徒然随想

 8月も1週間が過ぎてようやくセミ時雨が降ってきた。暑いときにはこうじゃなければと吾輩は庭の一隅で昼寝をむさぼりながらセミの声を聞いていた。
 そこへ、男あるじと女あるじが庭に出てきて、男あるじは公園の方に聞き耳を立て、女あるじは散水を始めた。ここ10日間ほどはほとんど雨水がないので、地面はカラからに乾いている。吾輩も乾いたところは暑いので、ちょっと湿ったところに腹を当てて身体を冷やすのだが、こう雨が降らないとそんなところはなく、いつもの縁の下で吾輩が前足で掘った凹みに身を横たえることにしている。女あるじは散水しながら、「水をまくと乾いた土にしみこんでいくぶん暑さが和らぐわね。昔から打水と言われているように、2度くらいは温度が下がるのじゃないかしら。クウちゃんも打ち水すると、暑さが和らぐでしょう」としゃべり出した。男あるじはセミの声に聞き耳を立てていたが、「ここ数年、クマゼミの声が大きくなったな。アブラゼミも鳴いてはいるがクマゼミの大声に圧倒されている。クマゼミは熊蝉と書かれるように、身体も大きくて力も強いし、大声でなく。木の梢の高いところで鳴くので姿を見つけるののも、捕まえるのも難しいんだぞ。アブラゼミは見つけやすいし、捕まえやすい。どうも、樹木の下の方にクマゼミによって追い出されたのだろう」とつぶやいた。
 吾輩は、勢力圏争いがゼミの世界にもあるのに驚いた。樹木の上の方が安全だし、木肌も柔らかいし、下方のものを睥睨できるからだろう。吾輩も若くて力がみなぎっていたときには、脚をできる限りく上げておしっこを木の上の方にかけたものだ。老齢のこの頃は片足をあげるとよろけるので、両後ろ脚を広げた姿勢で排尿するしかない。あー、なんとかっこ悪い。こんな姿をハッピーちゃんやメグちゃんには見せられないな。
 男あるじは、こんなわが輩の思いには気づかないようで、
「アブラゼミは1匹が鳴き出すと、他のゼミも遅れるなとばかりに鳴きだし、そのうちに互いに共鳴し調和のとれた合唱の蝉時雨となる。ところがこのクマゼミというやつは、単独行動が好きなようで、ウワーンシャワシャワと1匹だけが大声を張り上げる。これがなきやむと待ってたとばかりに他のクマゼミが鳴く。合唱にはならないのがクマゼミだ」と話し続けた。これを聞いていた女あるじは、
「ほんとにそうだわ。ウワーンシャワシャワ、ウワーンシャワシャワと鳴くのね。アブラゼミはジージージー、ミンミンゼミはミーミーミーでしょう。鳴き声を擬声音にしやすいが、クマゼミは人の音声で模すのがむずかしいわね。でも、ウワーンシャワシャワ、あるいはウワーンシャシャ、ウワーンシャシャがもっとも似ている擬音だわね」と相づちを打った。
「このあたりでクマゼミが増えたのは温暖化が関係していそうだな。生まれ故郷の長野にはクマゼミは生息していなかった。もともと九州から関西地方に生息している蝉だと理解していたが、中部地方から関東方面でも増えているのだそうだ。でも、秋口になるとこれらの蝉に代わってツクツクボウシやカナカナセミが鳴き出す。そうすると、今年の暑い夏も終わりに近づいているのをかれらは知らせてくれる」とこの暑さから逃れるのも近いと言った風情で話し終えた。

「セミ時雨カラカラ土に打ち水か」 敬鬼

- クマゼミ