わが輩の常在する庭から白い小さな綿帽子をたくさんまとったような花を一面に咲かせた一本の木が見える。ここ数日の暖かさで満開となった。桜の木ならば、わが輩にも判別がつくが、この木は毎年咲いているのに、ついぞその名前を知らないできた。いったい、なんて言う木なのだろうかと思案投げ首でいると、そこへ男あるじが出てきた。そして「ようやく満開となったな。これはこれで桜とは違って清楚な花だな。この木は俗名をなんじゃもんじゃの木というのだぞ。もっとも、これは正式な名前ではない。最初にこの木を調べた人が、多分、学名がわからなかったので、これはなんじゃもんじゃとでもつぶやいたのではないかな。いまでは、正式名はヒトツバタゴという」としゃべった。
  わが輩は、
「あ〜!さいですか。しかし、正式名もなにやらわかりにくい名前ですな」と眉毛をつり上げると、男あるじは、
「それはだな、一つ葉のタゴという意味なのだな。つまりタゴの木なのだが、これは本来2つ葉なのだそうだ。タゴはモクレンの仲間だから、これもモクレンの仲間と言うことになる。花は、真っ白い細長くて小さい4枚の花びらで、これが木全体を覆うようについている。タゴは別名をトネリコという。この木からは、蝋がとれる。障子や唐紙の戸の滑りをよくするためにわが輩が幼少の頃は使われていた。もっとも、いまではもう使われることはない。トネリコは死語となっている」と続けた。
  わが輩は、なんじゃもんじゃの木の話から滑りを良くするというトネリコまで、なんとも話は広がるものだと男あるじに感心して聴いていると、それを察した男あるじは調子に乗って、「実はだな、このなんじゃもんじゃの木は希少種で絶滅危惧種でもあるのだそうだ。つまり、このまま人間が手を入れないで放置しておくと、地球上から消えてしまう植物というわけだ。長野県、愛知県の木曽川流域、岐阜県および長崎県対馬市に自生しているのみで、それぞれ各県のレッドデータブックに記載されている」
  わが輩は、
「さいでやんすか。そんな貴重な木とはついぞ気がつきませんでした。木も見かけによらないもんですね。もっとも、人間も見かけによらずに偉い人がいるが、男あるじは、見かけ通りのお人ですやん」と鼻を鳴らした。
  男あるじには、こんな皮肉は通じなかったようで、怪訝な顔をしたのみで、ヒトツバタゴの話を続けた。
「このトネリコという木は、弾力性があるので建築にも、また野球用の木製バットにも使われる。もっともいまではプロ野球で使用される木製バットはアオダモの木が使われているそうだ。アオダモはコバノトネリコとかアオタゴとか呼ばれることもある」
  わが輩は、こんな話を聞いて思わずなんじゃもんじゃの木を見上げた。この木は、なんじゃもんじゃの言われの通りに、不可思議な木なのだなと感じ入った。あらためて、綿帽子か、雪の衣をまとったような趣のある花に見入った。

「ここばかり 雪の花かも ヒトツバタゴ」 敬鬼

徒然随想

-なんじゃもんじゃの木-