VR利用の研究

側方の視野の無自覚と歩行軌跡
 脳の損傷によって片側の感覚がないと歩行が困難になるかいなかは不明である。Dunn & Rushton(8)は、このことを念頭に置き、側方の視野がオクルードされた場合、歩行軌跡がまっすぐからどのように変わるかを若い健常者(20人)を対象に実験した。実験は片眼にパッチをあて遮蔽する条件(実験1)、およびバーチャル・リアリティ(VR)の技術を用いて片側の視野をオクルードする条件(実験2、HMDに提示し、モーショントラッカーで観察者の運動軌跡を追求した。実験1では、8m四方の部屋(方向の手がかりを欠く等質な空間)の中に置かれ片眼にパッチを装着された被験者(30度から40度の視野をオクルード)は、7m先のターゲットに向かってまっすぐに歩行するように教示された。被験者の歩行軌跡はオプティカルなモーションキャプチャで追跡記録された。実験2では、図83に示したように、3通りの実験事態、すなわち廊下事態(A)、オープンなグランド事態(B)、障碍を設けた事態(目標は障碍の後ろに位置する)を設定した。歩行条件は、両眼視、頭部の左側ロス(ディスプレーの左側を消す)、胴体の左側ロス(中央から左の視野を消す)、単眼視(HMDの左眼ディスプレーを消す)の4通りとした。被験者には、背負わせたPCにコネクトしたHMDを頭部に装着させ、VRに提示したターゲットに向かってまっすぐに歩行するよう教示した。
 実験の結果、片眼遮蔽あるいはVRによる視覚環境のロスによる視野の制限はターゲットまでの歩行軌跡を有意に逸脱させなかった。このことから、視野の片側ロスは歩行障害の主要な原因ではないと示唆される。

車の操縦のカーブあるいはレーン変更におけるオプティクフローとロードエッジの役割
 自動車を運転する場合、ハンドル操作を修正するためには2つの要因、すなわち現在の誤りを修正するための近地点の道路情報、そしてこれからのハンドル操作に必要な遠地点の道路情報が必要となる(two-level steering contorol model、図84)。もし遠地点の道路情報を取り除くと近地点の道路情報にのみ依存することになるので絶えず位置の修正が行われ安定したハンドル操作ができない。もし近地点の道路情報がないと大きな逸脱を修正できなく望ましいドライブ軌跡をとることができない(Land & Horwood, 1995; Cloete & Wallis,2011; Frissen & Mars, 2014; Mole et al., 2016)。これら2つの要因、遠地点と近地点の道路情報は連携してハンドル操作に関連し、前者は操縦のガイダンス(Guidance)を後者は補正(Compensatory)を担う(図84)。遠地点と近地点の道路情報は、道路のエッジと隅切り角度(レーンのエッジと車の進行方向のイメージ面との間の角度)という2つの要素が関係する(Land & Horwood, 1995; Cleote & Wallis, 2011)。さらに、視覚システムはオプティクフローに高度にセンスティブであり、さきのロードエッジとはべつの明瞭な情報源となる。Kountouriotis et al.,(2016)は、道路の片側いずれかに通常とは異なるテクスチャを配すると、予測されたとおりの操縦の逸脱がおこることを示した。
 Okafuji et al(22)は、2-レベルステアリング操縦仮説でオプティクフローとロードエッジの要因の働きを説明できるかを検討した。とくに、操縦におけるオプティクフローの使い方が遠地点と近地点領域の情報で変わるかどうか、またオプティクフローの現在の情報が道路エッジの情報と相互作用するかどうかをしらべた。実験ではドライブシミュレーターの遠地点あるいは近地点領域のオプティクフロー情報が隠された条件での操縦のエラー、とくに道路のテクチャーをマスクしてオプティクフローを除去した条件でのオプティクフローと道路エッジの相互作用が検討された。そのために、図85のような4通りのドライブコース、すなわち(A)クロソイドカーブ(曲率軽減カーブ安定カーブ、(B)クロソイドカーブ-サークルカーブ-クロソイドカーブ、(C)2つのレーンの間の変更コース、(D)直進-レーン変更-直進-レーン変更-直進のコースをデザインした。実験仮説として、(1)遠地点と近地点領域のオプティクフロー情報はステアリングを変えること(H1仮説)、(2)ロードエッジとオプティクフローとの間には相互作用があること((H2仮説)を立てて実験した。仮説H1に立つと、近地点のフローは遠地点のそれよりより確かな情報をドライバーに与えるので、近地点の周辺のフローをマスクすると(図のC7からC9 )ステアリングに大きな影響がでる(H1仮説のA)と予測される。一方、遠地点にある注視点周囲のフローがもっとも重要なので、そこのマスク(図のC3からC6)はステアリングにもっとも大きな影響をもたらす(H1仮説のB)。さらなる仮説としては、どの地点でもフローのマスク(図のC4からC9)はステアリングを損なう(H1仮説C)。H2仮説に立つと、フローがステアリングに役立つのはそれが道路のエッジと組み合わされた場合なので、フローと道路エッジが見えているとき(図のC5とC9)にはそうでない場合(図のC8とC6)よりステアリングがより正確になされると予測される(H2仮説のA)。一方、もしフローが道路エッジとは無関係に作用するならばフローと道路エッジが共に存在している条件ではそれらのマスクが重複していない条件(図のC8とC6)とステアリングは類似している(図のC5とC9)(H2仮説のB)。模擬ドライビングのための刺激はスクリーンに88.84°と55.5°の広さで投影された。20人の自動車運転ライセンスのある被験者に同一速度で動くドライビングシミュレータのハンドルを操作し、道路の中心から逸脱しないように道路上に設定された注視点(赤十字印)を見ながら設定された4通りのドライビングコースにしたがって操縦するように教示した。
 実験の結果、クロソイドカーブのドライブ課題では、遠地点の道路エッジがマスクされると近地点のそれよりもドライブエラーが大きく、とくに最初と最後のクロソイドコーナーで大きかった。また2レーン条件では、遠地点のエッジをマスクすると、すべてのドライブコーナーで操縦を不正確にさせた。さらに遠地点あるいは近地点のオプティクフローをマスクすると、クロソイドカーブと2レーン条件共に操縦を逸脱させた。
 これらの結果から、ステアリングは道路エッジによって強く影響されること、同時にオプティクフローが明瞭に関係すること(H2仮説)、さらに遠・近2つの地点のフローではなく道路全体のフローが操縦をサポートすることが明らかにされた。