視空間構造

奥行距離知覚
相対的距離と絶対的距離
 Norman et al.(24)は、熟年群(10名、平均年齢72.3歳)と青年群(10名、21.8歳)を対象に視野の全方向における奥行距離知覚を測定した。図59は、実験事態を撮影したもので、全方向にランダムにLEDが埋め込まれ、これらを点灯して任意の2つの距離間隔を提示できる。被験者は、方向と距離の異なる2つの間隔距離が提示されたら短い方の距離を1としたとき長い方の距離はいくつになるかを、奥行手がかりがfull-cue条件で答えることが求められた。設定された刺激距離比は1から9.5の範囲の18通りであった。
 その結果、物理的距離比と知覚された距離比の相関は、熟年群と青年群ともに0.87になった。ただ個人差も大きく、被験者の10%の者(熟年者と青年者各1名)は距離比の過大視を、50%の者(熟年者と青年者各5名)は過小視を示した。
 これらの結果は、奥行方向の距離知覚は過小視されるのに対して、奥行方向を含めた全方向の距離知覚は比較的正確になされることを示した。

オープン・ウォーター(open water)における距離知覚
 Button, et al.(3)は、海岸におけるような広い空間での距離知覚の特性を探った。22名の成人を対象にボートから岸辺(50mから950m)まで、および岸辺からボートまでの10段階の距離を推定させた。その結果、全般的には距離の過小評価(実際の距離の74%)が起きたが、個人間差が大きかった。大部分の被験者は(59%)は400mより短い距離で過小視を長い距離で過大視を示した。一方、距離に関係なく一貫して過小視を示すもの(18%)あるいは過大視を示すもの(23%)もいた。海難事故で自ら泳いで助かる場合にこの距離知覚特性を知ることは重要である。


視空間構造の特性
大きさと距離不変仮説の検証
 対象の視えの大きさ(S’)と奥行距離(D’)との間には次式(大きさ-距離不変仮説)が成り立つとされてきた(θは視角)。

  S'/D'=θ
一方、この不変仮説には大きさ-距離のパラドックス、すなわち、大きさの過小視が距離の過大視と同時に生起するとか、あるいは大きさの過大視に対して距離の過小視が生起するなどが報告されている(Sedgwick, H. A. 1986)。そこで最近の研究成果に合うように次のようなベキ関数式に修正された(Gogel 1971)。
     S'/D'=Kθn
 大きさ-距離不変仮説は、距離知覚が大きさ知覚を媒介するモデル(媒介モデル、mediation model)と考えられる一方、大きさ知覚と距離知覚はそれぞれ独立に決められるとするダイレクトモデル(direct model)が提唱されている。このモデルで大きさ-距離仮説が成り立たないのは、視覚手がかりを処理する2種類の異なる過程が関与するからと考える。  
 Gibson ,J.(1979)によれば、観察者の視点の周囲には包囲光配列があり、観察者の視点の移動に伴ってその包囲光配列は変化するが、しかしその配列構造は不変に保たれる。このような包囲光配列をコントロールする実験事態に、オプティカル・トンネル(optical tunnel)がある。これは大きさと距離の関係を組織的にコントロールする道具として使用できる。図60は、オプティカル・トンネルの構造(上図)とその見え方(下図)を示す。オプティカル・トンネルは地が白あるいは黒からなる円が同心円状に配置され、それを観察すると下図の左(cross-sectional view)と右(longtudinal view)に図示したように視える。もし、ある物理的大きさ(S)のターゲットをオプティカルトンネルのある一つのリングを選択して置いた場合、この選択リングが観察者からのターゲットの物理的距離(D)となる。このとき、このDがオプティカル・トンネルの長さより短い場合にはターゲットの先にあるいくつかのリングが観察者のオプティカル構造に影響すると考えられる。この場合、(a)ターゲットによる大きさ刺激および観察者から対象までのトンネルによって与えられる条件(視角、奥行手がかり)、(b)対象の先にまで拡がるトンネル刺激の条件(対象が置かれた刺激自体の構造に関わる変数)が区別される。そして、知覚的大きさと距離は、媒介モデルでは(a)の条件で決まると考え、一方ダイレクトモデルでは(b)の条件で決まる。したがって、オプティカル・トンネルはターゲットまでのトンネルの長さを操作して用いられる。すなわち、トンネルはターゲットまでしか視えないか、あるいはターゲットの先まで視えるかである。もしダイレクトモデルが正しければ、トンネルのこのような連続性の操作はS'とD'に異なる影響を与え、また2種類のオプティカルトンネルはS'/D'=Kθnの関係を異ならせると予測される。もし、トンネル操作がS'とD'に異なる影響を与えなければ、そして知覚された大きさと距離のベキ関数関係が違わなければ、媒介モデルが正しいことになる。
 Kim,et al.(17)は、ターゲットの物理的大きさおよびオプティカル・トンネルの長さを操作し、S'とD'にどのような関係が生じたかを偏相関をもちいて解析した。もし相関があれば媒介モデルが正しいこととなる。一方、S'と物理的Sの間およびD'と物理的Dの間に相関があればダイレクトモデルが正しいといえる。
 実験では図61に示した装置を用い、知覚的大きさはパソコンの矩形の縦横の大きさを調整することで、知覚的距離は左右の長さを調整することで測定された。実験条件は図62に示すように、トンネル連続条件とトンネル打ち切り条件を設定し、前者ではオプティカル・トンネルがターゲットを越えてその先まで連続して40個まで提示(左図)、また打ち切り条件でオプティカル・トンネルはターゲットの真後ろで白色面で断絶される(右図)。ターゲットは水平に置いたロッド(直径1.2 cm、長さ5,6,7cmの3種類)、またトンネルの長さは162 cmであるが、ターゲット提示でトンネルが打ち切られ条件での距離は42、82、122、162 cm(トンネルの全長をLとすると、1/4L、2/4L、4/3L、4/4L)とした。被験者にはターゲット(rod)の視えの長さとそこまでの視えの奥行距離を図61に示した測定装置で再現するように求めた。観察条件は単眼視で、装置での再現は両眼視で行った。
 測定されたデータにもとづいてS'とD'の間のベキ指数を算定すると、
オプティカル・トンネルが連続する条件では
 S'/D'=0.04θ0.85
オプティカル・トンネルが打ち切られる条件では
 S'/D'=0.04θ0.93
となり、ベキ指数が異なった。これはダイレクトモデルを支持する。
 また測定されたデータにもとづいて、S'、D'、θ、S、Dの各変数間の偏相関をしらべると、S'とD':-0.06、S'とθ:0.05、D'とθ:-0.02となり、S'とD'、S'とθ、Dとθの変数の間には偏相関が示されず、したがってS'がD'とθの両変数で因果的に決まるとする媒介モデルを否定した。一方、S’とS、S'とD、D'とD'の各変数偏相関をしらべると、S'とS:0.54、S'とD:-0.12、D’とD:0.46となり、各変数間には有意な偏相関が示された。これはダイレクトモデルを支持した。ここでは、オプティカルトンネルをターゲット提示箇所で打ち切るという物理的操作が大きさ特有の、および距離特有の高次変数を生み出したと考えられる。
 そこでKim,et al.は、この結果をさらに確認するために、図63の右図に示したオプティカル・トンネル画像挿入条件を設定して、視えの大きさと距離を測定した。画像は、オプティカル・トンネルがあたかも先まで続いているかのように視せるもので、これはターゲットの知覚的大きさがターゲットのある位置の前と後のオプティカルな構造からもたらされる異なる大きさ手がかりによって決められるとする媒介モデルを検証するために加えられた。視えの大きさと距離の測定はは、前実験と同様に実施され、その結果、前実験と同様な結果が得られた。
 偏相関分析の結果からS'とD'の相関は有意ではなく、S'とD'はオプティカル・トンネルの連続性(長さ)の操作によって、それぞれ異なる影響を受けることが示された。D'はS'の媒介変数ではなく、それらは相互に関係するがしかし別々の処理過程でそれぞれ独立に処理されている(ダイレクトモデル)と考えられる。    

General Object Constancy(GOC)モデルによる奥行恒常性の検証
 General Object Constancy(GOC)モデルでは、観察対象を現実にあるように知覚(veridical perception)できるのは対象のもつ明るさコントラスト、大きさ、奥行(depth)など対象の奥行距離に対応して起きる網膜像の変化を同一の基準で尺度化しているためと仮説する (Qian & Petrov (28))。これまでの研究では、対象の知覚された大きさ、コントラスト、奥行は共通の距離に対応した尺度値が関係すると報告されている(Collett et al.,1991, Rogers & Bradshaw 1993, van Damme & Brenner 1997)。
 そこで、Qian & Petrov(28)は、対象の視えの角度間隔(前額平行面での大きさ)と奥行間隔の間の関係をしらべることでGOCモデルの妥当性を検討した。実験刺激は、図64の左図に示したような100組の白と黒のディスクパターンをランダムに配置し、視野の中心に向かって遠ざかるように(stimulus contraction)あるいは観察者に接近するように(stimulus expansion)放射線状にオプティクフローさせる。白と黒の同一大のディスクはペアで黒色ディスクは白色ディスクの陰影として視えるよう外縁をぼかし、さらにこの2つのディスク間に両眼視差(0.02°観察距離110cmで65cmに相当)を設けた。白色と黒色ディスク間の相対視差は固定したままでステレオスコープを通してオプティクフローを被験者に観察させた。すべての被験者にはstimulus contraction事態では刺激群が遠ざかるにつれて白色と黒色ディスク間の奥行分離は増大するように、またstimulus expansion事態では減少するように知覚された(depth separation illusion)。このときすべての被験者には両ディスク間の方向距離とそれらの大きさがstimulus contraction事態では増大するように知覚された(angular separation illusion)。そこで、被験者はstimulus contraction事態で両ディスク間の奥行分離が増大するように知覚されたら所定のキーを、またstimulus expansion事態でこれらが減少するように知覚されたら別のキーを押すように教示された。depth separation illusionの測定のためにナリングパラダイム(nulling paradigm)を用い、両刺激間の相対視差を小さくあるいは大きくしてこのillusionがゼロになる視差量が求められた。まdepth separation illusionの測定ためには、両刺激間の方向距離(angular separation)を調整させてillusionがゼロになるところが求められた。
 その結果、(1)すべての被験者で白色と黒色間のdepth separation illusionは視かけの距離が増大(減少)すると大きくなる(小さくなる)こと、(2)このdepth separation illusion は相対視差あるいはangular separationを操作することで生起しないようにでき、その効果はangular separation操作の方が効果的であること、(3)2つのディスク間の相対視差を除去しても視えの奥行は出現し、angular separation illusionを強めることはないこと、(4)オプティクフローに両眼視差を付けてもdepth separation illusionは促進されなく、ここでの運動の奥行は両眼視差より単眼的手がかりに基づいていることが明らかにされた。
 これらの結果は、depth separation illusionが相対視差要因よりangular separation要因(大きさ)で効果的に減衰できること、しかし相対視差がなくてもはangular separation  illusionは生起することが示された。
 Qian & Petrov(28)はこの実験結果およびこれまでの研究成果をまとめて、GOCメカニズムを図65のようなフローチャートで示した。このモデルでは、知覚的奥行(Perceived Depth)と知覚コントラスト(Perceived Contrast)が知覚距離(Perceived Distance)と知覚的大きさ(Perceived Size)によって尺度化される過程を通ることによって、それぞれの知覚的恒常が生じることを図式化している。GOCモデルでは、大きさ恒常、明るさコントラスト恒常そして奥行恒常は共通のメカニズムで生起するとしている。