両眼立体視

視野闘争

 視野闘争には、各眼の単眼視処理過程間の闘争によって他眼の視野を排他的に抑制する初期過程と、各眼からの入力刺激を統合もしくは闘争する過程の視覚処理の高次過程とが関係している。後者の場合、たとえば各眼に入力した視野闘争刺激の一部に左右眼の刺激パターンを構成する要素が含まれていると、眼球間のグルーピングの結果として刺激全体が明瞭に知覚される。これは、眼球間の闘争によるのではなく各眼からの知覚イメージ間での闘争が生起することを示唆する(Kovács  et al. 1996)。視野闘争には初期と高次の視覚処理過程が関与することは、神経画像を利用した研究でも裏づけられている(Tong & Engel, 2001 Wunderlich,Schneider, & Kastner, 2005 Tong,Nakayama, Vaughan, & Kanwisher, 1998 Buckthought, Jessula, & Mendola, 2011)。
 また、精神物理学的手法による研究では、コントラストや大きさなど低次の段階で視覚処理される刺激特性が視野闘争に強く関係する((Bossink,Stalmeier, & De Weert, 1993; Blake, O’Shea,& Mueller, 1992; O’Shea, Sims, & Govan, 1997)。一方、輝度の視覚情報処理については、これまでの研究でパターンと背景との間が輝度差で構成されている刺激(luminance-defined, first-order、L)とパターンと背景とのコントラスト差によって作成された刺激(contrast-modulated、second-order、CM)は、視覚処理過程において別々のメカニズムで処理されている (Schofield and Georgeson 1999)。
 そこでSkerswetat et al.(33)は、L、CM、そしてLM(L刺激にノイズパターンを付加した刺激)の3通りの刺激パターンで視野闘争現象を分析した。図1は視野闘争に使われた3種類の刺激パターンで、(A)は輝度によって構成されたサイン波形のグレーティングパターン(luminance-defined grating)で0.98の高コントラストをもつパターン、(B)は輝度を変調させたサイン波形のグレーティングパターン(luminance-modulated grating)で0.78のコントラストをもち併せて0.2のコントラストのバイナリなノイズを追加したパターン、(C) はコントラスト変調のサイン波形のグレーティングパターン(contrast-defined grating)でバイナルノイズキャリアによってそのグレーティングのコントラストを変調したパターン(modulation 1.0)である。ここではバイナリノイズは左右眼の入力像で完全に相関させてある。またパターン大きさは、1°、2°、4°に変化し、それに伴って空間周波数も4、2、1c/deg変えた。図1の各パターンの右には、パターンの位置による輝度波形値がグラフで示されている。これらの刺激パターンでは、たとえば右眼に水平グレーティング、左眼に垂直グレーティングを提示し、どちらの側のパターンが優位に知覚されるか、またその優位時間、さらに左右眼のパターンの混合知覚が生じるかを被験者にキー押しで答えるように教示した。
 LMとCMの視認度(visibility) が相違しないことをコントロール実験で確認した上で、LMとCMの視野闘争の出現をみると、CMパターン刺激が優位に出現する割合およびその持続時間はLMパターンに比較して有意に低いこと、刺激パターンを大きくするとCM、LM、Lのすべてのパターンで出現割合が減じること、またCMパターンではLとLMパターンに比較して左右入力像の混合した知覚がより多く出現することが示された。 これらの結果から、CM刺激は視野闘争より両眼視の統合を担うメカニズムによって視覚処理され、したがってここには高次視覚野が関与すると考えられる。

視野闘争における運動刺激優位(Motion dominance)
 視野闘争における運動刺激優位とは、左右眼への提示刺激のなかでどちらかに運動する刺激があると、その方が知覚優位になる知覚現象をいう。運動を定義する場合には、網膜上の運動(網膜座標での運動)、対象起因の運動(他の対象あるいは背景との関連での運動)、そして観察者起因の運動(観察者の頭部や身体に起因する運動)が区別できる。
 そこで、Nakayama et al.(23)は、この3通りの運動座標のいずれが視野闘争における運動刺激優位に影響するかを確かめた。実験では、図2に示されたように、この4通りの実験事態が設定された。その1は、左眼のグレーティング刺激が下方に運動する条件で、この場合はグレーティング刺激が網膜座標上の運動となる(図a)、その2は、左右眼の注視点が下方に運動、かつ左眼のグレーティング刺激が下方に運動する条件で、この場合右眼のグレーティング刺激が網膜上の運動となる(図b)、その3は、左右眼のレファレンス(外枠)が下方に運動かつ左眼のグレーティング刺激も下方に運動する条件で、この場合右眼のグレーティング刺激が背景との関係で対象の運動起因となる(図c)、その4は、左右眼の注視点およびレファレンスが下方に運動しかつ左眼のグレーティング刺激が下方に運動する条件で、右眼のグレーティング刺激が網膜座標上で運動起因となる(aのケースの反対条件)(図d)。被験者には優位に知覚される側(左・右眼)とその運動方向(上・下方向)を答えさせた。
 実験の結果、運動刺激優位性は、網膜座標の運動条件に限定されずに対象起因運動条件および観察者起因運動条件でも同様に生起した。とくに、左右眼のいずれか片側でのみ網膜座標運動条件(図a)あるいは網膜座標起因と対象起因運動条件(図d)を設定した場合、運動刺激優位性が顕著に示されたが、片眼に網膜座標起因運動条件、他眼に対象起因運動条件を設定した場合には運動刺激優位性は一定しなかった。
 これらのことから、視野闘争における運動刺激優位は網膜座標での運動条件に留まらず、対象起因運動条件あるいは観察者起因運動条件の組合せでも生じることが明らかにされている。

視野闘争におけるオプティク・フローのグルーピング
 視野闘争は左右眼への異なる刺激入力による眼球レベルでの知覚闘争で生起するが、しかしそれだけに限らずに、隣接する類似刺激が非類似刺激より視野闘争において長く知覚優位になることから、より高次の視覚処理過程が関わっている。左右眼への2つの刺激パターンの類似した部分が同時に知覚されることは、視野闘争グルーピングと呼ばれる。Stuit et al.(2011)によれば、視野闘争グルーピングは刺激イメージの内容に依存する(image-based)よりは刺激を提示する眼球に起因して出現する(eye-based)傾向が強いことが示された。さらに、視野闘争グルーピングは、視野闘争刺激が動的パターンになると、眼球起因の貢献度が、とくに動的な速度の遅速で変わることも示された。動的な刺激変化が遅い場合には高次の知覚処理過程(stimulus rivalry)が、速い場合には低次の処理過程(eye rivalry)が関与すると考えられた。
 そこで、Holten et al(14)は、動的刺激パターンを用いて視野闘争を起こすとき、図3に示すように、もし低次の視覚処理過程が視野闘争に関与するのであればE型(eye-based)の出現持続時間が長くなり、逆に高次処理過程が関与するのであればI型(image-based)の出現持続時間が長くなり、さらに低次と高次の両過程が関与するのであればI+E型(image-eye based)の出現持続時間が長くなると予測した。実験では、図4に示すように、動的刺激パターンに完全オプティクフロー(Full optic flow)および部分オプティクフロー(partial optic flow)からなる2種類の視野闘争刺激を用いた。完全オプティクフロー条件では、白あるいは黒のドットで構成されたドットパターンが小円(輪郭は描かれていない)領域の中心に向かう収束オプティクフローあるいは周辺への拡散オプティクフローがランダムな歩行オプティクフローと組み合わされて左右眼に提示された。部分オプティクフロー条件では、オプティクフローが注視点から下方へシフトするオプティクフローもしくは注視点から上方への拡散オプティクフローと組み合わされ、しかもひとつのフローパターンとしてホーリスティックに知覚解釈されるように設定されて左右眼に提示された。収束あるいは拡散フローにおけるドット速度は中心あるいは周辺に向かいにつれて速度勾配をつけて増大させ、またランダム歩行フローでは一定の速度で固定した。被験者には、視野闘争事態において、提示した2つの小円領域が両方とも白ドットならば左矢印キーを、小円領域の一方が白ドット、他方が黒ドットならば上矢印キーを、小円領域の両方が黒ドットならば右矢印キーを、それらが知覚されている間だけ押し続けるように求めた。
 その結果、完全オプティクフロー条件で片眼にオプティクフロー(上側に提示)とランダム歩行フロー(下側に提示)を、他眼にオプティクフロー(下側に提示)とランダム歩行フロー(上側に提示)を提示しオプティクフローとランダム歩行フローが優位に出現する時間をベースに考察すると、(1)片眼にオプティクフロー、他眼にランダム歩行フローを提示すると、オプティクフローあるいはランダム歩行フローのいずれかが知覚優位になる時間が最も長いこと、(2)片眼にオプティクフロー(上側に提示)とランダム歩行フロー(下側に提示)を、他眼にオプティクフロー(下側に提示)とランダム歩行フロー(上側に提示)を提示した条件でもオプティクフローとランダム歩行フローが優位に出現する時間は同程度に多くなること、しかし(3)オプティクフローあるいはランダム歩行フローを別々の眼に提示した条件では、2つのオプティクフローあるいは2つのランダム歩行フローのどちらかが出現する時間は先の2条件に比較して短いことが示された。この結果は部分オプティクフロー条件でも同様であった。さらにオプティクフローとランダム歩行フローのいずれが出現時間が優位になるかをみると、オプティクフローの方が幾分長いことが示された。
 このことから、視野闘争のグルーピングは眼球起因(eye-based)によっていること、しかもこれはフローパターンの処理に高次の過程が関与していても妥当することが見いだされている。

両眼視差からの3次元形状の復元

両眼視差によって生成された3次元輪郭線(ドット)の検出
 2次元面にドットで描かれたものを輪郭として知覚するかどうかは、それが良い連続やスムースというゲシタルト知覚特性をもつかどうかで決まる。それでは、3次元空間にドットで提示された輪郭の場合にも同様なゲシタルト知覚特性が当てはまるのであろうか。
 Khuu et al.(15)は、両眼視差を用い3次元空間に提示したドットで構成された輪郭検出実験を試みた。実験では、ドットによる輪郭の曲げ角度(図5のA:0、10、20、30、40°の4段階を設定)、また、輪郭の奥行方向角度(σ°:0、15、30、60°の4段階を設定)を操作(図5B)し、ステレオグラムを用いて6個のドットによる輪郭(図5C)を提示した。実験で実際に提示したステレオグラムではノイズとしてのランダム・ドットの中にテスト輪郭を埋め込んだ(図5E)。被験者には奥行方向の輪郭の検出を課し、奥行方向をもたない輪郭も紛れ込ませてどちらの輪郭が提示されているかを2者択一で答えさせた。
 実験の結果、輪郭の曲げ角度が小さいほど輪郭検出率が高くその角度が大きくなるにつれて検出率がリニアに減少すること、また輪郭の奥行方向角度を大きくする(60°と30°)と輪郭検出率は高くなることが示された。これらの結果から、視覚システムは両眼視差要因によって提示された輪郭のエレメントをグループ化して輪郭として統合するしくみをもつことが示唆された。
 Khuu et al.は、輪郭の構成するドットのうちのいくつかについて奥行方向をレギュラーな位置の反対においた実験条件も設定し、輪郭の連続性を壊した事態(図5D)での輪郭検出をしらべたところ、輪郭の奥行方向角度からのドットの逸脱を大きくするに従い輪郭検出が妨げられることが示された。
 同様に、ステレオグラムで輪郭を構成するドットの左右で対応する明るさ極性を変えた条件(図5F)、および輪郭を構成するドットの左右で対応する色を変えた条件(図5G)で輪郭の検出が妨害されるかをしらべたところ、対応する明るさと色のコントラスト比が高い条件では輪郭検出率には影響しないこと、しかしそれらのコントラストが低くなると輪郭が検出できないことが見いだされた。
 これらの結果から、視覚システムは左右眼で対応する明るさと色のコントラストを等価にした条件で両眼視差を用いて輪郭を検出することが示された。

両眼視差の勾配による面の傾き(slant)の知覚
 Wardle & Gillam (40)は、絶対的視差(absolute disparity)と相対的視差(relative disparity)を区別した。絶対的視差は左右眼の刺激の網膜の位置差による通常の両眼視差をいい、相対的視差は左右眼のそれぞれにおいて2つの刺激面の間に生起する視差をいう。図6は3種類の水平方向のスラント(垂直軸を中心として回転)面の刺激布置を示す。図(a)ではツイスト(twist)面で前額平行面の下に隣接してスラント面がクロスするために前額平行面とスラント面との間に相対的視差勾配が生じ(赤字で表記)、図(b)ではヒンジ(蝶番)面で前額平行面の右にスラント面が隣接するために相対的視差勾配が生じない、図(c)エッジに相対視差をもつヒンジ面で前額平行面の右のエッジに奥行間隔をもってスラント面が隣接するために相対的視差が生じる。実験では、図7に示すようなステレオ刺激を被験者に両眼立体視で提示し、水平に位置させた2つの赤色のドットの一つの視差を操作してその2つのドットの傾きがスラント面の傾き(21°あるいは36°)と一致するように調整させた。図7の (a)では、左右端の垂直線は同等なためにそれらは前額に平行、(b)では矩形によるスラント面、(c)ではランダム・ライン・テクスチャによるスラントで絶対的視差勾配がある、(d)ではツイスト配置によるスラント面(線画)、(e) ツイスト配置によるスラント面(ランダム・ライン・テクスチャによる)で絶対的視差勾配と相対的視差をもつ、の5通りの実験条件が示されている。 その結果、ランダム・ライン・テクスチャによるツイスト刺激条件でのスラント面の傾きがもっとも実際の傾きと同等のマッチングがなされた。また、単一スラント面の傾きでの知覚判断はバイアスが大きいことが示された。ランダム・ライン・テクスチャによるツイスト刺激条件にのみ相対視差勾配があるので、スラント面の傾き知覚を担うのはこの手がかりと考えられる。
 そこで相対的視差勾配がツイスト刺激条件でのスラント面の傾き知覚に重要な手がかりであることをさらに確かめるために刺激面のラインの分布密度を変えた実験条件(7 lines/deg2、26 lines/deg2、178 lines/deg2)を設定し、さらに、図8に示したように、ツイスト刺激でのフラットな矩形面に対するスラント面の横幅比(2/3と1/3)、およびツイスト条件でのフラット面の視差ノイズを高、低の2段階に操作して検討した。被験者には、先の実験と同様に、2つのドットの傾きを操作させてスラント面との傾きマッチングを求めた。
 その結果、刺激面のライン密度の高低はスラント面の傾き知覚に影響しないこと、フラットな矩形面に対するスラント面の横幅比が小さくなるとスラント面の傾き知覚のバイアスは大きくなること、そしてノイズが増大するにつれて面の傾き知覚のバイアスが大きくなりマッチングが不正確になることが示された。これらの結果は、ツイスト条件でフラット面とスラント面との間の相対的視差勾配が減じるとスラント面の角度知覚が不正確になることを意味した。
 これらの実験結果から、スラント面の傾き知覚はフラット面を隣接させることによって生じる相対的視差勾配の手がかりでなされていると結論できる。

ステレオグラムのイメージの高さと奥行量
 Tsirlin et al.(2012)は、ステレオグラムによって出現する奥行量が、その視差量を同一にしても細長い矩形の場合より小円の場合では小さくなることを示した。これは、ステレオグラムの刺激形状の高さがたとえその視差量が同一でも、ステレオ奥行量に影響することを示したものであった。
 そこでTsirlin et al.(38)は、図9に示したステレオグラムで先の結果の再確認実験を行った。ステレオグラムの刺激要素のうち左側図形は常に視差ゼロ、右側図形は常にある値で視差を等価とし、その視差を2.9、5.8、8.76 arcmin(理論的奥行出現値は0.56、1.13、1.72cm)の3段階に変化させた。ステレオグラムの刺激条件では、「矩形-バー」刺激条件(図A)、「矩形-ドット」刺激条件(図B)、「2本のバー」刺激条件(図C)、「2個のドット」刺激条件(図D)の4通りを作成した。ステレオ奥行量の測定は、(1)視差プルーブ(disparity probe、左側の図形を奥行方向に移動させ、右側図形と等価になるように調整)、(2)バーチャル・ルーラー(virtual ruler、ディスプレイの左に視差ゼロで提示し、中央の水平単線ともうひとつの水平単線がテストステレオグラムの奥行量に等しくなるように調整)、(3)電磁式物理ルーラー(親指と人差し指の間隔で奥行量を指示)の3通りの方法で行った。
 その結果、2つの刺激間の視えのステレオ奥行量は、「矩形-バー」条件では「矩形-ドット」条件に比較して有意に過大視されること、「2本のバー」刺激条件は視差量と奥行量が一致すること、また視差プルーブ測定法では有意な差が生じないことが示された。
 そこで、「矩形-バー」条件および「矩形-ドット」条件で視差量を固定(5.8、8.76 arcmin)し、バーとドットの高さをともに5.8、11.7、17.5、58.4 arcminに変えて、ステレオ奥行量をバーチャル・ルーラーで測定した。その結果、ステレオ奥行量はバーとドットの高さとともに大きくなること、またその奥行量はバーとドットの高さ条件を同一にすると、ステレオ奥行量には差が生じないことが示された。
 このことから両眼立体視において、視差は垂直のエッジにそって統合されることが示唆されている。

両眼立体視量の測定方法、および経験の役割
 ステレオ視によって出現するステレオ視量(Depth)は次式によっておおよそ算定できる。
   Depth = (d×D2)/IOD (d:視差量、IOD:眼球間距離)
 Hartle & Wilcox(12)は、理論的に求められるステレオ視量が実際にはどの程度に出現するかを、図10のような3種類の測定方法でしらべた。ステレオ視量を測定する3種類の方法は、ハプティクセンサー(図A)、デジタルカリパス(図B、測径両脚器)、バーチャルルーラー(図C)の3通りとした。ステレオ視量は、2本の線分を各眼に提示し、一方を視差ゼロに、他方を0、0.09、0.17、0.34、0.51degの5通りに設定して測定された。被験者はステレオ視など3次元知覚に経験のあるもの、およびそのような知覚課題について未経験な学生の各8名とし、ステレオ視量を3通りの測定具で再現するように求められた。
 その結果、ステレオ視経験者では理論式から予測された通り、ステレオ視量は両眼視差量に伴ってリニアな増大を示したが、ステレオ視未経験者では、視差量が小さいところではステレオ視量の過小視が、両眼視差量が大の所では過小視が示された。また、測定方法による違いはないことも示された。
 Hartle & Wilcoxは、未経験者におけるステレオ視量の予測式からの逸脱は刺激布置におけるパースペクティブ要因が影響しているとみて、ステレオ刺激のパースペクティブ要因を操作してステレオ視量を未経験者で測定した。奥行の異なるステレオ2本線分は、通常では遠くに位置する線分は距離に比例して小さくなりパースペクティブ要因が働く。そこで、視差ゼロ線分の長さを視差のある線分の距離に比例して小さくして提示することによってこのパースペクティブ要因を導入した。その結果、ステレオ視未経験者のステレオ視量は予測値に近似するように改善されることが示された。さらに、ステレオ視に経験が関与するかを試すために、ステレオ視で提示した刺激条件と同一のものを物理的に再現する現物装置を作成し、未経験者をそれで訓練してから、ステレオ視量を測定したところ、予測したステレオ視量に近似することが見いだされた。
 これらの結果は、観察者のステレオ視量にはステレオ経験の有無が関係することを示した。

ステレオボリューム(stereoscopic volumes)
 RDS立体視で2つの面の奥行分離が不十分な場合、そこには奥行をもつ固まり(Stereoscopic volume)が知覚できる。Parker & Yang(1989)は、これを視差の平均化によるものと考えた。とくに、視差が閾値以下の場合、明確な面が識別できなくて、その代わりに奥行に散在するドットの固まり(広がり)が生じる。これらは、面の構造を出現させることが視差によって規定される空間の前提ではないことを示した。葉が生い茂った一本の樹木をみると、そこには四方八方に枝が伸び、その枝には葉が群がり、3次元的な広がり(volumes)を形成しているが、このようなシーンを両眼視差で表示した場合の視差の役割についてはいまだ明らかにされていない。ここには単一の平面あるいはスムースな凹凸面の視差処理とは異なる問題がある。それは前額に平行な面が透けて見える(disparity transparency)事態での視差の平均化が関係する。ランダムに配置した要素によって出現する3次元パターンは、それらの要素が結合することでstereoscopic volumeが出現すると考えられる。
 Goutcher & Wilcox(10)は、stereoscopic volumeを可能にするのはステレオグラムのドットの視差分布状態に依存すると考え、実験的に検証した。実験では、図11に示したように、視差分布を2通りに変えたステレオグラム、すなわちランダムドットをガウス型で分布(a)させるか、あるいはランダムドットを一様に分布(b)させるかして、視差分布に規定された3次元ボリュームの識別能力が試された。標準刺激の視差ボリュームには4通りの3次元広がり(3-D spread)、すなわち3.54、7.08、10.62、14.16 arcminが設定された。これらの3次元広がりは視差の最大を表す。また、比較刺激の視差ボリュームには同じドット分布で標準刺激に対する比率にして0.177から5.66の間で±2.5の比率で9通りの広がりが設定された。被験者は、ステレオスコープを通してインターバルを置いて提示されるこれらの標準と比較刺激を観察し、どちらの3次元広がりが大きいかをキー操作で答えるよう要請された。
 その結果、比較刺激が標準刺激の広がりより小さい場合には標準刺激の広がりの方が大きいと知覚判断する割合が高く、逆に比較刺激が標準刺激の広がりより大きい場合には標準刺激の広がりの方が大きいと知覚判断する割合が低くなった。また、標準と比較刺激の広がりの比率が等価な場合には、広がりの大・小の知覚判断割合は半々となった。ただ、被験者によっては比較刺激が標準刺激の広がりより大きいと、標準刺激の広がりの方が大きいと知覚判断する割合が高い方にリバウンドする者も見られた。また、この結果には、ドットの分布型(ガウス型・一様型)は影響しなかった。
 Goutcher & Wilcoxは、この種の3次元広がりにおいてその中心点(location-in-depth)が広がりの大きさによってどのようにシフトするかも検討した。ステレオグラムは、ドットによるガウス型と一様型の視差分布のうち、50%はガウス型で視差分布し、後の50%は一様型で視差分布(最大視差と最小視差をその中心から±6.6 arcminの間で設定)し、かつその視差をガウス型より大きく設定した。ガウス型分布の奥行の平均的位置と一様型分布の中心との間は変数として変化させた。被験者には視差で規定された3次元広がりの中心が注視点の前かあるいは後ろかを判断させた。広がりの中心点は各ドット分布ごとに設定し、被験者には分布の型に関係なく広がりの中心が注視点(視差はゼロ)の前あるいは後ろを知覚判断することを求めた。すなわち、被験者が最大と最小の視差に依拠して判断しても(この場合中心点の判断はガウス型ドット分布の中心とは無関係になされる)、あるいは被験者がすべてのドット分布に依拠して判断してもも(ガウス型のドット分布は広がりの中心の知覚判断に影響する)、自由とした。
 実験結果にもとづき、一様型の視差分布を変えたときガウス型の視差分布の広がりが前方に視える反応のグラフから、反応が50%になるところのPSEを算出した。その結果、個人差はあるもののPSEはガウス型視差分布による広がりによっては影響されないことが示された。この結果は、location-in-depthの知覚判断がすべてのドットの視差によっているのではなく、広がりの最大あるいは最小視差によっていることを示唆した。
 そこで、Goutcher & Wilcoxは、広がりの形状がどのように知覚判断されるのかをさらに検討した。実験では、図12に示したように、同一の比較刺激2個とターゲット刺激1個を継時的に提示し、3個の刺激中どれが異なる刺激(odd-one-out)かを被験者に自由にキー操作で答えるように求めた。比較刺激はガウス型視差分布、またターゲット刺激は比較刺激に用いたと同一のガウス型視差分布に一様型視差分布(一様な分布の割合とその範囲を変数として操作)したものを重ねた刺激とした。
 その結果、3つの刺激から1つの異なるものを見つける課題(odd-one-out detection)での正答率は、ガウス型の分布の標準偏差が1.1 arcminをとる時には、一様型の視差分布が2 arcminから8 arcminに増大するにつれて高くなった。またガウス型の分布の標準偏差が4.4 arcminをとる時にも同様な傾向が示されたが、その成績は全体にきわめて悪いことが示された。
 これらのことから、視覚システムは3次元広がり(3D volume)を知覚する場合、それを構成するすべての視差を用いるのではなく、限られて視差、たとえば最大と最小の視差の検出で処理していると考えられる。

両眼立体視の処理過程

絶対視差の異常と相対視差のメカニズム
 絶対視差は、図13の(a)に示したように、注視面の前あるいは後ろにひとつの対象が奥行をもって知覚できる両眼視差事態であり、注視面と対象との間の絶対視差が大になると、注視面と対象間の奥行も大となる。相対視差とは、図(b)に示したように、注視面とは別の奥行位置にある2つの対象を知覚する両眼視差事態であり、したがって相対視差は2つの対象間の輻輳角の差となる。相対視差の計算には2通りの方法がある。
 第1の仮説(feeding system仮説)は、2つの対象(P1とP2)の絶対視差(a P1と a P2)にもとづき、その相対視差が、 

  
で計算される(図13b)。
 第2の仮説(independent system 仮説)は各眼の網膜像に投影されたイメージの分離から計算するもので、その相対視差が

  
で計算される(図13b)。この場合、相対視差は注視面とは無関係に規定できる。
 絶対視差に関わるニューロンと相対視差に関わるニューロンが明らかにされている(Cumming & Parker 1999, Thomas et al. 2002)。しかし、Chopin et al.(4)は、絶対視差と相対視差ニューロンが別々に存在することは、これらの過程が独立していることを示唆するが、相対視差が絶対視差からの入力にもとづいて計算されることを否定しないと考えた。
 そこで、表1に示したように、絶対的視差と相対的視差の関係について絶対的視差の無意識的読み取りがある場合(absolute disparity anomaly)と無い場合(no absolute disparity anomaly)、さらに絶対視差と相対視差が独立した過程で処理される場合(independent system)と絶対視差情報が相対視差の計算に供給される場合(feeding system)に分けて、それらの閾値の大小関係およびそれらと輻輳ノイズとの関係が理論的どのようになるかがまとめられている。表中「ˆTabsˆ」は絶対視差の閾値、「ˆTrelˆ」 は相対視差の閾値、「σverg」は測定した輻輳ノイズを示す。また、絶対視差と相対視差の閾値の大小およびそれらと輻輳ノイズの相関が理論的に満足する場合は緑欄で、不一致の場合は赤欄で、条件によって満足しない場合はオレンジ欄で表示してある。
 これを理論的なチャートとして、絶対視差、相対視差、輻輳ノイズが測定された。測定は、図14に示したような手順で実施された。 絶対視差閾値の測定は両眼融合された線分が記憶されたレファレンス(実験シリーズで提示したすべての線分位置)より手前かどうかを、相対視差閾値の測定は提示された2本線分の間隔距離が記憶されたレファレンス(実験シリーズで提示したすべての線分間距離)より小さいかどうか答えさせた(図14a) 実際の測定にあたっては、まずノニウスラインの提示とキー操作による反応、次にそれの除去とマスク刺激に提示(10ms)、そして2本線分の提示(200ms)、最後にキー操作による反応を被験者に順次求めた(図2b)。閾値の測定では、単一の刺激を奥行位置を違えて複数回先行提示し、被験者にはこの先行した奥行位置の記憶を閾値測定でのレファレンス、すなわち奥行位置や距離の基準として、現に提示されている刺激の奥行位置や距離を比較させた。輻輳ノイズは、被験者に、まずノニウスラインを調整させ、次いでそれを消去後に新しいノニウスラインを提示し上線分が下線分の右か左かを水平方向のギャップを変化させて答えさせた。
 その結果、(1)絶対視差閾値は相対視差閾値より確実に悪いこと、(2)絶対視差閾値と相対視差閾値の間は無相関であること、(3)相対視差閾値は輻輳ノイズと正の相関(0.53)が見られるが絶対視差閾値とは無相関(0.08)であることが示された。この結果を、表1の理論的予想に当てはめると、「絶対視差がアノマリである」、「絶対視差と相対視差間にフィーディングシステムが有る」、「絶対視差と輻輳ノイズは無相関である」、「絶対視差と相対視差が無相関である」、「相対視差と輻輳ノイズ間に相関有る」との結果に相当した。これらの結果は表中のno absolute disparity anomaly のなかのfeeding system仮説に該当し、この仮説を支持する。

その他の研究

幾何学的ホロプター、フィートミュラー円、そしてキクロピアン・アイ
 Turski(37)は、輻輳角が等しいという基準で規定されたホロプターの幾何学的特性、とくに眼球の解剖学的に正しいホロプターの幾何学的特性について検討した。図15に示したように、観察者が水平方向の円形面上の一点を注視し、その輻輳角を一定に維持するとき、この注視点と観察者の左右眼の眼球回転の中心OL、OR(foveaより平均11mm前方に位置する)を通る円(点線)が描ける。これはフィートミューラー円(等輻輳角円、Vieth- Müller  circle)として知られている。同様に、この等輻輳角点と観察者の左右眼のノーダルポイントNL、NR(視軸とレンズ体の接点でfoveaより平均して17mm前方に位置する)を通る円(実線)は幾何学的ホロプター(geometric horopter) と呼ばれる。図16からも明らかなように、幾何学的ホロプターとフィートミュラー円は異なる。第1にノーダルポイントと注視点を通る水平な視覚面上の円である幾何学的ホロプターは、フィートミュラー円上の注視点(F、F')と左右対称の輻輳点(S)とのみ交わること、第2に幾何学的ホロプターは、水平視野面に対して垂直な直線(図のX3)と左右対称の輻輳点(図のS)を通ることである。つまり、図17に示したように、左右対称の輻輳点(S)はフィートミュラー円上の注視点(F)と交わるが、フィートミュラー円上の注視点(F)は左右対称の輻輳点(S)とは交わらない。両眼視差は、解剖学的に正しい幾何学的ホロプターに基づけば、眼球の位置ではなくフィートミュラー円上の注視点とその円の内あるいは外との輻輳角の差に依存する。従来の考え方では相対的視差は眼球の位置が変わっても不変と信じられてきた。しかしこれはフィートミュラー円に依拠した場合にのみ正しい。
 Turskiは、ノーダルポイントが解剖学的に正しい位置をもつ場合、幾何学的ホロプターとフィートミュラー円の間の区別は眼球の位置によって変わる相対的視差にあると考え理論的に検討したが、今後、実験で確かめる必要がある。

シュードスコープによる観察
 シュードスコープとは、左右入力像を逆転する観察装置をいう。すなわち図18のような2組の鏡を用いて左眼へは右眼側に入力されるはずのシーンを、右眼側にはその逆を入力する観察装置である。これを用いてシーンを観察すると、原理的には左右眼の視差が反対(交差視差が非交差視差にあるいはその逆に)になるので、遠近と凹凸が逆転して知覚される。しかし、単眼的奥行手がかりは変化しないので両眼視差とコンフリクトとなる。
 そこで、Palmisano et al.(27)は、124名の観察者にシュードスコープをもちいて自然シーン(図19)を観察させ、どのように知覚されるかを自由に報告させた。それによると、シュードスコープ装着による知覚には個人差があり、それを類別すると5つの型に分類できた。その1はシーンの対象の位置の逆転およびシーン内の対象の凹凸の逆転する型で、逆転した両眼視差通りに奥行を知覚する型(a)である、その2はシーン内の対象の凹凸が逆転して知覚する型(b)で、例えば樹木の幹が空洞に視える。その3はシーン内の物理的に遠くの対象が極端に小さくまた平板に知覚する型(c)で、例えば遠くの樹木が小さくしかも平板に視える。その4は2つの対象の重なり領域が逆転して知覚する型(d)で、例えば物理的に遠くの対象が近くの対象の領域に所属、あるいは物理的に近くにある対象が背景に所属しているように視える。その5は新たなイルージョナリな面が出現して知覚される型(e)で、たとえばシーンの1部がステンドグラスを通し多様に視えるが、しかし観察者にはそれがイルージョナリな面であることには気がついている。このイルージョナリな面の出現には、ダ・ヴィンチステレオオプシス(左右眼のそれぞれで交差的に近くの対象が遠くの対象をオクルードするときに出現するファントムな面)と類似した現象が生起している。

 これらの類型のうち(a)と(b)を一つの類型としてまとめて残り3つの類型を含めた4類型をベン図(Venn Diagram、複数の集合の関係や、集合の範囲を図式化)にあらわしたものが図20である(この数値には単独での類型とそれらの類型の複合も含まれている)。図は左下に「シーンの奥行逆転」型を配置し、時計回りに「遠くの対象の大きさの縮小と平板」型、「境界領域の逆転」型 そして「イルージョナリな面出現」型を配置してある。このベン図から、「シーンの奥行逆転」型と「遠くの対象の大きさの縮小と平板」型に属しかつ「境界領域の逆転」型と「イルージョナリな面出現」型に属する者が15名と多く、次が「シーンの奥行逆転」型と「遠くの対象の大きさの縮小と平板」型に属する者が多いことがわかる。また、シュードスコープ観察による奥行逆転知覚ができない者のステレオ視能力をみると、ステレオ能力をつ者とそれをもたないステレオブラインドの者がいることがわかり、ステレオ視能力の有無だけではその可否を決められないこと、さらにシュードスコープ観察時に奥行逆転知覚が出現するまでの潜時にも個人差があり、この潜時にはステレオ視力よりは両眼の通常の視力の方が強く関係することも明らかにされた。

健常者に対するバージェンス療法
 Talasan et al.(34)は、健常者の両眼視における輻輳と開散がバージェンス訓練を実施することで改善するかを検討した。最近は、スマホなど近接距離対象を両眼視する時間が多くなり、両眼視能力に不快を感じる人たちが多くなっている。そこで、短期間のバージェンス訓練でこれを改善する訓練療法を考案し、その効果をしらべた。前・後テストとセラピー訓練は、図21に示したハプロスコープを用いた。両眼立体視のバージェンス訓練では、あらかじめ測定し被験者毎に設定した近接時の斜位(phoria、P )から輻輳(convergence)あるいは開散(divergence)させ、被験者に追従するように求めた。実験では実験群と統制群を設け、実験群には前テストと後テストの間にセラピー訓練を中央枠に示したように2から3週間にわたって実施した。訓練内容は、図22の中央枠にあるように、5分間近距離訓練(20°から16°)を2回、5分間遠距離訓練(1°から5°)を2回、5分間傾斜路(ramp)訓練(1°の開散距離からスタートして20°までの輻輳距離)を4回を実施した。提示刺激は眼球調節を弱めるためにガウス刺激とした。訓練日程は図22にあるように一日おきに訓練メニューを変えて実施された。
 セラピー訓練後の効果について、(a)近接点の輻輳と斜位、(b)輻輳運動の潜時、速度の最大値、対象把捉までの時間、および(c)輻輳の対象把捉の正確度を、前テスト時のそれらと比較したところ、(a)の指標は差が生じなかったが、(b)と(c)は有意に改善することが示された。

5週齢から10週齢乳児の両眼輻輳反応
 Seemiller et al.(32)は、5週齢から10週齢乳児の両眼輻輳反応をしらべた。提示した刺激はアニメ動画とし、両眼輻輳測定のための観察距離は、近距離(44-57cm)、中距離(40-67cm)そして遠距離(33-100cm)の3条件とした。両眼輻輳測定のために刺激提示スクリーンを0.1 Hzのサイクルで前後に移動させ、被験児から1mに設置したパワーリフレクターで測定した。
 その結果、19名の5週齢から10週齢乳児はすべて観察距離の変化に対応する両眼輻輳反応を生起させた。典型的な反応が起きた乳児の輻輳反応から両眼視差(近点と遠点間)を推定すると、おおよそ2°になった。この結果から、2ヶ月齢になるまでに乳児は両眼輻輳を作動できると考えられる。