まとめ

2016年に得られた3次元視研究の主要な知見をまとめると次のようになる。

1.両眼立体視研究
(1) Skerswetat et al.(32)は、L(luminance-defined, first-order、L)、CM(contrast-modulated、second-order、CM)、そしてLM(L刺激にノイズパターンを付加した刺激)の3通りの刺激パターンで視野闘争現象を分析した。LMとCMの視野闘争の出現をみるとCMパターン刺激が優位に出現する割合およびその持続時間はLMパターンに比較して有意に低いこと、刺激パターンを大きくするとCM、LM、Lのすべてのパターンで出現割合が減じること、またCMパターンではLとLMパターンに比較して左右入力像の混合した知覚がより多く出現することが示された。これらの結果からCM刺激は視野闘争より両眼視の統合を担うメカニズムによって処理され、高次視覚野が関与すると考えられる。
(2) Nakayama et al.(23)は、、網膜上の運動(網膜座標での運動)、対象起因の運動(他の対象あるいは背景との関連での運動)、そして観察者起因の運動(観察者の頭部や身体に起因する運動)の3通りの運動座標のいずれが視野闘争における運動刺激優位に影響するかを確かめた。その結果、運動刺激優位性は、網膜座標の運動条件に限定されずに対象起因運動条件および観察者起因運動条件でも同様に生起し、視野闘争における運動刺激優位は網膜座標での運動条件に留まらず、対象起因運動条件あるいは観察者起因運動条件の組合せでも生じた。
(3)Holten et al(14)は、動的刺激パターンを用いて視野闘争を起こし、その出現持続時間を測定したところ、視野闘争のグルーピングは眼球起因(eye-based)によっていること、しかもこれはフローパターンの処理に高次の過程が関与していることを示した。
(4)Hartle,B. & Wilcox,L.M.(12)は、理論的に求められるステレオ視量が実際にはどの程度に出現するかを3種類の方法は、ハプティクセンサー(A)、デジタルカリパス(B、測径両脚器)、バーチャルルーラー(C)の3通りの定方法でステレオ視の経験のある者と無い者でしらべた。ステレオ視経験者では理論式から予測された通り、ステレオ視量は両眼視差量に伴ってリニアな増大を示したが、ステレオ視未経験者では視差量が小さいところではステレオ視量の過小視が、両眼視差量が大の所では過小視が示された。未経験者におけるステレオ視量の予測式からの逸脱は刺激布置におけるパースペクティブ要因が影響していた。
(5)RDS立体視で2つの面の奥行分離が不十分な場合、そこには奥行をもつ固まり(Stereoscopic volume)が知覚できる。Goutcher & Wilcox(10)は、stereoscopic volumeがそれを可能にするステレオグラムのドットの視差分布状態に依存すると考え、視差分布を2通りに変えたステレオグラム、すなわちランダムドットをガウス型で分布(a)させるか、あるいはランダムドットを一様に分布(b)させるかして、視差分布に規定された3次元ボリュームの広さ、その中心点、そして形状の識別能力をしらべた。その結果、視覚システムは3次元広がり(3D volume)を知覚する場合、それを構成するすべての視差を用いるのではなく、限られて視差、たとえば最大と最小の視差の検出で処理していた。
(6)Chopin et al.(4)は、絶対的視差と相対的視差の関係について絶対的視差の無意識的読み取りがある場合(absolute disparity anomaly)と無い場合(no absolute disparity anomaly)、さらに絶対視差と相対視差が独立した過程で処理される場合(independent system)と絶対視差情報が相対視差の計算に供給される場合(feeding system)に分けて、それらの閾値の大小関係およびそれらと輻輳ノイズとの関係をしらべた。その結果、(1)絶対視差閾値は相対視差閾値より確実に悪いこと、(2)絶対視差閾値と相対視差閾値の間は無相関であること、(3)相対視差閾値は輻輳ノイズと正の相関(0.53)が見られるが絶対視差閾値とは無相関(0.08)であることが示された。これらの結果から、no absolute disparity anomaly のなかのfeeding system仮説が妥当性があり支持された。
(7) Palmisano et al.(27)は、124名の観察者にシュードスコープをもちいて自然シーンを観察させ、どのように知覚されるかを自由に報告させた。その結果、「シーンの奥行逆転」型と「遠くの対象の大きさの縮小と平板」型に属しかつ「境界領域の逆転」型と「イルージョナリな面出現」型に属する者が15名と多く、次が「シーンの奥行逆転」型と「遠くの対象の大きさの縮小と平板」型に属する者が多かった。また、シュードスコープ観察による奥行逆転知覚ができない者のステレオ視能力をみると、ステレオ能力をつ者とそれをもたないステレオブラインドの者がいることがわかり、ステレオ視能力の有無だけではその可否を決められないこと、さらにシュードスコープ観察時に奥行逆転知覚が出現するまでの潜時にも個人差があり、この潜時にはステレオ視力よりは両眼の通常の視力の方が強く関係することも明らかにされた。

2. 運動要因による3次元視
(1)de la Malla et al.(7)は、観察者自身と対象の間の位置変化、また観察者の視線と対象の間の方向変化、さらにターゲットとその背景にある対象との間の網膜上の相対的な運動差がそれぞれ運動視差の手がかりとなるかについて観察者を立ち姿勢の状態(standing still)で実験して試した。その結果、両眼視差の手がかりを除去した単眼視条件で運動視差を効果的にする手がかりは、Relative position only条件(ターゲットが球体で2個の立方体が背景にある条件)とRetinal cues条件(ターゲットが立方体で同形2個の立方体が背景にある条件))であること、単眼視条件での頭部運動は両眼視条件と比較して大きくならないこと、そして頭部運動の大きさが数ミリでも奥行検出が可能なことなどを明らかにし、運動視差の手がかりは観察者が移動している条件のみではなく、静止して立っている条件でも効果的に働く。
(2)Holmin & Nawrot(13)は、高齢者の運動視差による奥行視能力を運動検出閾と眼球追従の正確度、および複数の対象間の奥行検出閾でしらべた結果、高齢者は若年者に比較して運動閾値が高く眼球追従運動の正確さが劣ること、また高齢者は低速度の運動視差による奥行が視えにくく中程度の速度の追従運動の正確度が悪いことを示した。高齢者は若年者より運動検出閾が高いことから、高齢者が運動視差による奥行視が劣る原因を運動情報の処理過程の劣化ではなく、むしろ、眼球運動追従能力の衰えによると考えられる。
(3)Tanrıkulu et al.(35)は、「図-地」要因とテクスチャの運動要因を競合あるいは協調する場合、どちらの手がかりが優位になるかについて実験し、ある領域が図になりやすいかあるいはその領域が3次元視されるかの知覚課題においては、テクスチャの「増強-漸減」運動要素は凹凸あるいは相称性のゲシタルト的知覚特性に勝る要因ではないことを示してた。
(4) Cooper et al.(5)は、単眼視による2次元運動から両眼視による3次元運動がどのように検出されるのか、その変換過程を明らかにした。それによると、(ⅰ)2次元および3次元の運動検出能力はドットの速度で変化し、2次元の運動検出がすべての速度で優れていたが、しかし運動検出感度の最大は2次元と3次元でほぼ同じ速度(2次元では毎秒5.5°、3次元では3.3°)であること、(ⅱ) 2次元および3次元の運動検出感度を比較すると、2次元の運動検出はドットの最も遅い速度を除いては閾値(75%)以上だったが、3次元のそれは遅い速度(0.14°、0.27°)と最も速い速度(13.16°)では閾値を下回ること、(ⅲ)2次元に対する3次元の弁別感度の比(3D /2D)をとると、ドットが中程度の速度ではほぼ一定となること、(ⅳ) 2次元および3次元の運動検出でのバイアスをみると、2次元運動では右方向運動の検出がやや高く(網膜レベルでは鼻側側への運動)、また3次元運動では観察者の手前方向の検出が高くなること(網膜レベルではこめかみ側への運動)、(ⅴ)両眼立体視での運動検出は、観察者に接近する交差視差の方が検出感度が高いこと、などが示され、2次元の運動から3次元の運動への変換処理にはロスを伴い、結果として検出感度を悪くするが、しか3次元運動を検出できる速度範囲は広いので対象速度を高めることによってこのロスをカバーしていた。そして、単眼的運動から3次元運動への変換は、たんに各眼への単眼的運動から計算されるのではなく、それらの間の重み付けを変えて計算されると考えられる。

3. 絵画的要因による3次元視
(1) Langer et al.(20)は、3次元群生シーン(3D clutterd scene)で上方からオクルードされたターゲット間の奥行の深さを識別するための有効なオクルージョン手がかり(occlusion cue)として、視認性手がかり(全体の刺激の中での視えている部分の割合、visibility cue)と奥行範囲手がかり(ターゲットの奥行とターゲットをオクルードする奥行面の間の関係についての確率、range cue)を提唱し、その有効性を両眼視差と運動視差の両方あるいはどちらか一方の手がかりを加えてしらべた。その結果、3D clutterd sceneでの2つのターゲットの深さの弁別においては、2種類のocclusion cueが有効であるが、しかしこれらの手がかりは両眼視差と運動視差の両方、あるいはそれぞれに単独で結びつけられている場合に有効となった。
(2)Schutt et al (31)は、対象面における照度や陰影から光源の距離を知覚できるかを実験的に検討した。その結果、視覚システムには陰影イメージから光源距離を特定するしくみがあらかじめ備わっているのではなく、経験にもとづくヒューリスティックな方法で光源距離を暗黙のうちに推定すると考えられる。
(3)Sato, et al.(30)は、陰影とキャストシャドーから対象を識別する能力は7月齢に重要な発達時期があることを示した。
(4) Tian et al.(36)は、3次元対象の構成形素(format)であるシルエット、線画、陰影、そして両眼視差によるステレオの4種類をとりあげ、それらのどれかひとつで描画したパターンを用意して知覚学習の可否と効率をしらべた。その結果から、形状知覚においては3次元形状の十分な構造的情報が必要ではなく形状についての外部領域と内部領域の特徴についての情報があれば可能なこと、また知覚訓練で用いられた描画フォーマットと異なる形状の弁別が求められても学習般化によって可能になることなどが明らかにされた。
(5)Marlow & Anderson(22)は、3次元形上面を運動視差のみで、あるいはテクスチャのみで、あるいはその両要因を組み合わせてシミュレートし、輝度変化を同一にした場合に面の質感(つや消しあるいはメタリック)が3次元形状によって異なるかを検証した。その結果、同一の輝度勾配に基づく3次元形状の知覚は面の輝度反射と照明方向について異なる知覚を生じさせ、とくに面に直角あるいはその近辺ににあたる照明はメタリック質感を強く生じさせ、また面に逸れる方向からの照明はつや消しの知覚印象を高めることを示した。3次元形状をシミュレートする運動視差、テクスチャ、あるいはこの2要因の組合せた要因は、形状の曲面の急峻に応じてメタリックな面の質感を生起させる手がかりとなる。
(6)Kim & Anstis(16)は、異なる2つの照明方向から合成された反射率の異なる陰影イメージがどのように境界領域の奥行を決めるのかを実験した。真上照明(0°)ともう一つの照明方向の角度差(最大180°、delta shading angle)が大きいほど、知覚された輪郭の奥行はリニアに大きくなることが示され、異なる方向からの陰影が輪郭において他の面と奥行的に異なる知覚の手がかりを与えることを示唆した。また、視覚システムが真上からの照明を拘束条件として前提にしているかをるひとつの陰影パターンの正立像と倒立像を作成し、次にそれらを真上とその逆である真下からの2つの方向から照明した陰影パターンを作成して、このことを検証した。その結果、陰影イメージの灰黒領域はそれが正立で提示されると奥行が深く知覚される割合が真上照明条件と他の照明条件との差(delta shading angle )が大きくなるにつれて増大すること、また、倒立条件では灰白領域がもっとも深いと知覚される割合が真上照明条件と他の照明条件との差が大きくなるにつれて増大した。さらにKimらは、陰影方向が不一致(delta shading)事態で多義的な輪郭円は前に位置する面の背後で不連続に知覚されるか、また面の背後では連続した主観的輪郭が生起するかを確かめ、陰影イメージにおける視えの奥行順序は照明条件によって変化し、とくにそれが逆転すると視えの奥行関係も逆転することがわかった。これらの実験から、2つの異なる照明方向の差(delta shading)は奥行の異なるオクルージョン境界を生じ、それが奥行の異なる面を規定すると考えられる。
(7)Zannoli et al.(40)は、単一面における焦点のシャープとボケではなく複数面におけるシャープとボケを導入した場合の「オクルージョン-被オクルージョン」を実験的に検討し、観察者の眼球調節をシミュレートし複数の面のいずれかにボケもしくはシャープを導入すると、それらの要因は奥行順序を正確に知覚させることが示された。また、瞳孔の直径は奥行順序の知覚に影響しなかった。次に、Zannoli et al.は色収差が視えの奥行順序に与える効果について刺激のスペクトラル幅(spectral bandwidth)が「より広帯域(灰色)」と「より狭帯域(緑色)」の2条件に、対象の焦点距離は近距離(3.2D)と遠距離(2.0D)の2条件を加えて吟味したところ、オクルージョンの正解率は単一面より複数面条件で高いこと、複数面条件では狭帯域(緑)より広帯域(灰色)で高いことを示し、眼球の色収差が奥行順序の知覚に有効なことを示した。

4. 視空間構造
(1) Kim,et al.(17)は、ターゲットの物理的大きさおよびオプティカル・トンネルの長さを操作し、対象の視えの大きさ(S’)と奥行距離(D’)との間にどのような関係があるかを偏相関をもちいて解析した。偏相関分析の結果からS'とD'の相関は有意ではなく、S'とD'はオプティカル・トンネルの連続性(長さ)の操作によって、それぞれ異なる影響を受けることが示された。D'はS'の媒介変数(大きさ-距離不変仮説)ではなく、それらは相互に関係するがしかし別々の処理過程でそれぞれ独立に処理されている(ダイレクトモデル)。(2) Qian & Petrov(28)は、対象の視えの角度間隔(前額平行面での大きさ)と奥行間隔の間の関係をしらべることでGeneral Object Constancy (GOC)モデルの妥当性を検討し、実験結果およびこれまでの研究成果をまとめてGOCメカニズムをモデル化した。このモデルでは、知覚的奥行(Perceived Depth)と知覚コントラスト(Perceived Contrast)が知覚距離(Perceived Distance)と知覚的大きさ(Perceived Size)によって尺度化される過程を通ることによってそれぞれの知覚的恒常が生じるという。GOCモデルでは、大きさ恒常、明るさコントラスト恒常そして奥行恒常は共通のメカニズムで生起するとしている。