2.運動による3次元視

2.1 オプティクフロー
極端な周辺視におけるオプティクフローの役割
 静止した観察者がオプティクフローを提示されると、自己が回転あるいは直進する錯覚、すなわちベクションが生じる。ベクションでは中心視が主要な役割を果たすのか、あるいはそれが周辺視なのかは論争がある。これまでの研究によれば、自己回転ベクションには周辺視が重要であるとされた(Brandt et al. 1973)。しかし、動く物体と背景、それにおける中心視と周辺視の関係、両眼視差範囲の奥行距離を統制した研究、あるいは周辺視の網膜領域などを統制した研究は、網膜領域全般がベクションに関係することを示した(Howard & Heckmann 1989,  Nakamura 2008, Nakamura & Shimojo 1998)
 McManus et al. (27)は、直進するベクションの周辺視、とくに極端な周辺視の役割についてしらべた。ベクション誘導装置は広視野(水平±112°、垂直+89°、-83°)の湾曲スクリーンとし、被験者をその中央に座らせて両眼観察させた。灰色のタイルを張った床と赤いレンガ壁の廊下(hallway)をシミュレートした映像を被験者に提示した。視野は、28のように、(a)全視野、(b)中心視野で範囲は±20度、(c) 中心視野で範囲は±40度、(d)周辺視野で中心から±20度を除外、(e) 周辺視野で中心から±40度を除外、(f) 周辺視野で中心から±90度を除外と操作し、全視野条件を除き視野の周辺あるいは中心を視えないようにしてして提示した。実験では、最初に8角形状の赤色ターゲットを提示し、これを消してから廊下全体が被験者に近づくようにシミュレートされた。このとき、ターゲットまでの距離(3、5、7、1012m)と接近速度(0.5、1、1.5m/s)が変えられた。被験者にはシミュレートされた廊下の内部に自身が没入しているように見ることと、先に提示してすぐに消失させたターゲットを記憶させ、それに自分が到達したと感じたらコントローラを使って合図するように教示した。こうして、ターゲットまでの被験者の移動距離をオプティクフローの移動量で測定した。もし、移動距離が長ければ、それだけオプティクフローは効果的ではないことを意味する。
 実験の結果から、ターゲットまでの知覚された距離(分子)に対する実際の距離(分母)の比(ゲイン)が計算された。もし、こゲインが1より小さければ、被験者はターゲットに到達するまでに実際の距離より長くオプティクフローを動かす必要があることを、1より大きければ実際の距離よりオプティクフローが短くてすむことを意味する。その結果、全視野を含めて中心視野が確保された条件でのオプティクフローによるベクションのゲインは一貫して1以下の数値を示した。しかし、周辺視野のみのオプティクフローのベクションはターゲットまでの接近速度が1m/sの条件ではゲインが1を示した。これは被験者のオプティクフローに対するベクションが正確なことを示した。ただ、接近速度が1m/s以下ではゲインは1以上の値を示し、実際の距離よりオプティクフローが短くてすむことを示した。
 このことから、オプティクフローの提示が中心視を除いた周辺視のみでもオプティクフローの動く距離に対するベクションの距離が精確に知覚でき、周辺視の視覚情報のみを処理するしくみがあることを示唆する。

オプティクフローによる自己認識と生物的モーションの手がかり
 観察者が前進すると周囲からのオプティクフローは拡大し、自己の進行方向(heading)のナビゲーションの重要な手がかりとなる。もし周囲からのオプティクフローが少ない場合でも向かい側から歩いてくる他者があれば、その者の四肢の動きからの生物的モーション(biological motion)は、観察者のナビゲーションの手がかりとなる。この種の生物的モーションは、オプティクフローパターンを乱すが、自己と他者の生物的モーションを分解すれば有力な手がかりとなる。他者の身体による生物的モーションは、運動する自己、その運動方向、その速度を伝える。生物的モーションは、光点のみを用いて身体の肩、腰、膝、足首などの関節部分に貼り付けて提示しても、その運動を容易に知覚できる。静止画像の場合は光点が何なのかわからないが、動画として観察すると人の運動する姿態として知覚できる(Johansson 1973)。観察者自身の運動はオプティクフローパターンとして、対向する他者の運動は生物的モーションとして生じ、これら自己と他者の全く異なる光学的フローが自己の運動と他者の運動情報を伝える。Grossman & Blake(2002)の研究によれば、生物的モーションを担う脳領域は上側頭溝(superior temporal sulcus)であるという。
 Riddel & Lappe(38)は、自己と他者の生物的モーションが視覚システムによってどのように区別されるかを自己と他者の運動を光点のみで提示し、混在した光点の軌跡から自己と他者を識別できるかを実験した。31Aには被験者(self motion)と他者walker)の光点の軌跡の方向とその後の行動の軌跡を示し、図のBには被験者と他者の行動の軌跡で点線はそれぞれの頭部方向を示す。他者の歩行の軌跡のデータは11人から歩行速度(平均速度1.01m/s)を変えて取得された。身体や四肢の光点は、いずれも左右のくるぶし、ひざ、肩、しり、肘、手の12カ所とした。他者の大きさはパースペクティブに従って拡大あるいは縮小させた。歩行他者は、観察者を中心として正面、左右それぞれ5°で4mの距離をおいて配置され、観察者と対面するように配置した。観察者の自己の運動は、正面、左右それぞれ5°で歩行他者に対面するように操作した。被験者は自己と歩行他者の生物的モーションを2秒間観察し、自己の運動が識別できたかをキーボードで答えさせた。
 実験の結果、被験者は自己の生物的モーションと歩行他者のそれとを自己のスタート位置に関係なく識別できることが示され、歩行他者の運動軌跡は自己運動によるオプティクフローとは独立した事象であることを示した。しかし、自己と歩行他者の運動がともに存在するときの網膜運動は歩行他者のみの運動の場合より速くあるいは遅く拡大し、この網膜運動の手がかりが自己と歩行他者を識別する手がかりとなる可能性が残った。  
 そこで、歩行他者が前進、後退する時の四肢の運動を、前進時に四肢運動一致と不一致条件、後退時に四肢運動一致と不一致条件の4条件を設定して、自己運動の識別を被験者に求めた。その結果。歩行他者の前進時と後退時の不一致条件でそれらの一致条件より有意に自己の運動の識別割合が高かった。これは自己と他者の運動が一致するときには、その網膜運動はすべて他者に帰属され、逆に歩行他者の運動が自己と不一致条件の場合には網膜運動はすべて自己である観察者に帰属されたことを示す。
 次に生物的モーションのみが自己と他者の運動を識別する手がかりなのかを確かめるために、歩行他者の運動を歩行ではなくスライドするように変化させた条件もしくは歩行他者のみが自然に歩行する条件を設定してしらべた。この場合、自己運動を加える場合と加えない場合をそれぞれの条件に追加し、4条件で自己、他者、および自己と他者の複合の識別をそれぞれ被験者に求めた。その結果、歩行他者の光点運動が生物的モーションを含んでいない条件で自己の運動がある場合には、提示された光点モーションを自己と他者の複合と識別、自己の運動を含まない場合にはそれを自己の運動として認知、また他者の光点運動が自然な歩行をする条件では自己の運動のあるなしに関わらず、提示された光点の運動は自己の運動と認知された。この結果は、自己の運動が存在しない曖昧な事態にも関わらず、提示された光点運動は自己の運動として認知されることを示した。
 さらに、自己の運動がどこを向いているか、そのヘッディング(heading)の手がかりを歩行他者との関係でしらべた。もし観察者が自己と他者の生物的モーションを見分けることができれば、観察者のヘッディングを知ることが可能となり、もし自己のヘッディングと歩行他者のそれとが別々の過程で処理されるならば、自己のヘッディングの評価は自己と他者のヘッディングの平均値となると考えられる。そこで、自己と他者のモーションを常に提示し、歩行他者のスタート位置を中心、左5°、右5°に位置させ、被験者には自己のヘッディングをキーボードを操作して評定させた。その結果、歩行他者の位置が左5°条件ではヘッディングは右方向に、右5°条件では左方向に評定された。この結果は、ヘッディングの評定が中心方向にシフトすることを示し、それが自己と他者の運動のベクトルで処理されることを示唆した。
 これらの結果から、オプティカルモーションが多義的な事態では生物的モーションが自己と他者の動きの識別の手がかりになるが、しかし自己のヘッディングを知る手がかりには用いられていないと考えられる。

対象の運動のオプティクフローから観察者自己運動によるフローの分離
 観察者が自ら動くとき周囲の移動対象も網膜上では流動刺激となる。このためこの両要因からの流動刺激の合成となるオプティクフローが形成される。視覚システムは、自己の運動と対象のそれとを区別できるので、両者の合成フローを分離していると考えられる。これに関して、Rushton and Warren(2005)は、オプティクフローのなかでどの要素が自己運動に関わるるものかが区別される(flow parsing hypotehsis)と考えた。この仮説のように視覚システムが機能していれば、オプティクフローから自己運動に固有なフローが解析され、その結果、シーンに固有なフローが残ることになる。視覚システムは、自己運動最中のシーンから自己の固有のフローを取り出しているが、しかしどの程度正確にこれら2つのフローを見分けているか、また自己中心的感覚、前庭感覚、そして遠心性の運動情報など非視覚的情報の役割は明らかにされていない。
 Niehorster & Li (29)は、観察者の自己運動によるオプティクフローと対象の運動によるそれとを区別することが可能か、さらにこれら2つのオプティクフローの速度をを変えても区別が可能かをステレオディスプレーにオプティクフローを提示してしらべた。71はステレオディスプレーに提示したオプティクフローで、ここでは観察者が赤色のワイアーフレームで作った多数の奥行の異なる対象の中を正面に向かって動く事態がシミュレートされている。左端列は前額平行面から見たフロー、右端列はその上面図を示す。このワイアーフレームの対象群の奥行の中心に置いた1個のプローブドット(黄色表示)が注視点(緑色表示、ゼロ視差)の右あるいは左に置かれ、垂直方向に動かして用いた。図の(a)はディスプレー全面条件(full display condition)を示し、対象が円錐体状の範囲に奥行的に配置され、プローブの周囲に局所的な運動情報が与えられるように奥行的にも前額平行的にも近接させた。図の(b)は局所的な奥行をもたないディスプレー条件(no local depth display condition)で、上下の対象群の中央間隙には対象を配置しない。この事態では、プローブ対象と同等の奥行によって生じる局所的な運動情報を除去、ただプローブ近辺の対象は損なわれず、ここからの局所的な運動情報は維持された。図の(c)は、局所的な前額平行の視えをもたないディスプレー条件(no local frontal view display condition)で、対象は常に円錐体状の範囲に観察中奥行配置されるが、プローブ対象の4°(平面図上)以内には対象を配置しない事態。ここでは、プローブ対象の網膜近辺からの局所的な運動情報は除去されたが、ただプローブの網膜近辺の対象は損なわれず、ここからの局所的な運動情報は維持された。図の(d)は半球状のディスプレー条件(hemifield display cindition)でプローブのある半球内には対象は置かれていない事態。ここでは、グローバルな運動情報のみが利用でき、また観察者の自己運動による運動要素を差し引きできるために対象と自己運動のオプティクフローを区別できる事態である。
 このような4通りの実験事態で、72のように、自己運動と対象運動の解析 (flow parsing) 実験を実施した。図の(a)はディスプレーの全面(full display)に提示する拡散的フロー(FOE)で、その焦点(白点)は観察者の頭部方向を示す。、観察者が接近運動をシミュレートするように対象群の中を運動すると、網膜上のプローブドットの運動(赤色矢印)はシーン(シアン色の点線矢印)内の垂直運動要素と観察者の前進による自己運動(白色点線矢印)に帰因する拡散的フローの焦点からの逸脱した運動要素のベクトルになる。シーンに固有なプローブモーションを復元するには、プローブモーションから観察者の自己運動による運動要素を取り除く必要がある。これは、プローブの網膜運動に対して反対の方向の運動要素を付け加えることに等しい。これは拡散フローの焦点(白色点線矢印)に対して反対方向に操作することで、プローブモーションから自己運度要素をキャンセルすることになる。こうすると、プローブはシーンのなかで垂直に運動して知覚される。図(b)には、自己運動がプローブ網膜運動から差し引かれた場合を示し、全体のフローからの解析は100%となる。もし、この解析率が100%以下の場合には、自己運動の解析が完全ではないので、拡散フローの焦点(青色矢印)からはずれる幾分かのプローブモーションが知覚されることになる。実験では、自己運動要素がどの程度取り除かれたかをみるために、プローブモーションに対する自己運動要素の割合を測定した。自己運動によるプローブの知覚されたモーションを拡散焦点(黄色点線矢印)に向かうプローブのモーションを追加する方法で相殺した。そこで、プローブがシーン内で垂直方向に動くように知覚される点をPSEとして測定した。したがって、観察者の自己運動に対応する垂直方向のプローブモーション、これはフローから自己運動要素を除けなかった残余になるので、フロー解析得点(FPRflaw parsing gain)は、次式で得られる。

 FPR=1-(PSE nulling speed)/(speed of the self-motion component)
  =1-(length of yellow arrow in Fig72c )/(Length of white arrow in Fig72b)

 もし、観察者が自己運動最中にシーンに固有な対象運動を視覚情報のみから完全に見分けることができるならば、垂直方向に知覚されるモーションに追加する要素は生まれない。この場合、FPGは1に等しくなる。しかし、FPG1以下ならばシーンに固有な対象運動が正確に復元されていないことになる。さらに、もし局所的運動情報がシーンに固有な対象運動の知覚に用いられなければ、FPG4通りのディスプレー提示条件で一定の値をとると考えられる。これとは反対に、プローブ対象あるいはプローブ対象の近辺と同等の奥行から生じる局所的運動情報がシーンに固有な対象運動知覚に用いられるならば、FPGは局所的運動ディスプレー条件によって値が異なるがすべて1以下と予想される。実験ではステレオディスプレーを使用し、ワイアーフレームで作成された58個の対象群に向かって0.30m/sの速度で自己運動するオプティクフローをシミュレートして観察者に提示した。対象の奥行範囲は0.69mから1.03mとした。観察者には注視点を実験の間注視し、フローが終了するとブランクスクリーンが出現するので、プローブモーションが斜め左あるいは右方向に知覚したかをマウスボタンで答えることを求めた。実験条件は4通りのディスプレー条件で実施した。
 実験の結果、プローブが垂直方向に運動する閾値(PSE nulling speed)FPG4通りのディスプレー条件ごとに求められた。FPGはすべてのディスプレー条件で有意に1以下を示した。また、自己運動速度(1.6/sから4.6/s)と対象速度(1.6/sから4.6/s)を増してもFPGは変わらなかった。これは、視覚情報にだけ基づいてフローから自己運動の要素が部分的に除くことができるが完全には除くことができず、シーンに固有な対象運動は復元されなかったことを示した。

自己運動知覚に関わるMSTDd領域の拡大・縮小のオプティクフローの細胞間の周期的相互作用
 背側視覚路の後半にあるMST野(medial superior temporal area)の背側部(MSTd野)の神経細胞は、視野の一点を中心に放射状に拡大あるいは収束していく動きや、視野の一点を中心に回転する動きに反応する(Duffy & Wurtz, 1991a1991b1995 ;Saito et al. 1986 ;Tanaka et al. 1986)。また同様な神経細胞の反応は、サル(monkey)でも見いだされている(Gu, DeAngelis & Angelaki, 2012)。放射状に拡大と収縮するパターンに反応する神経細胞の間に相互作用があれば、観察者は自分が前進しているか後退しているかを見分けられる。もし、73のように、観察者が自分より速く後退する物体を前にして前進するとき、静止した周囲からの放射状拡大オプティクフロー(黒矢印)と後退する物体からの縮小オプティクフロー(灰色矢印)とは視覚コンフリクトの関係になる。これは観察者が後退し目の前の対象が前進しても同様となる。このような拡大と縮小のオプティクフローはMSTd野での神経細胞の活性化を考えると、対象の後退は観察者の前進と一致しない曖昧な事態をもたらす。このような事態では、MSTdの個々の神経細胞の反応は、観察者の拡散的動きあるいは対象の収縮的動きのいずれかにのみ選択的なのか(no-interaction 仮説)、あるいはその間に相互的な働き(interaction仮説)があるのかを明らかにする必要がある。
 Layton & Fajen(24)は、MSTdの神経細胞間の拡大と縮小オプティクフローのコンピュータモデル(図74)を構築し、それを知覚心理実験で検証することを試みた。構築したニューラルモデルは、MTユニットとMSTdユニットからなる。MTはオプティクフローに同期する受容野ユニットで、その信号をMSTdに送る。MSTdは、放射状の拡大と縮小に同期するとともに観察者の前進と後退にも特異的に同期し、その出力値は中央加重(center-weighted unit)で決められ、MTからの信号を受ける。観察者の前進によるフローと眼前の対象の後退によるフローとを識別するために「on-centeroff-surround」の回帰的結合(recurrent connection)を4通りに変えたMSTdが次のようにモデル化された。「no-interactionモデル」は、拡散ユニットと収縮ユニットはユニット内であるいはそれらの間でも連絡していない。「within-interaction-onlyモデル」は、ユニット内では拡散と収縮ユニットは相互作用するがユニット間ではしない(拡大ユニットは他の拡大ユニットのみを側抑制、同様に収縮ユニットは他の収縮ユニットのみを抑制)。「across-interaction-only モデル」は、異なるタイプの放射運動に同期する回帰的結合がMSTd内にある場合は拡散ユニットが収縮ユニットを側抑制、あるいはその逆も行う。「full-interactionモデル」は、両方の直接的結合をもつと仮定された。
 これら2つのユニットは、19通りの数式を仮定し、表1に示したパラメータと数値を仮定してシミュレートされた。これに基づきユニットの回帰的結合が異なる4通りのMSTdモデル(前述)が作成され、シミュレーションを実行してその妥当性が検討された。75に示したように、自己運動のオプティクフローは、視野の中央(0°)で前進する自己運動による放射状の拡張パターン(a)によって拡張セル(expansion cells)を最大に活性化する(bの太い黒色のカーブで表示)。一方、後退対象による縮小パターン(c)は、観察者が静止しているときに最大の縮小セルを活性化する(dの太い灰色のカーブで表示)。前進する観察者が後退する対象を伴う場合、それによる拡張と後退パターン(e)によるそれぞれのセルの活性化は、「no-interaction」モデルではbとdに表示した曲線に近似し、したがって後退対象は自己運動のヘッドディングに影響しないと予測される。MSTdで「full-interaction」モデルを仮定すると、拡張と縮小の活性度はそれぞれの側抑制(bdの点線で表示)の影響(fg)を加算的に受け(h)、自己運動におけるヘッドディングを偏向(bias)させ、ヘッドディングの知覚する方向を変えると予測する。76には、「full-interaction」モデルにおける自己運動の知覚されるヘディング方向(bias)の変化が示されている。ここでは観察者は床面を直進(黒色線表示)するか、あるいは後退する対象によって生じる2つの前額平行な面(破線表示)の方へ動くと仮定する。この場合、後退対象は観察者の頭部方向の左からスタートし、右方向に動いて、観察者の最終位置の近くで終了する。対象の後退運動の軌跡が異なると(上段グラフの左端から右端)、運動軌道角度(object trajectory angle)に対する拡張セル(黒色表示)と縮小セル(灰色表示)の活性パターンは上段のグラフに示されたように変化する(垂直線は観察者のヘッディング、x軸は前進から後退パターンの間のいずれかに同期するセルの偏向の程度、y軸はそのセルの反応程度)。観察者が床面に対して直進する場合(黒色線表示)あるいは後退対象による2つの前額平行面に向かって観察者が動く場合、自己運動のヘディングバイアスはobject trajectory angleによって図76のグラフのように変わることを予測する(プラス値は後退対象である右方向へのヘッディングバイアスを、マイナス値は左方向へのバイアスを示す)。MSTdにおける拡散ユニットと収縮ユニットの4通りの連結モデル、すなわち「no-interactionモデル」、「across-interaction-only モデル」、「full-interactionモデル」、そして「within-interaction-onlyモデル」では、後退対象の運動軌道角度(object trajectory angle)にともなって自己運動のヘッディングバイアスがどのように変わるかが、77に示すように予測されている。
 実験事態は、観察者の前進する方向(heading)に対して対象の異なるオプティクフローを設定した。シミュレートされた事態では、観察者は1.5秒間に200cm/sの速度で、ドットで規定された床面に沿って直進(0°heading)、あるいは観察者から800あるいは1000m隔てた2つの前額平行なドット面の向かって直進した。後退する運動対象は150×150cmの大きさでシミュレートした実験のスタート時に観察者から300cm/sの速度で300cmの奥行距離をもって後退した。この後退対象は、観察者頭位の左側200cmからスタートさせ、その運動軌道は2°のステップで5°から90°の範囲で変化させた。この場合、対象の運動軌道が90°に近い場合には対象は観察者に対して一定の距離をとりながら横方向に動き、逆に5°の場合には対象と観察者の軌道は平行に近くなる。対象の運動軌道角度の影響をみるために、対象の後退速度(観察者の速度に対して00.751.52.253m/sの増)、横方向速度(0.50.71.151.652.25m/s)をそれぞれ独立に操作した。これら2つの速度変数の組合せによって対象の運動軌道が9.5°から90°まで21通りに決められた。また、対象と観察者の距離は、5通り(5.54.3753.252.1251m)に変えた。
 実験はリアスクリーン(100°W×80°H )MATLABで作成したイメージをコンピュータから投影し、12名の成人被験者に対して、提示された1.5s間の自己運動のオプティクフロー観察後に、青色の長方形のプローブを画面に垂直にかつ水平方向のランダムな位置に提示し、そのプローブをダイアルで操作し、知覚した自己の進行方向(heading)に調整するように教示して実施された。
 実験の結果、自己運動の被験者によるヘッディングバイアスは、後退対象が観察者の運動軌跡を横切る場合には対象側の方向、また後退対象が観察者の運動軌跡を横切らない場合には対象の反対方向となることが示された。これはMSTdの「full-interactionモデル」の予測と一致した。このことから、拡張と収縮ユニット間に回帰的結合を仮定したモデルが、後退対象のあるダイナミックなオプティクフロー事態で自己運動のバイアスを的確に予測すると考えられる。

オクルージョンにおける刺激パターンの保持
 運動する物体は視界から部分的あるいは全体的に消えたり現れたりするが、視覚システムは網膜入力が妨げられる間にもそれらの物体を同一の物体として保持できる。これは、オクルードされた物体が内的に表象され保持されることを意味する。とくに、物体全体がオクルードされても、その形状、色、速度そして運動方向などの刺激特性がオクルージョンの間は保持される(Flombaum et al. 2009; Hollingworth & Franconeri, 2009; Moore,et al.2010; Saiki, 2003)。神経生理学レベルでの研究は、オクルージョンの間のこの種の刺激特性の内的保持を担う視覚野のネットワークの活性が、オクルードされない事態の対象形状、対象の同一性、相対的関係そして網膜のマッピングにおいて同等であることを示す (Kourtzi & Kanwischer 2001; Kovács,et al.1995; Hulme & Zeki, 2007; Graziano, Hu et al., 1997; Ban et al., 2013; Rauschenberger et al.2006)。これらの研究は、物体が見えている間にその特徴が統合されて内的表象が形成されること示す。
 Maarseveen et al.(26)は、オクルージョンの間に刺激特徴が変化した条件での物体の同一性についてしらべた。刺激特徴の変化は刺激にフリッカー(刺激輝度の時間的頻度)を導入して行った。刺激にフリッカーを導入すると、その刺激の持続時間が増大して知覚される錯覚が知られている(temporal illusion)。もしオクルージョンの間もフリッカーを継続すれば、実際に見えている間に形成された内的表象が維持され、その結果、ノーマルな刺激事態で生起すると同程度の時間的増大錯覚が生じると予測される。
 実験では、56に示したように、フリッカー提示するターゲット刺激(円形)を、非オクルージョン条件(左列)、オクルージョン条件(中央列)、そして輝度消失条件(オクルージョン刺激に重なる間輝度がしだいに消失しその後ゆっくり出現)で提示し、被験者にはターゲットの提示から終了までの刺激持続時間を右側のボタンを押し続けることで再生するように求めた。左眼刺激は左眼に右眼刺激は右眼に提示し、ターゲット刺激とオクルーダ(矩形)の間に両眼視差による奥行を設定した。オクルーダーの提示時間は、ターゲットの持続時間に応じて466-533ms766-833ms1066-1133ms3段階とした。ターゲット刺激の提示時間は100013001600msの3段階に、輝度の時間頻度(フリッカー)は非フリッカー、5Hzフリッカー、10 Hzフリッカー の3条件に、オクルージョンは非オクルージョン、オクルージョン、輝度消失の3条件に設定した。
 実験の結果、ターゲット刺激の輝度をフリッカー(510 Hz)させると、非オクルージョンおよびオクルージョン条件では非フリッカーに比較して刺激の持続時間錯覚の増大が生起し、また輝度消失条件ではその程度は小さかった。この錯覚は刺激の輝度頻度が高いほど大きいことも示された。とくに、刺激の持続時間錯覚の増大は非オクルージョン条件でもっとも大きかった。これらのことから、この種の錯覚はオクルードの前と後で内的表象が別々に形成されるのでは無く、フリッカー刺激がオクルードされている間中、持続的に保持されていることを示唆された。
 Maarseveen et al.はこの結果を受け、実験2ではオクルージョンの間の輝度変化についての被験者の期待を操作し、刺激の持続時間錯覚の増大の程度をしらべた。被験者の期待は、オクルージョンの間の刺激の輝度変化を変えることによって操作した。オクルージョンの間、刺激は「輝度変化無」、「10 Hz輝度変化」、「10 Hz輝度変化の一時的消失」の3条件で変化させた。「10 Hz輝度変化の一時的消失」条件では、刺激がオクルードされた時、ターゲットの前面でオクルーダーが動く際に半透明にし、刺激がオクルードあるいはオクルードされなくても同一であることを被験者に強調する誘導手法を導入した(誘導条件)。もしオクルージョンの間、刺激輝度の時間的頻度(フリッカー)が被験者の内的表象として保持されるならば、刺激の持続時間増大錯覚は「輝度変化の一時的消失」条件より「10 Hz輝度変化」条件の方が大きいと予測される。刺激および手続きは実験1と同様としたが、オクルーダーは不透明(非オクルードとオクルード条件)に加えて半透明(誘導中断条件)とした。ターゲット刺激の輝度頻度は、無変化、10 HZ、そして一時的輝度変化の中断(誘導中断条件、ターゲットがオクルーダーに初めと終わりに全面的に重なる)の3条件を設定した。視野の上から下に移動するオクルーダーは、非オクルードとオクルード条件ではターゲットの前面に、誘導中断条件では背面に動かし、ターゲットの提示時間に応じて466-1133msの範囲で変えた。被験者には、オクルーダーが下から上に戻ったら、ターゲットの提示から終了までの持続時間の再生をキーボタンの持続押しで求めた。
 実験の結果、オクルージョン条件は非オクルージョン条件に比較して持続時間錯覚の増大は有意に小さいこと、輝度無変化条件では輝度変化条件と輝度変化中断条件に比較して有意に小さいこと、さらに輝度変化条件は輝度変化中断条件に比較して有意に大きいことが示された。そこで、非オクルージョン条件とオクルージョン条件における刺激の連続提示(輝度無変化条件と輝度変化条件)と輝度変化中断条件の間で刺激の物理的持続時間に対する持続時間錯覚の増大量(パーセンテージ)を算出し、非オクルージョン条件とオクルージョン条件間で相関を取ると、強い正の相関がが示された。このことは、被験者のオクルージョン条件での内的表象は非オクルージョン条件のそれと類似することを意味した。
 これらのことから、刺激の輝度変調特性がある場合、その刺激特徴が見えている間に被験者によって検出され、オクルードされた場合にもその内的表象が持続し、その刺激の時間的再生を求めたとき被験者の刺激特性に関する期待を介して作用すると考えられる。

光沢(reflection)あるいはつや消し(matte)面のオプティクフロー事態での3次元形状の凹凸の推定
 対象物の面のオプティクフローは、その3次元形状や材質の知覚および認知に影響する。このことは、オプティクフロー事態での面の推定では、対象の形状、材質そして運動要因が相互に作用し合っていることになる。これまでに対象の運動は面の材質(光沢あるいはつや消し)の推定に影響すること(Doerschner, et al.2011) 、つや消し面は光沢面よりは形状の部分的な推定を実物に類似させること(Dovencioglu, et al. 2015)、さらに対象がXYZの運動軸のどれで回転しているかでつや消し面は光沢面より形状の推定エラーが少ないこと(Doerschner, et al. 2013)などが明らかにされている。これらの研究から、対象が光沢面をもつかあるいはつや消し面をもつかが、対象のスラント(slant)やティルト(tilt)あるいは運動軸の推定に関わっていることを示す。
 そこで、Dovencioglu et al.(14)は、光沢をもつ対象面あるいはつや消しをもつ対象面が2通りの運動軸(水平、垂直)で奥行方向に回転、また視方向を軸として非奥行方向に回転(前額平行)してオプティクフローを生じるとき、どの条件が対象の凹凸を正確に推定するかをしらべた。実験は、29のように、レンダリングした突起をもつ面の凹凸の程度を変えた3次元パターンを用いた(図の左から順に凹凸が深くK値で表示、また凹凸の視かけの程度は常に中央のパターンを推定の基準であるレファレンスオブジェクトとした)。図(b)はレンダリングされたパターンで対象の境界をもつもの(実験には使用されないもの)、図(c)はガウスの窓を通して対象の境界の手がかりを除去したパターンを示し、実際に実験に使用した。さらに図(d)ではパターン内の凸部分での輪郭のオクルードを示し(黒線表示)、各パターンのうちでもっとも視えやすい稜線を示す(白い部分はマスクされない領域)。対象面の運動は水平、垂直そして奥行の3方向とし、12°/sの速度で20°の幅をもって反復させた。対象面は光沢(specular)、つや消し(matte、非光沢)および光沢とつや消しのミックスの3条件をレンダリングして作成、光沢面は光が反射されている部分を除いて黒、つや消し面は光を散乱させ、面のテクスチュアによって反射が変化した。光沢とつや消しのミックス面は光沢とつや消しテクスチュアの加重的組合せで作成した。被験者には、30に示した手続きに即して、対象の面の凹凸度を推定させた。レファレンスオブジェクトには光沢対象とつや消し対象の中央の凹凸度をもつものが使われた。
 その結果、全体にわたって光沢面条件での凹凸の推定はつや消し面でのそれよりも劣ることが示された。ただ、光沢面条件での凹凸推定は運動軸によって変化しないのに対して、つや消し面条件のそれは運動軸が変わると変化した。また、レファレンスオブジェクトが光沢あるいはつや消しに関係なく、光沢面とつや消し面条件では対象を視方向を軸とした非奥行回転事態で凹凸推定が悪くなった。水平と垂直軸で回転させる奥行方向でのフローは運動視差手がかりが働くのに対して、視方向のオプティクフローでのそれは弱いためと考えられる。光沢とつや消しをミックスした対象面の凹凸推定は、つや消し面あるいは光沢面単独条件と差は生じなかった。これは、光沢条件でのオプティクフローが凹凸のための十分にな手がかりがを与えているからと考えられる。
 これらの結果から、対象がオプティクフローする事態での光沢あるいはつや消しの凹凸面の推定のための手がかりはテクスチャ、陰影そして運動視差であり、対象面の凹凸の推定が視覚システムにおけるそれらのダイナミックな相互作用によると考えられる。 

2.2運動視差
ダイナミック・パースペクティブ
 従来の運動視差実験では正射影レンダリング(Orthographic rendring)によるランダムドットが刺激パターンとして用いられてきた。しかしこれは頭部運動による変化が簡素化された人工的な状態であり、もっと自然な状態を反映した運動視差実験、すなわち頭部運動による刺激パターンが1/fスペクトラムをもち、かつパースペクティブレンダリング(Perspectibe rendering)によって生じる事態での測定が求められる。
 Buckthought et al.()は、32示したような実験装置(図B)で運動視差の奥行効果を再検討した。観察者の頭部運動に連動してシフトする刺激パターン(C)にはランダムドット(Aの左図)とガボールマイクロパターン(Aの右図)を用いた。頭部運動に随伴して変形するパターンのレンダリングには、33に示すように、正射影レンダリング(図のA)とパースペクティブレンダリング(図のB)が設定された。図33は前額平行面を小矩形で分割し左(黒色表示)右(緑色表示)の頭部運動によってどのような変形が面全体に生じるかを示したもので、正射影レンダリング条件での奥行なしは図のA、遠くの奥行は図のC、近くの奥行は図のEに、またパースペクティブレンダリング条件での奥行なしは図のB、遠くの奥行は図のD、近くの奥行はに図のFにそれぞれ示されている。34に示すように、頭部運動における正射影レンダリングでは垂直方向のシフトはほとんど起きないが、パースペクティブレンダリングでは生起し、これは両眼立体視の垂直視差に類似する。またパースペクティブレンダリングでは遠い面のドットのシフトは中央で遅く外側エッジで大きいが近い面のそれは逆になり、したがって左右方向のシフトに勾配が生じるが、正射影レンダリングではそれは起きない。
 実験で観察者の前額平行面に提示する運動視差の刺激パターンは、図32Aのように、ランダムドットとガボールマイクロパターンの2条件とした。マイクロパターンは4通りの周波数(1248 c/deg)で提示し、そのマイクロパターンの相対的な数をそのフーリエスペクトラムが自然界におけるようにパワースペクトラムが1/fに近似するように操作した。さらに頭部運動とこれに連動してシフトさせるイメージの間には4通りの比率(syncing gain)0.010.050.10.3を設定した。この値が大きいと出現する相対的奥行も大きく、syncing gain 0.3の時に相対的大きさは35cmであった。被験者にはランダムドットとガボールマイクロパターンのそれぞれで、注視点の上あるいは下のテクスチャのうちどちらが手前に視えるかを判断させた。 その結果、相対的奥行判断知覚は、正射影レンダリングよりパースペクティブレンダリング条件で正確さが高くなることが示され予測通りであったが、しかしランダムドットパターンよりガボールマイクロパターン条件で劣ったことは想定外であった。   
 Buckthought et al.()はさらに、35に示したような、パースペクティブレンダリングの奥行効果を高めている3つの要素、垂直要素の変形(vert,vertical)、近面と遠面の間の速度(speed)、左右と垂直方向の速度勾配(lat grad,lateral gradient)をそれぞれひとつずつ除く操作を施した。実験では、ランダムドットを用いパースペクティブレンダリング、およびそれから3つの要素のいずれかを除いたレンダリング、そして正射影レンダリングの3条件で被験者に注視点の上・下での視えの奥行順序を求めた。
 その結果、3要素を除いた条件では奥行順序の知覚の正確さが劣ることが示され。これらの要素はいずれも運動視差における奥行効果を高めていた。

2.3 その他の研究
周辺領域の要素の拡張あるいは収縮によって誘導された大きさの錯覚
 36に示したように、ドットから構成されたリングのドットを外側あるいは内側に交互に運動させると、リングに囲まれた領域はドットの動きが拡大条件では手前に、それが収縮条件では後方に動いて知覚される。このとき囲まれた領域の大きさをしらべるとドットの拡大条件では小さく、その逆では大きく知覚される。これは、手前に来れば大きく、後ろに下がれば小さく視えるのに逆らう大きさ錯覚である。Dong et al.(12)は、このようなドットの運動によって誘導される大きさ錯覚を、図36の事態の他、373839の実験事態を設定してしらべた。また、誘導領域の効果をしらべるためにリングの大きさを操作した。実験では、誘導リングの左右あるいは上下にプローブとして設定した円の大きさが、リングに囲まれた領域の大きさと等しくなるようにクッリクで変化させて判断させた。コントロール条件はリングに囲まれた領域に輪郭を付けることによって設定した。
 その結果、(1)囲まれた領域の大きさはドットの運動方向が拡大条件では小さく知覚、逆にそれが収縮条件では大きく知覚され、大きさ錯覚が生起すること、(2) 誘導領域の大きさあるいは鮮明度を変化した実験から、大きさ錯覚量は誘導領域のエッジに生じる運動条件に依存しては変化しないこと、(3) 背景に自然物(紫禁城)を配置した大きさ錯覚の実験事態(図38)でドットの運動方向と観察者が紫禁城に接近するのと同じようにリングのドットを拡大するように動かす条件、あるいは観察者がそれから後退するように収縮して動かす条件でも、同様な大きさ錯覚が生起すること、(4)誘導領域を左右に設置し、ドットを共に内向きあるいは外向きに運動すると、それらに囲まれた矩形面はドットが内向き条件では自己が接近するような知覚が、そして外向き条件では自己が後退する知覚が生起すること、などが明らかにされた。
 ドットの運動方向が拡大あるいは収縮するオプティクフローは接近あるいは後退する自己運動を誘導し、それが網膜の大きさが変わらなくてもドットに囲まれた領域の大きさ錯覚をもたらすと考えられる。