5.視空間構造

5.1. 相対奥行距離と絶対的奥行距離
相対奥行距離と前額平行区間距離知覚における年齢差
 相対奥行距離と前額平行区間距離知覚における年齢差がNorman et al(22)によってしらべられた。実験は37に示したように、実験空間内にLEDで相対奥行距離と前額平行区間距離を提示し、被験者には背後のディスプレーに提示した線分の長さを調整させ視かけの距離とのマッチングを求めた。被験者は高齢者群(平均74.9歳)と若年者群(平均21.2歳)で、各8名とした。利用できる奥行手がかりは、運動視差、両眼視差、テクスチャ勾配、陰影で、運動視差のために頭部を左右に動かすことを被験者に実験中に求めた。観察距離は50cmから164.3cmの間で10通りに設定された。
 実験の結果、高齢者群と若年者群ではともに相対奥行距離は前額平行区間距離より過小視されること、また高齢者群の相対的奥行距離知覚は実距離の79.8%であるのに対して、若年者群のそれは59.4%にとどまり、高齢者群の相対奥行距離知覚は若年者群より有意に正確なことが示された。さらに、若年者群の相対奥行距離の見積もりは前額平行区間距離に比較して過小視の程度が大きいのに対して、高齢者群のそれは小さいことも示された。 この結果は年齢を増すほど相対奥行距離知覚は正確になることを示すが、その理由については不明である。

絶対奥行距離の知覚の年齢差
 Norman et al.(23)は、老年者(10名、平均71.5歳)と青年(10名、平均21.8歳)を対象に奥行距離知覚における年齢差をしらべた。奥行距離の測定は前額平行にとった距離(4m8m)に対して、それと同等の距離に視えるように視線方向の距離を設定するように被験者に求める方法によった。実験手続きは前額方向にとった距離の中央(観察距離8m)にポールを立て、そこから後ろ方向にポールを実験者が移動させ、前額平行と同等の距離になったら合図するように被験者に求めた。実験場所は大学内の芝生のコートとし、観察は両眼視で実施した。実験の結果から、「平行 対 奥行距離比」をとって老年と青年群で比較すると、両群ともに4m8m条件で奥行距離の方を過小視したが、有意差はないものの老年群の方が4m条件と8m条件で青年群より過小視が大きかった。ただ、個人別に検討すると奥行距離8m条件で過大視するものが老年群5名、青年群で4名、4m条件で老年群4名、青年群で1名それぞれ存在した。

5.2 視空間構造の特性
方向の傾き残効(tilt adaptaion)
 Dekel & Sagi(8)は、方向の傾きを偏向させた自然風景に順応させ、その傾きへの残効が起きるかをしらべた。実験パラダイムは、38に示したように、順応刺激を500, 630, 750, 1000, 1850 msのいずれかで提示し、引き続いてテストターゲットを30ms提示した。順応刺激は方向の異なるノイズパターン、自然風景の提示方向を偏向させたパターン(129種類、39の左)、それに提示方向が非偏向の自然風景(130種類、図39の右)の3通りを用意した。テストパターンはガポールパッチパターンで9通りのほぼ垂直方向(0°、±1°、±2°、±3°、±5°)の空間周波数パターンを用いた。実験では、提示方向非偏向の自然風景と傾き偏向ノイズの両パターンを交互に連続提示する条件群と、提示方向非偏向の自然風景と提示方向偏向の自然風景の両パターンを交互に連続提示する条件群とを設定し、順応後にはテストターゲットを提示して傾き残効を測定した。また、傾きをもつイメージを提示した後では1分間の休止を入れて残効を消した。実験は、46個の順応刺激と135個のテストターゲットを交互に連続して組み込んだものを1系列として実施された。被験者にはテストターゲットの方向が時計回りあるいは半時計回りに傾いているかを答えさせた。
 実験の結果、傾き残効は、傾きのあるノイズパターンで1.08°、自然風景の提示方向を偏向させたパターンで0.65°、それに提示非偏向の自然風景ではほぼ0°だった。また、傾き残効を生起できる順応時間は500ms前後で、これより長い順応時間では傾き残効は減じた。このことから、自然風景でも提示方向を傾消させた条件では傾き残効が生起することが示された。

視空間におけるパースペクティブ構造
 Erkelens(10)は、物理的空間と視空間の対応関係をパースペクティブ構造から分析した。40に示したように、物理的空間(青で表示)における距離、奥行、方向の関係は視空間に変換でき、しかもパースペクティブ構造(桃色で表示)に投影できる。図の (a)は、物理的空間における直線上の7つの等距離間隔(青)をその視空間のパースペクティブ上に位置(赤)位置づけたもの、図の(b)は、同様に物理的空間における2本の平行直線上にある7つの等間隔距離をその視空間におけるパースペクティブ上の位置づけたもの、(c) 物理的空間における方向が直角に交差する線分上の7つの等間隔距離をその視空間におけるパースペクティブ上に位置づけたものをそれぞれ示す(下部の2つの灰色点は観察者の眼球位置)。また、41は、物理的距離をパースペクティブ空間に位置づけたもので、(a)は物理的空間内の2つの奥行の異なる前額に平行直線上にある6つの等間隔距離を (青)をパースペクティブ空間に変換したもの、および下部のグラフは直線の分割にともなう奥行距離比を示す。図(b)は、物理的空間内に斜方向直線と視線方向直線上にある6個の等距離間隔距離をパースペクティブ空間に変換したもの、およびその距離分割に伴う奥行距離比のグラフ(下図)を示す。図(c)は物理的空間内におけるパップス形状の等間隔距離をパースペクティブ空間に変換したものを示す。Erkelensは、Blumenfeld(1913)の平行並木法と等距離並木法の実験結果から、42に示すように、物理的空間の刺激布置であるアレーをパースペクティブ空間に変換させることを試みた。図(a)は、Blumenfeld(1913)が用いた等距離並木と平行並木での刺激(青の丸印)およびそれらのパースペクティブ空間への変換で、これは消失点に輻輳する(下部の灰色の2点は左右の眼球)。図(b)は物理的空間における刺激(青線上の赤点)をパースペクティブ空間における平行線分上へ位置づけ(小さな赤点)たもの(図の下部)、図(c) 物理的空間における平行(赤の丸印)と等距離平行(緑の丸印)の各アレーをパースペクティブ空間における平行(小さな赤丸)と等距離平行(小さな緑丸)の各アレー(図の下部)に変換したものを示している。
 その結果、平行並木のアレーは正確にパースペクティブ空間内に記述できること、また等距離並木のアレーは「大きさ-距離不変仮説」によってアレー間の距離を調整することで引き出せることが示された。平行と等距離並木法における実験値と計算値の一致からパースペクティブ空間モデルは妥当なものと考えられている。