4.奥行手がかりの統合

4.1. 奥行手がかりの重み付け
スラント(slant)知覚におけるテクスチャと両眼視差の重み付け
 ボロノイ形状のテクスチャ勾配によるパターンが、35示されている。このパターンの右は30°のスラント面を、左は50°のスラント面をシミュレートしたものであるが、実際には30°スラント面は前額平行面に、50°スラント面は傾斜角度が過小視されて知覚される(Todd et al., 2005; Todd et al., 2007;Todd et al., 2010)。このようなスラント面の過小視は、テクスチャの大きさと密度の要因の全体的変化、すなわちテクスチャの大きさの最大(Smax)と最小(Smin)の比率{(Smax-Smin)/ (Smax-Smin)}によって規定される(Todd, et al(2007))。さらに、この種のスラント面の過小視に関わる別の要因として、テクスチャ勾配に伴うボケ(blur)の勾配要因(Watt et al. 2005Norman et al.2009)、および一様な前額に平行な面を知覚しようとする傾向(知覚的バイアス、(Gogel, 1965; Hillis et al., 2004))が存在している。これは、テクスチャ勾配そのものがバイアスのかかった手がかりであるためにスラント面の知覚が正しく成されないのか、あるいはテクスチャ勾配は正しく知覚されているが、それ自体は弱い手がかりのために他の手がかりの影響を受けてスラント面が正しく知覚されないのか、を意味する
 このような異なる2つの奥行手がかり(情報)のスラント知覚に対する効果は、ベイズの定理を適用して、手がかり効果に対する知覚前の仮定と知覚後の評価からもっとも可能性に高い結果を予測(尤度)することで明らかにできる。相対的な2つの手がかりの知覚後の効果の程度は、手がかり間の相互の尤度関数から求められる。36は、テクスチャと両眼視差2つの奥行手がかりによるスラント知覚のベイズ確率からの予測が示されている。(a)には、テクスチャ(赤色)と両眼視差(青色)別々のスラント角度に伴う尤度曲線の変化、およびこれらの2つの手がかりの結合した尤度曲線(点線)を示す。ここではテクスチャはスラント角度全体に広く手がかり効果をもつが、両眼視差に比較するとその手がかり効果は劣ると仮定されている。(b)には、観察している面が前額平行であるとする事前の知覚バイアス(点線で表示、スラント角度0°が最大の手がかり効果)はテクスチャの手がかり信頼度を小さくすることを仮定し、この知覚バイアスをテクスチャと結合させた場合の尤度曲線の最大値は前額平行方向にシフトすることを示す。(c)には、前額平行であるとする事前の知覚傾向の両眼視差に対する偏向度は小さいと仮定し、これら2つの手がかりの結合した尤度曲線の最大値は両眼視差が指示するスラントに近くなることを示す。(d)には、テクスチャと両眼視差が同一のスラント角度を指示し、かつ前額平行であるとする事前の知覚傾向をもつ場合の結合させた尤度曲線は両手がかりの結合尤度曲線にもっとも近似したものとなることを示す。
 Saunders & Chen(28)は、図35に示したボロノイ形状のテクスチャパターンを単眼視と両眼視条件で提示し、そのスラント角度を被験者の手に装着したボードの角度で再現させた。ボードにはセンサーが3個付いていて、その角度を自動計算して記録できた。実験は、テクスチャのみの条件、両眼視差のみの条件、テクスチャと両眼視差の条件で実施された。テクスチャと両眼視差条件の場合、両要因の指示する角度が一致する場合と5°不一致の場合とを設けた。また、スラント角度自体は5°から60度の間で設定された
 実験の結果、テクスチャのみの条件でのスラント角度の知覚は前額平行への知覚バイアスが大きくあらわれること、この場合スラント角度が大きいより小さい場合の方が前額平行へのバイアスが高いことが示された。また、両眼視差条件でのスラント角度の知覚はもっとも正確で、これにテクスチャ要因が加わっても正確度は変わらないことも示された。これらの結果は、前額平行面への知覚バイアスはスラント面についての手がかり情報の信頼度が高いと小さくなることを示した。さらに、テクスチャと両眼視差の指示するスラント角度に5°の不一致をつけ、2つの手がかりのスラント知覚に与える重みをしらべた条件では、テクスチャ要因は両眼視差要因が働いている場合にも重要なな手がかりであり、スラント角度が大きくなるにつれてその効果も増大した。
 これらの結果から、スラント知覚における前額平行への知覚的バイアスと奥行手がかり(テクスチャと両眼視差)の効果の程度は、前額平行への知覚バイアス要因とその知覚前の前額平行への知覚バイアス要因を最適に統合するベイズ確率モデルの予測と一致することが明らかにされている。