男あるじは、朝、わが輩の散歩に出てくるなり、いきなり、訳のわからないことをしゃべり始めた。
「おかしみを知っているか。第一生命が主催しているサラリーマン川柳の今年の100選が今日の新聞に載っていた。たとえば『女子会と 聴いて覗けば 六十代』という句は、いまはやりの女性同士の飲み会を聞きつけたスケベ根性の中年男性の当て外れを笑っている。たいてい、女子会といえば、若い女性の集まりを連想するが、いまや元気なのは中年以降の女性なのだ。それを知らない男性、あるいは上司の当て外れがこの句のおかしみの源泉だな」
 わが輩には、人間世界のことはどうでも良い。『あっしには関わりないことでござんす』といった目つきで応えると、男あるじは、さらに
「いや、おかしみというのは『お可笑しい』とも当てて書かれるように、大笑いするほどではないが、でも笑えてくるというものだ。国語の辞書には、現代語のおかしみの意味として、所作、動作が普通とは違っていたりあるいは不釣り合いなところがあって笑いたくなるさま、言動や状況が普段とは様子が違うのに気づいて変に思ったり疑わしく思うさまを挙げている。川柳のおかしみは、これとは異なるものだ。こっけい、諧謔、とぼけた味、何ともいえない味 、ユーモアと言い換えても良い。おかしみは、英語では、humorwitfunnyといった言葉に当てはまる」と講釈した。
 わが輩は、恋いしいシオリちゃんがつまずいたら、あ〜危ない、大丈夫かなと素直に心配するが、男あるじときたら、女あるじがつまずかないところでつまずくとそのギャップがおかしいと感じるらしく大笑いする。まあ、ひねくれているとしかいいようがないな。わが輩の思いなんぞつゆしらずに、男あるじは「川柳とは、ものの見方を普段とは変えて、表面にはあらわれていない事実、世相、人情の機微を巧みにとらえ、それを軽妙で洒脱に五七五で表現して結果としてくすりと笑わせる表現術をいう。『イケメンも 飼い慣らされて 今イクメン』。これなんぞも、もて男も数年たてばただの子育て男になる落差がおかしみを誘う。『オレ流を 通して職場 戦力外』。これはドラゴンズ監督の退任にひっかけた川柳で、落合だからオレ流が成功したが並の男なら唯の協調性のないものとして居られなくなる落差を軽妙に詠んでいる」
 たしかに、わが輩には笑いという行動形式はもともと存在しない。他人を、そして自分を笑っても生きることに何の利得もないからだ。でも人間どもはそうではないらしい。他人を笑って自己の優越を感じ、自分を笑って自虐する。まあ、負け犬の遠吠えといったところだな、とわが輩は人間の笑いを感得した。でも、赤ちゃんの笑いだけは人間の人間たるところだろうな。純心を姿を表しているといってよい。

「いぬふぐり 鼻と尻とで おどけあい」 敬鬼

徒然随想

-おかしみ-