徒然随想

- お年玉付き年賀状

 男あるじが、元旦、なにやら葉書らしいものを束にして吾輩に庵にやってきて、
「これは年賀状というものだ。日頃ご無沙汰をしている人たちとの年賀の挨拶で、お互いに息災でいることを伝え合ううるわしい慣わしだな」と話し出した。 吾輩は、「そういうものが年賀状ですか。人間は文字族なので紙のやりとりができるが、われわれ犬族は匂いで友垣を判別するから紙に匂い付けでもして送らないとできません。まあ、知人ならぬ知犬はみなご近所さんなので、謹賀の挨拶ならば、そこへ出かけていって「ワンワンクイーン」と吠え、門か電柱当たりにしっこをしてくればそれで済んでしまうですがね。もっとも、メグちゃんもハッピーちゃんも、家の中に囲われている室内犬なので会うのが大変なんです」と目で応えた。男あるじは、
「なるほどな、まあそれはそれとして、賀状には送り主それぞれで添え書きしてあり、これがみな違っている。ただ、謹賀新年とし多幸や健康を祈念するものから、旧年中の活躍を記し、今年の抱負を述べるものまでさまざまだな。賀状に近況などを添えてあると、一年の間のブランクがあっても、その人の旧年の来し方を思い浮かべられていっそう親しい感情がつのるものだぞ」と続けた。
 吾輩は賀状の効用は分かったが、自分の匂いを付けた紙を知犬に届けようとは思わないなと感じていると、
「『枕辺へ賀状東西南北より』という俳句がある。日野草城の句だ。朝も早くに元旦に届けられた賀状をみていると、全国津津浦々から届いているなと嬉しい気持ちを詠んでいる。賀状とは、年始の代わりとなるものといえるな。ところで、お上の発行する年賀葉書にはお年玉が付いているのを知っているか」と男あるじは尋ねた。
 吾輩は、お年玉ってお金や物をくれるあのお年玉ですかときくと、
「そうだ。そのお年玉だ。正確にはお年玉くじなのだ。つまり、今年は1等賞から3等賞まであり、1等賞は1万円、2等賞はふるさと小包、3等賞は切手シートで、あたればもらえる。もっとも、切手シートくらいしかあたったことはないがね。これまでで人気のあった賞品はテレビやパソコンなど家電製品だった。このような制度をはじめたのは、戦争が終わってようやく世相が落ち着いてきた昭和24年というから、いまから65年前になるが、ある民間の人から提案されてはじまったということだぞ。まあ、広く年賀状を交換し合うことで世相を明るくし、復興を促進させようというもくろみがあったということだ。面白いことにこのお年玉年賀葉書を発行するにあたっては『お年玉付郵便葉書等に関する法律』がつくられている。お年玉には葉書料金の5%を割くことができたという。当時の葉書料金は3円、お年玉は特等賞から6等賞まで有り、その時代の世相を反映して特等賞は高級ミシン、2等は高級生地、3等は学童用グローブ、そしてこうもり傘などもあった。余ったお金は、今と同じように社会福祉の増進関のために関係団体に寄付された。原爆被害者の治療や支援事業、結核の治療、開発途上国からの留学生支援、そしてなんとこの時代にも既に地球環境の保全も含まれていた」と答えた。
 吾輩は、昭和24年と言えば、まだまだ多くの国民が困窮していた時代ときくが、そんな頃に送った相手に賞品が当たるなどというお年玉年賀状というしくみが考案されていたのにはびっくりした。世界でもユニークなしくみといえるが、このベースには国民のささやかな射幸心をくすぐるしたたかさが隠されていたのには脱帽だ。でも、福をもたらす夢のあるしくみといってよいな。

「旧友の息災伝う年賀状」 敬鬼