吾輩はまだ生きながらえている。医者の処方した尿毒症を治療する薬が効を奏したらしい。変な痙攣が少なくなったし、食欲も回復し、おしっこも良く出るようになった。といっても、自らは全く移動できないので、何かしてほしいときにはフィーンフィーンとなくしか術はないのでやっかいだ。それでも、娘あるじが親身になって皮膚のただれや陰部のかゆみに薬を塗布してくれるので助かっている。まあ、朝と夕の飯時に目覚め、娘あるじや女あるじの介護を受けるのが唯一の楽しみだ。いつまで続くか心許ないが、心臓が鼓動を止めるまで生きていこうと思う。 こんなことを考えていると男あるじが嫌な顔をしてやってきて、言葉には出さないが
「やれやれ」といった様子で吾輩の顔をのぞき込む。吾輩も、こうなったら行くところまで生きますと決然と眼で示すことにしている。
 娘あるじは、
「クウちゃん、よくもっているわね。お医者さんは年内しかもたないかもしれないわと言ってからもう3週間にもなる。暦では大寒に入ったわ。もう2週間もすれば節分、そして翌日は立春になる。きっと暖かくなればクウちゃんももっと元気になるはずだわ」と言い置いてテニスに出かけていった。吾輩は、生死の境にあるのにとちょっとむっとしたが、娘あるじにも息抜きは必要と思い返し、フィンフィンと快く送り出した。これを聞いていた男あるじは、
「そうか、もう大寒か。元日から3週間も経ったのだな。そういえば今日はいやに寒いな。雪もちらつきだした。いままで暖冬だったので、老いのみにはこの寒さは応える。『大寒やしづかにけむる茶碗蒸』。これは日野草城の句だ。夕餉時には暖かく湯気の立つものがごちそうだな。この句にある茶碗蒸し、湯豆腐、鱈などの鍋物などは食すれば身体も心も温まる。『大寒や下仁田の里の根深汁』。村上鬼城の句だ。幕末に生まれ、昭和13年に没したアララギの同人で、子規や虚子に師事した。下仁田というのは群馬県の下仁田町で下仁田ネギの生産地で有名だ。根深汁というのはネギだけを具にした味噌汁をいう。根深というのは根深葱のことで、白身の多い部分の葱をいうそうだぞ。たしかに葱の白身は柔らかくそして甘みがあって、ふうふうと息をかけながら食したら身体は温まるだろうな」とあれやこれやと脱線して話し出した。
 吾輩は、とてもこんな雑談につきあう体力が残されていないので、寝入ってしまったら、そこへ女あるじが様子を見に台所からやってきた、吾輩がすやすやと寝ているのに安心したのか、「根深汁という料理を聞いたことがあるが、葱だけを具にした味噌汁とは知らなかったわ。葱を味噌にいれると青い部分はすぐに変色して褐色になってしまうけれども、白い部分ならばいつまでも白くて歯ごたえもあり、おいしそうだわ。スーパーに行けば下仁田葱はいつでも売っているので、明日買ってきてつくって見ようかしら。」としゃべった。
 男あるじも、「池波正太郎の剣客商売にもこの根深汁の話は出てくる。どんな料理かいままで知らないでいたが、さっそく試してみたいものだ」と話し終えて書斎にもどっていった。

「大寒や白きぶつ切り根深汁」 敬鬼          

 

徒然随想

大寒と根深汁