このところ、男あるじはめずらしく忙しそうだ。吾輩が何をしているのですかと眼で問うと、男あるじは、
「うんうん、これはだな自治会の仕事だ。自治会というのは居住する団地の住民で組織する隣組のことだな。もっとも隣組といってもわからないだろうがな。まあ、お隣同士で自分のことは始末し、助け合いましょうといった組織だな」と答えた。吾輩は、親睦会のようなものですかとさらに尋ねると、
「それは違うな。たとえば地震や大水などのときは自分たちで助け合う必要があるだろう。そのためには防災訓練や救助訓練が欠かせない。これを効率的に行うためにはどんな人が近所に住んでいるかを知り、仲良くしておく必要が出てくる。そこで団地の中で運動会、盆踊りなどイベントをおこなって親睦することも大切になる。これらのことを1年間、輪番で行うんだな。今年はわが家がそのお当番というわけだ。しかも筆頭副会長という役をもたされたので、なにかと仕事が割り当てられてくる。もっとも大変なのは、各家に配付する市役所発行のお知らせ、自治会の運動会や祭りのビラ、はたまた税務署の税の使われ方のビラ、災害訓練のお知らせ、歳末助け合いの募金などなど、毎月仕分けしなければならないのだ。吾が家の所属する団地の個数は380戸にもなるので、これは大仕事だ。組織は15戸程度からなる組が24あり、それぞれ組長を置く。その組を6つくらいにまとめて副会長を置き、その副会長をまとめる筆頭副会長がいる。吾が家はその筆頭副会長職を仰せつかっているというわけだ。つまり届けられたお知らせを各組に仕分けし、それをさらにまとめて副会長に届けることまでが仕事と言うことになる。最終的には組長が各家にお知らせを届けたり、回覧したりする。それで退職後、久々に忙しいというわけだ」と男あるじは続けた。 なるほど、ただ住んでいるだけではないということか。たしかに、大災害が起きたら、自分だけでは何もできないだろう。でも隣同士の互助組織があれば、当面は避難したり、食事をまかなったりできるということのようだ。吾輩イヌ族は、なにかあれば勝手に自分だけ逃げ、愛しのメグちゃんもほったらかしにしてしまうと思うが、それではまずいわけだ。やっぱり、ご近所のイヌ同士が連携して助け合うことができればいいなと感じた。男あるじもそれなりに互助という精神をもっているようだ。自分だけよければ、家族だけ助かれば、それで良いとするエゴイストとみなしていたが、そうでもないらしい。こんな吾輩の見方を察したとみえて、
「なになにエゴイストだと、なにをぬかすか」と吾輩の頭をごつんと叩いた。図星をさされたので怒ったのだ。そして、
「これまではだな、自治会にはあまり関心がなかったというのが正直なところだ。現職のときは、単身赴任でもあったので、お当番の組長が回ってきたときには妻がその職を担った。実際、組長会議に出てくるのは奥さんが多い。24人中、男性は6,7人程度といったところだ。まあ、現職では出席しにくいだろうことはわかるが、奥さんもパートに出ている人もいるので、女性に方が互助精神に富んでいる、あるいは意識が高いといえるな。8ヶ月、自治会の仕事をしてみると、これまであいさつもしなかった人とも知り合えるし、組長会議を休む人もほとんどいないし、運動会や災害訓練にもほとんど出席するし、感心することの方が多い。わが自治会も問題を抱えている。高齢者が増えていること、そして空き家が増えていることだな。これらは行政を交えて話し合わなければならないわけだ。大変と言えば大変だな」とめずらしく素直に締めくくった。

「寒風や枝屹立させし欅かな」 敬鬼

自治会

徒然随想