運動による3次元視

1 オプティクフロー

観察者の移動距離知覚と視点の振幅(oscillation)
 観察者が移動するとき、その移動距離は2種類の知覚情報、すなわち一つは求心性と遠心性の情報(筋肉感覚や自己受容感覚、前庭感覚)、もうひとつは移動に伴う外界の環境情報(オプティクフロー、聴覚フロー、ハプティクフロー)にもとづいて判断される(Harris et al., 2002; Harris,Jenkin & Zikovitz, 2000; Israel & Berthoz,1989; Mittelstaedt & Mittelstaedt, 2001)。同時に観察者の3次元頭部運動(左右、上下、前方の頭部運動)はオプティクフローに対する観察者のベクションを誘導し、これが観察者の移動距離に影響する。
 Bossard & Mestre(3)は、3次元頭部運動によって変化する視点の振動(周波数oscillation)が観察者の移動距離知覚に与える効果をオプティクフローを単独に操作できるバーチャルリアリティ(VR)でしらべた。次の4つの仮説が考えられた。仮説(1)視点の振動は歩行ステップと速度に影響し感覚情報による歩行距離の統合過程を変える、仮説(2)視点の振動は大局的な網膜運動を増大し自己運動感覚を増長する、仮説(3) 視点の振動は静止観察者の前庭感覚中枢を刺激して自己運動感覚を増長し眼球の追跡運動を生起する、仮説(4) 視点の振動が自然の歩行振動に類似すると観察者の自己運動感覚を増長する。実験では、仮説(1)の検証を視点の振動を種々変え、それが自己運動知覚に影響し歩行距離の統合過程を変え、その結果観察者の移動距離知覚過程を変えるかどうか、仮説(2)の検証を観察者の視点の振動を変えたときに生起する眼球運動をEOGで、頭部運動を運動追跡装置でそれぞれ測定し、視点の振動が異なると大局的な網膜運動も影響するかどうか、仮説(3)の検証を視点振動変化が眼球と頭部運動の補償的運動を生起するかどうか、そして仮説(4)の検証を同一量の網膜運動を生じるが観察者の視覚歩行の点では生物的に適応あるいは不適応な2種類の視点振動を設定し、それが観察者の自己運動知覚に同じ効果をもつかどうか、それぞれの実験事態を設定して検討された。
 実験はVRの装置であるCAVEを用い、壁面が一様なトンネルをシミュレートしたオプティクフローを3次元視させて行われた。CUBEは前面と左右面にはリアプロジェクターを用い、また床面には上方のプロジェクターで画像を提示するもので、図32のような位置に被験者を立たせて4面に3次元視刺激を提示した。3Dグラスを装着した被験者には床面の異なる奥行位置に提示されたターゲット(1個の道路表示用コーンで高さ70cm、観察距離を6、12、18、24、30m)までの奥行距離を評定させた後で、ターゲットを消し、次いでCAVE内のトンネルを模したオプティクフローを観察させ、先に評定したターゲットに到達したら合図させた。オプティクフローは、まず観察者(成人男女各10名)に擬したカメラがまっすぐなレール上を1.47m/sの一定速度で移動するLinear条件(L)を設定し、これを基に頭部の上下、左右、前後を模した3角波形の視点振動(0.044m)を設定した。その周波数(frequency)はHF(4Hz/s、速度0.367m/s)、MF(2Hz/s、速度0.735m/s)、LF(1Hz/s、速度1.47m/s)の3条件に変えた(図33)。
 実験の結果、LFとMF条件では、LFとHF条件に比較して観察者は対象までの移動距離を正確に知覚した(LFとMF間およびLとHF間には有意差なし)。
 そこで、仮説2と3を検証するために、同一の実験事態で観察者の眼球運動(EOG)と頭部運動(CAVEのトラッキングシステム)をしらべた。その結果、眼球運動と頭部運動とも周波数の異なるオプティクフロー条件で差がないことが示された。これは視点の振動(周波数)が網膜運動全体に影響しないこと、および視点の振動変化が眼球と頭部運動の補償的運動を生起させないことを示した。観察者が記憶した位置にもとづいて対象を追従することを示唆する。
 さらに、仮説4を検証するために、通常の歩行と同一の網膜運動条件(bio-coherent、ステップ頻度に対応した2 Hzの垂直の3角波形周波数、ストライド頻度に対応した1 Hzの水平の3角形周波数)をシミュレートしたオプティクフロー、そして生物的にはあり得ない歩行の網膜運動条件(bio-incoherent、ステップ頻度に対応した1 Hzの垂直の3角波形周波数、ストライド頻度に対応した2 Hzの水平の3角形周波数)のオプティクフローを設定し、記憶したターゲットまでの歩行距離を見積もらせる実験を実施した。その結果、オプティクフローのbio-coherent 条件とbio-incoherent条件間には知覚距離に差が生じなかった。これは、仮説2すなわち視点の振動は網膜運動全体を増大して自己運動感覚を増長するを支持した。
 これらの結果から、観察者の視点振動(周波数)とくに1 Hzと2 Hz条件が4 Hz 条件より記憶させた歩行距離知覚を増進することが明らかにされ、これには眼球の追従による前庭感覚は関係しないことから、歩行距離知覚は大局的な網膜運動によると考えられる。 

放射状拡大と収縮するオプティクフローによるベクションの発達的比較
 Shirai,et al.(35)は、放射状に拡大あるいは収縮するオプティクフローによるベクションについて発達的にしらべた。年齢グループは3群で、6-8歳群18名、9-11歳群19名、成人群20名であった。実験ではシミュレートした立方体中のランダムドット(16000個)が観察者に接近するように拡大することによって後退させるようなベクションを生む条件(拡大運動条件)、あるいはそれらを収縮させ前進させるようなベクションを生む条件(収縮運動条件)を設定し、これらをスクリーンに投影して、ベクションが生じる潜時、持続時間、そしてその強さを測定した。
 その結果、すべての年齢群で収縮運動条件での潜時は拡大運動条件より有意に短いこと、また拡大運動と収縮運動の両条件において成人群より児童群で有意に潜時は短く、強さ大きいことがそれぞれ示された。これらの結果から、オプティクフローの運動方向の違い(拡大あるいは縮小)によるベクション経験の非相称性は児童群で顕著で、しかもベクションの知覚経験は成人群より敏感である。
 これらの結果がどのような理由で起きるかは今後の課題であろう。

2.ステレオキネティック効果
ステレオキネティック効果における最少の変形という拘束条件
 点あるいは形の描かれた2次元の円盤を前額に平行に回転させると、立体的な形状が浮き上がって知覚できる(図34)。このステレオキネティック効果は、計算論で考えると、形状の変形が一義的に決められない不良問題である。すなわち視覚システムはt時における空間時間位置(x,y,z)がt+Δt1時点でどのようになるかを一義的に決められない。これはステレオキネティック効果を含む運動からの3次元構造知覚(SFM,structure from motion)に固有な問題であり、これに一義的解を得るためにはステレオキネティック効果の操作環境とオプティクアレイに拘束条件を設ける必要がある。2次元に回転する楕円を持続観察すると、3つの連続する知覚、すなわち(1)イメージ面で回転するリジッド(rigid)な楕円の知覚、(2)イメージ面で時々変形する楕円、(3)楕円がイメージ面で3次元の傾斜したディスクと視えるステレオキネティック知覚、が生起する。もし楕円がドットをもつならば、図1に示すように、楕円上の短軸にドットを描き、前額平行回転させると、一定の高さをもつ傾いたコーンが視える。もしドットが長軸上にあれば、ドットはイメージ面に傾いた円形の2次元ディスクを横切るように運動して視える。もしドットが短軸上になければ楕円とドットでつくる形状はリジッドなコーンとは視えず、コーンの軸に垂直な面の周りを頂点の中心をはずれて形状を絶えず変えながら回転するように知覚される。視覚システムは形状の変形を最少にし可能な限りリジッドな形状を最大に知覚する偏好傾向がある(principle of minimal deformation and maximal rigidity)(Hildreth, 1984; Yuille & Grzywacz, 1989;Weiss etal.;2002).。したがって、もしドットが楕円の短軸上にない場合には視えの形状が常に変化するので視覚システムは運動の速度を最少にしまた空間的にもっともスムースに知覚しようとする原理に基づいて2次元の運動パターンから3次元の構造を推測する。ステレオキネティックコーンの知覚は、slow and smoothness仮説とリジット仮説にもとづいたヒューリスティックな過程で生じると考えられる。
 Xing & Liu(42)は、この2つの仮説を検証するために偏心的なドットの位置によってどのようにステレオキネティックのコーンの高さが決まるかを実験で確かめた。図35には、ステレオキネティック効果の仮説が示されている。図の灰色部分はイメージ面における楕円の投影で長軸(2a)にある偏心ドットと短軸上のドットがある(この2つのドットは説明のためだけに示した)。実際の刺激では楕円と一つのドットがその内部にある。もしこの刺激パターンがZ軸を中心にωの角速度で回転すると3次元の視えが生起する。ディスクは黒色の円輪郭をもつのでコーン状の3次元形状が生じるが、視覚システムはこれを2次元の楕円によるものと仮定する。図のΨはコーンの中心軸(ディスクの法線曲面)を示す。各ドットから伸びる点線矢印は3次元空間における可能な位置でドットの視かけの奥行を表す。ドットが短軸上にあれば紡錘状コーンの頂点はドットのZ線が円形のディスクの法線と交わるところに奥行が知覚される。もしドットが短軸上になければそのZ線は円形のディスクの法線と交わることはない。ドットが長軸にあれば法線に対する3次元距離は最少となりドットはディスクの面上にあることになる。したがって、偏心にあるドットが長軸から短軸に近づけばコーンの視えの高さは増大し、またドットが長軸上にあれば視えのコーンの高さはゼロとなると予測される。図36にはこれらの関係が図示されている。
 実験では楕円とドットからなる刺激はディスプレイに提示され、他の手がかりを排除するために観察用のチューブが用いられた。試行毎に楕円の縦横比(0.6、0.8)と初期のドット位置(長軸の0°、短軸の30°、60°、90°)および回転速度(60°、90°/s)が変えられた。またドットの位置は回転の中心から常に等距離をとるように設定した(図37)。成人の被験者(8人)には楕円と同時に回転するバーの長さを視えのコーンの高さに調整するように求めた(図38)。
 実験の結果、ドットの偏心位置が短軸の方へ0°、30°、60°、90°と増大すると視えの奥行(平均)は0.13、2.25、4.89、6.45cmと有意に高くなり、この傾向は縦横比(0.6、0.8)が大きいほど(ドットと楕円の回転の中心の間の距離が大になるほど)顕著なことが示された。そこで、コーンの視えの高さ(h)の予測値(図36よりh=d/sinθ)と実測値の間の関係を最小二乗法でみると、縦横比が0.6の場合の最小二乗値のスロープは、1.00、0.8の場合には0.98となり、したがって視覚システムはコーンの変形を最小にするために視えのコーンの頂点が回転するディスクの中心軸にもっとも近接した場合にその高さを最大としていると考えられる。
 これらの結果から、多義的なステレオキネティック刺激を観察する場合、視覚システムはその運動速度を最小に、そしてその形状のリジッドを最大にするような偏好性をもって形状を知覚すると考えられる。

3. ベクション

オプティクフローの持続時間とベクション
 ベクションは視覚的運動刺激の大きさ、密度、速度など物理的レベルが小程度の時に影響されて大きくなる(Dichgans & Brandt 1978)。物理的レベルが中程度である運動刺激の面と材質によってもベクションは影響される(Kim et al.2016)。さらにベクションは、物理的には一定の刺激でもそれが全体として統一がとれている場合には、そうでない場合に比較して強くなるという認知的レベルの影響を受ける(Riecke et al. 2006)。運動刺激にアニメ(ドラゴンボール、ジブリのアニメ動画)を用い、その提示時間を変えた研究(Tokunaga et al.2016)によれば、運動刺激の内容に関わらずに提示持続時間を増大するとベクションが大きくなることが示されている。
 Seno et al.(33)は、オプティクフローの提示持続時間がベクション開始までの潜時およびその強度におよぼす影響について実験条件を吟味して再度しらべた。実験では視覚運動刺激として150本のアニメ動画(ビデオクリップ)を4秒ないし106秒の間、プラズマディスプレーに提示し両眼観察させた。ベクション強度測定のために、図39に示したように、拡大運動する円形グレーティングパターンを標準刺激として25 deg/secの速度で30秒間提示し、このときのベクション(前進)を100としたときビデオクリップによって誘発されたベクションはいくつの数値を当てることができるか(マグニチュード・エステメーション法)を被験者(22名)に答えるように教示した。
 実験の結果、150本のビデオクリップによるベクション強度の数値は84.21、またその提示持続時間とベクション強度間の相関係数は0.46となり、ビデオクリップの持続時間が長いとベクション強度が強まることが示された。そこで、人工的なベクション誘発刺激を用いて持続時間(8、16、32、64秒)と誘発ベクション強度の関係が検討された。誘発刺激には、図40に示したように、拡大運動するグレーティング動画とし、これを観察した被験者にはサイン波形のグレーティングテクスチャに囲まれた3次元シリンダーの中を前進するような自己運動を誘発する。ベクション強度は標準刺激を提示しないで0から100までの数値によるマグニチュード・エステメーション法で19名の被験者に答えさせた。測定はベクションが起きるまでの潜時およびベクションのすべての持続時間をキー反応によって答えさせた。
 その結果、提示持続時間が大になるとベクションから離脱するフェーズが長く頻度も多くなること、全提示時間に占めるベクション持続時間の割合(%-duration)も提示持続時間が増大すると大きくなること、そして、提示持続時間とベクションの評価強度、および%-durationとベクション評価強度との間には有意な相関があることが示された。
 これらの結果から、ベクションが起きるためには運動刺激の提示から数秒後であること、ベクション強度は提示持続時間の長さに応じて強くなること、さらにベクションの離脱がしばしば起きることが確認された。

4.その他の研究

3次元運動の系統的知覚の誤りとベイズ定理による説明
 Rokers et al.(27)は、3次元に運動する対象の運動軌跡はある秩序だった方向に誤って知覚されるが、その誤り知覚(misperception)がベイズの定理(ある事象Bが起こったという条件のもとでの事象Aの確率 P(A|B))で説明できることを明らかにした。この定理では、知覚は事後確率P(s|r)と考え、それは物理的刺激(s)と反応(r)の条件付き確率および尤度P(r|s)で決められる。この場合尤度は物理的刺激に対する感覚反応の条件付き確率で表せ、また刺激の多義性やノイズ、感覚システムのノイズなどによる不確実性は尤度の大きさで示せる。事前確率(Ps)は被験者への刺激の仮定的な確率分布で、経験による学習などに基づく。事前確率、尤度、事後確率は次式で表せる。
 P(s|r) ∝P(r|s)P|s)
もし感覚の不確実さが大きいと尤度が大きくなり、事前確率は事後確率に大きく影響する。つまり、知覚は事前確率の方へ偏よることになる。3次元運動視のエラー知覚にこの定理を当てはめると、3次元運動の事後確率を引き出すには、網膜に投影された刺激の特性を分析する必要がある。図41には、対象の網膜における速度が3次元世界では非対称な運動軌跡を生じ、不確実性をもたらすことを示したものである。図(A)は同速度で直交する運動対象のベクトル(奥行方向の運動は緑色、横方向はオレンジ色)を、図(B)は網膜上の一定速度の運動ベクトルは横方向より奥行方向の運動の方がより長く、不確実性のもととなることを、図(C)にはこの不確実性は観察距離が小さいと縮小することを、図(D)にはこの関係は運動が矢状面(身体の正中に対し平行に左右相称に左右を分ける面である)の場合逆転することを、図(E)には観察者の眼球の接線が最小の所与の角度と距離をもつベクトルを決めることを それぞれ図示する。
 3次元に運動する対象の軌跡と網膜速度との関係は次式で規定できる。
p(t) = [x(t),y(t),z(t)]
ここで、pは対象の位置、tは時間で、3次元軸(x,y,z)で示されている。この3次元運動視の座標系を図示する、図42になる。図では左右の眼球内の灰色領域は運動対象の位置と軌跡を、x0とz0はt0の運動対象の位置をそれぞれ示す。
 ここでx軸とz軸の運動ノイズによる不確実性がそれぞれ独立ではないと仮定すると、
図43に示すように、運動対象のx軸(横方向)とz軸(奥行方向)の不確実性は刺激距離と頭部中心とした偏心度で変化する。図(A)は運動ベクトル(x’)の不確実性をx軸とz軸上に表示(眼球間距離は6.4cm)、図(B)は 運動ベクトル(z’)の不確実性を表示、図(C)は図Aの枠で囲った部分のカラーマップをそれぞれ表示したものである。図(D)は対象の位置の範囲内の運動ベクトルx'とz'のノイズの共分散の表示し、分布線は対象の各位置での相対的な不確実性と最大の不確実性が出現する軸を示す。
 Rokers et al.は、図44に示したように、運動刺激をバーチャルにステレオ提示(ヘッドマウントディスプレー)するとともに、別にステレオスコープを用意して提示(この場合にはバーチャル空間は提示しない)して比較した。VR提示したバーチャル空間(四面は異なるテクスチャで覆う)でその視空間の中央に平面図形(観察距離90cmあるいは45cm)を前額平行に提示(図A)し、その中央に提示した円形の窓状領域のノニウス線を注視させてからバーチャルな白い矩形の対象をステレオ視(図B)させ、360°ランダムな方向に動く刺激対象(奥行距離に対応して拡大縮小)を被験者に観察させてバーチャルなパドルを操作してその軌跡が横切ると思われた位置に合わせる(図C)ように教示した。被験者は70名の学生、また観察距離および明るさコントラスト(100、10、7.5%)を変化させた。対象の奥行手がかりは単眼視手がかり(パースペクティブ)と両眼視差とした。
 ベイズの定理にもとずくモデルは、刺激奥行距離が大となるにつれ、また刺激コントラストが小さくなるにつれ、そして刺激の偏心度が大きくなるにつれ運動軌跡の知覚エラーが大となることを予測する。実験結果は、このモデルの予測とよく一致することが示された。この結果から、運動軌跡の知覚は観察者の事前(prior)の仮説およびある時点での感覚信号の理解(posterior)に基づくことが明らかにされた。

自然シーン内の対象の運動と観察者の自己運動
 対象の運動はオプティクフローと観察者の運動の両要因によって決まる。観察者の頭部運動と観察者が自己運動中の対象の運動知覚はともにオプティクフローに依存する。そのため、両要因は共通の神経メカニズムに支配され、対象の運動知覚が生起すると考えられる。とくに、観察者が自己の頭部運動知覚が不確かな場合には対象の運動も確実には知覚できないと仮定できる。
 Rushton et al.(29)は、頭部運動知覚の正確さの限界は対象運動知覚の正確さの限界と関係するか否か、あるいはこの両要因の知覚の正確さは共変関係にあるか否かについて実験した。実験事態は図45に示されているように、シーン内の対象(立方体)とターゲット(球体)から構成された。観察者の頭部方向(heading)の判断課題では、対象とターゲットは常に同方向に運動(図のc、α+β)、挿入枠内(円形)は観察者に視えている光景で、頭部の方向(赤印の×)はターゲットの右に位置した。またターゲットの運動方向の判断課題では、対象とターゲットは別々の方向に運動した(図のd)。このときシーン内の対象はα方向に運動、またターゲットは(α+β)方向に運動する。これを観察者から視ると、挿入枠に示したように、ターゲットはシーンに対して左方向に運動して視える。観察者に接近するシーンの運動速度は10.125 m/s、その背景に置かれた対象は0.55 mから1.05 mの範囲に置かれた。対象は54個の赤色ワイアーフレームで大きさ、方向、距離をランダムに観察者の前方に提示された(図のa)。ターゲットは球体で黄色で表示さ、そのスタート位置は観察者の正中視線の左右2.5°に置かれた。これらの刺激は両眼視差で奥行距離を規定し、観察者にはシャッターグラスを装着して観察させた。図(b)には、対象の運動角度と観察者の視線の角度を示し、αは観察者の正中視線に対する対象の最初の運動角度、βはαに対するターゲットの運動角度で試行毎に変えられた。シーンを両眼視融合させた後でシーンをシミュレートして1秒間観察させ、その後シーンを消して、頭部運動とターゲットの運動方向をマウスで答えさせた。頭部運動方向課題では、被験者の頭部がターゲットの左あるいは右方向を通過したかどうかを、またターゲット運動の方向判断課題では、ターゲットがシーンの左あるいは右方向にう動いたかどうかをそれぞれ判断させた。
 実験の結果、シーンに伴って変わる対象の運動方向判断は、頭部運動方向(heading)の判断より正確になされることが示された。
 次に、放射状に拡大するオプティクフローを観察するときには、拡大の中心となる点が存在し、観察者はそれを注視して自己の運動方向(translation)を知覚するが、このとき観察者の眼球が回転すると自己の運動方向を知覚できない。そこでシーンの注視点をランダムに-1°から1°/sの範囲で回転するようにシミュレートして提示した。実験の結果、シミュレートした注視点の回転は頭部運動方向の判断の正確さを減少させたが、対象の運動方向の判断の正確さを減じないことが示された。さらに、対象間の奥行距離を増大させ、運動視差が働きやすい事態で自己の頭部運動と対象の運動方向をしらべると、対象間の奥行距離の拡大は頭部運動方向判断の正確さを増大させたが、対象の運動方向判断を高めなかった。
 これらの結果から、観察者が頭部を運動させてシーンを観察する場合、そのシーンに随伴して運動する対象の運動方向の判断能力は自己の頭部運動方向の判断能力に限定あるいは束縛されないと考えられる。

多義的知覚における行動からの転移
 視覚システムは刺激対象の形状や運動方向を明らかにするが、その知覚は観察者の行動によって影響され知覚内容が変わる。例えば、ある運動を練習させると、その運動の知覚的弁別能力を向上させ(Casile & Giese 2006)、さらに刺激の明確な知覚がなく曖昧性を残す場合にはいま実行している行動(action)と一致するように知覚内容が変わる。すなわちアクションはフィードフォワードの効果(foward model)を生み出し多義的な知覚内容をアクションに一致するように知覚解決が図られる(Wolpert & Miall 1996)。これは、アクションから知覚への転移のしくみがあることを示唆する。
 Veto et al.(40)は、知覚ーアクションの認知モデルに関するこれまでの研究では、(a)視覚的モーションと実際のアクション間のカップリングの効果、および(b)視覚的モーションとアクションの内的なモデル間のカップリング効果とを混同していると考え、2つの可能なモデルのいずれが妥当かを実証するために、図46のようなパラダイムで実験した。被験者には、面のテクスチャの遠近要因を操作し回転方向が明確なシリンダーをレバーあるいはギアを30秒間実際に手で両方の回転方向が同一あるいは反対方向に任意に動かしながら観察(図a)させた。このレバーはベルトでシリンダーに接続しているので常にシリンダーとベルトは同方向に運動するか、あるいはシリンダーとギアは歯車でつながっているギア方式では常に反対方向に動くかであった。続いてシリンダーと被験者のアクション(レバーもしくはギア)の回転方向を一致・不一致に変化させながら20秒観察させ、その間レッドレバー(ホィールの取り付けられたレバー)の動きをベルトあるいはギアと同じになるように模倣させた。その後、レッドレバーを隠して回転するシリンダーを20秒間観察させた。テストブロックでは3分間、シリンダーのテクスチャから遠近部分を除去して回転方向を多義的にさせたシリンダーを3次元的に視えるように提示(structure of motion)し、その回転方向と心的にイメージさせたレッドリバーの回転方向が同一か反対かを被験者に答えさせた。この実験では2つの仮説、すなわちその1は、シリンダーの回転方向の知覚は被験者のアクション(ベルトorギア)に関係なく知覚領域で決めらるので、アクションがベルトあるいはギアに関わらずに回転方向の知覚とアクションが一致すれば安定的知覚が得られ、またそれらが不一致ならば非安定的知覚が内的モデルとは独立に決まると予測される。その2は、シリンダーの回転方向の知覚が視覚的モーションとアクションの内的なモデルで決まるならば、ベルト条件で回転方向の知覚とアクションが一致すればシリンダーの回転方向の知覚は安定し、逆に回転がシリンダーの反対となる場合に一致するギア条件では不安定となるし、シリンダーとアクションが不一致の場合ベルト条件では不安定な知覚、ギアでは安定した知覚となると予測される(表1)。
 実験の結果、テストブロックにおけるシリンダーの回転はすべての実験条件で同一であるにも関わらず、被験者の多義的なシリンダーに対する回転方向知覚はベルト条件ではシリンダーの回転方向とアクションによるそれとが一致する場合に安定したが、ギア条件ではシリンダーの回転方向とアクションによるそれとが不一致の場合に知覚が安定した。これはシリンダーの回転方向の知覚とアクションの認知との間には関係がみられず、したがって観察者が行ったアクションについての内的モデルがアクションから知覚への転移効果に関係すると考えられる。