8月に入った。猛暑たけなわだ。老いたわが輩には身体に堪えるな。なにせ、この世に生を受けて14年有余、人間の齢に換算するとざっと84歳にもなるそうだ。男あるじがまだ古希一年前だから、わが輩の年齢の重みが分かる。われながら、この家のアニマルコンパニオンとしてそれなりに貢献し、もともと食には関心が薄いので無駄食いもせずに良くも生きてきたものと思う。  木陰で風が通る庭の一隅で昼寝をしながら、こんなことをうつらうつらと寝るともなく起きるともなくしていたら、男あるじと女あるじが、てんでに西瓜を皿に盛ってやってきた。どうやら庭のガーデンテーブルで蚊に食われながら西瓜を食べようという算段らしい。ご苦労さんなことだとわが輩は、薄目をあけてみていると二人とも競って西瓜の種を飛ばし始めた。なるほど、子ども時代にかえってこれがやりたかったのかと思わずにやりとしたところを男あるじに見つかってしまった。
 「なんと幼稚なことをしているといった顔をしたな。ほんとうはお前も西瓜の種飛ばしをやりたいのだろうが、残念だな。お前の口では、口をすぼめることはできないから種を飛ばすことはできないんだぞ」と男あるじが憎まれ口を叩いた。わが輩は相手にすると倍返しがあるので、無視することにしてなんの反応も示さなかったが、これがまた癇に障ったらしい。
 「素直じゃないな。『私には種飛ばしはできません。恐れ入りやした』といえばいいじゃないか。まあしかしなんだな、夏の果物の王様は西瓜だな。汗水垂らしながらこれを食して水分補給をしないと盛夏は乗り切れないな。スイカは西瓜と書くだろう。そうなんだ。原産は熱帯アフリカのサバンナ地帯や砂漠地帯なんだ。もっともこの野生のスイカは水分が蓄えられているがおいしくないそうだ。日本には中国から伝えられたが、大体室町時代くらいらしい」と種を飛ばし飛ばし話し出した。
  女あるじも、「やっぱり夏は西瓜がおいしいわね。いまは糖度が表示されているので、糖度12以上のものを買ってくるとあたりはずれがなくてよいわね」とこれも種を男あるじにまけずにヒューと飛ばしながらしゃべり出した。
「そういえば、もうじき甲子園がはじまるわ。テレビで観戦しているだけでも高校球児の熱気が伝わってくるでしょう。そんなときにも、やっぱり西瓜だね」と西瓜を食べ終わったが、まだ物足りないと見えて一度食したものを手に取り残りの赤い果肉をさらっている。案外みっともないことを女あるじもするものだと見ていたら、男あるじはさらに白い果肉の部分まで食しようとして、うまくないので止めていた。
 「そうだな、日本の8月は行事が目白押しだな。まず6日の広島原爆忌からはじまり、8日の甲子園の高校野球開幕、9日長崎原爆忌、12日からのお盆、15日終戦記念日まである。甲子園以外はみな追悼行事だ。8月は死者を迎え、死者を懐かしみ、死者をお送りする月とでもある」と男あるじがいうと、女あるじがすかざず、
「でも、甲子園の高校野球があるから救われるわね。もし、死者を悼むだけの月だったらみな滅入ってしまうのじゃないかしら。死者を悼みながらも、未来を担う若人が一所懸命に栄冠を目指して闘うのを見るのはほんとうに元気をもらうわね。クウちゃんもそうおもうでしょう」といきなり振られたので、「ワンワン」と思わず吠えてしまった。
  庭で西瓜の種飛ばしをしながら、8月の行事談義をするくらいだから、まだまだ日本は平和ボケなんだろう。憲法改正、集団自衛権、原発廃棄、財政再建、社会保障問題はどうなっているのかしらとわが輩は少々心配だ。

「緑陰や 西瓜囓りて 種飛ばし」 敬鬼

徒然随想

-ああ!西瓜