朝晩は冷涼な空気が澄んだ秋空に漂うようになったので、夏バテだった吾輩の体調も少しは回復してきた。というのも、食欲昂進剤なるものを服用しなくても食欲が出るようなったからだ。動物のお医者さんによると、吾輩は食欲中枢の問題があるので常時薬を服用しないと食欲が湧いてこないのだそうだ。でも不思議なことに最近はけっこう食欲があって、餌皿にある餌を食べ残すことなく食べられる。余命幾ばくも無いのに不思議なことが起きるものだ。
 今朝も男あるじに連れられて公園を散歩した帰りに、公園の角で集団登校するために集合している子どもたちに出会った。子どもたちは全員が集まるまで思い思いに時間をつぶす。ある女の子はきまって吾輩の頭を撫で、次いで背中に触る。これを見ていた他の男の子もやってきて吾輩にこわごわ触る。吾輩がおとなしくしていると少しずつ大胆になって、あごを撫でたり、尻尾を触ったりする。吾輩もくすぐったいし煩わしいが、でも吠えたりはしないで子どもたちの意のままにされている。まあ、これも老犬の役割かもしれない。というのも、小学校に通う子どもをもつ家庭では、両親ともに働いている家が多く散歩など世話できないために、犬を飼っている所は少ない。いま、犬を飼っているのはほとんどが老夫婦で散歩のお供にしたり、孫代わりにかわいがったりしている。飼育しているのは愛玩犬として飼いやすいトイプードル、チワワ、シーズー、マルチーズなどで、これくらいの大きさの犬ならば老婦人でもひょいと抱き上げて世話することができる。 男あるじも、子どもたちにおもちゃにされている吾輩に付き添いながら、
「おまえも役に立っているな。子どもたちの顔を見てみよ。登校前の緊張するときなのに、みんな良い笑顔でおまえをおもちゃにしているではないか。まあ、これがアニマルペットの役どころだな」とつぶやいた。
 そこへおしゃべり好きな女の子が男あるじを呼びに来た。リードを子どもに預けて男あるじは呼びかけた女の子の元に寄っていくと、女の子は、
「見てみて、大きな蜘蛛の巣ができているよ。真ん中に大きなクモ、離れたところに小さなクモがいる。所々に羽虫が蜘蛛の巣にかかっている。これはなんというクモなの」と男あるじに聞いている。男あるじは、さっそくうんちくを傾けだした。
「これは日本のどこにでもいるコガネクモというのだよ。ほぼ丸い形の蜘蛛の巣を張り、その真ん中に居座る。ほら見てご覧。蜘蛛の巣の中心にX字のように上下に足を伸ばしているだろう。足が4本のようにみえるが、2本ずつ重なったいるので8本なんだね。ここがバッタやセミなどの昆虫類と違う点だね。バッタとかセミの足は何本か知っているかい。そうだね6本だ。でもクモは8本の足をもっている」と語り出した。そして、
「この大きなクモは、実はメスなんだ。まわりに静かにしているあの小さなクモの方がオスなんだね。オスは成熟すると自らは蜘蛛の巣を張らず、メスのところにやって来る。メスの蜘蛛の巣の端で糸に足をかけ、糸に振動をあたえ、メスの機嫌をうかがい、それから網の中にに入って交接を行うのだよ」と続けた。話を聞いていた女の子が、「交接てなのんことなの。よくわからないな」と男あるじに尋ねたので、男あるじは一瞬瞬きをして困ったような顔をした。そのとき、リーダーさんが集合と声を出したので、子どもたちは整列をして学校へと歩き出した。

 男あるじはほっとした表情で、「いってらっしゃい」と子どもたちを送り出し、吾輩のリードをとって家に向かった。男あるじは、交接の質問にどうゆうふうに答えるつもりだったのだろうかと男あるじの顔をそっと伺ったところ、おおきなくしゃみをしてごまかしてしまった。

「秋晴れや蜘蛛の巣照れり絹のごと」 敬鬼

子ども、犬そして蜘蛛

徒然随想