そろそろ梅雨明けらしい。大雨が降るかと思えば、一転晴れて今度は嫌に蒸し暑くなる。庭先にいるわが輩にも、テレビのアナウンサーが熱中症にご用心とか伝えている。わが輩もまだ冬毛のままで夏毛に変わらないので暑くて仕方がない。できるだけ風が通る縁の下に潜り込んで暑さを避けるのだが、汗腺がないためにうまく体温上昇を抑えられないので、ハアハアゼイゼイと口を開けて空気を取り入れ、身体を冷やす。これも、気温が33度ともなるとあまり効果がないようだ。 こんな暑い日の夕方、男あるじが庭先に出てきた。なんと、短パンにランニングシャッツという出で立ちだ。人間も暑さには弱いので、皮膚の露出を最大限にして暑気払いをするようだ。男あるじは、自慢の扇子を扇ぎながら、
「それでも庭には風があって、幾分かは心地よいな」とつぶやいた。そして、
「おい、ダークマターを知っているか」ときいてきたので、わが輩はきょとんとして男あるじの顔を見上げ、そんなものはついぞ聞いたことはないと目と耳と背中で返事した。
「そうか、そうだろうな。実は私も先頃読んだ本で知ったばかりだ。おまえには理解できないだろうが話して聞かせてやろう」とはた迷惑も顧みず話し出した。男あるじは、大学を退職してから講義という授業がないせいか、やたらとわが輩をつかまえては講釈するようになった。これこそ、心理学の言う代償行動だろう。わが輩としては、これもあてがい扶持の仕事のうち心得、最近では拝聴の態をとることにしている。
「世の中には、目で見えないものはたくさんある。神や仏、慈悲や愛、前世と来世、人と人の絆、などなど思い浮かべられるだろう。最近では、可視化とか見える化とかいってこのような抽象的な概念を芸術ではなく、科学的に目に見える形に表現しようと努力する人たちもある。もっともうまくはいかないようだ。ダークマターもそのような見えない物質、暗黒物質のことを言う」と講釈しだした。
  わが輩も、この世には見えないものが存在することは分かる。多分、それらは見るのではなく感じるものなのだろう。それで、と話の先を促すと、
「ダークマターとは宇宙を構成する物質のひとつを言う。宇宙は、元素、ダークマター、ダークエネルギーから成り立っているらしい。元素は水素や酸素、鉄や銅などおなじみのものだ。われわれの身体も地球も、月も火星も元素からできている。それでは、ダークマターとは何か。ツビッキーという宇宙物理学者が、ある銀河団の全質量をその周縁の銀河の運動に基づいて推定したところ、銀河の数および銀河団の全輝度など光学的に観測できるよりも400倍も質量が大きいことを発見し、まだ未知の質量があると報告した。このように光を出さずに質量のみを持つ未知の物質がダークマター。暗黒物質と名付けられた。さらに、現在ではダークマターの他にダークエネルギーも存在するという。これは遠方の超新星を観察すると、宇宙は加速的に膨張していることが明らかにされ、これを説明するものとして、ダークエネルギーの存在が仮定された。いまでは、全宇宙はダークエネルギーが72%、ダークマターが23.3%、元素はわずか4.6%であることが明らかにされていると言うぞ」と締めくくった。
  わが輩は、ダークマターとかダークエネルギーというのは、よく分からない未知のものだから、ダークなんて名付けられているのだということは理解できた。たしかに宇宙というかこの世は不思議な存在だ。そもそもわが輩が、いまここに存在し、あれやこれやものを思っていること自体不思議なことなのだ。男あるじも同じ思いだろう。この世はどこからやってきてどこへ行くのだろうか。わが輩はどこからやってきてどこへ行くのだろうか。

「七夕や 未知なるものへ 思い馳せ」敬鬼

徒然随想

-ダークマター