両眼立体視

1.1. 視野闘争
両眼コントラスト、両眼視および視野闘争の統合モデル

 左右眼の方向線分角度の相違が小さければ立体視され、それが大きいと視野闘争が起きる。また、左右眼に明るさコントラストの相違する刺激を提示すれば非リニアー(両方の明るさコントラストの加算値の平方根、Legge, 1984; Legge & Rubin, 1981)の両眼コントラストが生じる。Wilson(46)は、ニューラルモデルでこれらの関係を説明しようと試みた。このモデルは、両眼コントラストのコントロール回路、方向刺激に基づくステレオ視回路および視野闘争に関わる抑制回路からなる。これらの回路は、3種類のニューロンからなり、それらは両眼視セルに入力する方向線分に選択的なニューロン、常態的な局所的抑制回路(local inhibitory nomalization neurons,IN)、および視野闘争を媒介する長期的抑制ニューロン(long range inhibitory mediating rivalry,IR)である。このモデルでは、両眼コントラストを媒介するINニューロンからなる局所的抑制回路が作動し、続いて視野闘争を媒介するIRニューロンからなる抑制回路に信号を送り、最後にIN回路からIR回路への抑制相互作用によって視野闘争を止めて安定した知覚を生じさせる。これを図示すると、図1-Aに示すように、左・右眼のコントラスト刺激を局所的抑制ニューロンで統合する基礎回路(IN、青色表示)で受容し、それを他眼の分割抑制に回す。続いて、図1-B に示すように、線分刺激の方向が左右で大きく相違する場合には視野闘争を仲介する長期(抑制回路(IR、赤色表示)で広範囲に抑制をかける。このとき、これらのニューロンは他眼からのINニューロンによる回路(SO)で強く抑制され視野闘争を止める。視野闘争が起こる場合、IRニューロンに媒介された視野闘争回路が作用する。図2-Aのように、まず左眼からのIR(赤色表示)は右眼の±30°から±90°までのすべての方向線分を抑制する(赤色線分で表示)。右眼からの抑制も同様になされる。単眼ニューロンが左・右眼で異なった方向線分で活性化されると、図2-Bのように、2個のIRニューロンで相互に強く抑制されて視野闘争が生じる(この場合破線で表示した方向線分のニューロンは刺激されない)。さらに図2-Cに示すように、角度が異なる方向線分(+45°と-45°)が各眼に提示されると、INニューロンがIRニューロンを遮断し、その結果、視野闘争は止み、格子パターン(プレード)が安定的に出現する。このモデルでは、2種類の両眼間の抑制ニューロン、すなわち、一つは両眼間の線分方向が類似する場合に働いて明るさコントラストを標準化(mormalize)するINニューロン、もう一つは線分方向が大きく異なる場合に働き視野闘争を起こすIRニューロンを設定し、さらにINニューロンは他眼のIRニューロンを切断して融合を回復させる点に特徴がある。
 実験では、両眼に提示した明るさコントラストおよび格子パターンであるグレーテング角度のマッチング実験を、各眼に明るさと格子パターン角度(4.0cpdのコサイングレーテング)が異なる刺激を与え、シャッターグラスを用いて両眼視させた。両眼に提示するグレーテングパターンの明るさコントラス(右眼対左眼)は、3:1, 2:1, 1:1, 1:2, 1:35通りとし、一定のコントラストをもつ標準刺激を一方の眼に提示して(他眼には平均輝度スクリーンを提示)完全上下法で明るさのマッチングを被験者に求めた。また片眼に明るさコントラスト1.0、他眼のそれを0.10.250.5に変えて提示し、さらにグレーテングの傾きを片眼に+5°、他眼-5°を提示して視えの角度を被験者に求めた。このモデルは、両眼視融合したグレーテングの左右眼の明るさコントラストが異なる場合、傾き知覚が縮小されることを予測する。また、視野闘争実験では、両眼に方向が同じグレーテングを提示し、一方の角度を少しずつ変化させ融合から闘争になるまでの角度を測定した。
 両眼融合したグレーテング間に明るさコントラストの差を設け、その傾き知覚を測定した結果、両眼間の明るさコントラストが小さくなると傾きが縮小されて知覚されることが示された。また、左右眼の視野闘争は各眼のグレーテングを垂直線分(0°)からスタートし相互に拡大させると、15秒後の角度が±18°のとき突然に両眼視融合から視野闘争に変じた。±24°からスタートし縮小させる場合には、9.8秒間視野闘争が続いてから融合が生起した。開散からの視野闘争の生起と輻輳からの融合の生起の差が5.4秒となり、これが融合と闘争の間のヒステレシスループ(hysteresis loop)となる。さらにこのヒステレシスループは明るさコントラストの増大とともに減じた。
 これらの結果をノンリニアのニューラルモデルの予測値と照合すると、両眼視コントラスト、両眼視融合、そして両眼視のヒステレシスのいずれにおいてもよく一致することが示された。

視野闘争における左右眼の感覚優位性
 Dieter et al.(11)は、視野闘争における左右眼の感覚処理能力のアンバランス すなわち眼球の感覚優位性が視野闘争に及ぼす影響をしらべた。感覚優位性とは、両眼あるいは片眼のいずれにより強く反応するかを決める視覚野ニューロンの反応選択性をいう。被験者は89人(平均年齢24歳で1868歳に分布)でミラー式ステレオスコープに視野闘争刺激(±45°互いに直交するサイン波形パターン、30%コントラスト比、3cyc/deg)を提示し、どちらのパターンを知覚しているかをキーボードで答えさせ、さらにそれが出現している時間を選択したキーの持続押しで答えさせた。実験では被験者に眼球運動をしないように注視点を凝視させた。その後、被験者個人の利眼(dominannt eye)を測定(両腕で作った四角のなかでドットを両眼で観察、交互に閉眼させ、閉眼時にドットが動かない方が利眼)した。
 実験結果から、左右眼の感覚優位性が視野闘争に及ぼす影響を、視野闘争における交替持続時間(一方のパターンの知覚時間)と交替頻度(一方のパターンの知覚優位)からみると、視野闘争時間と頻度の平均については左右眼パターンで差が生じなかった。しかしこれには個人差があり、16.7%の被験者は左右間のパターンの交替持続時間で1秒以上の相違があり、また8.2%の者は交替頻度で10%以上の相違を示した。さらに視野闘争の交替持続時間の長いケースの刺激パターンとその反転頻度の高い刺激パターン間の関係をみると、両者には有意な相関があった。そこで、左右眼の感覚優位性が視野闘争におよぼす効果をしらべるために、左右眼の感覚優位性の指標(SED)を次式で規定した。
 
SED:眼球感覚優位性、REprop:右眼優位選択比率、LEprop:左眼優位選択比率)
この式では、SED(眼球感覚優位性)は左眼と右眼の優位選択比率の差をそれらの選択総数で割ったもので得られ、左眼感覚優位の-100から右眼感覚優位の+100までのあいだに分布する。SEDを指標にとると、視野闘争頻度はSEDとネガティブに相関し、強い知覚優位を示す者は視野闘争頻度が少ないこと、またSED1/4以下の値の者と視野闘争頻度との間には相関が無く知覚優位と闘争頻度とは無関係なことが示された。SEDがプラス値の者は右眼の知覚持続時間が多く、SEDがマイナスの者は左眼の知覚持続時間が多かったが、右眼の知覚持続時間とSED間には強い相関が示された。片眼のパターン知覚の出現の偏りでは知覚交替が生じても、左右眼パターンが混在した知覚を伴いながら優位眼の知覚出現にすみやかに戻ることが多く生起した。感覚優位とは別に測定した利眼(sighting eye dominace)は、SEDとは関係しなかった。
 これらの結果から、視野闘争には眼球感覚優位が強く関係し、その結果、出現する知覚パターンの偏在を生起させた。これには両眼視の知覚過程で異なるパターンを処理する際の相互抑制のメカニズムが関わり、さらに視覚的注意と関係した視覚的意識のメカニズムの問題が関わると推論させる.

視野闘争のフィーリングイン: 網膜イメージ間のコンフリクトを欠く知覚交替 
 視野闘争のフィーリングイン(Filling-in rivalry)とは、左右網膜イメージ間のコンフリクトを欠く知覚の交替現象で、図3にその手順が示されている。観察者は片目例えば左眼を閉じ右眼で注視点(+)を注視し、盲点(blind spot)を特定する(図中-A)。次に盲点を外さないようにしてそのまま注視を続けたとえばボールペンを水平ストリップ(黄色表示)の右端からその背後にスライドさせると、ストリップの前にボールペンが飛び出るように視える(-B)。これはこの種の視野闘争が中枢のレベルで生起することを実証する。というのも、盲点には網膜視細胞がないので、この部分に投影された像は中枢で知覚的に重鎮あるいは伝播されるからである(Komatsu 2006)
 Chen et al.()は、図4に示すような実験パラダイムで視野闘争におけるフィーリングインの実証を試みた。被験者ごとに盲点の範囲を確定した後、盲点を覆いかつはみ出すように青と黄色の直交する十文字形を傾けて提示し、Trxler 消失効果(中央の注視点を固視し続けるとすると、その周囲に円環状に配置した色パッチが消失するように見える)を避けるために十文字形の交点(小さな四角)を時計回りに回転させて提示する(図-A)。被験者には上向きのバー(黄色)あるいは下向きのバーが知覚されたらキー押しで応えるように教示した。また、コントロール条件として青あるいは黄色バーを単独で盲点に提示する系列を挿入した(-B)。
 実験の結果、視野闘争における知覚優位性、知覚交替頻度、知覚優位刺激の持続時間の測度のすべてにわたって、視野闘争フィーリングイン効果が有意に認められた。とくに、知覚優位出現の持続時間の分布は図地反転など他の知覚反転のガンマ分布に近似することも示された。
 この結果から、視野闘争フィーリングインは網膜レベルの局所的なイメージ闘争が存在しないグローバルな知覚交替現象であることが示された。

視野闘争(binocular rivalry)と盲点の知覚的充鎭(filling-in)の機能的順序関係
 近年の研究によれば、知覚的視野闘争は中枢の低位のメカニズム(V1)で生起し、高位レベルである意識レベルとは関係してない((Zou et al. 2016, Brascamp et al. 2015)。一方、盲点の知覚的充鎭は盲点の周囲の刺激によって補完されるしくみで、物理的に存在しない刺激を主観的に知覚し、したがって知覚的視野闘争とは逆の現象である。知覚的充鎭現象が存在しない刺激を内的に生み出したものであれば視野闘争とは関係しないし、また視野闘争で抑止された刺激は知覚的充鎭を誘導しないと考えられる。
 Qian et al.(37)は、これらの疑問に答えるために視野闘争と知覚的充鎭間の関係を実験でしらべた。実験1では、片眼の盲点周囲への刺激パターンが他眼のそれと対応する位置(非盲点位置)に提示した別のパターンの間に視野闘争が起きるかどうかしらべた。もし、盲点に提示されたパターンが知覚的充鎭によって知覚表示されているならば、他眼に提示したパターンとの間で視野闘争が起きると考えられる。また、実験2では片眼の盲点上にある刺激(誘導刺激)が他眼の刺激と視野闘争するかがしらべられた。
 実験1は、図5に示したような実験パラダイムで行われた。刺激パターンは両眼に別々にハーフミラー提示装置で提示された(図5-c)。片眼には赤色リングパターンが盲点の周囲(白い点線で表示)に提示され、他眼には片眼と対応するがしかし盲点ではない位置(非盲点で白い実線で表示)緑色ディスクが提示された。このように、各眼に刺激パターンを提示すると、3通りの知覚可能なパターン、すなわち赤色リングのみ(知覚1)、赤色リングと緑色ディスク(知覚2、Hybrid)、緑色ディスクのみ(知覚3)が予測される(図中上段は片眼の盲点に刺激パターンを提示する条件(ON条件)で、下段は左右眼の盲点をはずして刺激パターン提示する条件(OFF条件)のそれぞれを知覚予測されるものを示す)。赤色リングの中に緑色ディスクが知覚されるケース(Hybrid)の頻度は、盲点に提示された場合(ON条件)の方が盲点に提示されない場合(OFF条件)より少ないと予測される。というのも、盲点に提示され知覚的充鎭による緑色ディスクの方が他眼に提示された緑色ディスクより抑止され、他方盲点に提示されない緑色ディスクは左右眼ともに抑止は起きないからである。15名の被験者には、両眼視事態で右眼に緑色ディスクを提示しそれを左眼の盲点位置に完全に消失するまで移動させ、次に部分的に視えるまで拡大させて盲点位置を確定させた。この後、赤色リングと緑色ディスクを該当眼に65秒間提示し、知覚1、2、3の3通りの知覚のいずれが生起するかをON条件とOFF条件別にキー操作によって答えさせた。もし、ON条件で盲点での知覚的充鎭知覚と緑色ディスクとが知覚闘争にあれば、Hybrid(知覚2)の出現はOFF条件よりは少なくなるはずである。しかし、実験の結果は、Hybrid (知覚2)の持続割合をON条件とOFF条件でみると、両条件間には差がないことを示した。ON条件とOFF条件で条件間には差がないことは、盲点領域での知覚的充鎭による情報が他の網膜領域の情報と知覚闘争を起こすものではなく、盲点周囲に提示された刺激パターン(緑色ディスク)が視野闘争条件では知覚的に鮮明に生起しないことを示した。そこで、盲点領域に直接提示する誘導刺激のパターンを盲点周囲に提示するリングからその全体を取り囲むディスクパターンに換え、他眼に提示したリングが部分的に抑止されている間、誘導刺激として提示されたディスクが知覚的充鎭を強めるか否かが実験2で試された。
 実験2では、図6-aのように、2通りの盲点提示刺激(赤色リングと赤色ディスク)のいずれかを片眼の網膜位置に提示し、他眼の対応位置に緑黒色リングを提示(ON条件)、あるいは盲点では無い網膜位置に同様に片眼に赤色リングあるい赤色ディスクを他眼に緑黒色リングを提示した(OFF条件)。この事態での予測される3通りの視え方は、赤色リングあるいは赤色ディスクのみ(知覚1)、赤色ディスクと緑黒色リング(知覚、Hybrid)、緑黒色リングのみ(知覚3)である。
 実験の結果、ON条件では盲点位置に提示した赤色ディスクあるいは赤色リングと他眼からの緑黒リングの組み合わせた知覚(Hybrid) の持続時間の比率は、リングとディスク間で差がでなかった。また、全試行数を母数にし、Hybrid知覚が出現する持続時間の比率でも同様だった。盲点位置をはずしたOFF条件では、各眼がリング状パターンで盲点の中央領域が存在しない提示条件の持続時間比率はON条件とほぼ同じだったが、片眼の網膜位置にディスク、他眼がリングパターンで片眼の盲点中央領域に物理的パターンが存在する提示条件での持続時間比率は大きかった。Hybrid知覚の出現優先度は、盲点位置にリングあるいはディスク提示条件(ON条件)と盲点位置をはずして各眼にリング提示条件(OFF条件)と同等だったが、盲点位置をはずして片眼にディスクを他眼にリングを提示する条件(OFF条件)ではその出現優先度は高かった。
 これらの結果から、視野闘争のしくみによって誘導刺激が抑止されている間は知覚的充鎭が行われないことが明らかにされた。視野闘争における抑制は盲点の知覚的充鎭に先行し、視覚領V1あるいは外側膝状体(LGN)が関与 すると考えられる。

視野闘争におけるイメージと眼球の影響
 Stuit et al.(2014)は、左右眼のパターンの不一致による視野闘争、あるいは左右で異なるパターンの一部によるパターンのグルーピング知覚は、おもに、左・右眼の入力基づく情報処理レベルによって生起し、左右眼のパターンのイメージの不一致にからくる情報処理レベルのものではないことを明らかにした。これは、視野闘争が低次の視覚情報処理レベルで起きていることを示唆するが、一方、視覚情報処理のいくつかのレベルで同時に起きているとの報告もある(Blake, 1989; Logothetis et al.1996,Silver & Logothetis 2007, Tong & Engel, 2001,Tong et al.,2006,Wilson 2003)
 Stuit et al.(40)は、視野闘争の高次レベルでの情報処理過程を各眼に提示する刺激パターンを操作して実験した。とくに高次の情報処理に関係する受容野の大きさと単眼でのシグナルの強さが操作された。図7は視野闘争のための刺激パターンで、(A)片眼の刺激パターンは上下で同一、左・右眼のそれは異なるように操作した条件(イメージ条件)、(B)片眼の刺激パターンを相違させ、左・右眼では交差(たすきの位置)の位置で同一のパターンを提示する条件を示す。刺激パターンは注視点から3°の位置に提示、各眼の2つの刺激パターン間の距離は0°から6°まで1°ステップで変化させ、視野闘争が眼球に原因(eye-origin)するか、あるいはイメージの一致(image-coherence)によるのかをしらべた。図7のAの条件には同一のイメージが同一眼にあり、図のBの条件には同一のイメージが他眼にある。前者は片眼に眼球基因とイメージ一致の両方があるので、それらが協同して同時に視野闘争を促進、一方、後者の条件では、眼球基因とイメージ基因が視野闘争のグルーピング知覚において競合すると考えられる。ここでは、刺激パターン間の距離を大きくとることで、視野闘争におけるグルーピング知覚を消失させることができる。左右眼の刺激パターンの提示の仕方とパターン間の距離を操作したときの闘争パターンの優位出現は図8のように予測される。図8のAB(各眼へのパターンの提示の仕方は上段に示す)には、各眼に提示する刺激パターン間の距離の大きさに応じて視野闘争の優位パターンの出現変化が強く出る場合を示し、ここではイメージ基因(A)の方が眼球基因(B)条件よりパターン間の距離効果が大きいことを予測。一方、図のCDには刺激パターン間の距離の大きさによっては視野闘争の優位パターンにあまり差が生じない場合を予測する。これらの予測では、視野闘争がイメージ基因あるいは眼球基因のいずれにあっても刺激パターン間の距離が小さいほど出現優位は大きいことを示している。さらに、イメージ基因と眼球基因の両方が働いて視野闘争のパターン優位性が生起しイメージ基因が勝る場合にはパターン間の距離効果が大きい場合には図8のBのような予測が、それが小さい場合には図8のDのような予測が成り立つ。とくにイメージ基因がパターン間の距離要因に大きく依存する場合には、知覚優位はパターン間の距離が中程度のときに最大となり、眼球基因ではこの効果はこの種の知覚優位に対抗するので最小となる。もし、イメージ基因と眼球基因によるグルーピングが異ならないならば、パターン間距離が中程度で最大となる効果は生起しない。実験では、被験者に視野の上部にあるパターンもしくはマジェンダ色が知覚される否か、視野の下部にあるパターンもしくはマジェンダ色が知覚されるかを問い、それぞれ割り当てたキー操作で答えるように、またシアン色が知覚された場合にはキー操作をしないように、それぞれ教示した。
 実験の結果、知覚的グルーピングが優位に生起したのは、同一眼に同一の刺激パターンが提示された条件であり、眼球基因とイメージ基因の両条件が視野闘争における知覚優位をもたらした。さらに、この知覚優位は、パターン間の距離が増大するとともに距離間が2°までは減衰するがそれ以降は平準となった。一方、提示パターンが左・右眼で異なる場合には特定のパターンの知覚優位は生起せず、またパターン間の距離が増大しても増減せずに変化は生じなかった。これは眼球基因とイメージ基因のグルーピング知覚は互いに競合する関係になった。
 これらの結果から、視野闘争における知覚優位の出現には眼球基因とイメージ基因の両要因が関わっているが、パターン間の距離に伴っては知覚優位が変動しないことから、イメージ基因の知覚グルーピングは眼球基因のそれと同様に空間的に類似した大きさという拘束条件があり、その範囲では類似した知覚優位が出現すると考えられる。これは眼球基因とイメージ基因の知覚グルーピングが同じ受容野の大きさによって生じるためと示唆される。

1.2. 両眼立体視
1.2.1 アンチコリレート・ランダム・ドット・ステレオグラムの根底にある奥行方向レファレンス
 アンチコリレート・ランダム・ドット・ステレオグラム(anticorrelated random-dot stereogramaRDS)とは、左右のステレオグラムの対応点の輝度が逆転したステレオグラムをいう。このaRDSでは大局的な対応点がないので両眼立体視しても立体・奥行は出現しない。しかし最近の研究によれば、aRDSの一部のパターン(パッチ)は視差で規定された反対方向の奥行(交差視差では注視点の前方向、非交差視差では後方向)を知覚させることが示された(Doi et al.2013, Doi et al.2011, Tanabe et al.2008)。この奥行方向の逆転のためには、aRDSパッチの間近に隣接するcRDS(correlated randaom-dot stereogram)の奥行の出現方向を規定する枠組(レファレンス)が必要となる。もし、隣接するcRDSを奥行面を生じさせないRDS、たとえばaRDSなど両眼対応をもたないRDSに置き換えると、この種の奥行反転知覚は消える(Doi et al 2011, Tanabe et al 2008, Cumming et al.1998)。とくにaRDSとcRDSの間にわずかなギャップ(0.35°)があると奥行反転を生じさせなった (Kamishira et al.2015)。コラレーションにもとづく奥行は奥行の枠組となるレファレンスプレーンが利用できる場合にのみ奥行知覚を媒介すると考えられる。しかし、この種のレファレンスプレーンが奥行方向の逆転知覚に関わるかは不明である。可能な仮説として、コラレーションにもとづく奥行はaRDS の絶対視差にもとづくよりはRDS の相対的視差(ステレオグラムの中心領域と周辺領域の絶対視差の差異)にもとづいて奥行の逆転知覚を生起すると考えられる。
 Aoki et al.()は、図9に示したコラレートRDScRDS)と左右ステレオグラムで輝度反転したアンチコラレートRDS(aRDS)からなるステレオグラムを考案し、精神物理的にこの仮説の検証を試みた。図のAの上段に示したステレオグラムでは、RDSの白い点線の輪郭円の内側はコラレートRDSで、下段のステレオグラムの白い点線の輪郭円の内側はアンチコラレートRDSでそれぞれ作成された。このステレオグラムの中心領域は被験者が注視点を注視すると交差視差となる。両ステレオグラムでは、円形の周辺領域(中心領域の外側)は視差ゼロのcRDSで作成された。図のBには、絶対視差と相対視差がそれぞれ奥行方向の逆転をもたらすことを示す。被験者が中心領域を注視すると交差視差(注視点より手前に出現)となるので、もし絶対視差による奥行方向の逆転が生じれば中心領域は周辺領域より後方に知覚される(黒色矢印)。もし相対視差にもとづくならば中心領域は周辺領域より手前に知覚される(白色矢印)。もし中心領域がaRDSで交差視差をもちその周辺領域のリングがより大きい交差視差をもつcRDSの場合、絶対視差にもとづくとその中心領域の知覚された奥行方向は周辺領域より後方に知覚される(図Bの黒色矢印)。一方、相対視差にもとづくと中心領域は周辺領域より手前に知覚される(図Bの白色矢印)。つまり、aRDSの奥行知覚は絶対視差が示す奥行レファレンスが示す方向の逆となり、したがってコラレーションに基づく相対視差のリファレンスが奥行知覚を導くと考えられる。
 実験では、RDSはフレームごとにその位置を変えるダイナミックRDSでディスプレーに提示された。被験者にはパターンの中心領域が周辺より手前か後方かを判断するように教示した。被験者の輻輳角を固定するためにノニウス線を提示し、常に上下一直線を維持するように求めた。実験1では、ステレオグラムの中心領域はcRDS またはaRDSとし視差はゼロ、その周辺領域はcRDSとし視差は±0.32°、±0.16°、±0.08°±0.04°の8段階とした。統制条件として中心領域をcRDS(視差±0.32、±0.88)、周辺領域もcRDS(視差ゼロ)のステレオグラムを加えた。この場合、被験者が中心領域を無視し、周辺領域のみに依拠すれば正しい反応はできないと予測される。
 実験2では、中心領域をcRDSもしくはuRDS(左右イメージのドットを無関係に打ち出したステレオグラムで左右眼間の視差情報を欠いたもの)、周辺領域をuRDSもしくはcRDS(視差±0.32°、±0.16°、±0.08°±0.04°)としたステレオグラムを用い、被験者が中心領域を無視し周辺領域にのみ依拠して知覚するかをしらべた。

 実験3では、輻輳要因による視差の変化を避けるために、両眼輻輳に要する時間よりは短い94msでステレオグラムを提示した。
 実験4では、aRDSステレオグラムの奥行の逆転が周辺領域との関係で生起するかを検証するために、中心領域(cRDSあるいはaRDS )と周辺領域(cRDS)間の相対視差を-0.16°、0.04°、0°、+0.04°+0.16°の5段階に設定した。
 実験5では、中心領域をcRDS に周辺領域をcRDSあるいはaRDSにしたステレオグラムで奥行反転のために特定の刺激条件が必要かを確かめた。
 実験の結果、実験1[中心領域:aRDS or cRDS(zero abslute dosparity)、周辺領域:cRDS(relatibe disparity)]では、被験者の奥行方向が後方に知覚される報告割合が相対視差にともなってどのように変化するかをみると、奥行方向が相対視差に基づくと考えた場合、中心領域がcRDS条件で相対視差が交差の場合にはゼロ、非交差視差の場合ほぼ1、一方、中心領域がaRDS条件で相対視差が交差ではほぼ1.0、非交差ではゼロとなり、相互に真逆の傾向を示した。奥行方向の逆転が絶対視差に基づくと考えた場合には、交差から非交差に相対視差が変化すると中心領域がcRDSaRDSともに奥行面が後方に知覚される報告割合は交差条件でゼロ、非交差条件でほぼ1.0となった。その結果、中央領域が絶対視差ゼロのaRDSの奥行反転は、周辺領域の相対視差によ基づくという仮説が支持された。
 実験2では、中心領域が交差あるいは非交差のcRDSで周辺領域が交差あるいは非交差の視差をもつcRDSの場合、中心と周辺領域の視差に対応した奥行知覚が示された。また、中心領域がuRDSで周辺領域が視差のあるcRDSの場合には、視差に対応した奥行知覚は示されなかった。これらの統制実験結果は、ステレオグラムの中心領域が無視され周辺領域の視差のみで奥行を知覚したのではないことを示し、中心領域がaRDS で周辺領域がcRDSの場合の奥行反転が両者の相対視差(中心領域と周辺領域間の視差の差)で規定されるとの実験1の結果を支持した。
 実験3では、両眼の輻輳運動を妨げるために提示時間を輻輳運動の潜時以下の条件で実験1を反復したもので、輻輳運動の介在をコントロールした条件でも仮説が支持された。
 実験4では、RDSの絶対視差を変化させたとき相対視差に基づく奥行反転知覚が生じるかを中心領域をcRDSあるいはaRDSとし、周辺領域をcRDSのステレオグラムで中心領域と周辺領域間の相対視差が交差から非交差(-0.16°、0.04°、0°、+0.04°+0.16°)になるように変えて奥行が前あるいは後ろに出現するかがしらべられ、その結果、中心領域がcRDSの奥行は中心領域の視差および相対視差が指示する方向に正確に出現したが、中心領域がaRDSでは相対視差に伴う奥行の出現方向は、中心領域がcRDS条件と逆になり、また、周辺領域の視差による奥行出現はチャンスレベル以下で周辺領域の視差に基づいていないことが示された。これは、aRDSでの奥行知覚はステレオグラムの全体の視差によるのではなく相対視差にもとづいて奥行方向の知覚を逆転させたと考えられる。
 実験5では中心領域をcRDSとし周辺領域を交差あるいは非交差のcRDS あるいはaRDSとしたステレオグラム(実験4での中心と周辺領域のRDSをここでは交換)での奥行方向の逆転が生じるかをしらべたところ、周辺領域がcRDSでは相対視差が指示する奥行方向が正確に出現した。一方、周辺領域をaRDSにすると中心視差にもとづいて奥行方向の出現、および相対視差の指示する奥行方向の出現は周辺領域をcRDSとした条件の反対になった。この時の奥行出現はチャンスレベルで不正確なものであった。中心領域をaRDSにした実験4と同様に、周辺領域をaRDSにしたときの奥行反転は相対視差にもとづくことが示された。
 これらの結果から、左・右イメージの中心領域にaRDS、周辺領域にcRDSを近接させたステレオグラムを両眼視すると奥行方向知覚の逆転が生起するが、これはステレオグラムの中心と周辺領域間に生じる相対視差によって生起し、絶対視差によらないことが明らかにされた。これは左右眼の間の対応が相対的な奥行を生起させ、その奥行がレファレンスとなって奥行反転を生起させると考えられる。
 アンチコラレートRDS(aRDS)は相対視差にもとづいて奥行を逆転させるが、これは視覚中枢のいくつかのニューロンが左右イメージの対応に基づいて相対視差を検出し符号化することを示唆する。実験結果に示されたように、RDS条件 よりaRDS条件においては奥行弁別が低いのは、このしくみがaRDSでは十分に機能しないためであろう。 相対視差検出モデル(Thomas et al.2002)によれば、RDSの中央領域と周辺領域間の相対視差は中央領域あるいは周辺領域のいずれかで機能している絶対視差に結びつけられることによって検出される。Aokiらはこのモデルを拡張し、V1ニューロンの絶対視差検出器はaRDSも検出するが、その視差チューニングはcRDSと逆型のチューニングカーブとなり、しかもその出力を低下させたものとなると仮定した。中央領域と周辺領域がともにcRDSでは、視差検出器はネガティブの相対視差(交差視差に対応)を検出し、その結果、被験者は注視点の手前に奥行を出現させる。一方、中央領域がaRDSに置き換わると、視差検出器はポジティブの相対視差を検出(非交差視差に対応)し、その結果、注視点の後方に奥行を出現させる。このチューニングカーブは周辺領域の視差変化(交差から非交差)に応じて変化し、出現方向も逆転する。このように、両眼立体視に関わる視覚システムでは、対応をもつステレオグラムによる奥行のレファレンスがアンチコラレーションのステレオグラムにおける奥行方向の逆転に深く関与すると考えられる。

1.2.2 両眼立体視による視空間の歪み

両眼視差と輻輳による視空間の歪みと視覚-運動の協応の変容
 人間は容易に目の前に置かれた対象物を手で掴むことができる。両眼立体視で対象物のみが視野内に提示された場合、対象物までの絶対奥行距離(distance)は両眼輻輳の手がかりで、対象物の大きさ(depth)は両眼視差手がかりで知覚する。Foley(1977,1980)によれば、対象物までの絶対奥行距離は眼前約70cmまでは過大視、それより遠距離は過小視され、また対象物の奥行の大きさは約70cmまでは過大視、それ以上の距離では過小視される。両眼立体視に伴うこの種の視覚の歪みは「手伸ばし-対象把握動作」(reach-grasp action)に影響するが(Bozzacchi & Domini, 2015)、この動作が計画し意図する段階でも影響されているかは不明である。
 そこでCampagnoli et al.()は、10のような実験装置で、3次元知覚空間の歪みが対象把握動作の知覚空間の歪みと同一であるかを確かめた。モニターに提示された刺激はハーフミラーに投影され、3Dゴーグルを用いるとミラー上に3次元のバーチャルな映像を知覚できる。刺激までの観察距離はミラーを前後に動かして変化させる。モニターと対象物はモーターで矢印(灰色)にそって動かす。ターゲット刺激は 表面にランダムなドットをもつ3本のロッド(直径5mm、高さ60mm)でそのベースを2等辺三角形に配置された。後の2本ロッド間の距離は固定(40mm)され、また前の1本ロッドと後面2本ロッドの奥行距離(Δz)は30405060mmに変化させた。ロッドの刺激配置は11Aに示す。被験者には2種類の課題(奥行と把握)を課した。ターゲットまでの観察距離は270mm450mm2通りとした。奥行課題では被験者は親指と人差し指を視線にそって開きターゲットの大きさ推定(MSEManual Size Estimation)を求めた 。把握課題では指は閉じたままターゲットに触れるまで手を伸ばして反応する(FHP;Final Hand Position)ように、およびターゲットの前と後を指でグリップする (FGA;Final Grip Aperture)ように被験者は求められた。両課題とも、被験者の腕と指は直接見えないようにブロックされた。 実験の結果、手伸ばし反応値(FHP)は対象までの絶対奥行距離にリニアーに比例して過小視されること、ターゲットの大きさ推定値(MSE)とターゲットの大きさのグリップ値(FGA)はロッドの前後間の奥行距離(Δz)に比例して過大視され、この傾向は対象の絶対距離が短いほど大きかった。これは、視空間の歪みが対象物への手伸ばし(FGA)と それのグリップに影響することを示した。ただし、個人差があり、たとえばある被験者はFHPを過小視しFGAでも過小視するのに対して、別の被験者はFHPFGAでほぼ対象までの絶対的距離と対象間の奥行を正しく知覚した(FGAFHPの相関は1)。次に、被験者ごとのFHPMSEの相関は、ほぼリニアであった。これらのことから、実行課題(FGA)知覚課題(MSE)から予測できることを意味し、空間の内的表象は知覚とパーフォアマンスで類似することを示唆した。
 絶対奥行距離に関し遠くに位置づけられた対象の深さ(depth)は近くに位置づけられた対象のそれよりも深く知覚される奥行恒常性が保障されるように働くと考えられる。この仮説を12のような実験で検証した。図のAには示したように、知覚課題は3角形に配置した物理的3本のロッド(リファレンス)を270あるいは450mmの位置に、ロッドの奥行幅を304050mmに変えて提示し、被験者に奥行幅と横幅が視かけ上同等になるようにバーチャルな3本刺激をキー操作で調整させた。この知覚されたデータにもとづいて横幅と奥行幅の各観察条件における値(平均値)を被験者ごとに算定し、これらを把握(grasp)課題のテスト刺激として用いた(図のB)。まず実験1と同様に被験者が知覚課題で示した横幅(奥行幅)をもつバーチャルな2本のロッドを提示し、親指と人差しでその幅を示す(grasp)ように教示した(図のB2a)。次に、バーチャルなロッドの下部に小さい物理的1本ロッドを提示し観察距離とリーチイング距離が一致しないように被験者に観察させ(小ロッドを270mmに提示するときバーチャル刺激は450mmに、あるいはその逆、)、この観察距離にあるとしたらバーチャルロッドの奥行幅がどのようになるかを被験者には親指と人差し指で示すように教示した(図のB2b)。
 実験の結果、バーチャル対象を指で掴む(grasp)動作による奥行幅は物理的奥行幅にリニアに変化したがすべて過小視され、また同様な掴み動作による横幅はすべて過小視され、物理的奥行幅が変化しても同等を示した。また、被験者ごとに調整したテスト対象に対する奥行幅のFGAは観察距離が270mmより450mmになると大きくなった。この傾向は、観察距離を人為的に逆転してシミュレートした場合も同一の傾向を示した。このように、FGA値は観察距離が遠いと大きくなり、奥行の恒常性を示した。
 これらの実験結果は、知覚と行動は同一の空間表象にもとづいていることを示した。ここでの行動は、被験者が行動する前に対象の奥行をどのように把捉しているかを事前にしらべることを目的としていたために、被験者の手・腕および対象を視覚的に見ていない事態で遂行され、被験者の手・腕を知覚し運動する通常の事態とは異なることであった。そこで、触運動感覚が常に働かない事態でも先の結果が生じるかが確かめられた。すなわち、対象の掴み動作の直前に対象を視えなくし、記憶された対象に基づいて対象の奥行幅と横幅を自分の手と指のみが視える事態で親指と人差し指の間隔で再現させた。実験では、13(A)に示したように、被験者には3次元の小さなディスクに親指と人差し指をあてながら、バーチャルに提示した対象にバーチャルな手を伸ばして掴むように教示した。次に、図の(B)のように、ミラーの背後に2本メタルロッドをバーチャルな対象に重なるように提示した。2本のメタルロッドはFront-to-back条件と Along-the-side条件(図のC)で提示し、バーチャルな親指と人差し指でロッド間の隔たりを被験者に触運動的手がかりを与えながら再生させた。このとき、Front-to-back条件では掴みの最後の局面で親指の影に入るので人差し指は見えなくし(親指は見える)、あとは奥行幅は記憶によって続行させた。Along-the-side条件では最後までバーチャルな親指と人差し指は見えるように操作した。対象までの観察距離は270450㎜、2本ロッドの間隔距離は3050㎜、掴む点までの親指の距離は0204060㎜に、それぞれ変化させた。
 実験の結果、バーチャルな指によるグリップの大きさが対象まで指を伸ばす間にどのような変化するか、その軌跡をトレースして分析した。すなわちバーチャルな対象と親指の間の距離を各フレームごとに計算し、スタートしてから親指が対象に到達するまでの大きさの変化を対象と親指の間の距離に伴ってどのように変化するかをしらべた。その結果、Front-to-back条件と Along-the-side条件ともすべての親指の動きは実際よりは有意にマイナス値を示した。これは、被験者はあらかじめ対象を観察して内的に準備したグリップの大きさに依拠し、それが奥行の恒常的過小視(underconstancy)を導いていた。しかし、被験者のグリップ運動の軌跡をトレースすると、この種のバイアスは、視覚運動システムがオンラインで試行中、視覚的にそして触感覚的に修正していることも示した。
 これら3つの実験結果は、いずれも観察者の視空間の圧縮と奥行恒常性が原因であることを示した。視空間の圧縮は対象までの絶対奥行距離の測定から、また奥行恒常性は対象と対象の間の奥行の測定から導かれたものであった。そこで、視空間の圧縮と奥行恒常性が同一の視覚的不一致から生じるかが吟味された。実験は、14に示したように、リーチング(reaching)とグラスピング(grasping)を設定し、バーチャルで提示した2本のロッドに対して前者では手伸ばしで親指が到達したら前のロッドをつまむように、次いで後ろのロッドをつまむ(Pinch、左上段図)ように、後者では親指と人差足指で掴む(Grasp)、左下段図)ように教示した。前者では対象までの絶対的距離は両眼輻輳の手がかりを、後者では対象間の相対的奥行は両眼視差が手がかりを用いるので、前者(pinch)による対象の幅は後者(grasp)によるそれより小さくなると予測される(図の右図)。というのも、前者では前に位置するロッドの絶対的距離は過大視され後ろのロッドのそれは過小視されるために差し引きロッド間の相対的距離は短くなる。一方、後者では奥行の恒常性が生起するのでロッド間の相対的距離は大きくなると予測される。
 実験の結果、絶対的距離による2本の対象間の幅の測定値(pinch)は相対的奥行の測定値より小さくなる結果が得られた。
 これらの結果から、絶対的奥行距離に関わる情報と相対的奥行のそれとは独立した関係にあり、前者は視覚的圧縮(visual compression)に関係し、後者は奥行恒常性に関係すると考えられる。

1.2.2 両眼視差によって規定されるサイン波形の奥行閾値
 これまでの研究によれば、サイン波形の両眼視差にもとづく奥行閾値は、それが水平方向に提示すると0.2から0.4cpdの範囲にあり(Tyler, 1974; Rogers & Graham,1982; Howard & Rogers, 2012)、また、サイン波形が垂直方向に提示されると、奥行閾値は水平方向条件より大きくなり、異方性(anisotrophy)があることが示された(Bradshaw & Rogers, 1999; Bradshaw, et al.,2006; Serrano-Pedraza & Read, 2010; Serrano-Pedraza. et al., 2013; Serrano-Pedraza et al., 2016)。さらに、これらに同期する周波数チャンネルは複数あり、異なる周波数が応答するとされた(Tyler & Julesz, 1978; Schumer & Ganz, 1979; Tyler, 1990)
 Peterzell et al.(35)は、両眼立体視において空間周波数とパターンの水平・垂直に関する視差感度の機能を、得られたデータを因子分析することによって明らかにしようと試みた。ステレオグラムには、ランダムドットによるサイン波形のアナグリフ型ステレオグラム(15)とステップエッジ型のステレオグラム(16)を作成した。図15の左のアナグリフは垂直の波型、右のアナグリフは水平の波型でそれらの周波数は0.1cpdの場合である。左上方と右端のパネルには垂直または水平波形における凹凸記述の視差量を示す。このステレオグラムによる3Dは右上方に示すように出現する。空間周波数は0.10.20.40.81.21.6cpd6段階を設定し、閾値測定は水平方向波形条件を最初に垂直方向波形条件を次に実施した。被験者には視差をもつステレオグラムと視差ゼロのステレオグラムをランダムに継時提示し、2つのうち凹凸のあるステレオグラムの方を選択させた。図16のステップエッジ型のステレオグラムでは、水平方向の上下パターンのうち観察者に近い方を、また垂直方向条件では左右パターンのうち近い方を弁別するように求めた。
 サイン波形およびステップエッジ条件で得られた奥行閾値の被験者別のデータセットを因子分析した結果、(1)奥行弁別では低空間周波数と高空間周波数に同期する要因が抽出され、前者は0.4cpd以下、後者は0.8pcd以上であること、(2)これら低・高空間周波数の同期には水平あるいは垂直に関わる空間選択性(anisotropy)はないこと、(3)これらの要因は個別ではあるが、全く独立ではなく相互依存性もつことが明らかにされた。

1.2.3 両眼立体視の発達と加齢効果

両眼立体視の発達
  Wilcox, et al.(45)は、4歳から6歳児18名を対象に両眼視差による奥行弁別の発達をしらべた。18歳から33歳の17名の成人も比較群として用いられた。使用したステレオグラムは、17に示すように、注視点の上下に両眼視差値を変えて交差あるいは非交差て提示したアニメのキャラクターで、被験者には上下どちらが前に視えるかを判断させた。
 その結果、成人の上下キャラクターの奥行の正答率はほぼ5割であったにも関わらず、幼児のそれは9割前後を示し、幼児の方が有意に高かった。そこで、この原因を次の点から実験して検討した。(1)垂直ホロプターの影響をしらべるために上下配置から水平配置に変更、(2)提示時間を150ms750msに変化、(3)視差変化による大きさ恒常性を避けるためにキャラクターの横幅を固定し縦幅をランダムに変化、(4)提示したキャラクター刺激のゲシタルト的群化を避けるため刺激の一方を斜方向に提示あるいは一方の刺激にスクランブルをかけて提示、(5)提示するキャラクターの大きさを2段階に変化、(6)キャラクターを注視点の上あるいは下に単独で提示し注視点を基準に奥行を弁別、(7)上下にキャラクターを提示するがどちらかを無視して奥行を弁別。 新たな成人被験者を対象にこれらの7通りの条件で確認実験をした結果、両眼立体視に未経験な成人群の成績はキャラクター単独提示条件でのみ改善がみられたに留まった。
 このことから、成人群において奥行弁別の成績が幼児群より劣るのは、複数の刺激対象の両眼視差による奥行弁別を求められた場合、無意識的な視差のグルーピングが生起し、それが弁別を困難にするためと考えられ、また幼児の場合にはこの種の視差グルーピングが未熟であると推定された。

両眼視差バージェンスおよび斜視の順応効果の年齢差
 眼球システムは、内的(トラウマ、病気、加齢など)および外的原因(環境的要因)によって損なわれた眼球運動を最適に制御できる。そのような制御(コントロール)には、順応(adaptation)あるいは変化する視覚刺激に応じた眼球運動の調整がある。とくに、両眼視差に対応するバージェンス(convergence or divergence)は対象を3次元空間に適切に位置づけて知覚させる。これまでの研究は、斜視によるバージェンスシステムの負荷を縮小するために斜視に対する修正や順応が起きることを示した(McCormack, 1985; North & Henson, 1981; Schor, 1979)
 Alvarez et al.()は、3つの年齢群(若年層10名:23.5歳、中年層28名:46.1歳、熟年層11名:61.0歳)を対象に両眼視差バージェンスの短時間変容(short-time vergence modification)と斜視の順応((phoria adaptation)について測定した。両眼視差バージェンスの変容では、ハプロスコープを用いて視差を変化させ、それに対するテスト刺激であるベースラインバージェンス(baseline vergence)の変化を赤外線による装置で測定した。実験条件は、輻輳角が4°あるいは2段階変化で8°(最初に4°を提示、次に200msの間をおいて8°)とした。被験者にはベースラインバージェンス刺激と両眼視差バージェンス条件を5回反復提示し、輻輳運動時のピークベロシティ(peak velocity)を測定した。また、斜視の順応実験では、同様にハプロスコープを用いて左眼に垂直線を眼球回転角度が1°あるいは8.22°になるように提示した。同時に右眼には暗視野を提示し斜視の定常レベルまで眼球が回転するように操作し、右眼の眼球位置を15秒ごとに測定した
 その結果、(1)両眼視差バージェンスの短時間変容能力(2°から8°への輻輳角変化での4 °におけるコンバージェンスピークベロシィ)は年齢によって差が生じないこと、(2)若年層、中年層そして熟年層におけるコンバージェンスのピークベロシィは同等なこと、(3) 斜視の順応効果の大きさは若年層より熟年齢層で有意に小さいこと、(4)輻輳角の高い順応速度は斜視の順応の程度に有意に関係していることが見いだされた。

1.3 その他の研究
奥行手がかりと顔の認識率
 人の顔認識において奥行手がかりが異なってもその認識率は変わらないか(invariant)、あるいは奥行手がかりによって認識率は異なるのか(variannt)Akhavein & Farivar()は、異なる単一の奥行手がかりから顔刺激をコンピュータでモーフィングし、どちらの仮説が妥当かをしらべた。実験に使用する顔刺激は、男女各2名計4種類の顔を素材に、18に示すように、100%一致する顔モルフィーから平均的顔(4種類の顔を混ぜ合わせて合成した顔)まで10%ステップで作成された。顔を構成する奥行手がかりは、陰影(a)、テクスチャ(b)、そしてステレオ(c)とし、顔モルフィーにあたっては、19に示すように、それぞれの手がかりは単独で用いられた。また、顔輪郭が手がかりにならないようにランダム化して提示した。ステレオ条件では顔モルフィーをアナグリフで表現し液晶シャッターグラスを用いて3次元に提示した。被験者には各モルフィーが男女各2名のどれに該当するかを答えさせ、また観察者の興味を示す視線先が8通りに分けた顔刺激(左眼、右眼、左頬、右頬、鼻、額、口、顎)のどこに向くかを視線の滞留時間で測定した。
 その結果、顔認識は陰影条件で最も高く、テクスチャとステレオ条件で低いことが明らかにされた。また、視線先の滞留時間は陰影とテクスチャの奥行手がかり条件で長く、ステレオ条件では視線先の滞留時間が拡散し、最も長いのは鼻、次に左右の頬そして顎領域となることが示された。
 これらの結果は、人の顔認識において奥行手がかりが異なっても(陰影とテクスチャ)その認識率は変わらないとする仮説(invariant)を支持したが、ステレオの手がかりは異なる様相を示した。ステレオの手がかりは両眼視差からなるので、各顔領域の凹凸は連続的であり、これが視線先の拡散を招き、顔認識率を低下させたと考えられる。

3次元と2次元の顔刺激の認知正確度と速度
 顔認識は個々の特徴を統合するホーリスティック(全体論的)な、あるいはゲシタルト的処理過程でなされている(Diamond & Carey, 1986; Maurer et al., 2002; Tanaka & Farah, 1993)。顔の特徴に基づく認知は顔刺激を逆さまにした2次元刺激の場合には、顔刺激の特徴間の空間関係が妨害されるので、ホーリスティックな処理はなされない((Farah,et al.1995; Rossion & Gauthier, 2002; Tanaka & Farah, 1993; Tanaka & Sengco, 1997)
 Eng et al,(15)は、顔刺激の特徴間の空間関係を妨害する逆転条件を2次元と3次元顔画像で導入し、それぞれ正立条件の顔画像の認知の正確度を両条件で比較した。20には、顔刺激のマッチィングの手続が示され、最初に提示した刺激に対して次に提示したテスト刺激の正誤を逆転2次元顔刺激条件(図A)および正立2次元顔刺激条件(図B)および3次元顔刺激条件で被験者にもとめ、2つの顔刺激の正誤の判定がしらべられた。顔刺激には52人の中国系3次元正面顔画像データ(Center of Signal Processing in the school of Electrical and Electronic Engineering in Nanyang Technological University)を使用し、これらにもとづき3次元顔刺激と2次元顔刺激が作成された。顔刺激はパソコンのディスプレーに提示され、3次元条件の場合には被験者はシャッターグラスを用いて観察し、反応時間も測定された。
 実験の結果、顔認識は正立顔刺激(約90%の正確度)が逆転顔刺激(約80%の正確度)に比較して正確に判定され、また3次元条件正立顔刺激は2次元正立顔刺激に比較して有意に正確度は高かった。反応時間についても、正立顔条件は逆転条件に比較し優位に小さいが、2次元と3次元では差がないことが示されたか。逆転条件では、それが3次元顔刺激でも判定の正確度と反応時間において2次元の正立顔刺激より劣っていた。
 これらのことから、顔認知の過程には顔刺激の特徴を処理する過程とそれらを統合するホーリスティック過程が存在し、顔逆転条件では前者の過程が阻害されるのに対して、正立条件では前者の過程を経て後者の過程が促進されると考えられる。一方、3次元の顔刺激条件が2次元の逆転顔条件と正確度および反応時間に差が無いことから、例え3次元条件でも視覚情報を豊富にしたことにはならず、2次元逆転顔条件と同様に特徴の処理過程で認知がなされると考えられる。 

両眼視差に類似した3次元視を得る2つの方法(synoptic viewingmonocular blurring
 synoptic viewingとは、ハーフミラー(半透過鏡)を使用して両眼に同一像を与える装置をいい、monocular blurrigとは両眼観察時の片眼にのみボケ刺激を挿入する方法である。
両眼立体視と比較すると、前者では両眼視差と両眼輻輳が歪められ、後者では両眼視差と両眼輻輳が無効にされる。しかしこれらの方法は両眼視差による立体視に疑似することが知られている。
 Wijntjes(44)は、synoptic viewingmonocular blurringによって出現する光景が実際の光景とどの手がかりで異なるかを分析した。実験はオランダで開催されたポップ音楽祭でアートチューブというテントを設け、21に示された3種類のデバイスを通して2通りの17世紀に描かれた有名絵画のラミネートプリントを観察して実施された。被験者は音楽会の不特定の参加者193(97名、女93名)で平均年齢は30歳だった。被験者には、これら3種類の装置を順番に取り、眼に押し当てて絵画を観察し、絵画の奥行感を1から10(最大)までの数値で評価させた。
 その結果、synoptic viewing条件の評価値は約6.8monocular blurringのそれは4.7placeboのそれは3.5であった。synoptic viewingは一定の奥行効果をもち、またmonocular blurringも弱いながら奥行効果をもつことが示されている。

両眼立体視(両眼視差手がかり)とvisual timing performance(temporal order judgement)
 両眼立体視の機能の一つに対象が散在した視覚環境のなかから目的とする対象を見分けることにある。Cass and Van der Burg (2014)は、刺激がどのような順序で生起する(temporal order judgment)かを見つける課題のとき、ターゲットがダイナミックに変化する視覚環境にある場合は著しくその知覚は妨げられることを報告した。
 Talbot et al.(42)は、ターゲット(正刺激)とディストラクター(迷わし刺激)の間の両眼視差が時間的刺激生起順序、すなわち刺激がどのような順序で生起するかの知覚課題(temporal order judgment)に与える影響をしらべた。実験1では、22に示すように、ディストラクターはゼロ視差に固定し、(a) ターゲット(正刺激)とディストラクター(迷わし刺激)とも視差がゼロ条件、(b) ターゲットは交差視差条件、(c) ターゲットは非交差視差条件とし、図23に示すように、ディストラクターをダイナミックに操作した条件(赤色の印字)と静止させた条件とを設けた。ダイナミック・ディストラクター条件での実験手続きは、23の上段に示すように、8個のディストラクター刺激を黒あるいは白とし、次にランダムにその中のいくつかの刺激の輝度極性(白ならば黒、黒ならば白)を変えた。その50ms後に上下のターゲットのうちの一つを黒から白へ、そしてランダムなSOAでもう一つのターゲットを黒から白へと変え、この50msにディストラクターの輝度極性を変えた。被験者には、上あるいは下のターゲットの輝度変化がどちらから起きたかを応えさせた。実験2では、ターゲットの視差をゼロに固定、ディストラクターの視差を交差、非交差、ゼロに変化させた。実験3では、上と下のターゲットの視差を上を交差、下を非交差、上、下ともゼロ、および上を非交差、下を交差の3通りに変えて試行した。
 実験の結果、実験1ではターゲットがどの順序で変化するかを正しく反応する閾値がダイナミック・ディストラクター条件で有意に高く、また交差視差ターゲットでの成績は非交差のそれよりは良好となった。これらの条件ではターゲットから離れた位置にある刺激の時間的なカムフラージュ効果(remote temporal camouflage)が確かめられた。実験2では、ディストラクターの視差がゼロの条件で閾値が有意に改善し、ターゲットとディストラクターが異なる面にある条件でターゲットの刺激変化に気づきやすいことを示した。実験3では、ダイナミック・ディストラクター条件の場合、上と下のターゲットの視差を変えそれらが位置する面が異なると、ターゲット検出成績は悪くなった。
 これらのことから、ターゲットとディストラクターが同一の面に位置していなくても、ターゲットの検出成績は良くなることが示されている。 

シルエットゾエトロープ
 ゾエトロープは「回転のぞき絵」と言い、運動する物体の一コマ一コマを入れ替え、見かけ上、対象のアニメーションを得ることができる。装置は円筒形で、その側面に縦にスリットが周囲に切ってあり、円筒形の内側には人間や動物など運動物体が一つずつ静止画として描かれ連続写真のように並べてある。この円筒を回転させ、スリットから円筒の内側を覗くと映画と同様の原理で絵が次々と入れ替わって動いて見える。1834年にウィリアム・ジョージ・ホーナーが回転のぞき絵を発明した。
 Veras et al.(43)は、24に示したようなシルエットゾエトロープ(Silhouette Zoetrope)を考案した。これは運動物体を円筒形の内部に配置するのではなく外部に置くことに特徴がある。まず、円筒形の周囲に8羽の飛翔する鳥を等間隔に配置し、スリットをつけた円筒形を回転させ、そのスリットを通して覗くと、円筒形の周囲に配置した羽ばたきながら飛翔する鳥が、周囲に置かれた鳥の向きとは反対方向に、何も置かれていない円筒形の内部中央にに1羽見えるというものである。両眼観察するとその円筒内部に浮かび上がった鳥は3次元に、しかもその大きさは実物よりも大きくなったり小さくなったりして視える。25(a)に示されたように、シルエットゾエトロープにおいては円筒形がt-2t-1tの時間順序で反時計回転する時、abcと運動する円筒形の外にある物体の網膜像はcbaの順で投影され、その結果、物体の運動方向とは反対に知覚される。また運動対象が3次元に視える場合、図の(b)に示すように、両眼観察すると回転する運動物体のある位置の像がスリットを通すために継時的に網膜に投影され、その結果円筒形の中心に投影された像の間で両眼視差が生まれる。さらに、知覚運動対象が回転に伴って水平に拡大あるいは縮小するのは、26に示すように、その知覚的大きさ(S)が円筒形とシルエットの間の距離で決まる。その計算式は、Emmertの法則を援用して、下記のように演繹され、αとLの関数となる。

 S = kL2 tanα 

 L: 観察者と中心点の距離、α: 中心点と対象の半分の大きさの間になす角度)_
この計算式、すなわちシリンダーと対象間の距離に伴う知覚された大きさは、実験で得られたデータに良く当てはまることが示された。
 これらのことから、新たに考案したシルエットゾエトロープを用いると光学的そして視覚的な興味ある現象をもたらすことが明らかにされた。

弱視における潜伏性の両眼視機能
  弱視者は両眼視機能を回復できないほど失うと、これまで考えられてきたので、残された健常眼を一時的に遮蔽することで弱視側の単眼能力を回復する医療処置がとられてきた。しかし、弱視者の両眼視機能は潜在されていて弱視眼の抑制が除かれれば、両眼視機能は回復すると精神物理的研究によって最近報告された(Baker et al. 2008; Baker et al.2007; Mansouri et al. 2008)。このことから、弱視眼への抑制をもたらす刺激は何か、また両眼間の刺激の相互作用による両眼視機能はどのようなしくみかを理解する必要が生じた。Huang et al.(2012)の時間変調刺激用いた研究によると、弱視に対する抑制は1Hz刺激で顕著であるが、各眼への3 Hzの広範囲のノイズ刺激で実質上消失することを報告した。さらにChadnova et al.(2016)は、左右の健常眼に輝度コントラストの異なる時間周波数刺激を提示し脳磁気図(MEG magnetoencephalography)で測定すると、左右眼の相互作用を明らかにできることを示した。
 そこでChadnova et al.()は、弱視において両眼間のアクティブな抑制が除かれると両眼間の相互作用は正常な機能を取り戻すことができるか否か、また両眼間に過度なアクティブな抑制があるとき、弱視側の刺激を減衰することによって正常化できるかについて実験した。実験パラダイムは、4Hzでフリッカーし65%コントラストをもつチェッカーボード・ノイズ・パターンをターゲット刺激として弱視眼に、6Hzでフリッカーし32%コントラストをもつパターンをマスク刺激としてもう一方の眼に提示して行われた。左右眼の刺激は偏光グラスを用いて各眼に提示され、両刺激をオーバーラップさせて観察させた。弱視者(2354歳齢7名)に対して精神物理測定と定常状態視覚誘発電位の測定が実施された。精神物理的測定では、各眼のいずれかに4あるいは6Hzの刺激パターンを提示し、キーボードを操作してコントラストを操作しパターンが視えたところで止めるように教示してコントラスト閾値を求めた。このとき、テスト眼以外は不透明のパッチで覆った。視覚誘発電位の測定は、MEGを用いて基準点(鼻根と耳朶)および視覚領の頭皮に電極を付着、またEOG(眼電位図)のために左眼の上下にパッチを装着した。さらに心電図も計測された。
 実験の結果、弱視者と健常者を対象としたMEGを用いた定常状態視覚誘発電位ではコントラストに対する振幅は弱視眼で低いこと、また両眼視条件で片眼にマスクを装着させるとその効果は弱視者より健常者で強いが有意差はないこと、さらに、眼球間処理過程での反応遅延(約20ms)は健常者より弱視者で有意に大きいことなどが示された。
 このことから、視覚領V1は弱視眼の刺激に対する反応が健常眼に比較すると劣り、また弱視者の両眼間の抑止作用は健常者より小さいことが明らかにされ、もし眼球間の抑止が大きく縮小できれば(たとえば、時間変調3Hz 以上の刺激を与える)、弱視における両眼視機能を改善させることができると考えられる。

ステレオブラインド研究の50年-近・遠の視差検出器を再考
 Richards(1971)は、両眼立体視の交差あるいは非交差いずれかの視差に不能で、それに対応した立体出現ができない人(stereoblind)がおおよそ30%いることを報告した。そして視差は3種類の検出器、すなわちnear depthzero depthfar depthで処理されていると提唱し、stereoblindの者は、near depthあるいはfar depthを欠いているとした。その後ステレオブラインドを対象とした精神物理的研究をレビューしたLanders & Cormack(1997)は、視差はこの種の3種類で検出されるのではなく、視差の連続体で検出されることを報告した。
 Anzai et al.(1999)の神経生理学的研究は、覚醒マカクのV2領域の数百の視差検出ニューロンをしらべ、それらのニューロンは連続体で視差検出に対応することを見いだし、また、これらの神経生理学的研究をレビューしたPrince et al.(2002)もこれらのことを確認した。さらに、DeAngelis  & Uka(2003)も、多くはV2にあるMT野の視差ニューロンは連続体で視差検出に対応していることを報告した。
 stereoblindの起きるしくみについては、まず、Hubel & Wiesel(1965)が人為的に誘導した斜視の仔ネコたちが初期発達の重要な時期に正常な両眼立体視をなくしたために両眼視ニューロンを欠くことを報告した。Jones(1977)は、動眼に異常のあるものはstereoblindであることが多いと報告した。これは、注視能力が適切ではないことから両眼立体視の発達期に両眼対応を欠くこととなり、その結果stereoblindになったと考えられる。さらに、stereoblindは視覚経路の半交差に異常がある。人間では、片眼の視野の半分のうち、同側の視野は反交差領域で同側脳の視覚領に、対側の視野は半交差領域で交差し対側脳の視覚領にそれぞれ伝達される。しかし左・右眼の視野がそれぞれ対側の脳に、あるいは同側の脳に伝達される異常(Hoffman et al.2003, Kalil et al.1971,Apkarian et al.1995)があれば、これらの者では一眼にある対象はひとつの半球には適切に伝達されて処理されるが、他の半球にはまったく伝達されなくstereoblindとなる(Prieur & Rebsam 2016 )
 Dorman & van Ee(13)は、これらの研究を概観し、遠あるいは近対象の視差検出の不能(stereoblind)は両眼立体視機能の発達臨界期における不調によると考えている。

 単眼ステレオ視の研究の歴史
 O'Shea(32)は、単眼ステレオ視の研究の歴史を振り返えり、次のように研究者を列挙した。まず、Brunelleschi,F.(1377-1446)は、ユークリッド幾何光学に基づく線遠近法(linear perspective)を考案し、この技法をフィレンチェのサンジョバンニ洗礼堂を描いた絵画に応用し、単眼ステレオ視を実験して見せた。観察者には洗礼堂の外からドアに開けた小さな穴を通して鏡に映した絵画を見せ、次に洗礼堂を観察させる。観察者には洗礼堂絵画が実物のように見えたという。小さな覗き穴は両眼視差を妨げたことになる。
 ダ・ヴィンチは、外界をパースペクティブ、輪郭、明るさ、陰影などで正確に模写し、片眼で観察距離を大きく取って観察すれば、リアリティをもって見ることができると述べた。
 物理学者Wheatstone(1838)は左右眼の両眼視差をもつステレオグラムを提示し両眼視すると明瞭な立体や奥行が生じることを1838年に示した。そして両眼視するための装置としてステレオスコープ(stereoscope)を発明し、両眼視差が立体視の第1の手がかりであることを実証した。しかし、これが唯一の手がかりではなく、線遠近法で描かれた絵画を周囲の刺激を覗けるチューブを通して片眼で対象を観察すると、リアルに立体視できると述べている。とくに、彼はcue-coherence 理論を立て、そこで、立体視は複数の手がかりが関与して成立するが、それらのがかりの中で両眼差がもっとも強力な手がかりであるとした。
 1904年に単眼ステレオ視(Monocular Stereopsis) を最初に考案したスイスの心理学者Claparède,E.であった。Claparède1873年に牧師を父としてジュネーブで生また。1889年、ジュネーブのカレッジを卒業、ジュネーブ大学に進学し自然科学と医学を修めた。また心理学教授であるFlournoy,T.と知り合いWundtFechnerの心理学を学んだ。1891年、Flournoyの実験心理学研究室の一員となり、共感覚(synesthete)を研究し、パリに同様な研究テーマをもつBinetを訪ねた。1892年以降、彼は医師、神経学者、教育心理学者として活躍し、1899年にはジュネーブ大学の講師となり感覚と知覚を講義した。1908年、ジュネーブ大学の准教授に就任し、1940年に死ぬまでその職にあった。彼の研究領域は重さ錯覚、単眼ステレオ視、月の錯視、記憶と催眠であったという。
 Claparède,E.は、単眼視による明白な立体感の知覚を"paradoxical monocular sterecopy"と呼んだ。対象を単眼視すると、その対象を日頃見ている距離と連想づけ、両眼視したときに生じる両眼視差と輻輳の効果を消失させ、その結果、単眼視による知覚をリアリティのあるものに変えると考えたようである。ここでは、両眼視差が立体視の必須条件とは考えられていなかった。
 Eaton(1919)は、両凸レンズ(両面が凸面のレンズで像の球面収差を最小にする)を通して写真を単眼観察すると、両眼で見たのと同様な立体効果を得ることを示した。
 Ames(1925)そしてSchlosberg(1941)は、小さな穴を通したり、拡大レンズで輻輳を変えたり、あるいは鏡面を通したりして対象を単眼視すると、立体感を促進すると記述した。これはcue-coherence 理論を支持していた。

単眼視野闘争(monocular rivalry)の研究レビュー
 O'Shea et al.(31)1898年以来の単眼視野闘争の研究をレビューした。単眼視野闘争は同心円と360°放射からなるパターンあるいは市松パターン(27)を単眼である程度長く注視すると、これらを形成する2つのパターンのいずれかが交替出現する現象をいう。最初に、この現象を報告した研究者はフランスの生理学者Tscherning M.H.E.(1898)であり、1年後にアメリカの心理学者Breese,B.B.(1899)が同様の現象を報告し、単眼視野闘争(monocular rivalry)となづけた。それ以来、これはNeckerの立方体のような図-地反転闘争に類似した現象あるいは両眼視野闘争の変種かについて研究者間で論争となった。
 これまでの単眼と両眼の視野闘争の研究結果から、(1)両眼視野闘争は隣接した領域の性質の類似した視覚現象(Andrews & Purves 1997Pearson & Clifford 2005)(2)単眼視野闘争と両眼視野闘争は、刺激を抑制すると闘争が減じ、また刺激間の違い(色など)を強調すると闘争が強まること (OShea et al., 2009Knapen et al.2007OShea, 1998)(3)両闘争とも刺激の提示頻度を空白刺激を用いて変化すると量的な差は消失すること(van Boxtel et al., 2008)などが明らかにされた。これらの結果は単眼視野闘争が視覚メカニズムのもうひとつの現象例であることを示唆する。両眼視野闘争をおもに研究したHelmholtzは単眼視野闘争もとりあげ、後者は注意作用にもとづくと結論した。しかし、この結論はHelmholtzが提示した刺激パターン、すなわち相異なる2つの刺激パターンをガラスプレートに描きそれを重ねあわせて提示したことから生じたもので、Helmholtzの結論は現在では正しくないと考えられる。