吾輩はクウタロウである。先代が老衰で極楽に召されたので、その後釜としてもらわれてきたらしい。先代は、たぐいまれな良犬だったと、男主人を除いたこの家の家族は信じているので、なんともやりにくい。吾輩は何につけ先代と比較される運命にあるらしい。
「前の犬は、よく食べたのに、ちっとも食べないわね」とこの家の娘が言うと
「そういえば、よく病気をするしね。家にもらわれてきたはじめから、パルボなどという得たいの死病にとりつかれ、大変なものいりだったわ」
と女主人が応じる。
「口の周りが焦げたように黒くてかわいいと感じたからもらったのに、これじゃ、はずれかもね」と娘がのたまう。
「やれやれ、やっていられないよ」。座布団の上でまあるくなって、お得意のふて寝でもしていよう。とにかく、今晩はハンガーストライキだ。食べてやるものか。
「どうしよう。こんなに食べなくちゃ、また、獣医さんかしらね」と嘆く声が聞こえる。
  そこへ、二階からこの家の男主人が降りてくる。最近は、吾輩をみると、いつもきまって-
「お!、お!、お!」とかいう。何でも、TVで放映していた主人公菊次郎のマネがやまないらしい。そして
「さあ、そんなに食べないのなら、菊次郎ごっこでもやるか」といって吾輩の碗皿をひっくりかえすまねをする。この家の食卓は重く、がっしりしているので、とうていひっくり返せない。それで吾輩の碗皿に八つ当たりをするらしい。やれやれ、ふて寝もできやしない。
  どうも、人間というやつは、なにかと比較をするのが好きな動物らしい。これまでも、銀行ランキングとか会社ランキングとか、果ては、国までランキング されているらしい。それを専門にして繁盛する会社もあると言うから不思議だ。最近では、大学もそのランキングの仲間に入れられるらしい。学問の府にもラン ク付けがなされ、それによって、研究資金、受験倍率まで左右されると言うからおそろしい。
  比較というのは、「あの大学とこの大学を比べたら、こっちの大学の方が上だね」、というものだ。企業、国家、そして人も同じで、この人の方が上だねと 判定するらしい。大学こそ、ナンバー1とか2とかではなく、オンリー1を目指すべき組織ではないのであろうか。そうでなければ、学問の自律性なぞなくなっ てしまう。
  そういえば、比較は、何も人間だけではなく、サルやネズミも行っているらしい。ニホンザルの社会では、ボスリーダー、サブリーダーなどの順位性はよく 知られているし。ネズミでも順位闘争はあるようだ。聴くところによれば、このような順位闘争をするのは、オスに特有な習性らしい。
  人間も、人間同士で順位付けするのが好きらしい。いや、好むと好まざるとに関わらず、あの受験偏差値のようにランク付けされてしまう。上位にランクされた者は良いが、下位にランクされた者は、自己の位置づけ、あるいは居場所を見つけるのが難しく、厄介なことにもなる。
どうやら人間の社会は、やたらと順位闘争をし、ランクを決めないと政府、企業も成立しないようだ。とくに、人間の男は、生まれてから退職するまで絶え間な く、受験、就職、結婚、仕事の上で順位闘争を繰り返すので、まったく、気が休まることがないようだ。だから、自然と他の男を見ると、「あいつは、おれより 上か下か」と無意識に判定しているらしい。
  最近では人間の女も順位闘争に加わってきているので、まったくもって厳しい。人間こそ、オンリー1を志向したいものだ。
  吾輩は、犬に生まれて本当に良かったと思う。時には、この家の主人のように「菊次郎ごっこ」でいじめられたが、これさえ、うまく調子をあわせてやれば、世は太平である。もっとも、吾輩はここではナンバー2だと自負している。

春風や 闘志いだきて 丘に立つ(虚子)

徒然随想

-負けない!-