徒然随想

 昨日今日、どんよりして蒸し暑い日々が続いている。男あるじの話によれば梅雨明けは間近だが、まだ夏の太平洋高気圧が弱く、真夏の天気配置になっていないからだそうだ。吾輩は老齢の故に暑さに耐えられなくなっているので、午後からは居間のエアコンの効いた場所で昼寝をすることになっている。しかし、この部屋には女あるじもテレビを見に来るので涼しくてよいのだが、落ち着いて寝ては居られないのが玉に瑕だ。男あるじも昼食にサンドイッチを食すると、二階の書斎には上がらずに午後のシアターと称して、貯めておいた月曜ミステリーだの、火曜サスペンス、水曜ドラマなど前日に録画したものを視る。これも午睡を妨げる。ときどき、「ワー」とか、「そんな!」とか、「ゲゲゲ」とか奇声を発するので、吾輩は飛び起きてしまう。そんな吾輩をおもしろがって、時には手や机を力一杯叩いて大きな音を立てて、男あるじは吾輩を驚かすので始末におけない。
 それでも、男あるじや女あるじはテレビドラマにうつつを抜かしていたのではあまりにもふしだらで気が引けるとみえて、2時間もすると、男あるじは書斎に女あるじはキッチンへと引きこもる。これからが吾輩の安眠の時間となる。
 そして夕方、いくぶん、涼気が立つ頃に男あるじと女あるじが揃ってお出ましになり、散歩に出かけることになる。
「雨がまた降り出しそうだから、その前に出かけるか」と男あるじが言いだし、それに女あるじが同調して、2人と一匹で散歩に出るのがこの頃の日課となっている。犬を連れて夫婦での散歩は近所でも目立つようだ。吾輩も注目されているので尻尾を高く上げ、威厳をもって歩くことにしているが、あちこちに吾が仲間の匂いがするので、足を止めクンクンと嗅ぎ回ることも多い。そんな吾輩を見て、女あるじは
「みっともないわ、鼻を地面にくっつけて嗅ぎ回らないで。あー、舐め舐めしているわ。ちょっと、汚いからやめなさい」と言いながら、リードを引っ張って吾輩を強く牽制する。吾輩も、せっかく見つけたどこかのお姉ちゃんイヌの香しい匂いを取られてたまるかとばかりに四肢を踏ん張って強く抵抗する。こんなことを繰り返しながら、夫婦と一匹は小一時間ほど散歩をするのが習わしとなっている。
 男あるじは歩きながら、
「こんな風に歩いていると、この梅雨時にはいろいろな花が目につくな。まず、あれはアジサイだ。よい匂いのするのはクチナシ、それにあの垣根にあるのはサンゴ樹、バラもあるな。そうそうブドウのような実をつけているのはキブシだぞ。梅雨は植物にとっては恵みだ。このように木々が青々と育てさせる雨を青梅雨と呼ぶそうだ」と話し始めた。これに女あるじが、
「青梅雨というの、良い言葉だね。たしかにこの時期の雨は何日もしとしとと降るのでうっとうしいけれども、樹木や草木は青々と茂るようになるわね。周りに青さをもたらす雨と考えれば乙な物だわね」と応じた。男あるじは、
「近くの山もこの時期の雨を受けて、雨に煙った大気を透していっそう緑を濃くしていくようだね。大降りの雨は願い下げだが、しとしとと降る雨はまさに青梅雨とは言い得て妙だね。もっとも、子規は、『梅雨淋し障子の外を鴉飛ぶ』と詠んだが、何日も雨に降られると、憂鬱な気分になる。きっと、カラスも濡れそぼち、早く雨よ、やんでくれと泣いたように子規には聞こえたに違いない」
 吾輩もちょうど田んぼの脇を通りかかったので、目を向けると、確かに苗は大きくまた葉の濃さを増しているように見えた。地球は水の惑星と言われるが、地球と大気の間の水の循環が生き物を支えているようだ。

「青梅雨や霧に煙って山深し」

- 青梅雨