「ジジュン、ジジュン」とつぶやきながら、男あるじが庭に出てきた。わが輩が昼寝をするいつもの庭も、紅葉がすすんでいる。野村もみじは暗赤色に、ハナミズキの実は赤く色づいている。小春日和と呼べる暖かい昼下がり、こんな良いときに、何がジジュンだといぶかしんだ。すると、男あるじは、
「ジジュンとは耳順と書く。論語にある有名な言葉だ」と講釈を始めた。わが輩は、論語と聞いて、おもわず耳をそば立てた。およそ、男あるじには縁遠い書物だ。この男あるじときたら、およそ『徳』をもっていないようだからだ。
「その通りだ。論語は、儒教のかなめとなる教えで、その教えの中心は『徳』を修めることにある。この『徳』というのは、『仁、義、礼、智、信』からなるという。『仁』とは人をおもいやること、『義』とはするべきことを利欲に捕らわれないですること、『礼』とは『仁』を具体的な形で表すこと、『智』とは学問をすること、そして『信』とは自分が言ったことを違えないことをいう」と続けた。
 なるほど、わが輩のみるところ、ますます、男あるじは『徳』からは遠いところにあるな。わが輩たちイヌを思いやることはないから『仁』はないし、行動は損得から発しているので『義』もないし、『仁』がないから『礼』に欠けるし、ドタキャンは多いし、約束を反故にすることを何とも感じていないようだから『信』もない。最後に、『智』だが、大学で教鞭を執ったり研究をしたりしているので、それなりに知識は多いが、しかしその知識は『徳』を高めてはいない。わが輩は、このようにわが思うところを、眼で訴えたところ、男あるじは、「何を言うか。イヌの分際で。六十有余年をかけて仕入れてきた知識が、わたしの『徳』を高めていないだと。聖人君子とまでは言わないが、事に当たってはものごとを公平、公正に判断し礼に失しないように行動しているつもりだぞ。良いか、孔子は人生を15歳から70歳に到るまで6段階に分け、それぞれの段階で到達すべき道を次のように指し示した。
『吾十有五而志於學 三十而立四十而不惑五十而知天命六十而耳順七十而從心所欲不踰矩』。これを書き下し文にすると、『吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳に順う。七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず』となる」と、もはや講釈も留まるところがない。さらに、
「平たく言えば、15歳頃に人生をいかに生きるのか、その志を立てて修行し、30歳頃に社会的、経済的にも認められて自立する。40歳頃には自分の生き方に迷うことなく精進し、50歳頃には一生をかけてやらなければならない使命というかミッションが何であるかを知る。そしてだ、さきほどから問題になっている『耳に従う』という段階に至るわけだな。つまりだ、これは60歳頃に到達する心境をいっている。人様からあれやこれや言われても、素直に聴けるようになるということを意味しているようだな。若いうちは、他人から忠告されたり、批判されたりすると、無性に腹立たしくなり、それに反発したり、抗ったりする。しかし、この『耳順』の段階に至ると、人の言うことを公正に、公平に聴けるようになるというわけだな」と長い講釈を結んだ。
 わが輩は、『耳順』というのは深い意味をもつ人生の段階、心境を言うのだと理解した。60歳を7年も経過し、齢い70に近づいているわが男あるじは、人の言うことを素直に聴くことが、いまだ苦手なようだ。とくに、おのれの行動や考え方を批判されると、公正な判断ができないようだ。若い頃は、推してしるべしだ。それでも、年相応には耳にしたがっているようだが、修行が足りない。『心の欲する所に従いて、矩を踰えず』なんて心境は、まだまだ先のことらしい。じきに古希だというのにない

 「秋の野を 眼よりは耳で 楽しむか」 敬鬼

徒然随想

     −耳順