種類の過程はこの種のスコトーマに無関係であった。このことから、ステレオモーション・スコトーマは奥行や運動の手がかりの初期の処理過程に問題があるのではなく、それらを統合し奥行運動を生起させる後段階の視覚処理過程に問題があって生じると考えられる。

2. 運動要因による3次元視

(1)ステレオモーションには、両眼視差の変化検出のメカニズム(changing disparity,CD)あるいは左右眼の投影像の網膜速度差(interocular velocity difference,IOVD)検出のメカニズムのどちらかが関わる。CDメカニズムでは、まず静止した視差を計算し、次に時間に伴う視差変化を計算する。IOVDメカニズムでは、まず単眼での運動を計算し、次に時間変化に伴う左右眼の運動速度差を計算する。左右眼の両眼視差を時間に伴って一体的に変化させた場合にもステレオモーションを生じさせることができるが、この場合にはCDIOVDの両メカニズムが働く。Peng & Shi (20)は、CDメカニズムおよびIOVDメカニズムの神経生理学的モデルをそれぞれ基盤にしてCDエナジーモデル(CD Energy model)IOVDエナジーモデル(IOVD Energy model)を提唱し、このモデルのシミュレーション実験を、ランダムドット・ステレオグラム(RDS)、ダイナミックランダムドット・ステレオグラム(DRDS)、アンコラレートランダムドット・ステレオグラム(URDS)、アンチランダムドット・ステレオグラム(ARDS)を入力刺激とし、それらの奥行方向の運動速度(MID)を変えて実施した。その結果、CDIOVDメカニズムの両モデルは、両眼間の対応を妨害あるいは時間的に妨害したステレオグラムを容易には識別できないこと、また試行ごとにニューロンの結合を学習させた場合には、IOVDよりCDメカニズムモデルを用いた方が奥行運動に選択的なニューロンをより発展させる可能性があること、などが示された。

(2) Yoonessi & Baker(31)は、ダイナミックオクル-ジョン事態においてドットの拡大と収縮(expansion-compression)および増大と削減(accretion-deletion)2つの手がかりが領域の境界の識別にどのように働くかをしらべた。実験では境界分擬の2種類の手がかりである「拡大と収縮」および「増大と削減」が奥行に関して一致する条件、およびそれら2種類の手がかりが不一致で知覚コンフリクトする条件が設定された。実験では実験条件ごとに頭部運動速度とドット速度との比率を変化させ、そのときに出現する奥行境界の傾き方向(右あるいは左)が測定された。その結果、頭部運動条件と頭部静止条件では、境界線の傾きの閾値に差が生じないこと、手がかりが不一致条件でも境界線の傾きの閾値は手がかり一致条件と同等であることが示され、頭部運動と随伴した運動視差による奥行は境界の分擬において効果をもたないこと、さらに「増大と削減」手がかりは「拡大と収縮」手がかりと同等の効果を境界の分擬にもつことが示された。

(3) 知覚の最終目的は外界の事物を正確に把捉することである。もし刺激が乏しく十分な感覚情報が無い場合でも最低限オプティマルに視覚システムは知覚する。この「観察者-最適モデル(observer-optimal model)」では、観察者の運動に伴う網膜以外の感覚情報が利用されること、および知覚した対象が剛体特性(rigid)をもつものであることを前提としている。この考え方に対して、視覚システムのゴールは事実と一致するように事象を再構成することではなく、観察者の知覚と運動の間をヒューリスティックに調整する(ヒューリスティックモデル)という考え方もある。ここでは知覚が事実と一致しなくてもかまわなくなる。Fantoni et al.(6)は、オプティック・フローからの3次元物体が知覚的にどのように再構成されるかをしらべた結果、視覚システムがオプティック・フローからダイレクトに3次元の構造物を、それが事実と一致しなくても、構成することを実証した。

(4) 運動刺激のなかでオプティク・フローは観察者自身の運動の手がかりとなり、またモーションコントラスト(motion contrast)、すなわち流動パターンの部分的方向速度(運動視差に相当)の違いは観察者に対象を背景からの分擬させる。 Fesi et al.(8)は、オプティクフローとモーションコントラストの両条件で運動パターンと運動速度が運動視に与える効果を成人を対象に定常状態視覚誘発電位で測定した。その結果、コヒーレントなラジアルモーションは、もっとも強い誘発電位を起こすこと、ドット運動パターンとドット速度には強い関係があり、とくにドット運動速度が2deg/sのラジアル運動パターンで側頭野の誘発電位はもっとも顕著なこと、8 deg/s16 deg/sでは運動パターンの種類に関わらずに背側正中の後頭野からの誘発電位が起きること、モーションコントラスト条件ではドットのコヒーレンスと運動方向による違いは誘発電位の反応プロフィールやその分布にはあらわれないことが示された。これらのことから、観察者自身の運動および観察者の運動に伴う視野内の対象の運動は、皮質内では同一の回路を活性化させ、しかもこの活動は観察者自身の運動と対象運動にまたがるばかりでなく、各運動のパターン(ラジアルかローテーションかトランスレーション)および各運動速度にも関与する。

(5) Kim & Khuu(17)は、オプティクフローを設定して自己誘導運動であるベクションをしらべたところ、視点を左右に振った事態をシミュレートしたオシレーション条件はベクションを強く誘導することを見いだした。そしてこれは運動視差の働きによるのではなく、網膜への2次元の運動刺激がその位置を常に変えることで運動残効を起こりにくくし、網膜感受性を持続的に高めているためである。

3. 絵画的要因による3次元視

(1) 照明光は対象物の背景にキャストシャドー(cast shadow)、あるいは対象そのものに陰影(attached shadow)を付けるが、これらの陰影は対象の3次元性の手がかりとなる。とくに運動するキャストシャドーは対象物であるボールの動く方向を推測するのに利用される。

Khuu et al(15)は、キャストシャドーからの3次元構造の知覚あるいは推測にキャストシャドーに気づいているかどうか(視覚的気づき)を、片眼の対象をダイナミックなマスク刺激で抑制する両眼闘争の方法を用いて検討した。実験の結果、ダイナミックなマスク刺激は視覚的気づきを抑制するが、しかしキャストシャドー運動は視覚情報処理されて、運動残効が生起していることが示された。キャストシャドーは対象に関わる3次元構造の知覚に重要であり、しかもその効果はそれへの視覚的気づき(visual awareness)にも依存すると考えられる。

(2) Kogo et al.(2010)は、主観的輪郭の処理過程には明るさチャンネルと奥行チャンネルが関与し、これらで処理されたものが統合されるとするDISCモデル(Differentiation-Integration for Surface Completion model)提唱した。このDISCモデルを検証するために、さまざまな主観的輪郭で浮き上がる矩形の視えの奥行を、比較刺激として提示したパターンの両眼視差を変化させて測定した。その結果、テスト刺激のパターンによって矩形の視えの奥行量は異なること、とくにスタンダードな要素図形(パックマン)で描いたパターンはそれを同心円図形要素で描いたパターンより視えの奥行が大きいこと、またテスト刺激に視差を付けた条件では視差を付けない条件に比較して矩形の視えの奥行のマッチングした視差は小さいことが示された。これは両眼視差で奥行を強めたにも関わらず奥行量が大きくならなかったこと、および明るさ要素図形による明るさが強いことを示し、奥行チャンネルと明るさチャンネルがそれぞれ独立したチャンネルであることを示唆する。

(3) Koenderink et al.3)は、絵画や写真に表現された画像面の凹凸印象を測定する新たな方法の開発を試みた。それは、5種類の形状(キャップ、山の背、サドル、わだち、カップ)を凸印象から凹印象へと5段階に変化させたもので、それらを絵画や写真に描かれた凹凸面に一種のパッチとしてひとつひとつ置き、その面の凹凸印象にもっともフィットするものを選択させる方法である。実験の結果、ナイーブな被験者の場合、各スポットの凹凸印象の測定では実験日を隔てた測定でも個人内の変動が小さいこと、しかし個人差は大きいこと、とくにサドル指標の場合それが顕著なことが示された。個人差があるものの、画像の凹凸印象を客観的に測定するためのツールとして利用可能であろう。

(4) Todd et al.(27)は、図形特性を変形した場合にどのような変形ならば検出が容易になるかをしらべた。図形の変形の仕方は4通りである。すなわち、Strech条件(縦横比率の変化で(ユークリッド変換))、Skew条件(平行線の方向変化(アフィン変換))、Bump条件(直線エッジに隆起を加え(投影変換))、Hole条件(小さい穴を加えた(トポロジー変換))。被験者には標準刺激とテスト刺激を継時的に提示しその間の形状の異同を答えさせた。実験の結果、トポロジー的な差異のある形状がもっとも識別しやすく、次ぎに投影、アフィン的差異が続き、ユークリッド形状の差異がもっとも識別しにくいことが示された。そこで、ハウスドルフ・メトリックを利用して図形間の類似を計算値として算出し、それを実験値と比較した。2つの図形間の異同の最大値の算出では、エッジを基点として求める方法、ピクセルを基点として求める方法、および図形をガボールに基づく方法で求め、実験値との相関をしらべたところ、どのメトリック方法とも相関は示されないことが明らかにされた。視覚システムは、図形間の異同判断において固有の方法をもつと考えられる。

4.奥行手がかりの統合

(1) Howard et al.(12)は、奥行方向へ運動する対象の奥行手がかり間の相互作用について実験的に検討した。実験では、ルーミング(対象の拡大縮小)、絶対視差の変化(両眼が静止点を注視する際の奥行方向に運動する一つの対象の運動に伴う視差であり、両眼が運動対象を注視し続ければ、両眼輻輳もこれに連動して変化するので視差を規定するのと同一の方法で輻輳も規定できる)、相対視差の変化(2つの奥行位置を異にした2つの対象間の視差で、対象のある奥行位置での輻輳と別の位置での輻輳との間の差)の3種類の奥行手がかりが設定された。実験刺激を両眼視差あるいはルーミング単独、もしくは両手がかりを用いて運動提示できるdichoptiscopeを用いて提示された。実験では、ドット単独条件、ドットの相対視差条件、テクスチャ単独条件、テクスチャの相対視差条件ごとに輻輳単独要因、ルーミング単独要因、「輻輳+ルーミング要因」の手がかりの奥行効果がしらべられた。その結果、輻輳を単独で変化させてもテクスチャ条件では運動奥行効果は生起しないがドット条件では奥行効果を生じること、ルーミング要因は単独でもテクスチャ条件では強い運動奥行効果を示すがドット条件では示さないこと、さらにルーミングと相対視差が反対方向の奥行運動を指示する事態ではどちらの手がかりが優先するかは観察者によって異なることを示した。これらのことから、複数の奥行手がかりが働く事態では、それらの手がかりが結合するよりは分離して働くと考えられる。

5.視空間構造

(1) 眼球調節と両眼輻輳の相互作用についてのネガティブフィードバック・モデル(Schor & Kotulak, 1986)では、眼球調節と両眼輻輳のそれぞれにおける最初の急速反応のためにPHASIC構成成分、それに続く持続的な反応のためにTONIC構成成分を仮定し、さらに両システム間の相互作用であるクロスリンク(crosslink)を仮定する。すなわち、眼球調節におけるPHSIC構成成分は両眼輻輳におけるTONIC構成成分に影響(Accomodative Vergence, AC/A)、また両眼輻輳におけるPHSIC構成成分は眼球調節におけるTONIC構成成分に影響(Vergence Accommodation,CA/C)する。両システム間のクロスリンクは両システムが同時に働くためには必須のものである。両システム間のクロスリンクの程度はAC/ACA/Cの比率で示されうる。Sweeney, et al,(25)は、両眼視が健常な者ではAC/ACA/Cの比率がどのようになるか、その定量化を試みた。測定の結果、眼球調節刺激(1 D6 D)とその反応(D)間の関係はリニアであること、両眼輻輳(1 MA6 MA)とその反応(MA) 間の関係もリニアであること、AC/A比率とCA/C比率における刺激と反応間の関係もリニアであり、とくにAC/A比率における刺激と反応間の一致は高いこと、CA/C比率の刺激と反応間の一致はガウス型のボケ刺激を注視したときの輻輳反応にばらつきが多いため低いことが明らかにされている。

(2) 両眼視差に基づく両眼立体視では眼球調節と両眼輻輳間の不一致が生じ、観察者この不一致を解消しようとするので、これが眼精疲労や不快度の原因となる。先に記載したように、眼球調節と両眼輻輳の連携システムは、刺激入力による最初の急速反応のためのPHASIC構成成分が眼球調節と両眼輻輳のそれぞれに作用しあうことで成立する。そこで、

Kim et al.(16)は眼球調節と両眼輻輳における不一致がどの程度の比率で生起すると眼精不快を生じるかをしらべた。実験は、眼球調節と両眼輻輳を同時に操作するステレオスコープを考案して実施された。その結果、水平方向縞パターンの水平角度の識別については自然な観察事態と両眼立体視事態で有意な差は生じないが、眼球あるいは輻輳の変化速度が大きくなると(0.25Hz)識別精度は若干悪くなること、眼精の不快度は輻輳と調節が調和して変化する場合(自然観察事態)およびそれらが不一致で変化する場合(ステレオグラム両眼立体視事態)の両方において、刺激対象までの観察距離が遠くにありしかも眼球調節と両眼輻輳が比較的速く変化する場合に大きくなること、さらに自然観察事態に比較しステレオ両眼立体視事態では、眼精の不快度は両眼輻輳の変化が高い場合(0.25Hz)に強くなることが示された。これらの結果から、ステレオ両眼立体視で眼球調節と両眼輻輳の不一致に関わる眼精の不快度を小さくするためには対象までの距離変化を遅くすることである。

(3) Gajewski et al.(9)は奥行手がかりの多寡にかかわらず奥行距離の知覚表象の構成に重要な役割を果たす眼球運動をしらべた。その結果、観察者は対象と観察者との間の領域を注視する方略をとること、眼球運動は絶対距離の見積もりに関係しないこと、さらに観察者の近傍、とくに壁や床を不明瞭にすると奥行距離見積もりに影響することが示された。観察者の近傍の床面の手がかりが絶対距離の知覚に一定に役割を果たす。