6.その他の研究

Transsaccadic fusion
 Transsaccadic fusionとは、継時的に提示される前サッケードイメージと後サッケードイメージが融合して知覚されることをいう。Paeye et al.(34)は、非類似の前サッケードと後サッケード刺激事態でこの現象がはたして存在するのかを検討した。実験パラダイムは、図68に示したように、最初に注視点(赤丸)をスクリーンの左端に提示(1)、次いで注視点を提示したままでスクリーンの右端に垂直線を提示(2)、こうすると右端刺激への前サッケードタイプの眼球運動が生起(3)、そこで後サッケードタイプの刺激(3本の水平線)と注視点を右端に提示(4)、最後に右端に注視点を提示したままで後サッケードによる知覚を被験者に報告(5)させる。被験者には、「左端に垂直線が融合して視える」、「右端に垂直線が融合して視える」、「刺激が継起して視える」、「線分は視えない」の4択で報告させた。実験に先立ち、後サッケード刺激のコントラスト値は可能な限り小さくし、このことによって融合への抑止をもっとも小さくして融合が起きやすくするため、被験者毎にあらかじめ事前の実験によってコントラスト値は決められた。観察はサッケード条件と注視条件(注視点を注視し続けサッケードを妨害)で実施された。
 実験の結果、被験者の総試行数の67%で前サッケードイメージと後サッケードイメージの重なり、つまり両イメージは融合して知覚された。サッケード条件の観察では垂直線の知覚位置にバイアスが生じ、サッケードの右あるいは左方向に関わらずほとんど左端に垂直線は位置していた。注視条件ではこのバイアスは示されず、眼球運動を妨げない状態でこの種の融合が起きた。このことから、前サッケードと後サッケードの間でそれらの位置を再調整する再マッピングのメカニズムがあることを示唆する。

ベクションに影響するディスプレイの種類、運動方向および場依存性
 Keshavarz et al.(20)は、ベクション(vection)に影響する3通りの要因、すなわちディスプレイの種類、運動方向、場依存性についてしらべた。ベクションを誘導するためのディスプレイの種類は、69に示したように、 (a)24インチTFTモニター(78°×52°の視野)、(b)3連式スクリーン(220°×52°)、(c)ドーム式プロジェクション(240°×105°)、(d)フラットプロジェクター(78°×52°)である。図69のディスプレイにあるように、誘導刺激は白黒の垂直縞、および水平縞パターンとし、前者は水平方向に後者は垂直方向に1 cpdで周波数で振動させ、また0.13 cpdの速度で運動させた。実験の前に被験者の個人特性を測定するためにロッド-フレームテスト(図70)を実施した。これは個人の置かれている状況の垂直の程度を測ることで、その個人が外界に依存的であるか、あるいはその個人の前庭感覚など自己受容感覚に頼るのかを知るものである。実験では、ベクションオンセット(時間刺激提示からベクションを感じるまでの時間)、ベクション強度(20段階評価)、ベクション持続時間、ベクション運動方向(上、下、左、右方向の20段階評価))をしらべた。
 その結果、ドーム式プロジェクションそして3連式スクリーンは他の2つのディスプレイと比較し、ベクションオンセットが短く、ベクション強度が強く、ベクション持続時間が長いことを示した。運動方向については、ドーム式プロジェクションのみで方向差によるベクションの強さの違いが生じ、水平方向運動条件で強いベクション、短いベクションオンセット、長い持続時間が示された。ロッド-フレームテストでの場依存性の高い人と低い人の間では、ドーム式プロジェクションディスプレイの測度に違いがあらわれた。
 これらの結果から、ベクションはディスプレイの型に関係なく生起し(ドーム式プロジェクションと3連式スクリーンではより強く生起)、また場依存性も関わる心理現象と考えられる。

HTC社製VIVEVRシステム)の位置と方向の正確度
 バーチャル・リアリティ(VR)のテクニックを用いた知覚研究、とくに運動あるいは探索する観察者の視覚研究は、リアルな世界では困難な事態をコンピュータで人工的に作り出すことによって運動からの3次元構造や知覚恒常性の課題でこの20年間に長足の進歩をみた。このような研究を満たすVRシステムは、ヘッドマウントディスプレー(HMD)と観察者の位置と方向を検出するトラッキングシステムからできている。今回、1000 USドル程度発売されたHTC社製のViveシステム、これはコンピュータゲーム用に開発されたものだが、これを学術研究にも使えるかをNiehorster et al.(30)がしらべた。研究のためには、Viveシステムが観察者の位置と方向を十分な正確度(システムの報告した位置と方向およびトラッキングスペースの実際の位置と方向の差)と精度(システムの報告した位置と方向の安定度)で検出できなければならない。さらにヘッドセットの物理的動きとそれに対応するディスプレーの潜時も不自然にならないように小さくなければならないし、運動酔い(motion sickness)も起こらないようにする必要がある。ここでは、78に示したようなVR事態を設定し、これらの正確度、精度、潜時、VR酔いをしらべた。VR環境での位置と方向の正確度の測定は、2つの大きさの測定空間(8×4mあるいは4×4m)の床面にチョークと紐でマークされたグリッド(1m間隔)(図のa)を設定し、ヘッドセットは3軸(左右揺れyaw、縦揺れpitch、横揺れ、roll)を検出するもの(図のb)を使用した。Viveシステムは、ヘッドセット(110°視野、1080×1200pixel12pixel/度、90HZupdate)、2つの赤外線エミッタとー2つのコントローラー(Lighthouses)から構成された。トラッカーはカメラ方式では無く赤外線方式で水平方向と垂直方向を120°の範囲で走査し、位置と方向を検出、ヘッドセットとコントローラーはフォトダイオードで赤外線を検出した。Yiveシステムは観察者の正面下方を撮影するカメラをもち、観察者の動きに連動して周囲の状況をヘッドセットのスクリーンに伝えた。
 Yiveシステムのトラッキングシステムは十分な精度と端末間の潜時の短さ(22ms)を有しているが、位置と方向の実際とVRの正確度に関してはその座標系が物理的地面に比較して奥行方向に傾斜(tilt)し、歪んでいることがわかった。この歪みを調整するキャリブレーションには時間も手間もかかり、その結果、このYiveシステムは観察者の動きを正確にシミュレートする必要のある科学的実験には適さないと考えられる。

人間のナビゲーションにおける視野中心モデル(View-bassed)と再構成中心モデル(reconstruction-based)の比較
 人間を含めて動物が、ゴール地点を目指すとき、認知地図であるナビゲーションマップに基づいて行動する。ロボットの場合も、この種のナビゲーションシステムが必要となる。このナビゲーションモデルには大別すると、観察したイメージに基づくモデル(View-bassed)と再構成モデル(reconstruction-based)がある。前者は例えば家に帰ることを例に取ると、個体がその家の位置をその場に応じて感覚で記憶し、この感覚記憶に基づいて家に帰る方法、後者は個体が家の位置を記録したメンタルマップを作成し、これにもとづいて家に帰る方法である。両方法とも人間と動物に適用される。とくに前者の方法を用いている動物には、蟻と蜂が知られている(Cartwright and Collett,1983; Graham & Cheng, 2009; Graham & Collett, 2002)。例えば、蜂は餌場に戻るとき、もしランドマークの位置が変えられていると自己の網膜イメージを先に獲得したイメージにもっとも近似するものにマッチさせてから飛翔するという。Mallotたちの研究(Franz et al.1998, Gilner & Mallot 1998))によれば、人間の場合も、そのナビゲーションは感覚の結果としての行動から成り立つ内的表象モデルにもとづく。この内的表象は一組のノードから作られた一種のグラフで、それにエッジ(オペレーション)が連結する。ここでの一組のノードは、見ているシーンにあたり、エッジは観察者の行う回転や移動などのアクションを示すので容易にノードやエッジの変換が可能であるため、この種の内的表象モデルはすべての課題に通じる対象中心的なモデルよりも誤差が少ない。というのも、接合点やターンを加えたりすれば、容易に2点間の距離、奥行 方向の評価が変えられる。
 このように、対象中心の3-Dマップと自己中心の視えのグラフはナビゲーションモデルの両極端にある。Chrastil and Warren (2014)は、これら両極端のモデルの中間に位置づけられる「ラベルをもつグラフ(labeled graph)」を提唱し、そこではある距離と角度の情報は対象の局所的位置や特徴間の隔たりを記述するが、大局的な一貫したマップは存在しないとした。
 Gootjes-Dreesbach et al.(18)は、視野中心モデル(View-based)と再構成中心モデル(reconstruction-based)を比較し、人間のナビゲーション能力をしらべた。ノイズがない場合には、両モデルともスタート地点で見た位置に戻ることができるが、ノイズがあると、モデルによって異なるタイプのエラーが出現すると予測する。再構成中心モデルの場合、エラーは何らかのポイントにおいて形成される投影イメージのガウス型ノイズから生ずる。これはポイントから作られたシーンの再構成位置におけるエラーとなる。視野中心モデルの場合、そのイメージにおける特徴、例えば2点間の角度や両眼視差の特徴から計算される。したがって、両モデルにおけるノイズのタイプは、それらのモデルによって変わる。これら2つのモデルのいずれが用いられているかを識別するために、予測されるエラーの分布を分析した。実験は、被験者の移動を検出しシーンに連動させたトラッキングシステムをもつヘッドマウントディスプレーを被験者に装着させ、79に示した赤、青、緑の異なる色の3本のポール(赤と青色ポールは固定位置に、緑色ポールは試行ごと位置を変化)のみの手がかり稀少なシーン(図のa)、および3本のポールを床面、壁や家具類のある豊富手がかりシーン (図のb)を、それぞれバーチャルで両眼立体視させた。光源は被験者のヘッドマウントの取り付けた点光源とし、もののシャドーはつけなかった。被験者は、シーンを観察後に新しい位置(赤色+)に移動させられポールを廻って、次にゴールポイント(+印)に戻らるように教示された。
 実験の結果、予想に反して手がかりが稀少な事態で視野中心モデルは再構成中心モデルよりゴール到達成績が良いことが示された。実験で得られてたデータからゴール位置と実際に到達した位置の間のエラー分析を行うと、実験データの尤度は視野中心モデルによるサンプルの尤度に類似したが、再構成中心モデルのそれとは異なることが示された。また、視野中心モデルは豊富手がかり事態に比較して稀少手がかり事態でエラーが高いこと、さらに豊富手がかり事態で視野中心モデルから再構成モデルへの転換もなされないことも示された。

視空間における知覚的バイアスのマップを知る新しい手法
 最近の研究によれば、簡単な視覚刺激でも視野のどこに位置するかで個人的な知覚バイアスが生起するという(Afraz et al.,2010; Greenwood et al.,2017: Moutsiana et al.,2016; Schwarzkopf & Rees, 2013; Szinte & Cavanagh,2011)Finlayson et al.(19)は、この種の視野の位置における知覚的バイアスをしらべるための新たな手法である複数選択肢知覚探索(MAPS,Multiple Alterenative Perceptual Serach)事態で個人の知覚的バイアスを効果的に測定できるかを検討した。この手法では刺激は視野内に単独では提示されず、他の刺激とともに集団で提示される。80に示したように、複数選択肢知覚課題(MAPS)の実験方法は、視野の中央に提示した円の大きさに等しい円は周囲の4つのうちどれかを選択させるものである(図のA)。この知覚課題に対する神経生理的メカニズムのモデルは、標準円とこれと等円と判断された円の直径の比率に対してもっとも強い出力のあるもの(チューニングはガウス関数でモデル化し、選択反応が正しいターゲットと一致すれば散布度はゼロとする)を4つの神経生理的検出器で検出すると仮定する。このモデルでは各試行ごとの予測と実際の選択が示される(実際の正しい選択は50%と予測)。被験者には中心に提示した円の大きさ(常に大きさが等しい)と等しい円を周囲の4カ所に提示した円(試行ごとに大きさが変化)から選択させてキー操作で答えさせた。はじめに凝視点(ドット)を500ms提示後、5つの刺激からなるボードを200ms提示した。物理的円の大きさを正しく選択した場合には、そのことをフィードバックした。測定方法の比較のために、精神物理的測定の恒常法(MCSMethod of Constant Stimuli))による大きさ測定、および両測定方法によるエビングハウス錯視の大きさ測定もあわせて実施した。MCSでは、中央に1個の標準刺激、周辺に比較刺激を1個提示した。
 実験の結果からMAPS法とMCS法における知覚的バイアス(Perceptual Bias)の程度をしらべた。MAPS法ではターゲットの各提示位置における正反応の確率が、MCS法では主観的等価値(PSE)の変動をしらべて知覚的バイアスを計算し、両方法で知覚的偏向間の相関をしらべた。
 その結果、新手法であるMAPS法は伝統的方法であるMCS法と強い相関があることが示された。このことから、MAPS法は対象の視空間位置が変化したときの個人の知覚経験を測定する効果的な手法であり、また幾何学的錯視測定にも適用できる。

対象の大きさ知覚における対象へのリーチングと掴み行動および文脈
 対象を確実に手で掴む場合、対象の視覚特性に人は注目するが、実際には手を伸ばしたり掴んだりする運動系の働きが関与する。最近、行動によって調整される知覚システム(action-modulated perception system)、すなわち、実際に行動する前の準備中における関連対象の特性を自動的に精緻なものにする認知システムについて研究が進んだ(Bekkering,et al.2002, Craighero et al.1999, Fagioli et al.2007, Hannus et al.2005)。この考えによれば、対象に関連した情報は重みづけられてその視覚情報を優先して処理される。とくに、対象を指さす課題より実際に対象を掴む課題の方が、行動の準備中においては対象の方向に関する特徴把捉が進展する (Gutteling et al.2011, 2013)。このような知覚の昂進は、対象を掴もうとする意図に基づくアクションプラニングによっていて知覚と行動の双方句の作用を示唆する。特に対象を掴む行動課題における行動する前の知覚昂進は対象の大きさ知覚にも及ぶとされた(Fagioli et al. 2007)
 Bosco et al.()は、81に示したような実験装置と実験手続きで対象に対するアクションの前後での対象の視えの大きさをしらべた。横長のバータイプの刺激およびその大きさを測るスケールをディスプレーに提示(図のA)、また実験手続きは、2通りのアクション(reachinggrasping)を被験者に求め、そのアクションの前と後に刺激の視えの大きさ測定を実施した(図のB)。またアクションの内容を事前に被験者に知らせる条件と知らせない条件とが設定された(図のC)。観察距離43cmに刺激の大きさは、30mm62.4mmの間で10段階に変化して提示し、その大きさ測定はディスプレーのスケール上に親指と人差し指の間隔で表すように(manual report)、あるいは口頭で報告(verbal)するように被験者に求めた。2通りのアクションのいずれを要求するかについてのアクション前の事前知識は、提示する刺激の色(例えば、緑色はreaching、白色はgrasping)を被験者に知らせる(prior knowledge)あるいは知らせない(no prior knowledge)ことで実施した。
 実験の結果、対象を掴むアクション(grasp)する条件と対象に手を伸ばすアクション(reach)条件で対象の大きさ知覚を比較すると、前者の条件で口頭報告とマニュアル報告の両方で対象知覚は物理的大きさに近似した評価がなされること、またアクションの前と後の条件で大きさ知覚を比較すると、口頭とマニュアルの両方でアクション後の対象知覚はより小さく評価されること、さらに2通りのアクション(grasp or reach)を事前に知らせる条件と知らせない条件をアクションの前と後で得られた対象のマニュアルと口頭報告での大きさ知覚の相関値をとって比較すると、マニュアル報告の場合の事前に知らせない条件のgraspアクションでは0.41、事前に知らせる条件のreachingアクションのそれは0.85となり、口頭報告の事前に知らせない条件のそれは0.85、事前に知らせる条件のそれは0.94となることから、知覚系と運動系の相関値は事前に知らされた場合に増大すること、などが見いだされた。
 これらのことから、アクションの前と後では対象の知覚が変わることから知覚系と運動系の双方向作用があること、またどのようなアクションをするかについての事前の知識の有無によっても対象の知覚が変わることが明らかにされた。視覚システムはアクションを起こすための準備とその実行の間で視覚、運動、自己受容感覚の情報をやりとりしていると考えられる。

バーチャルナビゲーション(VE)課題でのリーザスマンキ-の眼球運動の分析
 眼球運動の研究は、おもに中心窩に関わる対象識別および対象を中心窩にもってくるサッケードに関わる追従という2つの課題でなされてきた(Kowler, 2011)Corrigan et al.(10)は、バーチャル・リアリティ環境でも同様な眼球運動が生起するかを確かめた。とくにリーザスマンキ-にバーチャルナビゲーション(VE)課題を与えたときの眼球運動が自然環境でのそれと同等か否かををしらべた。実験装置は、82(a)に示されたように、VR提示ディスプレー、2軸のジョイスティック、被験体の眼球追跡装置、報酬としてのジュース給餌装置から構成された。被験体は、通常探索課題、学習課題そしてVE環境内探索課題を与えられた。サッケード課題では9個の位置のどれかに白色ドットが提示され、被験体はそれを1.5秒注視すれば報酬が与えられた(図のb)。学習課題では被験体がジョイスティックを用いてVE環境(図のe)内を探索し迷路の端までナビゲートすると、3つの対象のうち2つが出現しゴールの壁が木製の時には赤の対象を、スチールの時には緑の対象をそれぞれ選択すると最大の報酬が、またどの壁の時でも青色を選択すると同じように最大の報酬が与えられた(図のc)。VE環境内探索課題で迷路のどこかに赤色の煙が提示されるので、被験体にそれを探索し注視させると報酬が与えられた(図のd)。VE環境はコンピュータで作成され、またビデオオキュログラフィ(video-oculogrphy)を用い被験体の眼球運動が測定された。
 実験の結果、(1)通常探索課題では注視とスムースな眼球運動の比率は7:1であったのに対して、VE環境での探索課題ではそれが4:5となり、VE事態ではターゲットを探索するスムースな眼球運動が多くなるが、その速度は約6%遅くなること、(2)報酬が得られる対象の探索ではそうでない対象に比較してサッケード眼球の運動速度が増大すること、が見いだされた。
 このことから、リーザスマンキ-などマカク類を被験体にしてVE事態での探索課題および学習課題の分析には、眼球運動を速度とすることが適切である。