絵画的要因による3次元

1. 陰影による3次元視
 Scaccia & Langer(31)は、木の葉が幾重にも重なった3次元シーンで葉の相互の奥行関係の知覚が両眼視差や運動視差、パースペクティブの手がかりが無い事態でどのようになされるかをしらべた。とくに、葉など対象の発する輝度要因の手がかり効果を分析し、刺激が「比較的暗く知覚される場合にはより深い奥行の知覚が生起する(dark-means-deep)」のか、あるいは「比較的明るく知覚される場合にはより深く知覚される(bright-means-deep)」のかを実験的に検討した。このような奥行-輝度の共変関係を検討するための遠近2つのターゲット刺激は、図48(3層の深さで例示)に示すような空白領域(トンネル)を設けたパラダイムで作成された。図の(a)では、近ターゲットと遠いターゲットの間に介在させた散在刺激(distractor、ディストラクター) を空白領域では除去、またこの空白部分は遠近両ターゲットの奥行視認性を考慮して遠ターゲットの前面にのみ設定された。図(b)では、 ディストラクター領域の奥行-輝度共変関係への影響をみるために遠ターゲットの背後にある領域のディストラクターとトンネル領域のディストラクターを等しく操作した(実験2)。図49は被験者に提示した刺激パターンで積み重ねられた葉をイメージしたもので、刺激が「比較的暗く知覚される場合により深い奥行の知覚が生起する仮説(dark-means-deep、DLC-)」を検討するためのもので、その背景は黒である。図中、縦列はディストラクター刺激の3種類の色(saturated green, unsaturated green, gray)、横行はターゲットの3種類の色(gray, unsaturated green, saturated green)を示す。図50は「比較的明るく知覚される場合により深く知覚される(Dark-means- near、DLC+)」仮説を検証するための刺激パターンで背景を白にしたものである。20人の成人被験者にターゲット間の奥行距離を変えた刺激パターンを提示し、パターン内の2つの矩形状のターゲットで被験者からみて手前に知覚されるものはどちらか、およびその明るさがもうひとつのターゲットより明るいか暗いかを知覚するように教示した。この刺激パターンでは2つのターゲットの大きさ手がかりは、縦幅と横幅が設定した奥行の深さに逆比例するように操作して大きさ手がかりを取り除いた。2つのターゲット間の奥行は完全上下法で測定し、それに基づいて奥行閾値が計算された。観察条件は単眼視とし被験者の利眼を用いた。
 その結果、2つのターゲット間の奥行閾値は、DLC+条件よりDLC-条件のほうが小さく、奥行距離に換算すると、DLC-条件では4.3cm、DLC+条件では5.8cmとなった。また、その奥行閾値はターゲットとディストラクターが同一の色面条件ではそれらが異なる色面条件より小さいこと、さらに同一色面条件および異なる色面条件ともDLC-条件の方がDLC+条件より閾値が小さいことが示された。これは、ターゲットとディストラクターの色が異なる場合には「刺激が比較的暗く知覚される場合により深い奥行の知覚が生起する(dark-means-deep)」ことを意味する。背景がDLC-条件と一致する黒の場合、およびそれらが不一致のDLC+条件の間には奥行閾値で差は生じなかった。
 これらの結果から、ディストラクターと同じ輝度をもつターゲットはより近くに知覚されることが示された。これはにDLC-とDLC+の両条件に当てはまる。視覚システムは、オクルーダー(ディストラクター)のなかに2つのターゲットが奥行差をもって埋められている場合に、ターゲットと背景との輝度差ではなくターゲットとオクルーダーの間の輝度差によってターゲットの遠あるいは近を知覚するストラテジーをとることを示す。

2.  
傾斜面の知覚
オプティカルな面と地理的な面の傾斜知覚(slant)

 オプティカルな面の傾斜面は地理的角度とその視線角度によって決まるので、視線角度が変わるとその傾斜面のオプティカルな傾斜も変わるはずである。しかし、傾斜面の知覚は観察者の視点が変化しても一定の角度を維持する傾向をもつ。Sedgwick and Levy (1985)は、オプティカルな傾斜面よりも地理的な傾斜面に基づく方が視覚システムには効率が高いと示唆した。
 そこでCherry & Bigham(5)は、オプティカルな傾斜面の前後の傾斜度(slant)知覚を測定し、その特性を探った。図51には、オプティカルな傾斜面の知覚のための刺激パターンが示され、左側コラムには大きなテクスチャエレメント(平均0.64平方センチ)による三角形図版、右側コラムには小さなテクスチャエレメントによる三角形図版(平均0.16平方センチ)が示されている。図52は実験装置でのターゲット面(左図)とレスポンス面(右図)の提示で、被験者はチンレストで固定され、はじめにターゲット面を観察させ、被験者の背側に設定したレスポンス面でターゲット面の傾き(slant)が同等になるように調整が求められた。また、モニターはターゲット面のslant(面を横から見た場合)を線分の傾きによるマッチングに使用された。ターゲット面のレスポンス面による測定とモニターの線分による測定は半々の試行とした。地理的スラント(slant)とオプティカルスラントとの関係は、図53のように設定された。オプティカルスラント値はターゲット面を眼球の位置と水平に提示する条件、あるいは40度下方に提示する条件を設定して、それぞれの条件で算出した。図の各グラフ上のポイントは被験者に提示したオプティカルスラントである。実線の細線と白丸はアイレベルに左右傾斜角(tilt)0°で提示(地理的とオプティカル面のスラントが一致)した条件、点線の細線と白四角はアイレベルに左右傾斜角40度提示した条件、実線の太線と黒丸はアイレベル下方に左右傾斜角0°で提示した条件、点線の太線と黒四角はアイレベル下方に左右傾斜角40度で提示した条件をそれぞれ表示した。被験者にはターゲット面をレスポンス面、およびモニターに提示した線分の傾きでマッチングするように求めた。
 実験はパースペクティブが変化してもスラントの知覚判断は恒常を維持するか否かをみるものであった。その結果、tilt 0°の場合、ターゲット面のslant判断の平均値の変化は地理的slant値とオプティカルslant値にともなってともにリニアな変化を示した。しかしtilt 40°の場合、ターゲット面のslant判断の平均値は地理的slant値にともないリニアな変化を示したが、オプティカルslant値の変化に伴っては過大傾向の変化を示した。もしパースペクティブ要因がslantの判断に影響するならばtilt 0°とtilt 40°ではともに類似するはずなので、この要因はslantの知覚に影響を与えていないと考えられる。パースペクティブが変化してもスラントの知覚判断は恒常を維持している。また、レスポンス面による測定条件とモニターの線分による測定条件については、slantの知覚判断には有意な差はなく、反応方法による相違は生じなかった。ターゲット面をアイレベルに水平提示する条件と下方に提示する条件では、アイレベルに水平提示する条件の場合でtiltが0°と40°ではスラント知覚判断に大きな差が生じ、とくにtiltが0°で下方提示条件で過小視が大きかった。さらに、これらの結果はターゲット面の提示周囲を暗くして判断の空間枠組を除去しても変わらなかった。
 これらの結果から、地理的slant値とオプティカルslant値のどちらに依拠して面のスラントの知覚判断をしているかを比較すると、被験者の視点の変化によるパースペクティブが変化してもスラント知覚は不変を保ち、地理的slant値で決定されると考えられる。

3. 図と地 
図-地分擬の新しい知覚原理:ドット点描による強調(アクセンチュエ-ション、accentuation) 
 Pinna et al.(24)は図-地分擬の新しい知覚原理、ドット点描による強調(アクセンチュエーション)を提案した。この知覚原理は、図54のように、図-地のどこかにドットを1点あるいは複数個を点描すると、ゲシタルト原理と関連して分擬効果が出現し、その領域の奥行と量感が生じることを示した。ドット点描は、知覚的な誘引(attraction)、強調(accentuation)、割り当て(assignment)の特性をもつためである。図になるためには、その領域が「強調」、「目立つ」、「圧迫」、「下線強調」、「誇張」そして「注意散らす」などの知覚特性をもつ必要がある。ドットを描画することは、その領域に注意を誘引し引き立てる効果がある。これは捕食者から身を守るために昆虫などが点描によって偽装し注意を他に向けることと同一である。


4. アモーダルな輪郭(amodal completion)
 Koenderink,et al.(17)は、アモーダルな輪郭要素の生成、つまり線分や輪郭のような機能をもつがその対応要素を特定できないものの使われ方をとくに絵画の領域で考察した。このアモーダルな輪郭要素は、主観的な輪郭すなわち輪郭がないのに知覚者が主観的に生成した輪郭という意味ではないという。アモーダルな輪郭は知覚されるがただシャープではなく2つの一様な領域の間でコントラストをもち、まっすぐに広がるようにそしてある領域をオクルードするように知覚される。
 このようなアモーダルな輪郭を用いた大雑把な絵画デザインは、図55に示されている。図の左上図には背景を対象とは逆の陰影をもたせることによって生じる輪郭の生成と消失が、図の右上図にはダークな色合いで生成された通路が、図の左下図には対象の一部分が対象の投影と溶け合った通路が、そして図の右下図には両側から黒い影で掴まれたことによる通路の生成が示されている。これらのデザインではダークな、明るい、そして中間的な明暗が意識的に使われ、純粋な白あるいは黒は使われていない。ここでは、2つあるいは3つのトーンが領域である染み(macchia)を作り、形あるいはひとまとまりの陰影となる。こうして相互に離れたダークあるいは明るい領域の間が結ばれ「通路」として視える。この「通路」ではエッジはダークの領域に失われて存在しない。画家は輪郭のない「通路」を想像するために背景を完全にコントロールする。
 知覚実験では、図56に示したような3人のアーティストによる画風の異なる画像(アモーダルな輪郭を強調するように加工)が用いられた。右図はColes Phillips (1880–1927)で frontispiece of Life Magazineから、中図はFelix Valloton (1865–1925)の ‘‘L’Argent’’(版画)から、右図はFrank Miller (born 1957)の comics book ‘‘Sin City’’から、それぞれとられた。画像はディスプレーに投影され、キーボードを操作し、アモーダルな輪郭部分を下方に順次クリックするように被験者(22名)に求めた。
 その結果、すべての被験者のクリック位置は一致し(標準偏差は1/10以内)、アモーダルな輪郭は明白、しかもすべての被験者に共通していた。とくに、Vallotonの画像には輪郭線を表すものがまったく存在しないにも関わらず、輪郭に相当するものを錯覚させた。ここでは黒色部分が神秘的に輪郭錯覚させたとも言える。このように、視覚芸術には意図的にアモーダルな要素を用いられている。

5.
 シーンの分類における輪郭間の空間関係

 視覚システムはシーンを容易にカテゴライズして識別できる。これが可能なのは視覚システムがシーンのイメージ輪郭と輪郭の接合(junction)がどのようになされているかを分析し、輪郭の3次元部分とその空間的関係を復元できるからと考えられた(Biederman, 1987)。とくに、Biederman & Cooper(1991)は、輪郭を結ぶ接合部が欠ける場合には輪郭を完全に復元するのは困難だが、輪郭の頂点を結ぶ分節が欠けても容易に輪郭が復元できるとし、接合間の輪郭の分節よりは接合そのものが重要な役割をシーンをカテゴライズするためには重要とした。さらに、輪郭線分の長さ、方向、角度、そして湾曲など全体のイメージのヒストグラムによる簡易統計による視覚特徴はシーンをカテゴライズするのに適切ではないと考えた(Loschky et al. 2007,Loschky and Larson 2008)。
 Wilder et al.(41)は、輪郭接合部がシーンのカテゴライズのために重要な点なのか、あるいは接合部分の間の中間の分節部分が重要なのかを実験的に検討した。実験1では輪郭あるいは接合部分をランダムにシフトしてイメージの空間的位置を妨げる操作を行った場合のシーンカテゴリゼーションについて(図57)、実験2では輪郭の中間部分を残したまま接合部分を除去、あるいは接合部分を残し中間部分を除去するがイメージの空間的位置は保存した条件でのシーンカテゴリゼーションについて(図58)、実験した。実験1では、図57に示したように、条件1はもとのままの原図(リアルなシーンの線画、左上図)、条件2は輪郭シフト(Contour-shifted)条件で輪郭をランダムにシフトさせた線画(左下図)、条件3は接合シフト(junction-shifted)で接合部分をランダムにシフトさせた線画(右下図)がそれぞれ作成された。実験2では、図58に示したように、線画原図(左上図)、輪郭の接合部除去の線画(右下図)、輪郭の中央部除去の線画(右下図)が刺激パターンとして用いられた。シーンには3種類の自然シーン(海浜、森林、山)、および3種類の人工物(オフィス、高速道路、都市)が用意され、それぞれの条件の線画がディスプレーに提示された。実験では、注視点提示後、原図、輪郭シフト、接合シフトの3つの線画がランダムに33 ms提示し、それがどの種類のシーンかを19名の成人被験者に答えさせた。
 実験1の結果、被験者は自然および人工物シーンのすべての条件でチャンスレベル(16.7%)以上の正答を示し、とくに最も正答率が高いのは原図線画条件(70.4%)、輪郭シフト条件(33.2%)と続き、接合部シフト(27.4%)がもっとも正答率が悪かった。また被験者全員の混同行列(confusion matrix)は自然シーンより人工物でカテゴライゼーションの間違いが多く、接合部シフト条件ではチャンスレベルまで正答率が落ちた。
 実験2の結果、被験者は2通りのシーンすべての条件でチャンスレベル(16.7%)以上の正答を示し、とくに最も正答率が高いのは原図線画条件(68.7%)、接合部除去条件(47.5%)と続き、輪郭中央部除去条件(42.2%)がもっとも正答率が有意に悪かった。また、混同行列をみると、原図線画条件では自然と人工物の各シーン別のカテゴライゼーションは正しく行われたが、接合部除去条件と輪郭中央部除去条件でのそれは有意に原図線画条件とは異なっていた。また、輪郭中央部除去条件と接合部除去条件の正答率は自然シーンでは同等を示したが人工物シーンでは輪郭中央部除去条件は接合部除去条件より有意にカテゴライゼーションが悪かった。これは自然シーより人工物シーンでは平行な輪郭の分節が多いため輪郭中央部の除去はシーンの構成要素を多く除去することになったためと考えられる。
 これらの結果から、線画で描かれたシーンのカテゴライゼーションでは、線画要素の簡易統計量に基づくのではなく、線画を構成する輪郭接合部分の空間的位置、そしてそれらの部分間の相互関係が重要なことが示された。

6. 傾斜錯視 
 Kingdom et al.(2007)は、図59に示したように、新しい錯視である斜塔の錯視を報告した。ここでは、写真の左右のピサの斜塔は全く物理的には同一の傾きをもつ写真であるが、左右に並立して提示すると、右斜塔の傾きが大きく視える。これは、斜塔を下から見上げたように奥行の後退する一対の同一対象が2次元上で平行に置かれた場合、実際には平行には視えず視点の後退ととも開散して視えると説明された。Maniatis(2008)は、この錯視を上下の位置で対象の大きさ異なるJasraw錯視の一種と考えた。

 そこで、Parovel & Costall(25)は、この錯視は下方から撮影した斜塔に固有なものと考え、これに関わる2つの要因、すなわち視かけの撮影位置を横方向に回転させて得られる写真の余白要因、および撮影距離を操作することによる対象の大きさ要因が関係していると考え、一対の写真を作成し、傾斜錯視の起き方をしらべた。図60の(a)にはカメラの撮影位置を横方向に回転させると写真の余白の効果で左から右の写真になるにつれ余白が広くなる、(b)には被写体における撮影距離の効果で、左から右の写真になるにつれ近距離撮影になる。実験の結果、被写体である斜塔の撮影位置を横方向に回転させた写真では斜塔の傾斜が大きく写れば写るほど、また撮影距離が被写体に近くなるほど被写体の傾斜度は大きく、その結果、傾斜錯視も強く示された。また、この錯視には一組の写真の並列効果も確かめられ、一組の写真間の隙間が大きいほど錯視効果は減じた(図61)。
 これらの結果から、視覚システムは同一の対象が写った一組の写真に対しては対象間の提示距離が極めて小さい場合には同一シーンの2つの対象と知覚し、その結果、2つの対象が一体となった視点に基づいてパースペクティブの矛盾が解消され、新たなパースペクティブが生まれ、2つの斜塔の視えの傾きを決めると考えられる。

7.
 幾何学的錯視における第2順位刺激特性

 ものの形や輪郭は第1順位特性(輝度)で規定されるが、第2順位特性(コントラスト、テクスチャ、線分角度、相対的運動、両眼視差)でも規定される。第一順位特性は網膜像の1点で伝わるが、第2順位特性はそれが機能するには1点以上広範囲の特性の比較が必要となる。これら2つの刺激特性は別々の処理チャンネルで並行処理され、その一部はより高度のステージで統合される((Baker & Mareschal, 2001)。精神物理的研究でも、2つの刺激特性、たとえば輝度とコントラストは相互に影響しないこと(cross -facilitation)、さらにどちらも第2順位特性であるコントラストと線分方向、あるいは第1順位と第2順位である輝度と運動要因が相互に影響しないことも見いだされている(Kingdom, Prins, & Hayes 2003、Ledgeway & Smith 1994)。

 Lavrenteva & Murakami(19)は、第1順位特性、第2順位特性およびその統合のそれぞれの過程を明らかにするために、2つの順位特性のそれぞれで規定した条件およびその複合で規定した条件でエビングハウスの錯視量をしらべた。第一順位特性には輝度、第2順位特性にはコントラストと線分方向を用いた。図62はエビングハウス錯視を示し、(a)はターゲット円より周囲の誘導円が大の布置、(b)はターゲット円より周囲の誘導円が小の布置を示す。図の(c) のターゲット円は輝度要因(背景との輝度比3.9%減)のみで描かれたディスク(LD)、図の(d)のターゲット円はコントラスト要因(10%)のみによるディスク(CD)、図の(e)のターゲット円は方向要因(15°)によるディスク(OD)をそれぞれ示す。誘導円も同様に輝度要因のみ(LD)、コントラスト要因(CD)のみ、そして方向要因(OD)のみで描かれた。それらの背景はサイン波形(10.6cpd)の輝度グレーティングとした。これらのテスト刺激に対して比較刺激(輝度コントラスト要因のみで作成)を用意し、中央の円形の大きさを変えて恒常法でテスト刺激の大きさのマッチングを実施した。
 その結果、誘導円が第2順位特性(コントラスト、線分方向)条件の場合、第1順位特性(輝度)条件のターゲット円は第2順位特性条件のターゲット円より錯視量を低下させるように影響すること、また第2順位特性の誘導円による第1順位特性のターゲット円への影響は、第1順位特性の誘導円の場合より小さいことが示された。第1順位特性の誘導円は第1順位と第2順位のターゲットに影響することも示された。エビングハウス錯視においては、誘導円の順位特性条件が異なると錯視量も異なった。
 これらの結果から、第1順位特性と第2順位特性はそれぞれ異なる過程で平行処理され、また錯視量もそれを規定する順位特性に対応して異なると考えられる。

8. レイヤーの知覚
透明なレイヤーを通しての知覚
 人間は靄、霧、あるいは強い雨の中をドライブするなかでそれらの背後にある対象を知覚することができる。これは、視覚システムが視覚情報を透視できる媒体とその背後の対象という異なるレイヤーに分けることができるからである。例えば、図63に示したように、水槽の中に粘土で作製された対象を沈め、水を静止状態から波立たせると対象は水の屈折で歪んで知覚されるが、しかし水と対象は明確に分離できる。Koenderrink et al.(2017)は、局所的にイメージを歪めるeidolon factoryを考案した。図64に示したように、2つのパラメータ、すなわちreach(歪みの局所的強度指数)とgrain(ボケの局所的指数)が独立に操作されて変容した幻影イメージ(epidolon)を作成する。

 Dovencioglu et al.(6)は、はじめに、この手法を用いて対象がガラス、水、靄の透明物質を通して視えるように変容させ、輪郭部分単独の変容からこれらの媒体を透かして対象を知覚できるかしらべ、次に異なる表面色と屈折をもつ3次元対象のイメージをもちいて実験した。実験では、透明なレイヤーの境界と背景にある対象面のテクスチャを存在させない条件で透明なレイヤーを通して対象が知覚できるか、さらに対象の境界を隠し対象の面のイメージだけの条件で透明媒体を知覚できるかを試した。実験1に使用したイメージパターンは、図65に示したように2次元形状として作成された。基本としたパターンは8通りでMPEG-7のデータベースから抽出され(a)、それらの基本パターンはepidolonsによって書き換えられた。パラメータはreach(R)とgain(G)でもっとも低いパラメータ(R=1、G=1)からパラメータを順次変えることによってイメージを書き換えた。図の(b)には、基本図形(上段右から2つめ)をパラメータを変えて書き換えたイメージパターン(下段)が作成され、最左端のパターンは(R=1、G=1)、左から2つめのパターンは(R=8、G=2)、右から2つめのパターンは(R=5、G=5)、そして最右端のパターンは(R=10、G=10)である。この2つのパラメータの他に一貫性(coherence)のパラメータも操作された。このパラメータは先の2つのパラメータによる書き換えによる歪みが全体としてシンクロナイズしているかをみるもので、一貫性があるものをC=1、一貫性がないものをC=0として設定した。実験2では、イメージパターンは3次元形状としてレンダーされ、とくに、形状面の散乱度(diffuse、0%gloss)と光沢度(glossy、10%gloss)が操作された。対象のコントラスト効果をしらべるためには、対象面が高コントラストで低い光沢をもつ条件と高コントラストで明るい光沢をもつ条件が設定された。背景のコントラスト効果をしらべるためには、明るい背景下の暗い散乱光の対象および暗いコントラスト背景下の明るい散乱光の対象が加えられた。シャープなエッジをもつコヒーレントのパラメータの他に、非コヒーレントなパラメータ、すなわちイメージのレイヤーを分解してぼやけさせ、コヒーレントな条件ではレイヤーが適切であるが、非コヒーレントな条件ではレイヤーをぼやけのために靄のように視えさせた。実験3では、3次元形状の輪郭をオクルードし3次元形状の手がかりを除去した条件を設定し、レイヤーおよび対象の面の反射の役割がしらべられた。
 実験はこれらのイメージパターンをディスプレーに一つずつ提示し、成人の被験者にこれらのパターンが水面下、靄の背後、あるいはガラス越しに知覚されるようにgrainとreachパラメータを水平と垂直にマウスを動かして最適となる条件を設定させた。
 その結果、2次元イメージ条件ではパラメータのreach(R)とgain(G)がともに大きい値を取るとき(grain=7.0, reach =7.9)には対象物(パターン)が水面下に、reach(R)の値が大きくgain(G)の値が小さい場合(grain =3.5,reach= 8.0)にはガラス越しにあるように知覚判断された。3次元イメージパターン条件ではパラメータのreach(R)とgain(G)がともに大きい値を取るときはコヒーレントな条件(grain=7.0, reach =8.2)と非コヒーレントな条件(grain=7.5, reach =8.4)ともに対象物(イメージ)が水面下に、またreach(R)の値が大きくgain(G)の値が小さい場合にはコヒーレントな条件(grain =4.8,reach= 6.5)と非コヒーレントな条件(grain =4.6,reach= 7.3)ともにガラス越しにあるように知覚判断された。対象の面を明るい光沢、暗い光沢、明るい散乱光、暗い散乱光の4条件で比較すると、コヒーレントな水面下知覚では、明るい背景の下の暗い対象は明るい散乱光下の対象よりgrain値を有意に小さく設定する必要があった。3次元形状輪郭のオクルード条件での水面下およびガラス越し対象知覚は、grainパラメータがそれらを識別する主要因でこれは2次元と3次元対象条件ともに類似した結果であったが、しかしそれらのレイヤーの属性識別はrearch(R)で決められた。これは対象輪郭がオクルードされていたために、ボケを大きくしてイメージの歪みを高めることによってレイヤー知覚を促進したと考えられる。
 これらの結果から、対象のイメージの人工的に作成された歪みから透視した媒体(レイヤー)の属性(水あるいはガラス)を知覚判断できる。

9
.左側外側後頭側頭回における同一ニューラル群による奥行手がかりの不変特

 視覚システムは陰影、テクスチャそして運動からの構造(structure from motion,SFM)の各手がかりから対象が何かを同定できる。これらの異なる手がかりは脳中枢において暗号化され書き込まれる。たとえば、SFMの手がかりは背側の視覚領に、陰影とテクスチャは腹側の視覚領に書き込まれ処理される(Heeger et al.,1999; Kamitani & Tong, 2006;Tootell et al., 1995; Zeki et al., 1991, Merigan, 2000; Merigan & Pham,1998)。これら2つの視覚領からの情報は統合されて一つの3次元対象が知覚されると考えられが、視覚システムがこれらの異なる奥行手がかりをひとつひとつ切り分けた上で統合するかは不明である。これに関して2つの仮説すなわち統合仮説と独立仮説が考えられる。統合仮説では、異なる奥行手がかりがひとまとまりのニューロンに暗号化されて一つの表象として結合されるとし、一方独立仮説では、異なる奥行手がかりが複数のニューロン群に別れたまま独立に処理されニューロン群にまたがってひとつの対象の表象を生成すると説明される。

 そこで、Akhavein et al.(1)は、この2つの仮説を検証するためにM170反応を指標として視覚領における奥行手がかりを変えた場合の順応効果を測定した。もし統合仮説が正しければ、異なる奥行手がかりの情報は同一のニューラル群に送られるのでこのニューラル群からの反応はどの奥行手がかりが順応刺激になっても、順応効果が出現し反応を減じると予測される。それ故に、ニューロン反応が生起する過程ではどの奥行手がかりを順応刺激として使用(cross-cue adaptation)しても手がかりに不変(cue-invariant)な順応効果が出現する。しかし異なる奥行手がかりがそれぞれのニューロン群で処理されるならば手がかりに特定した順応効果が出現するので、手がかりが異なると順応効果も異なるはずである。 
 実験では、脳地図(MEG)反応を測定し、異なる奥行手がかりによる対象の順応効果がしらべられた。刺激提示から170ms後の誘発電位のピークをEEGあるいはMEGで記録すると、顔刺激でもっとも明瞭に反応が出現するので、実験では特定の奥行手がかりの顔刺激を順応刺激とし、手がかりに無関係な顔刺激をテスト刺激としてM170の誘発電位を測定した。実験パラダイムは、図67に示したように、2系列の試行からなり、それぞれ順応刺激(S1)とテスト刺激(S2) からなる。順応刺激には顔、椅子、コントロール顔(cFace)を用い、顔と椅子は陰影、テクスチャ、そしてSFMの手がかりのいずれかひとつでレンダリングして形状を作成した。コントロール顔は顔の外観の輪郭のみで顔面の奥行は平均化しその面をスムージングして作成した(図68)。奥行手がかりのうち陰影のみで作成された形状ではテクスチャとパースペクティブが除去され、テクスチャのみで作成された形状ではドットパターンで陰影とパースペクティブが除去され、またSFMでは24万ドットで形状を作成し垂直軸に関して0.5°の間隔で4°から-4°まで回転させてそれぞれ提示した。S2 刺激は、常に陰影のみで作成するが、顔自体は別々の顔に入れ替えて用いた。これらの刺激はスクリーンモニターに提示され、被験者11名に275チャンネルの測定コイルを頭皮に装着させ、脳磁図(MEG 、Magnetoencephalography)で得られる活動電位をシールドされた部屋で測定した。
 測定の結果、順応刺激S1における陰影の顔と陰影の椅子刺激のM170におけるグランドアベレージ反応間の相違から後頭部(occipital gyrus)と外側後頭側頭回(fusiform)が特定された。そこでM170成分の誘発電位の潜時と振幅をしらべると、順応刺激SIとテスト刺激S2(always shaded face)の提示130-200ms後にもっとも強い電位が得られた。順応刺激(S1)の効果をテスト刺激(S2)に対する振幅の比率(peak of S2)/ (peak of S1)を算出して比較すると、順応効果は陰影の「顔 対 椅子」、陰影の「顔 対 コントロール顔」で有意な差が出現し後者の刺激時の順応効果が大きかった。これはS1とS2で同一の奥行手がかり(陰影)が用いられているためである。一方、テクスチャ手がかりと運動からの構造の手がかりの順応効果は最少だった。テクチャと運動からの構造の手がかりで規定された顔刺激条件の場合、異なる手がかりの順応効果は左側外側後頭側頭回において明らかに示された。また、顔刺激の順応効果は椅子刺激のそれよりも有意に左側外側後頭側頭回で大きかった。外側後頭側頭回の順応効果は後頭部よりも顕著だった。テクスチャと他の手がかりとのクロス条件での順応効果は顔とコントロール顔の対応のみみられ、また部位は外側後頭側頭回のみでみられた。誘発電位の増幅の大きさは顔、椅子、コントロール顔の諸対象で外側後頭側頭回でみられた。
 これらの結果から、左側の外側後頭側頭回では順応刺激が顔刺激の場合その奥行手がかりが何であっても(depth-cue invariance)、M170に強い誘発電位が惹起され、視覚システムにおいては対象の表象の異なる奥行手がかりの情報は同一のニューラル群で担われ、奥行手がかりの不変性があると考えられる。

10.
その他の研究

湾曲および湾曲ブラインドの錯視(curvature blindness illusion)

 Bertamini & Kitaoka(2)は、線分で描かれたパターンの湾曲(曲率)知覚について検討した。図69の(a)のパターンは、灰色背景に描かれた白あるいは黒色のサイン波形線分で、どちらも滑らかな湾曲度をもって知覚される。図の(b)のパターンは、同様に白と黒のサイン波形線分で描かれたパターンでとくに右パターンでは白色と黒色がひとつの線分に交ざり合っているが、その曲線の屈曲点をさけて繋いでいるために線分全体として滑らかに屈曲して知覚される。一方、図70のパターンではサイン波形の1線分は背景輝度より明あるいは暗で描かれ、その屈曲点で明暗が変わるためにジグザグ線分として視え、曲がりの滑らかさが縮減して知覚される(curvature blindness illusion)。これは輪郭線の情報処理過程で線分のスムースな曲がりと角(corner)との対立関係があることをを示唆する。
 さらにこの種の線分錯視を検証するために、図71の凧の網の目錯視(kite mesh illusion)が考えられた。図の(a)では網の目を構成する斜線分は直線なのに湾曲して視え、図の(b)では線分を白と黒のまだらにしても網の目錯視は生起し、線分の方向に連続して同一の明るさを保つように知覚される。一方、線分の湾曲が知覚されないパターンもある。図72は線分の方向にそってその連続する線分の明るさを変えても湾曲錯視は起こらないパターンである。図中、左と右のパターンでは出現する凹凸、グループとして知覚されるパターン、および照明方向が異なって視える。図73には、線分の明と暗の変化点が線分の中途においても線分湾曲錯視が生じることが示されている。
 これらのことから、線分の湾曲の知覚に影響を与える重要な点は、パターンを構成する線分が明と暗から描かれていて、しかもその変化が線分の屈曲点にあるか、あるいは線分の中途にあるかが関係する。

傾き錯視のV1視覚領における抑制
 傾き錯視では、狭い中央領域のグレーテイングの傾きは広い周辺のグレーテイングの傾きの角度が20度以内の場合には反対方向に傾いて知覚される(図74)。これにはV1領域の抑制のくみが関係する(Schwartz et al. 2007,2009; Series et al 2003 )。

 Seymour et al.(34)は、傾き錯視と知覚残効のV1における神経生理的抑制過程をfMRIでしらべた。10人の健常者を被験者として血中酸素濃度依存反応(blood oxygenation level-dependent,BOLD)を検出した。この方法は脳の活動酸素の消費量から血中濃度の変化を測定し、この血中濃度に依存するfMRIの磁場の変化をみることによって脳の活動部位を特定するものである。この測定のために使用したパターンは、図75に示したように2種類の抑制誘導パターンで、Prallelパターンではターゲット刺激である中央と誘導刺激である周辺領域すべて同一の傾きをもつグレーテングとし、Orthgonalパターンではターゲット刺激である3つの各領域は周辺領域と相互に直角の角度をもつグレーテングである。ターゲット刺激の傾きは0°、45°、90°、135°の4通りとした。10人の被験者には刺激の提示中は中央の注視点を注視するように教示した。このPrallel とOrthgonal 2通りの刺激パターンを観察中のfMRIを測定するほかに、図74に示したパターンを提示してその錯視量と知覚残効量を測定した。錯視量の測定では、周辺領域の傾きを15°あるいは-15°としターゲットの傾きを段階的に変化させ、視えの傾きが垂直方向に関して右あるいは左かを被験者に求めた。残効量の測定では、最初に誘導(順応)刺激を5秒提示し、120秒後にターゲット刺激(±5°あるいは±10°)を120 ms提示して傾きが垂直に関して右あるいは左を1°ずつ段階的に変えて答えさせた。
 実験の結果、血中酸素濃度依存反応によるV1の抑制の程度(BOLD)は、傾き錯視量(相関係数R=0.655)および知覚残効量(R=0.637)に有意に対応して増加することが示された。これは、V1における神経反応と錯視および知覚残効の知覚反応とは互いに一致し、それが空間的あるいは時間的な刺激提示であっても同じ神経過程が関わっていると考えられる。