2月も20日も過ぎると、春近さを思わせる暖かな一日が、寒い毎日の中にも混じるようになる。今日は風は冷たいものの日差しは暖かだ。わが輩は、散歩と朝食を済ますとさっそく、お気に入りの日だまりに丸くなりうつらうつらと眠りにまかせた。どのくらいたっただろうか、ふと、足音に目を覚ますと男あるじが立っていた。せっかくの眠りを妨げられて、しっぽも振らずに、なんざんすかと首をもたげると、「天候も落ち着いてきたので、スキーに出かけることにした」とのたもうた。わが輩は、そんなことをいちいち報告しなくても、と応えると、
「うん、まあそうだがな、その間、おまえの散歩は女あるじが行くから安心しろ。なにせ、一日のなかでのおまえさんの最大で唯一の楽しみだからな。それなりに気を配っているわけだ」と続けた。
 わが輩は、「さいですか、そんなに気を遣ってくれてありがとうございやんす」と応じた。もっとも、男あるじがわが輩の散歩に毎日毎日つきあうのは、何もわが輩の楽しみを尊重してのことではなく、自分のメタボ対策なことくらいとうにお見通しなのだが、そこはあてがい扶持のつらさで、素直に頭を下げた。
「スキーといえば、思い出すのは中学校2年に友2人といった熊ノ湯でのスキーだな。あれは楽しかった。午前中は滑り、午後はトランプゲームなどをして遊んだものだ。宿の主人に歩くスキーにも連れて行ってもらったのもよく覚えている。あの辺は小さな池が多くあり、冬場は凍り付き、それに雪が積もって、池の上をスキーで歩くことができる。周囲は銀世界、まことに幻想的な体験だった」と遠くを見やりながら追想しだした。やれやれ、スキーというものがどういうものか、わが輩は知らないので聞いているふりをしながらまどろんだ。男あるじは、いさいかまわずに、
「そういえば、あの頃、戦後最初のスキーブームがやってきた。1956年のコルティナダンペッツォ冬季オリンピックのアルペンスキー回転で猪谷千春が銀メダルに輝いたことがきっかけだ。この冬季オリンピックではトニーザイラーが回転、大回転、滑降の3冠王となった。そして、1959年に封切られたあの映画がさらにブームに拍車をかけた。トニーザイラー主演の『白銀は招くよ』だ。その主題歌も、銀世界でシュプールを描いてスキーをしたくなるようなわくわくするメロディだった。『雪の山は友達 招くよ若い夢を ホーヤッホ ホーヤッホ 歌声も招く 雪の山は友達 走れ若い心よ  ホーヤッホ ホーヤッホ 歌声も走る 湧き上がる雲 樹氷の林 輝く銀のスロープ あふれる力 飛ばせスピード 雪煙を蹴散らそう 何かすばらしいことに ヤー今日は出会いそうだ』」
 男あるじの楽しい追想を妨げたくはないが、わが輩にはとても追体験できるものではなく、ただただ、男あるじの濁声に辟易したので、一声ワンと吠えた。われに返ったのか、ようやく、現実を取り戻したというか、正気に返り、そそくさと2階の書斎にもどっていったようだ。まあ、なんだな、あのような少年時代の楽しい思い出がある者は幸せといってよいな。男あるじが1世代前に生まれていたら、欲しありません勝つまではと竹槍を振り回していたことだろう。人間もどの時代に生を受けるかで人生が決まるようだ。

「雪煙に風のみ聴くかスキーヤー」 敬鬼

徒然随想

-白銀は招く-