7.まとめ

両眼立体視
(1)Wilson(46)は、両眼コントラストのコントロール回路、方向刺激に基づくステレオ視回路および視野闘争に関わる抑制回路からなるニューラルモデルの構築を試みた。このモデルでは、両眼コントラストを媒介するINニューロンからなる局所的抑制回路が作動し、続いて視野闘争を媒介するIRニューロンからなる抑制回路に信号を送り、最後にIN回路からIR回路への抑制相互作用によって視野闘争を止めて安定した知覚を生じさせる。このモデルの妥当性を検証するために、両眼融合したグレーテング間に明るさコントラストの差を設け、その傾き知覚を測定した結果、両眼間の明るさコントラストが小さくなると傾きが縮小されて知覚されることが示された。また、左右眼の視野闘争は各眼のグレーテングを垂直線分からスタートし相互に拡大させると、15秒後の角度が±18°のとき突然に両眼視融合から視野闘争に変じた。±24°からスタートし縮小させる場合には、9.8秒間視野闘争が続いてから融合が生起した。開散からの視野闘争の生起と輻輳からの融合の生起の差が5.4秒となり、これが融合と闘争の間のヒステレシスループ(hysteresis loop)となり、さらにこのヒステレシスループは明るさコントラストの増大とともに減じた。これらの結果をノンリニアのニューラルモデルの予測値と照合すると、両眼視コントラスト、両眼視融合、そして両眼視のヒステレシスのいずれにおいてもよく一致することが示された。
(2)Dieter et al.(11)は、視野闘争における左右眼の感覚処理のアンバランス すなわち眼球の感覚優位性が視野闘争に及ぼす影響をしらべた。実験の結果、左右眼の感覚優位性が視野闘争に及ぼす影響を、視野闘争における交替持続時間と交替頻度からみると、視野闘争時間と頻度の平均については左右眼パターンで差が生じなかった。左右眼の感覚優位性の指標(左眼と右眼の優位選択比率の差をそれらの選択総数で割ったもの)を作成して指標とすると、視野闘争頻度はSEDとネガティブに相関し、強い知覚優位を示す者は視野闘争頻度が少ないこと、SEDがプラス値の者は右眼の知覚持続時間が多く、SEDがマイナスの者は左眼の知覚持続時間が多いことが示され、また片眼のパターン知覚の出現の偏りでは知覚交替が生じても、左右眼パターンが混在した知覚を伴いながら優位眼の知覚出現にすみやかに戻ることが多く見いだされた。これらの結果から、視野闘争には眼球感覚優位が強く関係し、その結果、出現する知覚パターンの偏在が起きた。これには両眼視の知覚過程で異なるパターンを処理する際の相互抑制のメカニズムが深く関わり、さらに視覚的注意と関係した視覚的意識のメカニズムの問題が関わると考えられる。
(3)Chen et al.()は、視野闘争における網膜盲点の充鎭(フィーリングイン)の実証を試みた結果、視野闘争における知覚優位性、知覚交替頻度、知覚優位刺激の持続時間の測度のすべてにわたって、視野闘争フィーリングイン効果が有意に認められた。とくに、知覚優位出現の持続時間の分布は図地反転など他の知覚反転のガンマ分布に近似することも示された。この結果から、視野闘争フィーリングインは網膜レベルの局所的なイメージ闘争が存在しないグローバルな知覚交替現象であると考えられる。
(4)知覚的充鎭現象(フィーリングイン)が存在しない刺激を内的に生み出したものであれば視野闘争とは関係しないし、また視野闘争で抑止された刺激は知覚的充鎭を誘導しないと考えられる。 Qian et al.(37)は、視野闘争と知覚的充鎭の間の関係を実験でしらべた。実験では片眼の盲点周囲への刺激パターンが他眼のそれと対応する位置(非盲点位置)に提示した別のパターンの間に視野闘争が起きるかどうかしらべられた。その結果、盲点領域での知覚的充鎭による情報が他の網膜領域の情報と知覚闘争を起こすものではなく、盲点周囲に提示された刺激パターンが視野闘争条件では知覚的に鮮明に生起しないことが示された。これらの結果から、視野闘争のしくみによって誘導刺激が抑止されている間は、知覚的充鎭が行われないことが明らかにされ、視野闘争における抑制は盲点の知覚的充鎭に先行し、視覚領V1あるいは外側膝状体(LGN)が関与 すると考えられる。
(5)Stuit et al.(40)は、視野闘争の高次レベルでの情報処理過程をとくに視野闘争が眼球に原因するか、あるいはイメージの一致によるのかをしらべた。実験の結果、眼球基因とイメージ基因の両条件の視野闘争における知覚優位はパターン間の距離が増大するとともに距離間が2°までは減衰するがそれ以降は平準となること、また提示パターンが左・右眼で異なる場合には特定のパターンの知覚優位は生起せず、またパターン間の距離が増大しても増減せずに変化は生じなかった。これは眼球基因とイメージ基因のグルーピング知覚は互いに競合する関係にあることが示された。これらの結果から、視野闘争における知覚優位の出現には眼球基因とイメージ基因の両要因が関わっているが、パターン間の距離に伴っては知覚優位が変動しないことから、イメージ基因の知覚グルーピングは眼球基因のそれと同様に空間的に類似した大きさという拘束条件があり、その範囲では類似した知覚が優位に出現すると考えられる。これは眼球基因とイメージ基因の知覚グルーピングが同じ受容野の大きさによって生じるためと示唆される。
(6)Aoki et al.()は、コラレーションにもとづく奥行はaRDS の絶対視差にもとづくよりはRDS の相対的視差にもとづいて奥行の逆転知覚を生起させるとする仮説をコラレートRDScRDS)と左右ステレオグラムで輝度反転したアンチコラレートRDS(aRDS)からなるステレオグラムを考案し検証した。実験の結果、左・右イメージの中心領域にaRDS、周辺領域にcRDSを近接させたステレオグラムを両眼視すると奥行方向知覚の逆転が生起するが、これはステレオグラムの中心と周辺領域間に生じる相対視差によって生起し、絶対視差によらないことが明らかにされた。これは左右眼の間の対応が相対的な奥行を生起させ、その奥行がレファレンスとなって奥行反転を生起させると考えられる。これは視覚中枢のいくつかのニューロンが左右イメージの対応に基づいて相対視差を検出し符号化することを示唆する。このように、両眼立体視に関わる視覚システムでは、対応をもつステレオグラムによる奥行のレファレンスがアンチコラレーションのステレオグラムにおける奥行方向の逆転に深く関与すると考えられる。
(7)Campagnoli et al.()は、3次元知覚空間の歪みが対象把握動作の知覚空間の歪みと同一であるかを2種類の課題、すなわち奥行課題(親指と人差し指を視線にそって開きターゲットの大きさ推定)および把握課題(指は閉じたままターゲットに触れるまで手を伸ばして反応あるいはターゲットの前と後を指でグリップする)で確かめた。両課題とも、被験者の腕と指は直接見えないようにブロックされた。実験の結果、バーチャル対象を指で掴む(grasp)動作による奥行幅は物理的奥行幅にリニアに変化したがすべて過小視され、また同様な掴み動作による横幅はすべて過小視され物理的奥行幅が変化しても同等を示しした。また、バーチャルな指によるグリップの大きさが対象まで指を伸ばす間にどのような変化するかその軌跡をトレースした結果、被験者があらかじめ対象を観察して内的に準備したグリップの大きさに依拠し、それが奥行の過小視を導いているが、視覚運動システムがオンラインで試行中に視覚的にそして触感覚的に修正していることも示した。これらの結果から、絶対的奥行距離に関わる情報と相対的奥行のそれとは独立した関係にあり、前者は視覚的圧縮に関係し、後者は奥行恒常性に関係すると考えられる。
(8)Peterzell et al.(35)は、両眼立体視において空間周波数とパターンの水平・垂直に関する視差感度の機能を、得られたデータを因子分析することによって明らかにしようと試みた。ステレオグラムにはランダムドットによるサイン波形のアナグリフ型ステレオグラムとステップエッジ型のステレオグラムを用い、サイン波形およびステップエッジ条件で得られた奥行閾値の被験者別のデータセットを因子分析した結果、(ⅰ)奥行弁別では低空間周波数と高空間周波数に同期する要因が抽出され、前者は0.4cpd以下、後者は0.8pcd以上であること、(ⅱ)これら低・高空間周波数の同期には水平あるいは垂直に関わる空間選択性(anisotropy)はないこと、(ⅲ)これらの要因は個別ではあるが、全く独立ではなく相互依存性もつことが明らかにされた。
(10)Akhavein & Farivar()は、 人の顔認識において奥行手がかりが異なってもその認識率は変わらないか、あるいは奥行手がかりによって認識率は異なるのかを異なる単一の奥行手がかりから顔刺激をコンピュータでモーフィングし、どちらの仮説が妥当かをしらべた。その結果、顔認識は陰影条件で最も高く、テクスチャとステレオ条件で低いことが明らかにされた。また、視線先の滞留時間は陰影とテクスチャの奥行手がかり条件で長く、ステレオ条件では視線先の滞留時間が拡散し、視線先の拡散を招き、顔認識率を低下させた。しかし人の顔認識において奥行手がかりが異なっても(陰影とテクスチャ)その認識率は変わらないという仮説が支持された。
(11)Eng et al,(15)は顔認識は個々の特徴を統合するホーリスティック(全体論的)なあるいはゲシタルト的処理過程でなされているかを、、顔刺激の特徴間の空間関係を妨害する逆転条件を2次元と3次元顔画像で導入して検討した。実験の結果、顔認識は正立顔刺激(約90%の正確度)が逆転顔刺激(約80%の正確度)に比較して正確に判定され、また3次元条件正立顔刺激は2次元正立顔刺激に比較して有意に正確度は高かった。反応時間についても、正立顔条件は逆転条件に比較し優位に小さいが、2次元と3次元では差がないことが示されたか。逆転条件では、それが3次元顔刺激でも判定の正確度と反応時間において2次元の正立顔刺激より劣っていた。これらのことから、顔認知の過程には顔刺激の特徴を処理する過程とそれらを統合するホーリスティック過程が存在し、顔逆転条件では前者の過程が阻害されるのに対して、正立条件では前者の過程を経て後者の過程が促進されると考えられる。一方、3次元の顔刺激条件が2次元の逆転顔条件と正確度および反応時間に差が無いことから、例え3次元条件でも視覚情報を豊富にしたことにはならず、2次元逆転顔条件と同様に特徴の処理過程で認知がなされると考えられる。
(12)Veras et al.(43)は、シルエットゾエトロープ(Silhouette Zoetrope)を考案した。円筒形の周囲に8羽の飛翔する鳥を等間隔に配置し、スリットをつけた円筒形を回転させ、そのスリットを通して覗くと、円筒形の周囲に配置した羽ばたきながら飛翔する鳥が周囲に置かれた鳥の向きとは反対方向に、何も置かれていない円筒形の内部中央にに1羽見えるというものである。新たに考案されたシルエットゾエトロープを用いると光学的そして視覚的な興味ある現象をもたらすことが明らかにされた。
(13)Chadnova et al.()は、弱視において両眼間のアクティブな抑制が除かれると両眼間の相互作用は正常な機能を取り戻すことができるか否か、また両眼間に過度なアクティブな抑制があるとき、弱視側の刺激を減衰することによって正常化できるかについて実験した。実験の結果、弱視者と健常者を対象としたMEGを用いた定常状態視覚誘発電位ではコントラストに対する振幅は弱視眼で低いこと、また両眼視条件で片眼にマスクを装着させるとその効果は弱視者より健常者で強いが有意差はないこと、さらに、眼球間処理過程での反応遅延(約20ms)は健常者より弱視者で有意に大きいこと、などが示された。 このことから、視覚領V1は弱視眼の刺激に対して健常眼側より反応が劣り、また弱視者の両眼間の抑止作用は健常者より小さいことが明らかにされ、もし眼球間の抑止が大きく縮小できれば(たとえば、時間変調3Hz 以上の刺激を与える)、弱視における両眼視機能を改善させることができると考えられる。

運動による3次元視
(1)McManus et al. (27)は、直進するベクションの周辺視、とくに極端な周辺視の役割についてしらべた。実験の結果から、ターゲットまでの知覚された距離(分子)に対する実際の距離(分母)の比(ゲイン)が計算され、その結果、全視野を含めて中心視野が確保された条件でのオプティクフローによるベクションのゲインは一貫して1以下の数値を示した。しかし、周辺視野のみのオプティクフローのベクションはターゲットまでの接近速度が1m/sの条件ではゲインが1を示した。これは被験者のオプティクフローに対するベクションが正確なことを示した。ただ、接近速度が1m/s以下ではゲインは1以上の値を示し、実際の距離よりオプティクフローが短くてすむことを示した。このことから、オプティクフローの提示が中心視を除いた周辺視のみでもオプティクフローの動く距離に対するベクションの距離が精確に知覚でき、周辺視の視覚情報のみを処理するしくみがあることを示唆する。
(2)Riddel & Lappe(38)は、自己と他者の生物的モーションが視覚システムによってどのように区別されるかを自己と他者の運動を光点のみで提示し、混在した光点の軌跡から自己と他者を識別できるかを実験した。実験の結果、被験者は自己の生物的モーションと歩行他者のそれとを自己のスタート位置に関係なく識別できることが示され、歩行他者の運動軌跡は自己運動によるオプティクフローとは独立した事象であることを示した。しかし、自己と歩行他者の運動がともに存在するときの網膜運動は歩行他者のみの運動の場合より速くあるいは遅く拡大し、この網膜運動の手がかりが自己と歩行他者を識別する手がかりとなる可能性が残る。そこで、歩行他者が前進、後退する時の四肢の運動を、前進時に四肢運動一致と不一致条件、後退時に四肢運動一致と不一致条件の4条件を設定して、自己運動の識別を被験者に求めた結果、歩行他者の前進時と後退時の不一致条件でそれらの一致条件より有意に自己の運動の識別割合が高かった。これは自己と他者の運動が一致するときには、その網膜運動はすべて他者に帰属され、逆に歩行他者の運動が自己と不一致条件の場合には網膜運動はすべて自己である観察者に帰属されたことを示す。次に生物的モーションのみが自己と他者の運動を識別する手がかりなのかを確かめると歩行他者の光点運動が生物的モーションを含んでいない条件で自己の運動がある場合には、提示された光点モーションを自己と他者の複合と識別、自己の運動を含まない場合にはそれを自己の運動として認知、また他者の光点運動が自然な歩行をする条件では自己の運動のあるなしに関わらず、提示された光点の運動は自己の運動と認知された。この結果は、自己の運動が存在しない曖昧な事態にも関わらず、提示された光点運動は自己の運動として認知されることを示した。さらに、自己の運動がどこを向いているか、そのヘッディング(heading)の手がかりが歩行他者との関係でしらべると、歩行他者の位置が左5°条件ではヘッディングは右方向に、右5°条件では左方向に評定された。この結果は、ヘッディングの評定が中心方向にシフトすることを示し、それが自己と他者の運動のベクトルで処理されることを示唆した。これらの結果から、オプティカルモーションが多義的な事態で生物的モーションが自己と他者の動きの識別の手がかりになるが、しかし自己のヘッディングを知る手がかりには用いられていないと考えられる。
(3)Niehorster & Li (29)は、観察者の自己運動によるオプティクフローと対象の運動によるそれとを区別することが可能か、さらにこれら2つのオプティクフローの速度をを変えても区別が可能かをステレオディスプレーにオプティクフロー、すなわち観察者が赤色のワイアーフレームで作った多数の奥行の異なる対象の中を正面に向かって動く事態をシミュレートして実験した。その結果、視覚情報にだけ基づいてオプティックフローから自己運動の要素を部分的に除くことができたが完全ではなく、シーンに固有な対象運動は正確には復元されなかった。
()Layton & Fajen(24)は、MST野の背側部(MSTd)の神経細胞間の拡大と縮小オプティクフローのコンピュータモデルを構築し、それを知覚心理実験で検証することを試みた。観察者の前進によるフローと眼前の対象の後退によるフローとを識別するために「on-centeroff-surround」の回帰的結合(recurrent connection)を4通りに変えたMSTdの「no-interactionモデル」、「across-interaction-only モデル」、「full-interactionモデル」、そして「within-interaction-onlyモデル」が提案され、精神物理的実験で検証した。その結果、被験者による自己運動のヘッディングバイアスは、後退対象が観察者の運動軌跡を横切る場合には対象側の方向、また後退対象が観察者の運動軌跡を横切らない場合には対象の反対方向となることが示され、MSTdの「full-interactionモデル」の予測と一致した。このことから、拡張と収縮ユニット間に回帰的結合を仮定したモデルが、後退対象のあるダイナミックなオプティクフロー事態で自己運動のバイアスを的確に予測すると考えられる。
() Buckthought et al.()は、頭部運動による刺激パターンが1/fスペクトラムをもち、かつパースペクティブレンダリング(Perspective rendering)によって生じる自然な事態で運動視差の奥行効果を再検討した。観察者の頭部運動に連動してシフトする刺激パターンにはランダムドットとガボールマイクロパターンを用いた。ランダムドットとガボールマイクロパターンのそれぞれで、注視点の上あるいは下のテクスチャのうちどちらが手前に視えるかを判断させた結果、相対的奥行判断知覚は、正射影レンダリングよりパースペクティブレンダリング条件で正確さが高くなることが示されたが、しかしランダムドットパターンよりガボールマイクロパターン条件で劣った。さらに、パースペクティブレンダリングの奥行効果を高める3つの要素、垂直要素の変形(vertical)、近面とと遠面の間の速度(speed)、左右と垂直方向の速度勾配(lateral gradient)をそれぞれひとつずつ除いて注視点の上・下での視えの奥行順序を求める実験をした結果、3要素を除いた条件では奥行順序の知覚の正確さが劣ることが示され。これらの要素はいずれも運動視差における奥行効果を高めていた。

絵画的要因による3次元視
(1)Koizumi et al.(22)は、照射光源の方向、ディスクの面、そしてキャストシャドー(照射光源によって作られる対象の陰影)の相互関係をしらべた結果、ディスクの配列が垂直方向でディスクの面がwhite-on top条件でもっともディスク面の凸知覚が高められ下方向のキャストシャドーと連関していること、およびディスクの水平方向配列では面がwhite-on-leftのときに凸知覚が高められ右方向のキャストシャドーと連関していることが示された。これらの結果は、光源の右上方向仮説を確認するとともに、対象の面の陰影情報がキャストシャドーとディスク間の連関を高めることを示した。
()Pont et al.(36)も、凹凸をもつ幾分リアリティのあるテクスチャ面で人間は照明方向を判定できるかをしらべた結果、被験者は一定の範囲の凹凸をもつ幾分リアルなサーフェスの陰影プロフィール(レンダリングしたガウス・テクスチャをもつサーフェス)にもとづいて、照明の高さと方位角を判定できることを示した。とくに被験者は、提示したイメージがシャドーで構成されている場合にはほとんど完全に照明の方向と位置すなわち方位角(azimuth)を判定できたが、陰影で構成された場合にはエラーが出現した。これは、陰影がゆるやかな境界をもつのに対して鋭い境界をもつシャドーが照明による凹凸の多義性解決の手がかりとなっていた。さらに照明の高さの判定は、サーフェスの照明の一様性の程度、シャドーによる面の断片の程度、および照明の強度によっていた。
()te Pas et al.(33)は、単一照明での拡散、あるいは複数の照明間の異なる距離のために同一ではない照明事態の特性を、対象を識別できる照明要因であるハイライト、陰影、そしてキャストシャドー(shadow)での識別成績を相互に照合すると、ハイライトもしくはキャストシャドー、あるいはこれら2要因の組合せに成績の相関がみられた。この結果は眼球運動からも確かめられ、被験者は最初に対象を注視した後ほとんどの者はキャストシャドー領域を注視すること、また顕著な特徴であるハイライト要因を副次的に利用するが、陰影は利用しなかった。これらのことから、対象を照明する光源は一つか二つか、あるいは一つの場合どの方向から照明されているかを識別する要因は、キャストシャドーであることが示された。
() Schmidt et al.(39)は、ものの堅さが一つには対象が何であるか認知しその物理的特性を想い出すことから、二つにはその対象がぶつかったり、動いたりしたときの形状の変化から推定されるが、これら2つの認知要因がどのように相互作用して対象の堅さを推定するかをしらべた。その結果、()対象イメージの形状が変わらない条件では、対象イメージの視覚情報が対象特定の有効な手がかりになること、()被験者の堅さの推定は基本対象に対する当該対象の物理的な変形の度合いによっていること、()堅さは対象の変形度の手がかりによるのではなく材質の視覚的手がかりによること、()刺激対象の変形過程の直接観察(視覚的手がかり)は対象による推定の変動差はあるものの全般に対象の堅さの推定に大きな効果があること、などが示された。これらの結果から、視覚システムは対象の堅さの推定を対象の形状および運動の視覚的手がかり、とくに変形過程の視覚的手がかりに主によると考えられる。
()Su et al.(41)2次元の単眼視像から3次元の奥行構造を復元するためのコンピュータモデルを提唱した。このモデルでは、自然シーンの物理的特徴を視覚システムが解釈する基礎となる統計的規則である1次統計値(natural scene statisticsNSS)、およびそれの2次統計相関NSS(2次元写真画像とその奥行マップを関連づけたデータベース)から抽出するために、まずNSSの特徴が事前確率情報として抽出され、これから標準となる局所的奥行パターンの辞書を作成、次にこの辞書から局所的イメージ特徴を奥行マップに関連づける多変量のガウス合成尤度モデルを作成した。この後、ベイズの統計を用いて空間の奥行値を予測した。自然シーンの単眼的3次元画像マップのパッチをベースにし事前確率から尤度を求めた。最後に、計算した奥行パッチをスティチィング(stitching)して統合し奥行のマップを作成した。シミュレーション実験の結果、Natural 3Dモデルでの奥行マップは、3次元レーザーライダーによる実測値(Grund-truth depth map)の結果によく相関した。
()Maarseveen et al.(26)は、オクルージョンの間に刺激特徴が変化した条件での物体の知覚同一性についてしらべた結果、ターゲット刺激の輝度をフリッカー(510 Hz)させると、非オクルージョンおよびオクルージョン条件では非フリッカーに比較して刺激の持続時間錯覚が増大、また刺激の輝度頻度が高いほど大きいことも示された。さらに、オクルージョンの間の刺激の輝度変化を変えることによって被験者の期待を操作し、刺激の持続時間錯覚の増大の程度をしらべた結果、オクルージョン条件は非オクルージョン条件に比較して持続時間錯覚の増大は有意に小さいこと、輝度無変化条件では輝度変化条件と輝度変化中断条件に比較して有意に小さいこと、輝度変化条件は輝度変化中断条件に比較して有意に大きいこと、さらに非オクルージョン条件とオクルージョン条件における刺激の連続提示(輝度無変化条件と輝度変化条件)と輝度変化中断条件の間で刺激の物理的持続時間に対する持続時間錯覚の増大量を算出し非オクルージョン条件とオクルージョン条件間で相関を取ると強い正の相関がが示された。このことは、被験者のオクルージョン条件での内的表象は非オクルージョン条件のそれと類似することを意味することから、刺激の輝度変調特性がある場合、その刺激特徴が見えている間に被験者によって検出され、オクルードされた場合にもその内的表象が持続し、その刺激の時間的再生を求めたとき被験者の刺激特性に関する期待を介して作用すると考えられる。

視空間の構造
(1)Erkelens(16)はパースペクティブ理論をGilinsky(1951)の数学モデル、Ooi & He(2007)のモデル、ベキ関数モデル(Baird & Wagner, 1991)Wagnervector contractionモデル(1985)、およびFoley 2004)の視空間モデルと比較し考察した。Gilinskyの数学モデルは、パースペクティブ理論とは異なる原理にもとづくが、対象までの知覚された奥行距離と大きさを導く数式は両理論とも等しい。Ooi & Heのモデルでは、地面に置かれた対象の奥行距離知覚には観察者の眼の高さおよび地面の知覚した傾きが考慮されたが、パースペクティブ理論との相違はほとんどなかった。ベキ関数モデルではパースペクティブ理論の距離判断のすべて範囲で相違は小さいもので、ベキ関数モデルとパースペクティブ理論のどちらのモデルでも奥行距離と大きさの判断は適切に説明される。Wagnervector contractionモデルはランダムに提示された対象(棒刺激)間の距離判断のために提案されたもので、この種の知覚問題の範囲では妥当といえる。最後にFoley のモデルは、観察者から奥行方向の異なる2点の杭の間の距離知覚を課題としたもので、それは2点間の距離イメージの大きさと奥行距離に比例して規定されるとした。Foley のモデルとパースペクティブ理論は、奥行距離と2点間の距離知覚が同じパラメータでは規定されない点で共通するという。このようにErkelensは、パースペクティブ理論が他の5つのモデルを統合するモデルであると主張する。
(2)Lisi & Cavanagh(25)は、知覚と運動の異なる処理過程を"Double-drift targets"現象を利用してしらべた。その結果、サッケードによるターゲットの位置はターゲットの物理的位置と同等になることを示したが、指さしによるターゲットのpointingは大きくサッケードの位置とは異なることが示された。この指さし(pointing)の位置がサッケードと異なることは観察者の手が視えない事態でも確認された。これはサッケードの眼球運動による視覚情報処理は他の運動とは異なることを示唆した。このことから、サッケードの眼球運動は時間的に最近接のごく短時間のシグナルに対応しているのに対して、指さしなど意識的な知覚と運動は時間的により長期の情報を統合して遂行されていると考えられる。 

3次元視におけるその他の研究
(1)Paeye et al.(34)は、非類似の前サッケードと後サッケード刺激事態でTranssaccadic fusion現象がはたして存在するのかを検討した。実験の結果、被験者の総試行数の67%で前サッケードイメージと後サッケードイメージの重なり、つまり両イメージは融合して知覚された。サッケード条件の観察では垂直線の知覚位置にバイアスが生じ、サッケードの右あるいは左方向に関わらずほとんど左端に垂直線は位置していた。注視条件ではこのバイアスは示されず、眼球運動を妨げない状態でこの種の融合が起きた。このことから、前サッケードと後サッケードの間でそれらの位置を再調整する再マッピングのメカニズムがあることを示唆する。
(2) Gootjes-Dreesbach et al.(18)は、視野中心モデル(View-based)とメンタルマップ再構成中心モデル(reconstruction-based)を比較し、人間のナビゲーション能力をしらべた。実験の結果、予想に反して手がかりが稀少な事態で視野中心モデルは再構成中心モデルよりゴール到達成績が良いことが示された。実験で得られてたデータからゴール位置と実際に到達した位置の間のエラー分析を行うと、実験データの尤度は視野中心モデルによるサンプルの尤度に類似したが、再構成中心モデルのそれとは異なることが示された。また、視野中心モデルは豊富手がかり事態に比較して稀少手がかり事態でエラーが高いこと、さらに豊富手がかり事態で視野中心モデルから再構成モデルへの転換もなされないことも示された。
(3)Finlayson et al.(19)は、測定において視野の位置における知覚的バイアスをしらべるための新たな手法である複数選択肢知覚探索事態で個人の知覚的バイアスを効果的に測定できるかを検討した。この手法では刺激は視野内に単独では提示されず、他の刺激とともに集団で提示される(MAPS法)。実験の結果からMAPS法とMCS法(恒常法)における知覚的バイアス(Perceptual Bias)の程度をしらべた。MAPS法ではターゲットの各提示位置における正反応の確率を、MCS法では主観的等価値(PSE)の変動をそれぞれしらべて知覚的バイアスを計算し両方法で知覚的偏向間の相関をしらべた。その結果、新手法であるMAPS法は伝統的方法であるMCS法と強い相関があることが示された。このことから、MAPS法は対象の視空間位置が変化したときの個人の知覚経験を測定する効果的な手法であり、また幾何学的錯視測定にも適用できる。
(4)Corrigan et al.(10)は、バーチャル・リアリティ環境でも現実世界と同様な眼球運動が生起するかを確かめた。とくにリーザスマンキ-にバーチャルナビゲーション(VE)課題を与えたときの眼球運動が自然環境でのそれと同等か否かををしらべた。実験の結果、通常探索課題では注視とスムースな眼球運動の比率は7:1であったのに対して、VE環境での探索課題ではそれが4:5となり、VE事態ではターゲットを探索するスムースな眼球運動が多くなるが、その速度は約6%遅くなること、また報酬が得られる対象の探索ではそうでない対象に比較してサッケード眼球の運動速度が増大することが見いだされ、リーザスマンキ-などマカク類を被験体にしてVE事態での探索課題および学習課題の分析には、眼球運動を速度とすることが適切である。