わが輩の家の者は、男あるじも、女あるじも、そして娘あるじまで、夜中にあるいは早朝に起きてテレビを見ている。どうやら、スポーツ中継に夢中になっているらしい。よくよく聞いてみると、ある時はテニスを、別の時はサッカーを見ているらしい。やれやれ、安眠妨害で人迷惑、いやイヌ迷惑なことだと、あくびをしていると、男あるじが出てきて、何とわが輩の頭を撫でだした。気持ち悪いことこの上ない。そこで、
「どうしたんですか。何か良いことがあったのですか、それとも悪いことですか」と目で問うと、男あるじはこれに応えて、
「うーん、何と日本が一次リーグを突破して決勝トーナメントに進出したが、ベスト8目前で涙を飲んだんだ。あのデンマークに勝利し、痛快!痛快!と思ったのも束の間、パラグアイに惜敗した。なんてこった」と興奮してのたもうた。
わが輩も、一応、日本のイヌなので、それほど愛国心なるものは感じないが、一宿一飯どころか、何千宿何千飯の世話になっているので、共感の意味でしっぽを振り続けた。男あるじに続いて娘あるじも出てきて、
「日本も棄てたものじゃないわ。あの韓国にフィギュアでも、スケートでも、そしてゴルフでも、そして電子機器でもやられっぱなしなのに、同じベスト16に並んだのだから良しとしなければね。それにしても世界の壁は厚いわ」と、これもめずらしく大きな声でしゃべり出した。わが輩も、ここではしらけていては、これからの待遇に関わると感じて、千切れるばかりにしっぽを振った。
 でも、人間という生きものは、こんな損にも得にもならないゲームの勝ち負けにどうして興奮するのだろうか。勝てば国民一人一人になにがしかの金が入るというのならば、わが輩もこれは理解できる。しかし、どうやら国民には何の見返りも内容だ。
そこへ、タイミング良く女あるじがでてきて、
「ちょっと、ちょっと、あのPKの失敗は高くついたわよ。なんでも、ベスト16止まりだと賞金約8億9千万円だけれども、ベスト8に進出すると、賞金は約2倍の17億円をゲットだそうだわ。あのPK1本の失敗は8億円についたことになるのよ」と、どこで聞き及んだか、現実的なことをのたもうた。そして続けて、
「優勝賞金がいくらでるか知っている?」と問いかける。男あるじも、娘あるじも、皆目見当がつかないらしい。それをみて、
「優勝賞金は約27億6千万円よ。もっとも日本は後十数年いや永久に手にできないかもしれないわ」と話す。男あるじも、
「そうだな、わしの目の黒いうちは無理だろうな」としんみりさせる。わが輩も、この世に生まれて12年、優勝賞金約27億6千万円を日本チームがゲットしたと聞くのは無理だと同感した。それにしても、人間という生きものは、国の威信とかなんだかしらないが、国同士の競争や勝負には、無我夢中になるものらしい。くわばら、くわばら。わが輩は、日々是好日であれば、名誉も威信も、はたまた優越感もいらない。ましてや敗れて劣等感に凹むなんてご免被りたい。

徒然随想

−威信なんて!−