徒然随想

-アンパンマン

  わが輩はパンが好物だ。とくに小豆餡のあんパンはおいしい。男あるじもあんパンが大好きなようで、おやつにあんパンを囓りながらわが庵にやってきて、申し訳程度にわが輩にも投げてよこす。いじましいたらありゃしない。もともと、男あるじはしみったれで、独り占めする性癖があるが、自分の好物を分けてよこすなんてことは惜しくてできないたちらしい。おいしいものだからこそ、いまのはやりのことばでいうと、シェアすれば、お互いに気持ちよいものを、これでは独占して反感を買うのが落ちだ。今日も午後、あんパンを囓りながらやってきて、
「ニュースで報じていたが、アンパンマンが死んだぞ」といきなりのたもうた。わが輩も、これにはびっくりした。もちろん、アンパンマンはマンガの世界のヒーローなので死ぬことはない。男あるじがいっているのは、その作者のやなせたかしが亡くなったということを伝えに来たのだ。わが輩は、アンパンマンという漫画も「それゆけ!アンパンマン」も見たことはない。わが輩にはテレビは絵のうつる唯の箱にしか思えないので、この家の者たちがテレビに興じていても、その側で寝そべりながら、他愛のないことに興じるこの家の者たちを観察していた方がよっぽど面白い。
94歳だったそうだ。元気で長生きし、世の中を明るくするために作品を書き続けた人なのだ。りっぱな生涯だった。大人から見ると、荒唐無稽の漫画にみえるが、子どもには絶大の人気のある漫画だったな。日本の子どもでばいきんまんをやっつける正義の味方アンパンマンを知らないものはいない。しかも、このアンパンマンはただの正義の味方ではない。ひもじい子どもがいると、自分の顔のあんパンをちぎって分け与える自己犠牲の持ち主でもあるのだ」と話し出した。  わが輩には、アンパンマンはあんパンの頭と顔を持つという以外、どういうキャラクターかは、とんと知らなかったので、この国の子ども達に絶大の人気のあるヒーローに敬意を表しておとなしく男あるじの話を拝聴した。
「そうかそうか、殊勝だな。お前も馬齢を重ねて少しはものごとが分かるようになったとみえる。このアニメは子ども向けにも関わらず、そのテーマソングは子どもには理解しがたい歌詞となっている。『そうだ!嬉しいんだ生きる喜び たとえ胸の傷が痛んでも 何の為に生まれて 何をして生きるのか 答えられないなんて そんなのは嫌だ! 今を生きることで 熱いこころ燃える だから君は行くんだ微笑んで。そうだ!嬉しいんだ生きる喜び たとえ胸の傷が痛んでも』。この歌詞はまだまだ続く。もちろん、これもやなせたかしの作詞だ。作曲は三木たかし。軽快なリズムに乗って双子姉妹のドリーミングが歌っているので重たくはないが、歌詞は重たく考えさせられる内容だ。この詩はやなせたかしの従軍経験によるところが大だと言われている。ここで、強調されているのは『生きる喜び』にある。何のために生まれてきたのか、なにをして生きるのかを終生問い続け、それに答えることが生きる喜びとなると教えているような気がするな。『今を生きることで熱い心が燃える』とも教えている。兼好法師の言う『存命の嬉』とも相通じるものだな。『生きる喜び』を実感できたら素晴らしい。ところでお前はどうなんだ、実感しているか」と男あるじはわが輩をみやった。
  わが輩は、この問いをそっくり男あるじにお返ししたい。アンパンマンのようにみんなの夢を守るために働いているのかをわが輩は男あるじに問いたいと眼で訴えた。男あるじは、目をそらし、背中を丸めてそそくさと退散した。

「天空や 夢を追うのか 赤とんぼ」 敬鬼