徒然随想

-遊び心 2−
   この家の男あるじは、活動欲求を満たすためにテニスに余念がない。時々はゴルフにも出かけるらしい。スキーも好きといってはばからない。脳天気なものだと吾輩は思う。ゆっくりと日向ぼっこをして昼寝をしていれば、金もかからずに快感が得られるのに、どうして遊びに出かけるのかなと不思議なことだ。どうも、男あるじがとくに遊び好きというわけではない。女あるじも負けてはいないし、娘も土曜日、日曜日に家にいたことがない。きっと、金をかけてどこやらのテニスクラブにでも出かけて汗をかき、無駄にエネルギーを消耗しているのだろう。
 こんなことを夢想していたら、そこに男あるじが二階の書斎としている部屋からぼーと降りてきた。吾輩の顔を見るなり、
「うーん、お前はいいな、昼寝をしていれば満足できるのだから。太陽の恵みはあまねく平等に降り注ぐし、しかも電気やガスのように金はかからないし、実に経済的だ」とつぶやく。どうやら、金をかけないと自分は快が得られないことを自覚しているらしい。
「ところで、快を高めるにはどうすればよいのですか。吾輩ももっとドキドキしたいのですが」と眼で尋ねると、
「そうじゃよ、そこが肝心なんだよ。人間がどういうときに快感を感じるかというとだな、カイヨワというフランスの学者によると、それは、競争、模擬、運、眩暈(めまい)が満たされたときなのじゃよ」と解説をはじめる。
  なにやら、ややこしくなってきたぞと吾輩は感じたが、ドキドキ感を高めるためには仕方がないので拝聴することにする。
「競争というのは、その名の通り相手と競いあい打ち勝つことだな。昔は武器を用いて決闘なんぞという物騒なことをして快を高めたが、現在はそれがゲーム化してスポーツとなっている。スポーツというのは、決闘を擬似的に模したものといえる」
  吾輩は、なるほどと眼で相槌を打つ。テニス、野球、サッカー、バレーボール・・・。これらはみんな、敵と対戦して勝利することをゲームにしている。そうか、相手に勝利すれば快感は高まるな。でも負けたらどうなるんだろう。
「模擬とは、何かに変身することをいうんだな。昔はスーパーマン、今はスパイダーマンってとこかな。人間には変身願望がある。子どもでもよくやるだろう。運転手ごっことか、お医者さんごっことか、お嫁さんごっことか。あれは、何か他の者に化けることで快感を高めるんだな。おまえも人間に変身してみるか。きっと病みつきになるかもな」と吾輩をみて笑った。吾輩は、人間になるなんて願いさげだ。働かなければならないし、人間関係も煩わしい。昼寝だってできやしないと反論する。
「運というのは、その名の通り運命に身を任せることだな。運命、つまり、丁か半かの世界に没頭することだ。バクチ、花札、トランプ遊び、ルーレット、麻雀、競馬、競輪、そうそう忘れてならないのにパチンコがある」
  吾輩は、唖然として男あるじの顔をながめた。説明しながら、陶酔状況にあるようだ。きっと、大勝ちしたことなんかを思い出しているんだろう。大負けが多いはずなのに、どうして足が洗えないのだろう。よっぽど運に身を任せるというのはスリル、快感があるようだ。
「最後に眩暈がある。これはめまいを起こすような体験を求めることで快感を得ることだな。たとえば、ジェットコースターがある。あんな怖いものに人間はよく乗るなと思っているだろう。そうなんだよ。目くるめくような体験が快感を高めるんだな。感覚を一時的に混乱させることで快を得るんだよ。なかにはおしっこを漏らし失神する者もいる。でも、これが止められなくなる。身近な遊びではブランコがそれにあたる。あとは、そうだな、スピードを出す遊びは皆これに該当するんだな。自動車や自転車のレース、スキーやスノーボード、ヨット・・・」
  吾輩には理解できないことばかりだ。競争して勝てばよいが負けてばかりいたらどうなるんだろう。運に身を任せてすってんてんになるなんて考えただけでも恐ろしい。変身だって、元の自分を見失ってしまうことはないのだろうか。スピード、わぁー怖い。一度、自動車というものに乗せられたが、気分が悪くなり吐き気がしてきて往生した。
「人間という生き物はわけのわからない動物だ。快感を高めるのに、こんなにも努力をしなければならないとは。吾輩なんぞ、お日様の暖かさとゆっくりとした時間があれば、それで十分だ。これ以上の快はない」と犬に生まれたことをあらためて感謝したら、とたんによい気持ちになり、男あるじの声が意識から遠ざかっていった。そういえば、こんな子どもの声はもう聞かれなくなったな。
 
「勝ってうれしい花いちもんめ
  負けてくやしい花いちもんめ
  となりのおばさんちょいときいておくれ
  オニがこわくていかれない
  おかまかぶってちょいときいておくれ
  おかま底ぬけいかれない
  ふとんかぶってちょいときいておくれ
  ふとんビリビリいかれない
  それはよかよか どの子がほしい
  あの子がほしい
  あの子じゃわからん
  この子がほしい
  この子じゃわからん
  丸くなってそうだんしよう
  そうしよう
  紀美ちゃんがほしい
  美代ちゃんがほしい 」