8. おわりに

2015年に得られた3次元視研究の主要な知見をまとめると次のようになる。

1.両眼立体視研究
(1)視野闘争研究50年のレビュー

 Brascamp & Klink (3)は、Levelt(1965)の視野闘争研究をまとめたモノグラフの発表からちょうど50年を経過したので、Leveltの研究を中心にそれ以降今日までの研究を踏まえて視野闘争研究をレビューした。Brascampらは、Leveltの4つの命題を新しい研究成果を踏まえて次のように書き換えた。
命題T:片眼の刺激強度の増大はその眼に入力された刺激の知覚優位性を増大する。
命題U:両眼間の刺激強度の差の増大はより強度の高い方の眼の平均優位持続時間を増大する。
命題V:両眼間の刺激強度の差の増大は視野闘争反転頻度を縮減する。
命題W:両眼への入力刺激を等強度に維持したままでの両眼の刺激強度の増大は視野闘争 
 反転頻度を漸進的に増大するが、しかしこの効果は刺激の強度をきわめて小さくしその閾値近辺をとった場合には逆に反転頻度が増大に転じる。
 最近の研究成果を踏まえた命題の改変は、視野闘争現象ばかりでなく図地反転現象のようなバイステイブルな知覚現象も予測できるという。
 (2)視野闘争時のfMRI測定
 Buckthought et al.(4)は、fMRIを用いて両眼間視野闘争と刺激視野闘争という二つの型の視野闘争を脳のレベルではどのように異なるかについて測定した。その結果は、 (@) 両眼間視野闘争条件での脳活動は、総体的に、刺激視野闘争条件より強くまた広範囲にわたること、(A) 大脳の外側面にある脳回のひとつで頭頂葉の後方に位置する右上頭頂小葉および側頭葉と頭頂葉が接する領域側頭頭頂接合部は、パッシブな両眼間視野闘争条件で顕著に活動性が高いこと、(B) 両眼間視野闘争条件と刺激視野闘争条件は腹側視覚領の高次領域がとくにアクティブな課題で関係するが、一方刺激視野闘争条件の活動はV1からV3にいたる視覚領の初期過程で弱いことなどが明らかにされた。結局、鮮明な視野闘争をもたらす両眼間視野闘争条件のみが視覚領の初期過程を活性化し、さらに刺激視野闘争課題が遂行されていなくても空間認識に関わる背側視覚路の協応的機能を活性化した。両眼間視野闘争条件は視覚処理の初期では刺激視野闘争条件より強く活性化されると考えられる。
(3) 相補的な奥行手がかりである両眼視差とボケ(blur)要因
 Langer & Siciliano(15)は、両眼視差とボケ要因という2つの奥行手がかりの有効性が相補的な関係にあるのかを再検討した。両眼視差とボケ要因は、両眼視差が小さいとボケ程度は少なく、逆に両眼視差を大きく取った場合にはボケも大きく設定された。ボケは光学的に導入するのではなくガウシアンカーネルを利用して近似させて表現した。実験の結果、注視距離から遠くにある対象の奥行判断にボケ要因は有効ではないことが示された。
(4)両眼視差検出感度の検出のためのベイズ推定を適用した新手法
 Reynaud et al.(25)は、両眼視差検出感度の測定に対してquick disparity sensitivity function(qDSF)なる新しい方法を試みた。これは明るさコントラスト感度の簡便な測定法として考案されたものを視差検出に適用したもので、ベイズの推定法を適用して測定回数を減らせられる。求めるものはある空間周波数帯における視差検出感度であるが、これはデータセットが与えられた条件下でパラメータの事前確率から事後確率を推定する問題と考えることができる。このような新しい測定方法(qDSF)が両眼視差検出感度に適用できるかを検討した結果、広範囲な空間周波数で視差感度を正確に測定できること、しかも測定時間は10分以内に収められること、さらに視差検出感度には個人差があることが明らかにされた。
(5)優位眼の決定方法の比較
 Johansson, et al.(16)は、左右眼のいずれが優位眼となるかを確定するための3つの方法を比較検討した。そのひとつはBinocular sighting test(BST) である。二つ目は、Variable-angle mirror test(VAMT)である。三つ目の方法は、Hole-in-the-card test(HICT)で一つの穴の開けたカードをかざして両眼で対象を注視する方法である。その結果、この3つの方法の中ではHICTが優位眼を確定するのに妥当なものと考えられるが、その限界もあることが示された。
(6)ステレオ視と弱視
 Levi, et al.(19)は、弱視における両眼立体視の関わりおよびその回復に焦点をあてて過去二十年間の研究をレビューした。それによると、両眼立体視が損なわれることは弱視に共通するものであり、とくにこれは屈折異同視の弱視より斜視につよく影響されて損なわれる。したがって斜視に対する積極的な対処が必要で、両眼立体視が相当程度損なわれていても回復は可能である。これまでの研究からは、現在主流の治療法であるアイパッチ法を見直し、両眼立体視を回復させるための新しい治療法を試みる必要がある。斜視をもつ弱視者に単眼視トレーニングを施しても効果は小さいので、かれらには両眼視トレーニング、とくにステレオ視トレーニングを直接実施した方が効果が高い。
(7)両眼立体視に依拠した弱視の療法
 Hess & Thompson(13)は、弱視眼と正常眼が共に働く観察訓練条件を用意して治療する方法を開発した。その方法では、まず弱視眼が知覚できる明るさコントラストの刺激条件からスタートし、次にそのコントラストを操作し同等の明るさコントラストで両眼視融合が知覚できるまで訓練する。治療の典型的方法は4日間に毎日1時間の訓練を4週から6週継続させるものである。その結果、弱視のタイプや年齢に関わらずにほとんどの患者は視力の改善と両眼立体視力を回復することができた。両眼視療法は弱視からの視覚皮質での強い抑制回路を弱めることで失われていた両眼立体視能力を回復させるものと考えられる。

2.運動要因による3次元視研究
(1)キネティック・オクルージョンによる図地境界検出のためのニューラルモデル    Layton & Yazdanbakhsh(18)は、キネティック・オクルージョンによる図−地境界検出のためのニューラルモデルを提案した。このモデルでは、運動信号を処理する大細胞層系統と輝度コントラストを処理する小細胞層系統を仮定する。第一段階では、運動信号は第1視覚領(V1m) の大細胞系統で検出され、また輝度コントラスト信号は第1視覚領の小細胞系統(V1p)で検出される。第二段階では、より大きな領域での一定の運動情報を選択的に得るために運動信号はMT野でプールされる。受容野に対して垂直方向の輝度コントラストと運動信号(accretion/deletion)はキネティックな「図」を得るためにV4で統合される。第三段階では、図−地境界領域を決定する信号がV4とMT野からのフィードバックによってV2で発生する。V2の大細胞処理系統での図−地境界に関わるニューロン(MB cells)は図−地境界の方向と運動方向に同期し、V2の小細胞処理系統での図−地境界に関わるニューロン(PB cells)は図−地境界の方向と輝度コントラストに同期する。ニューラルモデルのシミュレーションの結果で得られたキネティックエッジは、人間が同種の実験事態を観察したときに得られる図−地分擬と一致していた。
(2)図−地反転図形における時間的ダイナミクス
 ルビンの杯に代表される図−地反転パターンを持続観察すると、二人の顔と杯とが交互に反転して知覚される。この知覚的反転は「図」を担うニューロンの順応(一種の生理的疲労)が進むと、抑制過程が自動的に誘導されてニューロンの興奮過程を抑制し、その結果として別の「図」過程が興奮するためと説明されている。つまり、ニューロンにおける相互の興奮と抑制過程回路に基づくというわけである。そこで、Kogo et al.(16)は、反転パターンにおける「図」の過程の興奮過程を消失させれば、図−地反転の頻度を少なくできると考えた。そこで、反転パターンを連続して提示する代わりに間歇に提示し、図−地反転頻度を測定した。被験者にはパターンの見え方の反転を指定したキー操作で反応させた結果、ルビンの杯パターン提示条件では、提示時間が1秒という連続提示条件ではパターンの提示ごとに反転が生起したが、しかし間歇提示条件でも反転が生起し反転の抑制は顕著には現れなかった。一方、Kanizaパターンとネッカーキューブパターンの間歇提示条件では、反転の強い抑制が生起した。パターンの間歇提示によるこれらの反転の抑制には個人差もみられた。この結果から、図−地反転の抑制は、パターンの間歇提示によるニューロンの抑制によって一般的に生起するとはいえないことが示され、これにはパターンの熟知性、意味関連、期待などトップダウンによる要因が関与していることが示唆されている。
(3)曖昧でない事態での運動視差による奥行検出閾
 Holmin & Nawrot(14)は、対象の網膜運動速度(dθ)と観察者の眼球追従速度(dα)から曖昧でない対象間の奥行を知覚できる最小の奥行検出閾値を測定することで網膜運動速度と眼球運動速度の比(M/PR)を求めた。その結果、奥行検出閾値(dθ)は眼球追従速度が5から18.3deg/sの間は一定となるが、これ以下あるいはこれ以上の追従速度では増大した。また、運動するドットの方向によって眼球が鼻−こめかみに追従する(NT)か、あるいはこめかみ−鼻側に追従する(TN)かで奥行検出閾値は異なり、NT条件で有意に小さいことが示された。運動方向を識別する運動速度検出閾値は0.13deg/sとなり、奥行検出閾値と同等を示した。また眼球追従の正確度は、追従対象の運動速度が20deg/s以上になるとゲイン値が大きくなり、追従の正確度が悪くなることが示された。網膜運動速度(dα)が25deg/s以上になると、奥行検出閾値が高くなるのは、この眼球追従の不正確によると考えられる。得られた測定値から対象の網膜運動速度と眼球追従速度の比(dθ/dα、M/PR)が眼球追従速度によってどのように変わるかをみると、M/PR 比は眼球追従速度が2.3deg/sで高く、それ以降は25.0deg/sまで緩やかに小さくなることが示された。これは、最小のM/PR 比は網膜速度と眼球追従速度の両要因によって決められ、眼球追従速度が大きいあるいは小さい場合は奥行検出閾は不正確な眼球追従シグナルによって決められが、眼球追従速度が適切な場合には奥行検出閾は網膜運動シグナルによって決められていることを示唆する。
(4)運動検出オペレーターとステレオオペレーターを用いての運動対象の検出
 自動車を運転する場合、観察者の移動に伴い観察者の眼にはシーンのオプティク・フローを生じさせる。Royden et al.(26)は、このような背景面と対象の動きによるオプティク・フロー、および両眼視差要因から観察者が移動している場合のシーン内の対象の静止と運動を検出するコンピュータ・モデルを提唱した。オプティク・フローは、(a)観察者が2つの奥行の異なる平面の中心に向かって移動するときのオプティク・フロー、(b)同様なシーンを観察者が回転しながら移動するときのオプティク・フロー、(c)運動する対象(右下)を含むシーン内を観察者が移動するときのオプティク・フローに分けられる。そこで、観察者が運動するシーン内の静止対象と運動対象を識別できるオペレーターが考案された。受容野を模した各オペレーターは興奮領域と抑制領域に半分割されていて、その分割軸の角度は興奮と抑制領域の各モーションのあり方によって変わる。このオペレーターでは運動方向(矢印の方向で示す)および運動速度(矢印の長さで示す)が検出できる。モデルでは、このオプティク・フロー検出オペレーターに加えて両眼視差検出オペレーターが利用された。シミュレーション実験から、イメージモーションとステレオ視差の検出オペレーターを用いるとシーン内の対象が静止しているかあるいは運動しているかを認識させることが可能なことが示されている。

3. 絵画的要因による3次元視研究
(1)パースペクティブ・アングルから推測される3次元空間の程度
 Erkelens(9)は、視覚経路について光学経路と神経経路とを区別した。第1の経路は3次元の物理的世界から2次元の光学的世界(網膜像)への変換である。この変換には光学の原理にもとづき対象の面とエッジが一点に収束するパースペクティブで表される。第2のプロセスは網膜像に奥行を与えて3次元の視覚世界に変換することである。このとき、視覚システムは現実世界と異なり、収束点は無限ではなく有限の地点にあると仮定していることである。すなわち視覚世界は物理的世界とは異なり、パースペクティブな視覚世界であると仮定していると考えられる。Erkelensは視覚システムがこのような仮定をおいていることを実験で確かめた結果、現実空間のパースペクティブ・アングルは著しい過小視が示された。この評価されたパースペクティブ・アングルにもとづいて収束点の奥行距離を計算式で算出すると、現実空間では1.02mから5.97m、写真事態では0.79mから0.94mとなった。単眼視と両眼視条件間には差はなかった。実際に人間が見ているパースペクティブ・アングルと奥行距離は、測定されたパースペクティブ・アングルと奥行距離とは大きく異なることが示されている。
 (2)図−地分擬における輝度コントラストの効果
 Self et al.(30)は、「図」領域にあるパターンの明るさコントラストは「地」領域にあるそれよりも明るく知覚されているかを実験で検討した結果、「図」領域のガボールパッチの明るさコントラストは、「地」領域のそれより明るく知覚されていることが示された。さらに、ガボールパッチの斜線がその周囲の斜線と直交する場合には、それが平行な斜線に囲まれた場合よりガボールパッチの明るさコントラストは明るく知覚されることも示された。これらの結果は、ガボールパッチの明るさが「図−地」文脈とその周囲の斜線の角度文脈に影響されること、また視覚領においてガボールパッチは、「図」という文脈にある場合には、そのニューラルな部分がより活性化されることを示唆する。
(3)図地分擬の乳児における発達過程
 Sayeur et al.(29)は、妊娠期間が短く未熟児で生まれた場合、視覚経路の発達が正常とは異なるものになり、その結果、図地分擬のような高次視覚機能の発達が阻害されるのではないかと考え、早産で生まれた乳児の図地分擬に関わる視覚誘発電位を測定した。早産乳児のなかには乱視(3名)、近視(2名)、網膜障害(2名)、緑内障(1名)の視覚障害をもつものがいた。実験の結果、正常妊娠期間乳児は、12月齢から36月齢にかけて視覚誘発反応のN2潜時が有意に減少、また12月齢と24月齢段階で方向パターンに対するN2振幅の有意な減少、さらにはテクスチャパターンに対するN2振幅の減少が12月齢と24月齢、および12月齢と36月齢段階で有意に示された。これは図地分擬パターンに対する視覚過程の成熟が起きていることを意味する。一方、早産による乳児では12月齢段階でのN2反応が正常妊娠乳児に比較して方向およびテクスチャパターンの両方でその振幅が弱いことが示されたが、しかし24月齢段階になると正常妊娠期間乳児と同等となり差が見られなくなった。早産乳児の低次および高次視覚機能の発達には正常妊娠期間乳児と比較して遅滞が起きているが、それは早期に解消され正常な発達段階に追いつくと考えられる。
(4)乳児における対象の投影像(cast shadow)の手がかり
 Sato et al.(27)は、5〜6月齢乳児と7〜8月齢乳児各16名を対象として、対象とその陰影の間の認知(対象と陰影が一致あるいは不一致)の発達をしらべた。実験は新奇刺激熟知手続法(familiarization-novelty preference procedure)を用いて実施された。 実験の結果、5〜6月齢乳児は新奇刺激熟知手続の前と後テストの不適切陰影対象注視時間には差が生じなかったが、7〜8月齢乳児では後テストの不適切陰影対象注視時間が有意に長くなることが示された。これは、不適切な陰影をもつ対象を新奇なものとして選択したことを示し、7〜8月齢乳児は対象の適切な陰影を対象の同定の手がかりにしていることを示唆する。
(5)2次元図形のシンメトリー性拘束条件と3次元形状の復元
 Chen & Sio(6)は、シンメトリーのある3次元形状が網膜に投影された場合にも、2次元形状と同様にシンメトリーの検出が可能かどうかを検討した。そのために、2次元および3次元の図形形状を両眼視差を付して立体として提示し、さらにノイズ刺激であるランダムドット数を操作し継時的に提示した2つの図形がシンメトリーであるかどうかを知覚判断させた。その結果、対称性の軸に対応する面が異なる平行面あるいは傾斜面にある場合にはシンメトリーの検出は困難になること、しかし奥行を異にする傾斜面事態でも対称性の軸が蝶番部分と一致している場合にはシンメトリーの検出は容易になることが示された。このことから、シンメトリーの検出には対称性の軸が形状の同一平面にあること、および対称性の軸が2次元パターンと3次元パターンの間で一貫性があることが重要である。
4.奥行手がかりの統合
(1)スラント(slant)知覚におけるテクスチャと両眼視差の重み付け
 テクスチャと両眼視差という2つの奥行手がかりのスラント知覚に対する効果は、ベイズの定理を適用して、手がかり効果に対する知覚前の仮定と知覚後の評価からもっとも可能性に高い結果を予測(尤度)することで明らかにできる。相対的な2つの手がかりの知覚後の効果の程度は、手がかり間の相互の尤度関数から求められる。Saunders & Chen(28)は、ボロノイ形状のテクスチャパターンを単眼視と両眼視条件で提示し、そのスラント角度を被験者の手に装着したボードの角度で再現させた結果、テクスチャのみの条件でのスラント角度の知覚は前額平行への知覚バイアスが大きくあらわれること、この場合スラント角度が大きいより小さい場合の方が前額平行へのバイアスが高いことが示された。また、両眼視差条件でのスラント角度の知覚はもっとも正確で、これにテクスチャ要因が加わっても正確度は変わらないことも示された。これらの結果は、前額平行面への知覚バイアスはスラント面についての手がかり情報の信頼度が高いと小さくなることを示した。さらに、テクスチャと両眼視差の指示するスラント角度に5°の不一致をつけ、2つの手がかりのスラント知覚に与える重みをしらべた条件では、テクスチャ要因は両眼視差要因が働いている場合にも重要な手がかりであり、スラント角度が大きくなるにつれてその効果も増大した。これらの結果から、スラント知覚における前額平行への知覚的バイアスと奥行手がかり(テクスチャと両眼視差)の効果の程度は、前額平行への知覚バイアス要因とその知覚前の前額平行への知覚バイアス要因を最適に統合するベイズ確率モデルの予測と一致することが明らかにされている。

5.視空間構造
(1)方向の傾き残効(tilt adaptaion)
 Dekel & Sagi(8)は、方向の傾きを偏向させた自然風景に順応させ、その傾きへの残効が起きるかをしらべた。実験では、提示方向非偏向の自然風景と傾き偏向ノイズの両パターンを交互に連続提示する条件群と、提示方向非偏向の自然風景と提示方向偏向の自然風景の両パターンを交互に連続提示する条件群とを設定し、順応後にはテストターゲットを提示して傾き残効を測定した。実験の結果、傾き残効は、傾きのあるノイズパターンで1.08°、自然風景の提示方向を偏向させたパターンで0.65°、それに提示非偏向の自然風景ではほぼ0°だった。また、傾き残効を生起できる順応時間は500ms前後で、これより長い順応時間では傾き残効は減じた。このことから、自然風景でも提示方向を傾消させた条件では傾き残効が生起することが示された。
(2)視空間におけるパースペクティブ構造
 Erkelens(10)は、物理的空間と視空間の対応関係をパースペクティブ構造から分析した。物理的空間における距離、奥行、方向の関係は視空間に変換でき、しかもパースペクティブ構造に投影できる。Erkelensは、平行並木法と等距離並木法を利用した実験を実施し、その結果、平行並木のアレーは正確にパースペクティブ空間内に記述できること、また等距離並木のアレーは「大きさ-距離不変仮説」によってアレー間の距離を調整することで引き出せることが示された。平行と等距離並木法における実験値と計算値の一致からパースペクティブ空間モデルは妥当なものと考えられている。

6.3次元視空間の発生と発達
(1)ネコを対象とした単眼視剥奪からの回復におよぼす両眼視覚訓練の効果     Murphy et al.(21)はネコを被験体として片眼の視覚経験を剥奪し、その後刺激の方向を乱すノイズを付けた高輝度コントラスト刺激を両眼に与える視覚経験処置が片眼の視力回復を促進するかどうかを検討した。ネコの片眼は視覚発達の重要期間である生後20日から60日の間に外科的に2週間にわたって縫合された。縫合解除後に視力回復訓練を実施したが、訓練開始時期に2通り、早期開始(生後5週齢から6週齢)条件と晩期開始(生後1歳齢)を設定した。訓練は生後約1年間継続して実施した。 実験の結果、人為的な視覚経験剥奪による弱視眼の視力は両眼視による訓練日数を追う毎に回復を示し、早期および晩期の訓練開始条件で差は生じなかった。しかし、視覚経験剥奪のない統制条件群に比較すると、片眼剥奪を受けた実験群の視力回復は訓練開始20日前後でストップしてしまい、垂直縞の方向識別がさらに向上する統制群との間に相違が生じた。これは片眼の視覚剥奪が永久的な後遺症を与えていることを示唆する。