その他の3次元視研究

顔の同定とその手がかり
 Dehmoobadsharifabadi & Farivar(6)は、人間の顔の同定知覚において先行提示した顔刺激の順応によって顔認識の閾値が大きくなるか、あるいは顔を構成する奥行手がかり(陰影、テクスチャ、運動による形状(structure from motion)、ステレオ)に固有なもの(cue-dependent)ではなく、転移効果をもつ(cue-invariant)かついてしらべた。
 実験では、図66に示すように、Identity、Anti-face adaptor、Morphs、Averageの4種類の顔パターンが作成された。Identityは顔の同定知覚の基となる顔パターン、Anti-face adaptorはIdentityの顔パターンともっとも非類似の顔パターン、MorphsはIdentityの顔パターンを段階的に変形(Morph)させたもの、そしてAverageは変形させた顔パターンの平均(変形率20%から100%までを平均した顔)である。実験に使用するこれらの顔パターンは、図67に示すように、陰影、テクスチャ、ステレオ、運動要因(Structure From Motion,SFM)の4つの要因のどれか一つでシミュレートして作成された。実験では、まず、訓練試行が実施され、Morph 100%顔パターンは正解率が100%になるまで、Morphs 60%顔パターンは正解率が90%になるまで続けられた。次に順応試行(adaptation session)が図68に示したように実施された。Matched 試行ではadaptorの提示後にこれと同類のしかしMorphs度を変えたテスト刺激を提示した。Anti-face のadaptation時間は、奥行手がかり効果に応じて陰影条件で5000 ms、テクスチャ条件で15000 ms、SFM条件で19652 ms、ステレオ条件で15000 msとした。NonMatched試行ではadaptorの提示後、これとは異なる顔がMorphs度を変えてテスト刺激として提示、そしてNo-Adaptation試行ではテスト刺激のみを提示し、その顔パターンの同定知覚の正確度がしらべられた。実験では顔の同定の正解が得られるまでMorphの程度が変えられた。
 その結果、顔パターンの同定知覚の閾値をMorphの程度で表すと、Matched 試行では、NonMatched試行やNo-Adaptation試行と比較して、陰影条件では23%、テクスチャ条件では51%、SFM条件では49%、ステレオ条件では44%となり、顔パターンの同定閾値が小さくなった。順応試行での顔パターンの同定知覚の閾値は、順応のない試行に比較して小さくなり、とくに陰影条件でもっとも小さく、SFMで大きいことが示され、明瞭な順応効果が示された。
 そこで、顔パターンを先行提示して順応させた場合、後続する顔パターンに対する同一知覚に対する顔パターンのもつ奥行手がかりの転移効果がしらべられた。実験手続きとして、まず陰影要因で作成したAnti-faceを順応刺激として提示し、次にテスト刺激にはステレオ(陰影-ステレオ条件)あるいはSFM(陰影-SFM)で作成した顔パターンを提示し、顔パターンの同定知覚の閾値がしらべられた。その結果、陰影-ステレオ条件、陰影-SFM条件ともに閾値が明瞭に小さくなり、顔パターン作成の奥行手がかりに関する転移効果がみられた。
 このことから、顔の同定知覚では、それを構成する奥行手がかりに依存するのではなく(cue-dependent)、奥行手がかりに不変的(cue-invariant)であることが示唆された。奥行手がかりは固有のモジュールで並行処理され、次いで統合されて3次元形状知覚が成立するが、この統合過程のモデル構築でこの結果は有意義な意味をもつと思われる。

運動する観察者の運動対象探索における奥行単眼手がかり
 視覚システムは、自分自身が動いている状態で視野内の静止対象、さらには運動対象を識別することができる。Roydenet al.(29)は、観察者の移動に伴う視野のこのようなフローパターンを図69で示した。ここでは、観察者が視野の中心(×印)に向かって移動するときの放射状に移動する8個の静止対象(細い矢印)と1個の運動対象(太い矢印)が示されている。そこで、観察者が移動時、視野内ではともに運動する静止対象と運動対象は何を手がかりにして識別されるのか、とくに単眼的奥行手がかりの役割を実験的に分析した。図70は、テクスチャの手がかりを追加した条件で運動対象を識別する実験事態である。図aではテスト対象であるディスクが水平線上に地から離してつり下げられている(条件a)。ここでの単眼奥行手がかりは運動視差と対象の大きさ変化である。図bではディスクが地に接地して置かれている(条件b)。ここでの単眼的奥行手がかりは条件aでの手がかりの他にパースペクティブ、視野内での対象の高さおよび対象間の相対的距離が加わる。図cではテクスチャをもつ対象が地に接地してちょうど墓石のように置かれている。ここでの単眼奥行手がかりは条件bの手がかりの他に、オクルージョンおよび墓石と地面の間のシア角度(shear)である。対象は9個とし、そのうちの一つの対象の速度を他の対象より速く(1.0から0.1ステップで1.5、そして1.8、2.0まで増大)あるいは遅く(1.0から0.1ステップで0.3まで減少)して提示した。対象の大きさを等しく設定し、また対象間の距離はランダムに変化させた。実験条件として8個の対象を観察者から等距離に設定する条件と観察者からの距離を変化させる条件を設定した。後者の条件の場合、運動対象のスタート地点と速度が変わることになり識別が難しくなると予想される。実験事態は観察者が正中線方向に移動したときに視野に生じる対象の放射状運動をシミュレートして提示し、静止対象の中から運動対象を識別してキー操作で答えさせた。
 その結果、対象の奥行位置を観察者から等距離に設定し、運動対象の速度比を大きくとった場合の静止対象から運動対象を識別する閾値(速度比で表示)は、条件aで0.39、条件bで0.32、条件cで0.22であった。運動対象の速度比を小さくとった場合のそれは、条件aで0.41、条件bで0.33、条件cで0.21であった。対象を観察者からランダムな奥行位置に設定した場合でも、ほぼ同様な閾値が得られた。
 これらの結果は、運動対象の単眼的奥行手がかりが増えると静止対象から運動対象を識別する閾値が小さくなることを示し、単眼的奥行手がかりが有効に作用することを明らかにした。

対象の特徴検出における3次元位置によるバイアス
 Golomb et al.(2014)は、2つの対象が2次元面での位置を異にして提示されると、位置情報が対象の特徴認知に直接には無関係でもそれに影響することを示した。たとえば、対象の色、ガボールパターン、形状、顔などの特徴の同定が、2次元位置情報が相違するほど大きくなり、この効果はspatial congruency biasと名づけられた。これを受け、Finlayson & Golomb(9)は、3次元位置を異にした場合にも対象の特徴認知で同様なバイアスが起きるかについて確かめた。実験は、図71に示すように、2つの対象を2次元あるいは3次元位置を変えて継時的に提示し、被験者には2つの対象の色相(黄色)の識別を求めた。実験条件は2次元位置での垂直方向変化および3次元位置(奥行位置)での変化とし、対象の色は同輝度のものをカラーホイールからランダムに選択して提示した。3次元位置は両眼視差を操作して変化させた。
 その結果、2次元配置と3次元配置が同じ場合、2つの対象の色は類似していると識別されること、しかし2次元配置が同じで3次元配置が異なる場合、2次元配置が異なり3次元配置が同じ場合、および2次元配置が異なり3次元配置も異なる場合には、2つの対象の色はやや異なると識別されることが示された。
 両眼視差による3次元配置条件でspatial congruency biasが示されたことから、対象の大きさとオクルージョン要因によって3次元配置を誘導した場合にも同様なbiasが示されるかを実験したところ(図71の右下の実験事態)、奥行位置情報は2つの対象の色の識別には関係しないことが示された。そこで、さらに水平視差の代わりに垂直視差(奥行は出現しない)を導入し同様な実験を試みたところ、垂直視差が相違する条件では同じ条件より2つの対象の色の識別が類似せず、垂直視差にはspatial congruency biasがあることが示された。
 これらの実験結果を総合すると、spatial congruency biasをもたらす条件は2次元配置情報のみで、奥行位置情報は有効でないことが見いだされている。

回転する正方形は針刺し(pincushon)のように歪んで知覚
 Anstis & Kaneko(2)は、正方形の中心を軸として回転させて知覚すると四辺がたわんだり、膨らんだりして視えること(図72の下図)を報告した。回転速度を毎秒0.2回転から1.0回転まで0.2ステップで増大すると、速度の増大に伴ってその凹状も大きく変化した。その知覚的歪みは、図の下部に示したように、回転に伴って上部の長方形(PQST)の中心(O)を挟む角度が180°から120°まで変形し、それに伴って3辺が凹状に凹むためとAnstis & Kanekoは推定している。

「ポット-蓋」の錯視
 Mastandrea & Kennedy(22)は、ポット(料理用鍋)とその蓋の大きさについては、大きさ錯視が起きることを報告した。それによると、図73のように、ポットの蓋を垂直(垂直より15度斜位)に立てて置き、ポットにぴったりと嵌まる大きさの蓋を選ばせると、多くの人は大きすぎる蓋を選ぶ。そこでぴったりする蓋を指示すると、蓋が小さすぎるという印象をもつ。「ポット-蓋」の錯視が起きている。120名の被験者で実験したところ、その76%の者は不当に大きな蓋を選択し、20cmの口径の鍋と等しい大きさは21.8cm(平均)であった。