徒然随想

-意図−
   今日は珍しく客がある。男あるじの友人で、やはりどこやらの大学の先生をしているらしい。専門も、おなじく心理学といっているが、吾輩の主人よりは、よっぽど学者らしい。見たところも、端然としているし、吾輩にも、何というか紳士的に接してくれる。時には、大声で「おう、おう」と追っかけるマネをする男あるじとは人物のできが違うようだ。
  聞くとはなく聞いていると、ロボットに意図を持たせるにはどうしたらよいかと言う問題を話しているようだ。  客人の心理先生は、
「意図とは、何かをしようと自発的に考えることであるから、ロボット自身が自分の主人公であるという意識をもっていなければならない。もし、そうでなければ、外から命令された通りに機械的に動くしかない。もし、意図をもっていれば、外からの命令に反抗して行動すると言うことが起きるはずだ。でも反抗するロボットを開発したと言うことはいまだ聞いていない。機械の不調で動かなくなったとか、プログラムミスで暴走したということはしょちゅうあるが、これは反抗とは違う。つまり意図を持つと言うことは反抗することができるかどうかにあるんだ」とこんなことをしゃべっている。
我が家の男あるじは、感心したように、
「そういえば、ロボット三原則というのがあった。ロボットという言葉をはじめて使ったアイザック・アシモフがロボットと人間との関係について決めたものだ。たしか、
1.ロボットは人間に危害を加えてはならない。また何も手を下さずに、 人間が危害を受けるのを黙視していてはならない。
2.ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。 ただし、第一原則に反する命令はその限りではない。
3.ロボットは自らの存在を護(まも)らなくてはならない。 ただしそれは、第一、第二原則に違反しない場合に限る。
ということは、ここではロボットも意図を持つことができると考えられているわけだね」
  なるほど、意図を持つということは反抗できると言うことと同じ事なんだと吾輩はいたく感心し、あれこれ思案していたら、突然、吾輩のことが話題にのぼっているようだ。どうやら、犬も意図はあるかということを話しているらしい。男あるじは、
「反抗することが意図の存在証明と言うことになれば、このクウタローには意図があることになるな。とにかく、散歩のときはあちらに鼻を向け、こちらに鼻を突っ込んでいうことをききやしない」と吾輩をじろりと見た。すると、心理先生は、
「いや、意図があるかどうかはもっと慎重に考えてみなければわからないでしょう。どうしてかというと、あちらに鼻をむけ、こちらに鼻をつっこむのは、あちらにリリーちゃんの臭いが、こちらにハッピーちゃんの臭いがあるため、その臭いに機械的に反応しているに過ぎないかも知れない。ちょうど、膝小僧を叩けば反射的に脚があがり、目に異物が飛び込めば瞼がおもわず閉じるのと同じでしょう。刺激に対して無条件反射として反応しているだけかも知れませんよ」
  吾輩は、おやおやという表情をして心理先生を見上げた。
「うーん、吾輩は意図を持つのかいなか、吾輩はただ刺激に触発されて反応している動物機械に過ぎないのか、これは問題だ」と吠えたが、二人は夢中でしゃべり続けていた。

 「やれ打つな蝿が手を擦り足をする」一茶