- 十三夜 -

 「今年の中秋の名月は98日だそうだぞ。なぜ中秋というか知っているか。旧暦で秋は79月となっており、その真中の日が旧暦の815日になるため「中秋」と呼ばれる。これを新暦になおすと今年は98日になるのだそうだ。今年は異例に早い。来年は927日で、9月中旬から10月上旬に旧暦の815日がやってくるのだそうだ」と男あるじは散歩に行く前にのっけからしゃべり出した。
 吾輩は、98日はとうに過ぎてしまったのでいぶかしく首を傾けると、それを察して男あるじは、「うん、そのとおりだな。でも東の空を見てみろ。満月ではないが、しかし十三夜の月があがってきているだろう。十三夜とは、十五夜の後に巡ってくる旧暦913日の月のことを言うのだ。十三夜は、後の月とも称され十五夜に次いで美しい月だと昔から言われ、祝われてもきたという。もっとも、もう廃れてしまった風習だがな。そうそうそういえば樋口一葉の小説に『十三夜』という作品があったな。あらすじは、ある女性が身分違いの結婚をし最初は大事にされていて幸せだったが、子どもが誕生してからは精神的に虐待され、離婚の決意を固めながらも、それによって一人息子を失うことを怖れて離婚をとどまるというものだった」と話しながら歩き出した。 吾輩は、小説のことはいっこうに関心がないので、聞き流しながら東の空をみやると満月と見まちがえるほどの大きな月が山の端から昇っていた。われながらその美しい光輝にみとれていたら、男あるじも立ち止まり口をしまりなく開けて見上げていた。大気が澄んできたためにいっそう煌々と照っていた。男あるじは、
「なんとも美しい天体ショーだな。月を見るのに今がちょうど良い季節だ。もう少しすると、空気が冷たくなり月の光が青みを増すが、それはそれで美しいとしても冷たい感じがするな。でもこの中秋の季節は月の輝きや光の色合いもちょうど良く心地よい感じがする」とめずらしくしっとりとした感想をつぶやいた。吾輩は、男あるじのそんなセンチメンタルな心情をいぶかしみながらも歩み続けた。
「そういえば、こんな句があったな。『鬼太郎の一族と居る十三夜』。どうだ、面白い俳句だろう。現代俳人の岩坪英子の詠んだものだ。鬼太郎はもちろんあのゲゲゲの鬼太郎で有名な妖怪のことだ。水木しげるの創作によるアニメで、たくさんの妖怪が活躍する。目玉おやじ、ねずみ男、猫娘、砂かけ婆、子泣き爺、一反木綿、塗り壁などなどだ。この句は、十三夜の月の下、いろいろな妖怪が跳梁跋扈しているが、わたしもそんな妖怪とともに生きていて痛快だ、といった意味だな。『蝉しぐれしぐれこの世のぼんのくぼ』という句も詠んでいる。蝉がうるさいくらいにたくさん鳴いていて、それを聞いている私はまるで大きな盆の窪に嵌ってしまったようで興をもよおす、と詠んでいる。どちらの句もユニークな表現でしかも十三夜の月明かりや蝉時雨に直面した句者の感慨を的確に言い表している。こんな句もあるぞ。『髪あらう天の川より水引きて』。なんとも豪気なものだな」と歩きながら、空を見上げながら話した。
 吾輩は、ゲゲゲの鬼太郎さんも、その妖怪連中も知らない。でもこの世には魑魅魍魎が跋扈する夜があることは吾輩の鼻と耳が教えてくれる。オオカミや狼男よりは鬼太郎さんや目玉おやじのほうが愛嬌があって楽しいだろうと感じた。今晩あたりやってくるかもしれないな。

「夕暮れに語りかけるか酔芙蓉」 敬鬼

徒然随想