絵画的要因による3次元視

3次元視の手がかり
3次元群生シーン(3D clutterd scene)でオクルードされた刺激対象の奥行弁別
 刺激を群生させた3次元事態(シーン)は、図32に示されている。これは、木々に覆われた森に隠されたターゲットを上空から知覚探索する事態に類推できる。この事態では、「両眼視差や運動視差の手がかりでは木々に隠されたターゲットが各眼にあるいは頭部をシフトさせたときに部分的にしか投影されないので、これらの手がかりだけでは知覚探索には効果が乏しい。
 Langer et al.(20)は、このような3次元群生シーン(3D clutterd scene)で上方からオクルードされたターゲット間の奥行深さを識別するための有効なオクルージョン手がかり(occlusion cue)として、視認性手がかり(visibility cue)と奥行範囲手がかり(range cue)(図33)を提唱した。視認性手がかりとは、ターゲットの奥行とターゲットの視認性の間の確率的な関係をベースとしたものである。ターゲットの奥行が群生シーンで深まれば、それだけ視にくくなる。視認性手がかりは、したがって、全体の刺激の中での視えている部分の割合で定義できる。奥行範囲手がかりとは、ターゲットの奥行とターゲットをオクルードする奥行面の間の関係についての確率である。オクルーダーの奥行が両眼視差や運動視差で示されるならば、これらのオクルーダーの奥行はターゲットの奥行のいずれが深いかその境界を示してくれる。もし観察者が複数の2つのターゲットのオクルーダーの奥行範囲を知覚できれば、観察者はより奥行の深い位置にあるターゲットがオクルーダー野中でもっとも奥行の深い位置にあるオクルーダーを持つはずと推定できる。
 実験では2つの奥行の異なるターゲットを両眼視差と運動視差の両方を用いて、あるいはどちらか一方の手がかりを用いて提示し、被験者には2つのターゲットのどちらの方が奥行が深いかをキー押しで答えさせた。2種類のocclusion cue(visibility cueとrange cue)の組合せは、図34に示すように、4通り、すなわち(a)visibility + range、(b)visibility + no range、(c) no visibility +range、(d)no visibility + no range、である。実験で提示した実際の刺激パターンは、図35(ターゲットが短い場合)と図36(ターゲットが長い場合)で散在刺激(distractor)は、灰色度、位置、方向ともランダムに提示。
 実験の結果から奥行弁別閾を実験条件別に算出した結果、ターゲットの長短にかかわらず、 (1)2つの occlusion cue(visibility cueとrange cue)がある場合には、両眼視差と運動視差が共に存在しなくても、ターゲットの深さ弁別閾値は小さいこと、(2) visibility cue単独でも両眼視差と運動視差が共に存在しなくてもターゲットの深さ弁別閾値は小さいこと、(3) range cue単独では両眼視差と運動視差が共に存在しないと深さ弁別は不能になること、(4) 2つの occlusion cueが存在しない場合、運動視差があれば閾値の上昇は抑えられるが、両眼視差のみの場合に閾値は上昇、また両眼視差と運動視差が両方とも存在しない場合には深さ弁別は不能になること、が見いだされた。
 これらの結果から、3D clutterd sceneでの2つのターゲットの深さを弁別においては、2種類のocclusion cueが有効であるが、しかしこれらの手がかりは両眼視差と運動視差の両方、あるいはそれぞれに単独で結びつけられている場合に有効となる。
 
逆遠近法描画図形における凸パターンのバイアス
 逆遠近法とはノーマルな遠近法の逆の方法で、線遠近を遠くになるに従い開散するように、大きさを遠くになるにしたがって大きく描く描画方法である。図37の左側には逆遠近法での描画図形、左側には逆遠近法での前面図、側面図、そして上面図を示した。これらを注視点を動かさないように観察すると、中央の建物が手前に左右の通りは遠くに延びているように知覚されるが、これは逆遠近法によるイルージョンで、実際の配置は逆である。
 Dobias, et al (8)は、このような逆遠近法描画図形における注視点の影響、とくに凸部分を注視するか、あるいは凹部分を注視するかでイルージョンの程度が変わるかを彩色パターンと線画パターンでしらべた。凸部分は図の緑色でマークした所(建物の先端コーナー)を、凹部分は橙色でマークした所(通りの奥)を注視させ、中央の建物が飛び出て見えるかあるいは遠くに退いて見えるかを被験者に答えさせた。
 イルージョンが生起する割合は、彩色図形で建物の先端部分(凸部分)を注視した条件で高く、通りの奥(凹部分)で低かった。これは、この種のイルージョンを生起させるものが強力に描かれた逆遠近手がかりであり、しかもその部分を注視するにあることを示す。

陰影パター-ンからの光源距離の知覚
 光源の距離や角度が変わると対象の照度や陰影も変わるが、それでは、この変化した陰影イメージから光源の距離や方向を観察者は特定できるのであろうか。Schutt et al (31)は、対象面における照度や陰影から光源の距離を知覚できるかを実験的に検討した。実験はバーチャルリアリティ(VR)の技法を用いて3次元空間で実施された。図38に示したように、3次元空間内に対象を、5通りの光源距離(10、13、16、19、22ユニット)と2通りの方向(10°、45°)から照明して提示し、被験者にはマウス操作で空間内に提示したプローブを動かして光源の方向と位置を特定するように教示した。実験条件には、対象の面の凹凸が滑らか、中程度、粗いの3通りを、さらに面の光沢をつや消しと光沢のありの2通りを設定した。
 実験の結果、照明の物理的距離に応じて特定された光源距離は過大評価されるもののリニアーに増大すること、また光源の方向(角度)による差は、10°条件では45°条件より過大視が大きいことが示された。さらに、凹凸の程度と光沢度を変えると光源距離の知覚に差が生じ、とくに凹凸度が粗く光沢がつや消し条件で光源距離の過大視が生じた。
 そこで、陰影イメージから光源距離を推定できるかをしらべるために、図39に示したように、比較刺激(右図)の陰影イメージから推定した光源距離を、テスト刺激(左図)の光源距離を変えることでマッチングさせた。このとき、比較刺激の凹凸度と光沢度を変化して提示し、テスト刺激の対象面の凹凸と光沢の方は固定して提示した。被験者には、2つの刺激を観察し、比較刺激の光源距離に等しくなるようにテスト刺激のプローブを操作して光源距離のマッチングを求めた。
 その結果、比較刺激の光源距離の増大に伴ってテスト刺激の光源距離はリニアに増大することが示された。また凹凸条件は光源距離の知覚に大きな影響を持ち、とくに凹凸度が大きい条件で過大視が生じたが、一方、対象面がスムースでかつ光沢のある条件では顕著に過小視が生じた。
 これらのことから、視覚システムには陰影イメージから光源距離を特定するしくみがあらかじめ備わっているのではなく、経験にもとづくヒューリスティックな方法で光源距離を暗黙のうちに推定していると考えられる。

乳児の陰影とキャストシャドーの発達
  Sato, et al.(30)は、対象の識別における陰影(shading)とキャストシャドー(cast shadow)の手がかり効果の発達についてしらべた。1個の対象にシャドーを用いその一部が隠されるように、あるいはそれにシャドーが投げかけられるように操作し、成人と同じように対象の違いが知覚できるかの偏好テストを実施した。乳児は5から8月齢であった。その結果、7から8月齢の乳児のみが陰影とキャストシャドーの違いを識別できた。そこで、明るさコントラストの極性を逆にして、すなわち明るいシャドーをもつ暗い対象を提示し、同様な対象の識別テストを実施したところ、対象を正しく識別できなかった。これは成人と同様であった。このことから、陰影とキャストシャドーから対象を識別する能力は7月齢に重要な発達時期があると考えられる。

 3次元形状の知覚
2次元描画図形から3次元の図形構造を知覚学習する要因
 さまざまに変形する2次元画像からその3次元形状を人間は同定し認知できる。これは視点によって変化する(viewpoint-variant)2次元画像から視点不変(viewpoint-invariant)の3次元対象の構造を知覚学習するからと考えられている(Nakayama et al. 1989)。しかし2次元画像の中のどのような情報が3次元形状の知覚学習に関わるかについて明らかではない。
 そこで、Tian et al.(36)は、図40に示すように、3次元対象の構成形素(format)であるシルエット、線画、陰影、そして両眼視差によるステレオの4種類をとりあげ、それらのどれかひとつで描画したパターンを用意して知覚学習の可否と効率をしらべた。図40の(a)には形の知覚学習実験に使用した刺激セット、(b)には対象描画フォーマット、そして(c)には対象描画フォーマットと描画のもつ情報内容との関係(c) が示されている。知覚学習および学習の転移が単独の形素(format)での訓練学習によって効率的に成立するのか、あるいはいくつかの形素を組み合わせた条件での訓練学習で成立するのかが実験では試された。訓練とテストの実験手続きは図41に示されている。図の(a)は先行テスト、訓練、そして後テストという実験の流れを、(b)はテストの手順、(c)は訓練で使用した刺激系列をそれぞれ示す。刺激系列は同一の形状対象(object 1 もしくはobject 2)で構成され、提示にあたっては図形角度を0°から180°の間で垂直軸に回転し、また大きさも変えて連続提示した。実験では、知覚学習とテストを同一のフォーマットで実施する条件、および知覚学習時のフォーマットを3次元の陰影あるいは線画のどちらかにしテストは両方の形素で実施する条件を設定した
 その結果、知覚学習とテストを同一のフォーマットで実施する条件では、知覚訓練後、被験者の形状知覚のパフォーマンスは向上し、新しい形状に対しても般化することが示された。また、その知覚学習の向上は、形状の描画形素が線画、陰影、ステレオ間で差がないことも示された。陰影による形状やステレオによる形状が3次元情報に富んでいることを考えると興味深いといえる。一方、シルエットによる形状表現は知覚学習の成績が優位に低いことも示された。シルエットによる形状描画は3次元形状の十分な情報を含んでいないためと考えられる。さらに、知覚学習の転移が描画のフォーマットに依存する(format-specific)か、あるいは描画フォーマットに不変(format-invariant)かを、線画フォーマットで訓練した条件から陰影フォーマットへの学習転移あるいはその逆からの学習転移の成績でみると、学習の転移が両条件共に同等に生起していることが示された。
 これらの結果から、形状知覚においては3次元形状についての十分な構造的情報が必要ではなく形状についての外部領域と内部領域の特徴についての情報があれば可能なこと、また知覚訓練で用いられた描画フォーマットと異なる形状の弁別が求められても学習般化によって可能になることなどが明らかにされた。

上下逆転操作による凹凸逆転知覚現象と面の質感変容現象
 図42の右列パターンは左列パターンの上下を逆転したものであるが、それにともなって視えの凹凸も逆転する。例えば、中心の部分は左列では凹に知覚されるが、右列パターンのそれらは凸に視える。上段と中段のパターンは陰影で構成されていて、上下逆転操作で凹凸が逆転するのは、通常の照明が上方向から照射されるているためと考えられてきた。しかし(e)と(f)パターンのように線画パターンでも上下逆転操作で凹凸逆転が生起する事実は上方向照明説では説明が困難である。さらに、図43にあるような水面を撮影したパターンを上下逆転操作すると凹と凸が逆転するだけではなく、水面よりは岩盤あるいは皮膚組織に視えることをHakkinenn & Grohin (11)は見いだした。67名の被験者にこの2つのパターンを観察させると、(a)パターンでは全員が水面に、一方(b)パターンでは26名が水面に、37名が固体物に知覚した。つまりこれらのパターンでは凹と凸のみではなくその面の質感も変化したが、しかしすべてのパターンで質感も変化するのではない。例えば図44の水面の波を撮影したパターンを上下逆転すると凹と凸が逆転するが、その質感(水面)は変化しない。この現象はさらに実験的分析が必要なとなる。

運動要因とテクスチャ要因による形状の質感
 対象の面が既知ならば、その輝度は3次元形状面の照明方向の関数に依存して変わり。もし輝度が面の角度(Surface normal)の増大に伴い徐々に変化すれば(ランバート反射)その面の材質感はつや消し(matte)に知覚され、もし輝度が面の角度の増大に伴い急激に減衰するならば(鏡面反射、Specular)メタリックに知覚される(図45A)。図45Bには、同一の輝度勾配をもっていても、その幾何学的形状の輪郭手がかりに基づいてつや消しにもあるいはメタリックにも知覚される例である(Marlow & Anderson 2015)。 
 今回、Marlow & Anderson(21)は、3次元形上面を運動視差のみで、あるいはテクスチャのみで、あるいはその両要因を組み合わせてシミュレートし、輝度変化を同一にした場合に面の質感(つや消しあるいはメタリック)が3次元形状によって異なるかを検証した。図46は実験に使用したシミュレーション図形で、輝度勾配を同一にし2つの3次元形状(凸型シリンダーあるいは凹型のS状面)の曲面を3通り(曲面がひとつ、ゆるやかな曲面が2つ、急峻な曲面が2つ)に変化させたものを、運動視差あるいはテクスチャ勾配、あるいはその両方を用いてシミュレートした(下段の図)。これらを条件ごとにペアにして動画で提示し、被験者には面の材質感(メタリックあるいはつや消し)を答えさせた。
 その結果、図46の上のグラフに示されたように、メタリック質感は凹面S字形状より凸面シリンダー形状で高く出現し、しかも曲面の深さに伴ってその程度が強くなることが示された(白丸印が凸型シリンダー形状、黒丸印は凹面形状の結果)。また、このような形状に伴って質感印象が異なるのは、運動視差とテクスチャ勾配を組み合わせて形状をシミュレートした場合のみで、どちらかの要因のみによるシミュレート条件では差が生じなかった。もっとも3次元形状の曲面を強めた条件での実験ではテクスチャ要因のみで凹面S字形状より凸面形状で同様な結果が得られた。
 これらの結果から、同一の輝度勾配に基づく3次元形状の知覚は面の輝度反射と照明方向について異なる知覚を生じさせ、とくに面に直角あるいはその近辺にあたる照明はメタリック質感を強く生じさせ、また面に逸れる方向からの照明はつや消しの知覚印象を高めることを示した。これは面の照明時に生起する鏡面反射と散乱反射の物理的特性とも一致する。これらのことから、3次元形状をシミュレートする運動視差、テクスチャ、あるいはこの2要因の組合せた要因は、形状の曲面の急峻に応じてメタリックな面の質感を生起させる手がかりとなると考えられる。

図地反転における加齢による抑制の劣化
 「課題に関連した情報」から「課題に非関連な情報」を見分けて知覚できる。これが可能なのは課題に非関連な情報を拒否する抑制過程が関与するからであるが、この抑制過程は加齢によって劣化すると考えられている(Bower & Andersen 2012 , Weymouth & McKendrinck 2012)。Anderson et al.(1)は、図47に示したように、図と地の意味関係をそれぞれ変えたパターンを用意し、加齢効果をしらべた。実験に使用したパターンでは、図領域を熟知シルエット、地領域を新奇刺激としたもの40個(図A)、および図領域を新奇シルエットとし、地領域の方を意味あるもの20個(左図でタツノオトシゴ)、あるいは新奇刺激としたもの20個(右図)の2通りを用意した。図領域を新奇刺激、地領域を意味あるものにしたのは、地領域が図と抗争関係となり、それだけ強い抑制が誘導されると考えられるからである。被験者には青年群(20名、平均年齢19.71)と熟年群(19名、平均年齢66.89)を選び、シルエットパターンを個別に提示し、図が熟知なものか、あるいは新奇なものかをキー操作で反応させるとともに反応時間を測定した。
 その結果、図領域を新奇シルエットとし、地領域の方を意味あるものあるいは新奇刺激を提示した場合、熟年群は青年群に比較して図知覚の正確度が劣り、またその反応時間も大きいことが示された。このことは、青年群にあっては、より強い抑制が誘導され、その結果、地領域を新奇刺激としたパターンでの知覚抗争よりは意味あるものとしたパターンでの抗争を迅速に解消できたのに対して、熟年群では付随的な抑制を誘導する力が弱く、この種の知覚抗争を解消することが難しかったと示唆されている。

照明方向からの奥行境界領域の知覚
 視覚システムは、背景(地)と対象(図)を面の照射特性から識別することができる。Kim,J. & Anstis,S.(16)は、面を照射する方向差からパターンの図と地を識別できるかについてしらべた。図48の左側には背景(地)とパターン(図)間の輪郭境界が模式図で示されている。右図には、この模式図にあるパターンをある照射方向からの同一輝度(isophotes)で変換したイメージ図で、背景(地)とパターン(図)間の輪郭境界では同一輝度の方向が相違するが、パターン内の同一面では同等となっている。このような同一輝度の方向分布は面の曲面性ばかりでなく面のオクルージョン-非オクルージョンの手がかりとなる。したがって奥行をもつパターンの前面と後面の同一輝度曲線はオクルードする境界領域で不一致となる。
 Kim,J. & Anstis,S.は、異なる2つの照明方向から合成された反射率の異なる陰影イメージがどのように境界領域の奥行を決めるのかを実験した。実験で使用した陰影イメージ、すなわち卵形状の面上の灰白と灰黒で染色された各領域(pigmented region)に対する反射率は図49の方法で作成された。まず、灰白と灰黒で染色された領域をもつ原パターンは異なる2つの照明方向(0°、135°)から照明されたと仮定し、それらの各領域における合成反射率を計算する。そのために2つの照明方向の各領域の反射率からそれらの各領域における推定した極限値(2値化された白あるいは黒のマスク値)を引き算して、各照明方向(p0、q135)からの領域毎の反射率を得る。次にこれらの2つの照明方向から得られたものを加算して異なる照明方向からの卵形上面の各領域の反射率を計算する(δ135 = p0 +q135)。図50は、このような方法で作成した異なる2つの照明方向からの陰影イメージである。図50 の上図には、2つの照明(上方向照明が固定され、斜方向照明が45°、90°、135°、180°に変化)方向の違いによって輪郭で囲まれた領域間の反射率が増大する条件が示され、ここでは奥行の違う2つの面が出現すると期待される。一方、図の下段は同方向からの2つの照明方向(p45+q45,p90+q90,p135+q135,p180+q190)による陰影イメージを加算して得た輪郭領域で、それぞれが同一面上に視えると期待される。被験者には、この卵形の灰色と灰黒のモザイクパターンを2例並べて提示して観察させ、その輪郭領域間の奥行が深い方を選択させた。
 実験の結果、真上照明(0°)ともう一つの照明方向の角度差(最大180°、delta shading angle)が大きいほど、知覚された輪郭の奥行はリニアに大きくなることが示された。これは異なる方向からの陰影が輪郭において他の面と奥行的に異なる知覚の手がかりを与えることを示唆した。被験者は実際、斜方向あるいは反対方向からの照明による陰影面は、真上からの照明による陰影面より奥行的に後方に位置して視えると報告した。
 これらの結果は、パターンの図と地の境界の知覚が常に真上からの照明とそれ以外の方向からの照明の陰影不一致から生起することを示し、視覚システムは真上からの照明を拘束条件として前提にすると考えられた。そこで、あるひとつの陰影パターンの正立像と倒立像を作成し、次にそれらを真上とその逆である真下からの2つの方向から照明した陰影パターンを作成して、このことを検証した。図51の(a)には真上から照明した陰影イメージの正立と倒立像(delta shading angle 0°)、(b)には真下から照明した陰影イメージの正立と倒立像(delta shading angle 180°)が示されている。実験では正立像、倒立像ともに真上からの照明を固定し、もう一つの照明方向を45°から180°まで変化させた。被験者には、モザイクパターンを一例提示し、灰色あるいは灰黒のうちのどの輪郭領域がもっともオクルードされているか、またオクルードあるいはオクルードされていない領域はどれかを、カーソルを該当する領域に当てクリックさせた。
 その結果、陰影イメージの灰黒領域はそれが正立で提示されると奥行が深く知覚される割合が真上照明条件と他の照明条件との差(delta shading angle )が大きくなるにつれて増大すること、また、倒立条件では「灰白領域がもっとも深いと知覚」される割合が真上照明条件と他の照明条件との差が大きくなるにつれて増大した。この結果から、前面にある対象によって生み出された図領域の輪郭線が他をオクルードする知覚特性を持つのは、陰影方向が不一致(delta shading)なためであり、これは真上からの照明を前提にしていると解釈された。一方、真下からの照明に一致した陰影の変化は奥行順序がもっとも遠くに知覚されることになる。したがって、陰影方向の不一致が増大すると輪郭のエッジは凸から凹へ連続的に変わるのではなく、面の連続が断たれるように知覚されると予測された。
 Nakayama et al.(1989)によれば、境界領域でオクルードしているエッジは本質的にはオクルードする前の面に所属させられているので、それらのエッジ(輪郭)がオクルードされていると知覚されるのは、その面がさらに遠くに位置すると知覚される場合ということになる。この場合、オクルードされた刺激が奥行順序に関し曖昧な時には前に位置する面の背後に主観的な輪郭として連続して生じることになる。そこで、Kimらは、陰影方向が不一致(delta shading)事態で多義的な輪郭円は前に位置する面の背後で不連続に知覚されるか、また面の背後では連続した主観的輪郭が生起するかを確かめた。そのために、図52に示したような作成方法で主観的輪郭円を誘導する陰影イメージが作成された。ここでは、赤色の輪郭円は真上照明で設定され、このイメージ図からは黒背景下で中心に白色歯車形状をもつイメージ図が引き算された。また青色輪郭円は真下照明で設定され、同様に白色背景下の黒歯車形状のイメージ図が引き算された。最後にこの2通りの陰影イメージが合成され、真上と真下の両方向から照明された灰色の歯車形状とその周囲に赤色と青色の輪郭円が描かれた陰影イメージ図が合成された。実験では、図53に示したように、同一のパターンを真上照明条件(右)のものと真下照明条件(左)のものを左右並べて中央の歯車状パターンを5秒間回転させて提示し、赤色あるいは青色輪郭円のうち歯車の背後にあって主観的に連続した円環に視えるのはどちらか、あるいは歯車の上にあって円環が断続して視えるのはどちらかを左右のパターンから選択させた(図53の中央下に提示した小パターンでは矩形の背後にあって主観的に連続した円環が視える例)。その結果、真上照明条件では青色輪郭円が歯車にオクルードされて背後にあって主観的に連続した円環として知覚され(赤色円は歯車の上にあって断続的な円環に知覚)、また真下照明条件では、逆に、赤色輪郭円が歯車にオクルードされて背後にあって主観的に連続した円環として知覚(青色円は歯車の上にあって断続的な円環に知覚)された。
 このことから、陰影イメージにおける視えの奥行順序は照明条件によって変化し、とくにそれが逆転すると視えの奥行関係も逆転することがわかった。この実験から、2つの異なる照明方向の差(delta shading)は奥行の異なるオクルージョン境界を生じ、それが奥行の異なる面を規定すると考えられる。

上下逆転と透明性-不透明性
 図54に示すように、屈析レンズを通すと外界像は上下逆転するが左右反転はしないが、鏡映反射像では左右変転するが上下の逆転はない。そこで、Kim & Marlow(18)は、屈析レンズを通して視える凹凸物体像とこれを上下逆転した物体像を作成し観察させた。物体像は透明な凹凸物体(図55の上段左図)を屈析率(1.511)のレンズを通して観察したときに視えるものをシミュレーションで作成(上段の図a)、またこれを上限逆転した像(上段の図b)を用意した。被験者にはこの2つのシミュレーションイメージを、透明(-1.0、例えば氷水、ガラスのコップ、ダイアモンド)あるいは不透明(+1.0、例えば水銀、光沢のあるプラスチック、磨かれたスチール)のスケールで (下図)で評価させた。
 その結果、屈折レンズのシミュレーションモデルでの評価値は-0.58となり、透明性の高い知覚となり、一方これを上下逆転した像では0.50となり、不透明な知覚が得られた。この結果は、透明性-不透明性知覚には上方からの照明を前提とした対象像の水平線における上・下に関する被験者の推測が強く関係していることを示した。このことから、対象の凹凸に関する知覚は、被験者の対象イメージの上下の推測と協応していることが示唆される。

輪郭のボケと奥行順序の知
 網膜上で遠近2つの対象のどちらかに焦点をあわせると他方にはボケが生じる。これを図解したものが図56で、上図は近点に焦点があり遠点の背景がぼやける事態で、図の右にはそのシミュレーションイメージがある。下図は背景に焦点があり近点の対象がぼやける事態で、図の右にはそのシミュレーションイメージがある。Marshall et al.(1996)は、このような実験事態で導入されたボケが面をオクルードするかあるいは面がオクルードされるかを試したところ、ボケは奥行順序の手がかりとして機能しないことを示した。これは同一平面に鮮明な輪郭とボケをシミュレートしたために、実際に奥行の異なる2つの対象のどちらかを注視したとき生じる眼球調節による網膜上でのボケとは異なるためと考えられた。
 そこで、Zannoli et al.(40)は、単一面における焦点のシャープとボケではなく複数面におけるシャープとボケを導入した場合の「オクルージョン-被オクルージョン」を実験的に検討した。眼球調節によるクリアなイメージとボケのあるイメージをディスプレイ画面上にシミュレートするために、図57のような2個の複屈折レンズからなるswitchable lens systemを利用した。観察者はCRTディスプレイのイメージをプリズムとswitchable lens systemを通して観察すると、ある面にはピントが合い、他の面にはボケが生じる。図58には、眼球調節をシミュレートして作成したイメージパターンとその焦点距離が示されている。左図には単一面の刺激提示をシミュレートした場合(single-plane presentation)で近方の面(3.2D)に焦点を合わせた条件(上段の図、中央のコラムのように視える)と遠方の面(2.0D)に合わせた条件(下段の図、中央のコラムのように視える)を示す。右図には複数の面をシミュレートした場合(multiple-plane presentation)で3.2Dと2.0Dの2通りの奥行距離の異なる面に刺激を提示する。近方の面(3.2D)に焦点距離をとった条件(上段の図、中央コラムのように視える)、および遠方の面(2.0D)に焦点距離をとった条件が設定された(下段の図、中央コラムのように視える)を示す。単一面および複数面ともシミュレートしたイメージ図は、図の中央コラムに示したように同一ものとなる。実験条件は、したがって、単一面と複数面、焦点距離3.2Dあるいは2.0D、シミュレートした瞳孔の直径4、5、6、7mmの4通り、刺激提示時間300 msあるいは3sとした。被験者には刺激パターンのシャープ面とボケ面のいずれが手前に見えるかを答えさせた。
 その結果、得られた反応による奥行順序の正解率は、単一面条件の場合でシャープ面のそれは0.57、ボケ面のそれは0.62であり、複数面条件の場合でシャープ面のそれは0.82、ボケ面のそれは0.83であった。このことから、観察者の眼球調節をシミュレートし複数の面のいずれかにボケもしくはシャープを導入すると、それらの要因は奥行順序を正確に知覚させることが示された。また、瞳孔の直径は奥行順序の知覚に影響しなかった。
 次に、Zannoli et al.は色収差が視えの奥行順序に与える効果についてしらべた。眼球における色収差とは光の波長によって焦点位置と焦点距離が逸れることをいう(軸状色収差)。そのために、奥行距離の異なる対象に焦点を当てた場合、その対象の周囲に縞模様(fringe)が生じる。焦点を当てた対象より遠くの対象には赤色の縞模様が、また焦点を当てた対象より近くの対象には青色の縞模様が生じる。このような眼球色収差は単一面には生ぜず複数面において生起する。さらに人間の眼球は0.25D から0.5Dの間で高速(0.6Hz程度)あるいは低速(1~2Hz) で微細に振盪し、これが対象間の奥行の手がかりとなっていると指摘されている。そこで複数面における奥行順序事態において眼球色収差の手がかりおよび眼球振盪(accommodative microfluctuation)が効果的に働くか否かがしらべられた。色収差の要因をしらべるために刺激のスペクトラル幅(spectral bandwidth)が「より広帯域(灰色)」と「より狭帯域(緑色)」の2条件に、また対象の焦点距離は近距離(3.2D)と遠距離(2.0D)の2条件に眼球前にレンズを挿入する方法でそれぞれ操作された。また眼球振盪要因は眼球調節を麻痺させる点眼薬を用いて統制された。オクルードする面および背景面のテクスチャはランダムに交替させて提示し、被験者にはオクルード面あるいはオクルードされている面がどちらかを選択させた。 その結果、オクルージョンの正解率は、(1)単一面より複数面条件で高いこと、(2)複数面条件では狭帯域(緑)より広帯域(灰色)で高いことが示された。これらは、眼球の色収差が奥行順序の知覚に有効なことを示した。一方、眼球振盪は奥行順序の知覚に無関係であった。
 この研究結果は、3次元世界をレンダリングする場合、観察されるシーンを精密にシミュレートする方法から観察者の眼球を通して生じる光学的現象を精密にシミュレートする方法に変えていく必要があることを示唆する。