運動要因による3次元視

運動要因による奥行

観察者の頭部運動静止条件での運動視差の手がかり効果
 観察者が意図的に頭部を大きく動かすと、それによって生じた運動視差手がかりによって対象の奥行距離をより良く知覚できる。これが可能なのは、観察者自身と対象の間の位置変化、また観察者の視線と対象の間の方向変化、さらにターゲットとその背景にある対象との間の網膜上の相対的な運動差がそれぞれ手がかりとなるからと考えられる。de la Malla et al.()は、観察者を立ち姿勢の状態(standing still)でこの種の運動視差が効果をもつかを実験して試した。実験装置はミラー型のステレオスコープ(図23)で対象を3次元のバーチャルイメージとして知覚できる。観察者の頭部運動と観察者によるターゲットの指さし位置は、OPTOTRAKでモニターされた。手がかり条件は、図23に示したように、ターゲットが立方体で2個の背景刺激(立方体)の下に置かれた条件(All cues)、ターゲットが球体で単独で置かれた条件(Egocenric position only)、ターゲットが立方体で単独で置かれた条件(Orientation only)、ターゲットが球体で2個の背景(立方体)がある条件(Relative position only)、ターゲットが立方体で2個の背景(立方体)がある条件(Retinal cues)5通りであった。頭部運動によるターゲット(大きさはそのつど変化)の奥行位置(ランダムに設定)は10 cm遠く(図24上段)、あるいは近く(図下段)にペアで設定された。被験者にはミラーステレオスコープの前に立ち、単眼あるいは両眼観察で自由に頭部を運動させながらターゲット(赤色)の位置に人差し指を持って行くように教示され、OPTOTRAKで検出記録された。頭部運動の大きさと方向(水平、垂直、斜め方向)も同様にOPTOTRAKで検出され記録された。 
 実験の結果、(1)両眼視差の手がかりを除去した単眼視条件で運動視差を効果的にする手がかりは、Relative position only条件Retinal cues条件であること、(2)単眼視条件での頭部運動は両眼視条件と比較して大きくならないこと、(3)頭部運動の大きさが数ミリでも奥行検出が可能なことなどが示された。
 運動視差の手がかりは、観察者が移動している条件のみではなく、静止立位条件でも効果的に働くと考えられる。

運動視差による奥行視の加齢効果
 運動視差による奥行視は、運動する網膜像と眼球追従運動の2要因によって生起するが、これらの2要因は加齢効果を受ける。高齢者は運動視差による奥行視が苦手になるかどうかHolmin & Nawrot(13)によってしらべられ、高齢者と若年者の運動検出閾と眼球追従の正確度、および複数の対象間の奥行検出閾が測定された。その結果、高齢者は若年者に比較して運動閾値が大きく、眼球追従運動の正確さが劣った。さらに高齢者は低速度の運動視差による奥行が視えにくく、また中程度の速度の追従運動の正確度が悪かった。高齢者は若年者より運動検出閾が大きいが、運動刺激を適切に利用することはできた。したがって高齢者が運動視差による奥行視が劣る原因を運動情報の処理過程の劣化では説明できない。むしろ、眼球運動追従能力の衰えによると考えられる。

オプティク・フロー

テクスチャの「増強-漸減」運動要素と「図-地」知覚特性
 パターンの両端エッジに刺激の増強(accletion)もしくは漸減(deletion)を導入すると、隣接領域との間に奥行関係が生起し、その領域は背後に退いて知覚される。この「増強-漸減」手がかりは、刺激面の奥行に関するの強力な手がかりと考えられている(Thompson et al., 1985; Howard & Rogers, 2002; Hegd´e, Albright, & Stoner,2004; Layton, O. W., & Yazdanbakhsh, A. 2015)。最近、Froyen et al.(2013)は、ある領域の片側のエッジで刺激増強を他方のエッジで刺激漸減を操作すると、その領域は観察者にとって前面に知覚され次いで自らをオクルードするように、すなわちローテーションするように知覚されることを報告した。
 Tanrıkulu et al.(35)は、「図-地」要因とテクスチャの運動要因とを競合あるいは協調する場合、どちらの手がかりが優位になるかについて実験した。実験事態は3通りを設定した。その1はすべての領域のテクスチャを運動させるが、その方向は反対方向とする条件(25の右端のコラム)、その2は相称性もしくは凹凸の要因から構成された領域を静止させ、それ以外の領域のテクスチャを運動させる条件(両手がかり協調条件、図25の中央のコラム)、そしてその3は非凸性と非相称性をもつ領域を静止させ、凸性と相称性領域テクスチャを運動させる条件(両手がかり競合条件、図25の左端のコラム)とした。被験者には隣接する領域のいずれが前に視えるかを答えさせた。
 その結果、凸特性と相称性要因をもつ領域のテクスチャを運動させた条件では運動領域が図となる割合はチャンスレベルに留まったが、凹の知覚特性と非相称性要因をもつ領域のテクスチャを運動させた場合は運動領域が図となる割合は有意にチャンスレベル以下であった。また、凸の知覚特性と相称性をもつ領域のテクスチャをともに運動させた条件では、それらが図として知覚される割合はチャンスレベルより有意に高かったが、凹の知覚特性と非相称性の知覚特性をもつ両領域のテクスチャを運動させてもそれらが図として知覚される割合はチャンスレベル以下であった。これらの結果は、パターンの奥行出現においてテクスチャの運動要素である「増強-漸減」が必ずしも「図-地」特性を越える知覚的要因ではないことを示した。
 そこで、図領域の「ローテーション-トランスレーション」を知覚課題とした場合にも同様なことが起きるかについて実験が試みられた。実験条件には、26に示したように、「図-地」要因には凹・凸特性と相称性・非相称性を導入、また運動要因では凸もしくは凹領域の1方向運動、あるいは凸と相称性の両領域もしくは凹と非相称性の両領域に運動要因を相互反対方向に導入した。被験者には各領域がローテーションして視えるか、あるいはトランスレーションして視えるかを問うた。その結果、凸特性をもつ領域のテクスチャが運動する条件でローテーション視がチャンスレベルより有意に出現、相称性をもつ領域のそれは50%レベルで出現したが、それ以外の実験条件(非凸あるいは非相称性条件)ではすべてトランスレーション視が生起した。
 これらの実験結果は、ある領域が図になりやすいかあるいはその領域が3次元視されるかの知覚課題において、テクスチャの「増強-漸減」運動要素は凹凸あるいは相称性のゲシタルト的知覚特性に勝る要因ではないことを示している。


ベクション
  ベクションを誘導する要因は観察者の背景野の運動や回転である。そこで、観察者の眼前にある対象物の運動や回転もベクションに影響するかどうかがKim & Tran(19)によってたしかめられた。実験事態は、27に示したように、背景野を時計回転させるとともに、凹凸面のある眼前の対象を反時計回転させてベクションを誘導した。被験者にはベクションが誘導され反時計回転が感じられるので、その回転角度を0~1で評定させた。 その結果、眼前対象が背景野とは反対方向に回転するように誘導されたベクションは、眼前対象を静止させた条件より強く生起し、対象の周囲を遠心力を感じて回転するように感じられた。この結果から、観察者の眼前の対象の運動は、それが背景野と異なる運動であってもベクションを強く誘導する。

エゴモーション
 オプティクフロー知覚と観察者のエゴモーションは相互に関連しあう要因である。とくに、観察者の置かれた環境が先にゆくほど狭くなったり、逆に広くなったりすると、観察者は自己の歩行速度を遅くしたり、あるいは逆に速めたりする(Festl, et al. 2012)。そこで、Ott et al.(26)は、両眼視差、対象のオクルージョンや対象の大きさなど奥行手がかり要因がこの種のエゴモーション速度の環境要因による錯覚を修正できるかを検討した。
 実験は、28に示したようにミラー型ステレオスコープ(図のa)に、先に行くほど狭くなるトンネル、ストレートトンネル、および先に行くほど広くなるトンネル(図のb)をシミュレートし、被験者のエゴモーション速度を測定した。このステレオスコープを通して観察されるものは、図cのように、ランダムドットで作成されたトンネルとその中央に提示した観察者の前面に一定の距離をとって移動するオクルーダー(黒領域)である。エゴ加速(ego accelaration)に対するオプティクフローの加速(optic flow accelaration)は、図dのような直線的関係で示される。このグラフからエゴ加速フローが一定として感じられる理論値(point of subjective constancyPSC、点線で表示)は、オプティクフローの加速がゼロの位置から引き出せる。先に行くほど狭いトンネルは入り口が4.14m、出口が3.14mで変化率は24%、ストレートトンネルは入り口出口ともに3.14m、先に行くほど広いトンネルは3.14m、出口4.14mで変化率は32%にそれぞれ設定し、またこれらのトンネルの全長は30.3m、全体の形状は円錐形とした。被験者には、ステレオ観察あるいは単眼観察でこの3種類のオプティクトンネルを観察させ、エゴ加速(-5.5から5.5 m/s2の間で12段階で変化)があるかないかを2件法で答えさせた。
 その結果、先に行くほど狭いトンネル条件ではエゴ加速を感じる割合はより大きく、逆に先が広いトンネル条件ではエゴ加速を感じる割合はより小さいこと、またこの効果はステレオ条件と単眼視条件で異ならないことが示された。
 Ott et al.は、この種のエゴ加速効果が知覚によるのか、あるいは観察者のエゴモーション制御によってもたらされるものかを分析した。実験はオプティカルトンネルの口径をサイン波形状に拡大と縮小させ、それを連結させて提示した。連結オプティカルトンネルの形状は、29に示すように、5個のトンネルが連結され、トンネルの口径の振幅(amplitude)ならびに振動数(frequency)が独立に操作して形状が変えられた。被験者にはステレオ視もしくは単眼視で観察させ、常にエゴモーションの速度を一定に保つようにジョイスティクを操作させた。
 その結果、被験者はステレオ視と単眼視の両観察条件で連結トンネルの口径拡大部分ではエゴモーション速度を高め、逆に口径縮小部分ではそれを低めることを示し、エゴモーションは知覚的要因によるのではないことを示した。
 さらにOtt et al.は、30のように、オプティカルトンネルの壁をドットで覆うのではなくブロックで構成し、この事態でブロックのステレオ視差、それらの相互のオクルージョンそしてパースペクティブの手がかりがエゴモーションに与える影響をしらべた。トンネルは、先に行くほど狭いトンネル(1.5m狭、上段左図)、ストレートトンネル(上段中図)、先に行くほど広いトンネル(2.5m拡大、上段右図)がつくられ、また観察者の手前に遮蔽物が設置され、トンネル壁の移動に伴って観察者から一定距離をとって移動した。移動距離は30 mとし、またをエゴ加速は12段階に変化させ、被験者にはエゴ加速が感じられたか否かを2件法で答えさせた。
 その結果、ブロック壁事態においても、先の結果と同様なエゴ加速が示された。このことから、ステレオ視差、オクルージョン、パースペクティブの奥行手がかりが移動環境を正しく伝えていてもエゴ加速は修正されないことが見いだされている。

運動の検出過程

2次元と3次元の運動の検出過程
 Cooper et al.()は、単眼視による2次元運動からと両眼視による3次元運動がどのように検出されるのか、その変換過程の特性を明らかにするために、31に示されたようなステレオ視が可能な実験装置を用いて2次元と3次元の運動方向検出能力をしらべた。提示する運動刺激は16個のドットとし、注視点の上方あるいは下方の小円内に提示された。単眼視ではドットは2次元面を左右にシフト(図のbの左)、ステレオ視の場合は左右眼のドットの両眼視差を操作し観察者の手前あるいは向こう側に奥行方向にシフト(図のbの右)させた。ドットの速度は、毎秒0.14°、0.27°、0.55°、1.10°、2.19°、3.29°、4.39°、6.58°、8.78°、13.16°とした。2次元条件の場合、ドットはランダムな位置に毎回提示してシフト、また3次元条件の場合ドットは視野の手前、真ん中(注視点面)、あるいは背後のいずれかにランダムに提示した。被験者には、単眼視条件ではドットが左/右、両眼視条件では手前/向こうのいずれに動いて視えるかをそれぞれ選択させた。
 実験の結果、(1)2次元および3次元の運動検出能力はドットの速度で変化し、2次元の運動検出がすべての速度で優れていたが、しかし運動検出感度の最大は2次元と3次元でほぼ同じ速度(2次元では毎秒5.5°、3次元では3.3°)であること、(2) 2次元および3次元の運動検出感度を比較すると、2次元の運動検出はドットの最も遅い速度を除いては閾値(75%)以上だったが、3次元のそれは遅い速度(0.14°、0.27°)と最も速い速度(13.16°)では閾値を下回ること、(3)2次元に対する3次元の弁別感度の比(3D /2D)をとると、ドットが中程度の速度ではほぼ一定となること、(4) 2次元および3次元の運動検出でのバイアスをみると、2次元運動では右方向運動の検出がやや高く(網膜レベルでは鼻側側への運動)、また3次元運動では観察者の手前方向の検出が高くなること(網膜レベルではこめかみ側への運動)、(5)両眼立体視での運動検出は、観察者に接近する交差視差の方が検出感度が高いこと、などが示された。
 この結果から、2次元の運動から3次元の運動への変換処理にはロスを伴い、結果として検出感度を悪くするが、しかし3次元運動を検出できる速度範囲は広いので対象速度を高めることによってこのロスをカバーしている。そして、単眼的運動から3次元運動への変換は、たんに各眼への単眼的運動から計算されるのではなく、それらの間の重み付けを変えて計算されると考えられる。