4.奥行手がかりの統合

4.1.複数の手がかりによる大きさ知覚
眼球運動と手動作の個々の運動あるいは協応運動における対象の大きさ錯覚の影響
 日常生活では視覚に導かれた行動、とくに眼の運動と手の運動は個々別々になされるが、しかし協応して働く。Gamble & Song(17)は、眼のサッケード運動と指さし運動(pointing)、言い換えると、行動の準備と遂行が同一の視覚的表象によっているか、さらにはこれら眼と手の運動が別個に働く場合、あるいは協応して働く場合とで違いが生じるかを実験してしらべた。実験は、57に示したように、まずディスプレーに被験者に求める動作の教示を提示後、注視点を提示し、その後に注視点を挟んで2個の円刺激を提示した。それらの円刺激は直径を10mm(1.09°)20mm(2.17°)30mm(3.26°)40mm(4.34°)mmとし、壁のように置かれたポンゾー錯視形を背景として大きさ錯視を生じさせた。錯視を用いたのは知覚された対象の大きさと物理的大きさの影響を別々に分離してしらべるためである。これらの円刺激は、ポンゾー錯視の影響を受けて、遠くに視える円刺激は物理的刺激より拡大して、近くに視える円刺激は縮小して知覚されることが予備実験で確認されたので、本実験でこの円刺激の測定値が結果の分析に用いられた。実験1では、指さしと眼球サッケードを分離するために、被験者には指さし課題では注視点から眼をそらさないように指示されたターゲットの円刺激を指さすように教示し、初動までの潜時(initiation latency)、指さしの動作時間(movement time)、動作の最高速度(peak velocity)、そしてコンスタントエラー(constant error2つのターゲットの中央位置と指さした位置の間の距離)が測定され、また眼球サッケード課題では指を所定に位置に置いたまま、指示されたターゲットに眼を移すように指示され、刺激提示からサッケード開始までの時間、サッケードの最大速度、コンスタントエラーが測定された。なお、統制条件として物理的大きさのターゲットも加えた。その結果、両課題での初動までの潜時はターゲットが物理的と知覚的の両方の拡大条件で短くなった。初動潜時が短いことは眼球と筋肉の効果器の準備反応が促進されたことを意味した。またサッケード課題とターゲット課題の初動潜時間の相関はをとると、正(0.66)となり、サッケードが指さしよりターゲットの大きさ錯視条件で影響を受けやすいと考えられた。
 そこで、ターゲットの大きさ錯視条件で指さし遂行とサッケード眼球運動との協応をしらべるために、自由な眼球運動のもとで実験1と同様に、動作潜時、動作時間、サッケードの動作潜時、サッケードの動作時間を測定した。その結果、対象の大きさ錯覚がサッケードの初動潜時に影響した被験者は、同時に指さしの初動潜時にも影響した。このことから眼球と指さしの2つの効果器にまたがる準備反応のための共通のしくみの存在が示唆された。またサッケードと指さしの遂行に影響するのは物理的大きさで、知覚された大きさではないことが示された。さらに指さしとサッケードが協応した場合、指さしは錯覚された対象の大きさに影響されなかったが、サッケードは錯覚された大きさによってその準備と遂行に影響が示された。とくに指さしとサッケードの準備反応をみると、錯覚された対象の大きさは指さし準備よりサッケード準備により影響し、これは課題単独条件より協応条件で顕著であった。
 結局、視覚系と運動系の協応は、視覚系によって支配された効果器の行動の準備によっている考えられる。