6. 3次元視空間の発生と発達

6.1 単眼視経験の剥奪
ネコを対象とした単眼視剥奪からの回復におよぼす両眼視覚訓練の効果
 レンズで矯正しても回復しない視力をもつ場合を弱視というが、その回復には健常眼を一時的に遮蔽し、弱視眼だけでものを視る治療がとられる。しかし、両眼視に復帰すると回復した弱視側の視力がしばしば失われてしまう((Murphy & Mitchell  1986, 1987)。一方、弱視修復訓練においてノイズを付加した視覚刺激を提示し集中的に訓練すると、視力回復に効果があることが報告された(Levi & Li 2009,  Zhou et al. 2006)。これは、この種の視覚訓練が神経過程でのノイズを軽減することによって信号−ノイズの処理過程を改善するためと考えられている。最近では、弱視眼側の抑制を減じるためにこの種の集中視覚訓練を両眼視で実施する研究が行われているが、これは健常眼の視る力を弱めて両眼間の視る力のバランスを回復させようと意図されている(Hess et al.2010, Ooi et al.2013)。
 そこで、健常片眼へのパッチによる視覚遮断による方法より両眼視経験を与えた方が弱視の視力をいっそう回復させることを確かめるために、Murphy et al (21)はネコ(実験群8個体、統制群4個体)を被験体として片眼の視覚経験を剥奪し、その後刺激の方向を乱すノイズを付けた高輝度コントラスト刺激を両眼に与える視覚経験処置が、片眼の視力回復を促進するかどうかを検討した。ネコの片眼は視覚発達の重要期間である生後20日から60日に外科的に2週間にわたって縫合された。縫合解除後に視力回復訓練を実施したが、訓練開始時期に2通り、早期開始(生後5週齢から6週齢)条件と晩期開始(生後1歳齢)を設定した。訓練は生後約1年間継続して実施した(実験スケジュールは図43参照)。訓練には跳躍法(junmping stand)を用い、図44に示すような垂直グレーティング・パターンとそれにノイズ刺激を加えたパターンを左右いずれかの扉に貼り付けて両眼視で訓練した。ここでは正刺激を選択すればドアが開放されて餌報酬にありつけ、負刺激を選択すれば報酬が取り上げられた。また、同様な跳躍法で垂直グレーティングパターンの視力訓練も実施された。ここではノイズ刺激が垂直縞に見分けられなくなるまで操作された。視力テストでは、垂直縞の方向弁別と垂直縞パターンの弁別閾値が、訓練の後でそれぞれ求められた。
 実験の結果、人為的な視覚経験剥奪による弱視眼の視力は両眼視による訓練日数を追う毎に回復を示し、早期および晩期の訓練開始条件で差は生じなかった。しかし、視覚経験剥奪のない統制条件群に比較すると、片眼剥奪を受けた実験群の視力回復は訓練開始20日前後でストップしてしまい、垂直縞の方向識別がさらに向上する統制群との間に相違が生じた。これは片眼の視覚剥奪が永久的な後遺症を与えていることを示唆する。