今朝は梅雨の晴れ間となる朝日がさしてまぶしい。日中は暑くなりそうだが、早朝は涼やかな微風が肌に、いや鼻に気持ちよい。さわやかなうちに散歩をしたいので、男あるじが出てくるのを待っていると、新聞を取りに玄関に出てくる気配がした。男あるじも、年のせいか、朝の目覚めは早いようだ。そこで、「フィーンフィーン」と合図すると、わが輩の意図を察したらしく、散歩がはじまった。近所の公園に、いつものように出向くと、わが輩より早くに散歩をしたらしい仲間の匂いがする。梅雨の合間の清々しい気分を楽しもうとする輩はわが輩だけではないらしい。すると、男あるじも、わが輩と同じように、「ようやく雨も上がり、気持ちの良い朝だな。この爽やかで新鮮な空気はなんとも香しいな。肺いっぱいに吸い込むと、それだけで元気が沸いてくるというものだ」とつぶやいた。
  わが輩は、肺に空気をいっぱい取り込むよりは、どの仲間がわが輩より先に匂い付けしたのかをしらべるために、あちらの木の根元、こちらの電信柱の幹というように男あるじを引っ張り回して嗅ぎ回った。これには男あるじも閉口したらしく、わが輩の意向を無視してそそくさと家にもどった。
「やれやれ、おまえはせわしないな。朝くらいゆったりと散歩ができないものかな。どこのだれともわからないイヌの匂いなどにとらわれずに、この空気の匂いを嗅いで欲しいものだ。さてと、朝の新聞が配達された。インクの匂いをのある新聞を、朝まだきに開くのは、ちょっとした至福のときだ」とのたもうた。
  わが輩には新聞なぞまったく関心がない。ときどき、新聞配達のバイクの音で安眠を妨げられるので、吠えてやることくらいだ。それにしても、毎朝、毎朝、配達してくるなんてご苦労なことだ。まあ、ここの男あるじのように、新聞が配達されるのを寝床でいまかいまかと待っている御仁もいることだから、その期待にも応えていると言うことだろうか。
「新聞には政治、経済、社会などのニュースが掲載されているが、なんといっても楽しみなのはプロ野球の記事だな。それも、ひいきのチームが勝利した翌日の記事は、結果がわかっているのに、まっさきに読んでみたくなるから不思議だ。逆に、ひいきのチームが敗戦した翌日は、新聞を開くのがおっくうになる。これは、さしずめ、不協和を避けたいという心理が働く典型だろうな」と話し出した。
  わが輩は、その不協和とは何ですかいなと眼で尋ねると、
「それはだな、その人にとって快をもたらす情報には積極的に接近し、不快をもたらす情報からは遠ざかっていたいという心理をいう。つまり、ひいきチームの勝利の記事は快をもたらす情報だし、敗戦を伝えるものは不快な情報になるからな。そこで、ひいきするチームの勝利した翌日の新聞を開くのは楽しみになると言うわけだ」
  なるほど、それはそうだ。わが輩もひいきのメグちゃんの通った跡を示す匂い情報は探しまわり、逆にわが輩も見ると歯をむき出して吠えるゴンタの匂いは避けて通るからからな。これも快をもたらすものには近づき、不快なものからは遠ざかるということの典型だろうよ。それにしても、人間というのは不思議な生き物だ。世の中のあれやこれやを知らせる新聞なるものを毎朝毎朝、持ち望むとはな。これは、きっと習慣性の依存、いや中毒かもしれないな。薬物は身体的依存をもたらし、新聞は心理的依存をもたらすらしい。そういえば、休刊日の朝の男あるじは、いらいらがつのるようだ。きっと、禁断症状がでるのだろう。

「新聞や 今日を知らせて 夏の朝」敬鬼

徒然随想

-朝の新聞-