視空間の構造

1. 距離の大きい自然シーンの距離弁別
 距離の大きい自然シーンの距離弁別はこれまでほとんど研究されてこなかった。その理由は、第1に奥行距離の単一の手がかり効果を検討するために実験条件統制の点から実験室が選択されたこと、第2に自然シーンで地上の2つの位置を的確に測定する技術的困難があったことである。そこでMcCann et al.(20)は、奥行位置を高精度の距離レンジで特定できるカメラで撮影した自然シーン(81シーン、図76)をステレオディスプレーに提示しシャッターグラスを被験者(4名)に装着させ両眼立体視させて実験した(77)。シーン内の3mから60mの範囲20カ所わたって奥行距離の異なるバーチャルな樹木の上下に2つの標識(単眼視手がかりのみで表示)を3段階の幅を設定(angular spacing2°、5°、10°)して提示し、近くあるいは遠くに知覚されるのはどちらかを左右のキー操作によって反応させた。測定では両眼視条件と単眼視条件を設定し、奥行距離知覚の閾値を奥行距離ごとに求めた。
 実験の結果、奥行距離弁別の閾値は両眼視条件では小さく、奥行距離が10-12mまでは上昇したが、以降は平準化した。この関係は、パラメータであるangular spacingが広くなると大きくなった。Weber比はすべての奥行距離でangular spacin2°の場合は1%、10°の場合で4%であった。単眼視条件ではWeber比は両眼視条件に較べて大きくしかも奥行距離5-10mの範囲で急激に大きくなりその後は10-12mまでゆるやかに増大し、以降平準化した。これらの結果を信号検出理論を応用し、奥行距離弁別である信号(奥行距離変化)を測定した2つの奥行位置間の奥行距離とangular spacingに伴うノイズで除した式で分析した結果、両眼視条件の奥行距離弁別は15-20mの範囲ではシーンの中の絵画的要因によらずに両眼視差のみによることが示された。

 これらの結果は、これまでの実験室で得られた両眼視差の奥行距離弁別閾値の結果と一致することを示している。

2 球面天体的オプティクアレー(planispheric optic array)の空間知覚
Magic circle

 メルカトル図法とは、地球儀を円筒に投影したもので、地軸と円筒の芯を一致させ投影するため経線は平行直線に、緯線は経線に直交する平行直線になる。地図上の2線のなす角が地球上の角度と等しく正角性を維持するには、横方向・縦方向の拡大率を一致させる必要があるために緯線はすべて赤道と同じ長さにするので高緯度地方は実際の長さ(地球儀上の長さ)より横方向に拡大、それに応じて縦方向(経線方向)にも拡大する。
 最近で全周囲カメラが安価に発売され、全周囲をメルカトル法で平板に表した写真の利用が高まっている。Koenderink et al.(16)は、そのような全周囲メルカトル写真のなかの人の頭部方向はどのように知覚されているか、また観察者の視点は写真の外部か内部かをしらべた。実験では、78に示すように、円環に取り巻く6人の中心にカメラ(観察者)を置いて全周囲写真を作成した(左図)。6人のカメラからの距離は11.42mと異ならせ、また各60°間隔で配置し前方向を示す標識も追加された。右図には観察者がもつ2つのトポロジカルな知覚モデルが示され、観察者の視点が内部にある場合は6人を結ぶ楕円はオレンジ色で、それが外部にある場合は青色で表示した。これらの輪郭円の領域は6人についての観察者の視方向をリマッピング(remapping)したものである。79には、この条件で撮影した全周囲写真をメルカトルに依拠した平板写真に直したもので、その水平線は写真の中央を通る。対面する3組の人は同じ頭の向きをとり、その奥行位置と距離は地面のテクスチャから推定できる。被験者にはカメラの位置および6人の位置関係と各人の鼻の向き(視線方向)を配布シートに記入させた。
 その結果、被験者の大部分は全周をメルカトル法によって平板に表した写真のシーンはすべて自分の前にあるものとして、また写真内の6人は円環に位置し互いに向き合っていると知覚した。一方、数人の被験者は自分の視点を写真の中に位置させ、サークルの中に自分が入り込んだ知覚をもった。
 これらの結果から、このようなサークル(magic circle)に入り込むのは大変困難なことと考えられる。

3.
視ている球体の外からの光景
 
 われわれが視ているユークリッド的世界はわれわれの眼の周りに包まれ広がる世界である(80の左側図)。それではその視覚球の外に出てそれを観察することはできるだろうか(図80の右側図)。現在の写真技術は、魚眼レンズによる全周写真のように視覚球の内部および外部の世界から視た画像世界を提示できる(81)。この場合、観察者はこのような世界の中に入り込んでその知覚構造を直感的に理解可能なのか。Koenderink et al. (18)は、85人の被験者を用いて、82に示した刺激球体(上図)を提示した。刺激提示モードでは、中央に知覚判断のための刺激球体(シーンタイプ)を、その周囲に6個の補充的球体をともに垂直軸を中心としてゆっくり回転させ、これらの球体を凸状に知覚させた。球体の提示時間は3秒とし、この間に1/3回転させた。シーンタイプは被写体が相互に対面した条件(inward)と背中をつき合わせた条件(outward)2条件とした。被験者(85名)の知覚判断は中央の刺激球体を被験者が外部から視ているかあるいは内部から視ているか(下図)を、続いて同じ質問への回答も求めた。

 実験の結果、シーンタイプが相互に対面した条件では外部から視ているという反応が多く、逆にシーンが背中をつき合わせた条件では内部から視ているという反応が多くなったが、しかし観察後の内省では、これらの視えは現実的とするものが少なかった。このことから、観察者はこのような世界の中に入り込んでその知覚構造を直感的に理解できないと示唆される。