- 花札合わせ-
「今年の立春は2月4日、節句はその前日なので3日だそうだぞ」と男あるじはのっけから騒ぎ出した。吾輩は暦とは関係なく暮らしているので、「そうでやんすか。それでどないなるんですか」と男あるじの顔をじっと見つめた。男あるじは、「う、う、う。どないなるんですかといわれてもな。暦の上でそのように決められているということだ。だからどうってこともないのだがな。まあ、強いて言えば季節を感じると言うことだな。立春は冬至と春分のちょうど中間に設定されている。ということは、冬も中間地点を過ぎ、春に向かって歩みを進めているということになる」と話し出した。吾輩は、これは長くなり、散歩に行く時間が短くなるなと感じたので、男あるじの話に相づちを打ちながら散歩を促そうとしたら、そこへ女あるじがやってきた。どうやら一緒に散歩に出かけようと男あるじを誘ったようだ。男あるじも仕方なく、吾輩のリードを散歩用に付け替えて、歩き出し、吾輩と女あるじを相手に話を続けた。
「節分というのは、暦の上で季節の分かれ目を付けられたものだぞ。季節の分かれ目は、立春、立夏、立秋、立冬とあり、その前日を節分というのだそうだ。でもいまでは、立春の前の節分がわれわれの生活に根付いている」と述べ、遠くを見つめるような目つきをした。吾輩は、いぶかしく思い、節分には何か思い出でもあるのですかと眼で尋ねると、
「冬のお楽しみのひとつは、2月の節分だった。家で「福は家、鬼は外」と叫びながら豆をまいた。豆は大豆を煎ったものなので、後で拾い集めて食べた。けっこう香ばしくておいしいものだ」と男あるじは歩きながら話し出した。
「というのも、我が家では節分の花札大会が子どものお楽しみだったからだ。われわれ兄弟3人と父が加わった。そして1等賞から3等賞まで賞品が用意された。どのようなものだったかはもう思い出せないが、きっとキャラメルやチョコレートの類だったと思う。花札を知っているか。知らないだろうな。この遊びはもう廃れてしまった。花札というのは、松、梅、桜、菖蒲、萩、菊、藤、牡丹、桐、紅葉、坊主、雨の12種類の絵が描いてあるカードのようなもので、それぞれにカス2枚、タンザク1枚、タネあるいは五光1枚の5枚から成り立っている。全部60枚の絵札からできているんだぞ。いろいろな遊び方があるが、わが家では花合わせというゲームをしていたな。花札を各人に7枚配り、場には6枚表面を出して置き、残りは伏せて積んでおく(山札)。各人は順番に、花札を1枚捨てて山札から1枚引く。これを繰り返し、山札が無くなるまで続ける。花札にカス1点、タネ5点、5光10点など点数があり、また花札の組み合わせで「赤短」、「青短」、「猪鹿蝶」、「5光」、「4光」などの役があって集めることができれば高得点となった。遊びのルールは簡単だったのでわれわれ兄弟は夢中になって遊び、得点を競った。もちろん、運が大部分を占める遊びなので勝ったり負けたりした。掘り炬燵を囲んでミカンや地豆を食べながら、この日は夜遅くまで父と兄弟とで楽しんだものだ。当時、この地方には1週間の寒中休みというものがあった。文字通り寒いので学校が休みになるのだ。だからどんなに夜更かしをしてもかまわなかった。年に1回の家族団欒で、私が中学に入るまでは続いたな」といっそう遠くを見るように男あるじは目を上げた。
吾輩は、いくぶんしんみりとなり、神妙に男あるじの思い出話に耳を傾けた。いまや、子どもらの遊びはTVゲームに変わってしまったので、こんな一家団らんの風景は消えてしまった。ささやかな遊びが、男あるじには強い思い出を残す遊びになっていたようだ。
「節分や炬燵囲んで花合わせ」 敬鬼